4 / 26
四話
しおりを挟む重い空気。
真剣そうな顔で見つめる彼。
私の言葉をひたすら待つ彼の姿に、私の心はズキズキと痛み出す。
「私は………オ、オタクだからです!」
「……はっ?」
「漫画もアニメもゲームも好きです!小説も好きですが、漫画は家に腐る程ありますっ」
あぁ、肝心の事が言えない。
チキンな私。
でも、これだって引いて呆れる理由にはなる筈だ。
頑張った方じゃない。
チラッと彼の顔を覗くと、ポカーンとした表情の彼。
(…なんだ、やっぱりオタクは無理か。良かった…これで去ってくれれば…)
「なんだ。そんな事?気にしない気にしない」
「へっ?」
「俺だって漫画は読むし、ゲームだってするよ?」
「……………」
思わぬ言葉に今度は私がポカーンとしてしまう。
ヤバい。
この人は、オタクに偏見しない人なのか。
ちょっと嬉しい……じゃなくて!
「オ、オタクですよ?引かないんですか??」
「なんで?俺のダチだってオタクっぽいの居るし、別に軽蔑するような事?」
「……十八禁の本も持ってます」
「マジ?今度見してよ」
「ック……なんならBLの本も持ってます!」
「あー、それはちょっと…。でもリナが好きな物は俺も知りたいから頑張る」
「頑張らないで下さいよ!」
ヤバい、ついツッコんでしまった。
てか、ココまで来たら諦めろよ!
なんなのこの人!?
折角の苦労を返せ!
なんで頑張ろうとするのっこの人は。
頭おかしいんじゃないの。
あー、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……もういいですよ。貴方がどれだけ阿呆なのか分かりましたから」
「あれ、なんかめっちゃ疲れた顔してるね。どうしたの?」
「~~~~~貴方のせいですが、なにか」
なんだ、同じ人種の筈なのにどうしてこうも話が通じないんだ。
おかしい。
こんな筈じゃなかったのに。
「……なんですか。さっきからジッと人の顔みて」
「いやー、こんなに色んな表情みせてくれるなんて思ってなかったからさ。なんか、一気に親近感?てゆーかリナに近づけたのかなぁーって思って」
「ハハハ……勘違いもいいところですね。もう顔すら見たくないです」
「またまた~。本当は嬉しいくせに♪」
「誰が」
手ごわい。
手ごわ過ぎる。
怒りを通り越して呆れるわ。
未だにニコニコと微笑む彼に、私はドッと疲れた。
本日八本目の煙草を吸う私を、彼はまたジッと見つめてくる。
流石の私も、あまりジッと見られるのは慣れてない。
寧ろ苦手で恥ずかしい。
なので、コートのフードを目元まで深く被ってやる。
「…みるな。馬鹿」
「あ、照れた。可愛い」
「っ馬鹿阿呆オタンコナスっ!」
「アハハっ!そんな台詞、漫画でしか聞いた事ないわー」
「笑うな。喋るな。あとキモいです。本気で」
どうしてこんな悪態しかしない私に彼は諦める事も呆れる事もしないんだ。
不思議すぎる。
(…変な人……。だから好かれるのか?いやだー)
変な人に好かれやすいという要らないスキルが発動しているのか、もう本気で関わりたくない人種に好かれてしまった。
こんなスキル要らない。
煙草を吸い終わると、すぐさまマスクを装着して口元を隠した。
「え、なんで隠すの」
「…見られたくないからですよ馬鹿」
「えぇー、もっと可愛い顔が見たいのにー」
「可愛くないので却下です」
「可愛いよ?」
「いくないです」
「……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
「っちょ!連呼やめ!」
「だって自分の事、可愛くないとかいうから」
「あーもうっ!分かりました。口にはしませんからもう止めて下さい」
「思うのも駄目」
「~~~~~はいはい!わかりました!」
どうしてだ。
なんでこんなにも振り回されなきゃいけないんだ?
でも、自分の事のように怒るとか……ちょっと嬉しいかも………いやいや!ないから!
溜め息混じりにフと携帯のホーム画面を開くと、時刻は既に十七時を過ぎていた。
(…え、もうこんな時間!?カフェに入ってからいつもならもっと長く感じてたのに…)
確か、トイレに行ったのが昼過ぎで……かれこれ数時間くらい彼と居た事になる。
(でもこれでもう帰れる。しかも会わなくて済む)
「ん?どうしたの?」
「いえ。もう時間も遅いし私は帰りますね」
「えー?まだ十七時過ぎだよ?」
「なんですか、その残念そうな顔は」
「リナは嬉しそうだね。そんなに俺がイヤ?」
またこの人は……!
リスの次は子犬みたいにシュンとしやがって!
良心が痛むじゃないか。
「い、嫌じゃないですけど…」
「ならもっと構ってよー」
「嫌です」
「さっきは嫌じゃないって言ったじゃん!?なにその即答っ」
「犬みたいにキャンキャン吠えないで下さいよ」
効果音をつけるなら、ガーンというように彼は慌てて落ち込む。
嬉しそうに笑ったと思えば、次は落ち込んだり。
本当に変な人だ。
どさくさに紛れて、ノートとペンをリュックの中に放り込み携帯と煙草はコートのポケットの中へと仕舞う。
よし、早く出てやろう。
「じゃ、私はこれで」
「えっ、あ!いつの間にっ」
「もう会う事もないと思いますので」
「ま、待って待って!せめてライン教えて!」
いそいそとカフェの喫煙席から出ると、彼も慌てて出て来て付きまとわれる。
しつこい!本当に!!
「無理です。充電切れなんで」
「嘘だ!さっき携帯触ってたし!」
「チッ…よく見てますね?」
「今舌打ちした?!」
「気のせいですよ。ていうか、どこまで付いてくる気ですか?ストーカーなんですか?」
「さっきよりトゲトゲしいっ!でも俺は諦めないぞっ」
本当になんだ、この男は。
ちょっと、いやかなりしつこいぞ。
「はぁ……なら、どうしたら今すぐ消えてくれるんです?」
「ライン教えて!あと電話番号も!」
「増えてるんですけど…」
「教えてくれないと家まで着いてくからなっ!」
「……ラインだけなら、いいですよ」
「マジッ!?よっしゃー!」
こうして、結局ラインを交換してしまった。
いや、流石に家まで来られたら困るし。
仕方ない。
あとでブロックすればいいし。
「あっ、ブロックしたら次会った時に追い掛け回すからね?」
「…チッ……しませんよ」
「しようとしたんだね」
くそう。
エスパーかコイツは。
ブロックはできなくなりました。
だって、またカフェで遭遇した時が怖いし。
いや、カフェ以外で会った時に逃げ切れる自信がない。
あと、今日以上にしつこくされるのは勘弁して欲しいと思った。
「じゃ、私はこれで」
「またね~、リナ♪」
「……鳥肌立つから止めろ。その顔」
今日一の睨みを利かして、私は外に出て行った。
急いで自転車に乗って珍しく真っ直ぐにお家に帰りましたとも。
「……疲れた。今までで一番疲れたかもしれない…」
溜め息混じりにベッドへ飛び込む私は、携帯が震えたのに気付いてロック画面を開いた。
「……開けるんじゃなかった。いいや、無視無視」
見た瞬間に私は眉間に皺を寄せた。
何故って?
そりゃあ、奴からラインが来たからですよ。
しかも返事に困る内容で。
”今日は楽しかったよ♪また今度会えたらいいねー。好きだよ♡“
正直言ってうざい。
なんで、こんなメールを送るんだ。
イイ迷惑だ。
(……でも、ちょっと楽しかったのはあるかな)
変な人ではあるけど、ちょっとだけ興味が湧いた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる