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六話
しおりを挟む会社から出ると、私は迷わずにカフェに向かった。
お昼頃だからか人は多くて、並んでいる間に喫煙席のお気に入りの場所が空いているかチラチラと覗き込む。
端から見たら不審者の何者でもないな。
「いらっしゃいませー。店内でお召し上がりですかー?」
「あ、はい」
「他にご注文がおありならどうぞー」
「えっと、クリーミー抹茶ラテとアイスコーヒーで」
「かしこまりました。チョコクロワッサンとクリーミー抹茶ラテにアイスコーヒーでお会計、九六五円になりますー」
あー、多分きっと絶対に顔を憶えられてるわー。
先週も三日くらい来たし。
大体同じ店員だしなぁ。
めっちゃ営業スマイルしてるけど、絶対にまた来たのかと思われてるぞ。
「では、こちらで少々お待ち下さーい。次のお客様どうぞー」
ヤバい、めっちゃテキパキしてる。
お釣りも貰ったし、後はコーヒー用のガムシロを四つ取って……あぁ、クリーミー抹茶ラテのかき混ぜるスプーンも。
注文が出来上がると、私は直ぐにお気に入りの席へと荷物を置いた。
(…よし、場所は確保したし…灰皿灰皿…)
クルッと振り返ると私は急に現れた壁にぶつかった。
「あっ、すみませ………んっ!?」
慌てて謝ろうとすると、視界の端でチラリと見えた金色に不思議に思って顔を上げてみると驚いた。
「やー、リナっ♪」
「な、なななっ!なんで居るんです!?」
「リナに会いたくって♡」
「私は会いたくないデス!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ほら、今日はお腹鳴らないように頼んだんだよ」
「聞いてないですがっ!?」
また現れた。
最悪だ、昨日の今日でまた会うなんて!
どうしよう、今からじゃメニューを頼んだお金が無駄になる。
しかも、今日は親友が来るってのに……コイツ邪魔だな。
嬉しそうにニコニコ笑う彼に私は心底嫌そうな顔を向ける。
なんでだ。
どうして今日も居るんだ。
本当にストーカーなんじゃないのか、この人。
「それより、リナ酷いじゃないか。既読スルーするなんて」
「……あんな気色悪いメールの数にどん引きしたんですよ。あと消えて下さい」
「いやー、それにしても今日はラッキーだったよ。まさかリナに会えるなんて思ってなかったし♪」
「いや、だから話し聞けよ。どんだけ図太いんですか」
「えっ!リナからそんな言葉が聞けるなんて…でも、大きさは関係ないよ。なるべく痛くしないように慣らすか────」
「なに言ってんだアンタ!馬鹿ですか!?」
何を言い出すかと思えば、この男…!
思わず口封じしてしまったじゃないか。
そもそもさっきの流れでどーしてそんな阿呆な事を口走るんだ、本当に話しの通じない最低野郎だ。
朝からコイツのせいで精神参ってるってのに、更に疲れるんですが。
え、蹴っていいですか。
どうせドMだし。
今だって口を塞がれて喜んで………キッモ!
なんで喜んでるんだよ!!?
頭おかしいよこの人!
一気に鳥肌が立った私は慌てて塞いでいた手を離した。
「なんで口塞がれて喜んでるんですかっ。本当にドMなんですか!キモいです、無理です、近寄らないで下さい!」
「そんな否定しなくても良くない!?」
「だ、だって!いくら顔が良いからってドMは引きますよ!流石にキモいですよ!」
「いやいや!誤解だから。リナから触ってくれたのがちょっと、いやかなり嬉しかっただけだからっ」
「それもどうかと思いますけど!?」
ゾワリと危険を感じた私は一歩一歩と後退りする。
誤解を解こうと必死に弁解しようとするが彼の行動は更にその場を悪化させるだけだった。
「あー、悪かった!今のはナシ!」
「悪いと思うならなんで近づいてくるんですかっ」
「え、可愛いから」
「当然のように言うな。近寄ったら刺すっ」
「ちょ、そのカッターどこから出したの!?」
「秘密です」
「わ、分かったからっ!もう近付かないから!」
流石に危機を感じたのか、彼は降参するように両手を上げて青ざめる。
良かった……たまたまペンケースに戻すの忘れてて。
何かに使えないかとペンケースに入れてただけだったのだが、思わぬ場所で役にたったじゃないか。
よし、護身用にこれからも持ち歩こう。
「そこ、どいて下さい。灰皿を取りに行けないです」
「あぁ、俺が取るよ。ついでだし」
「……帰る気はないんですね」
「うん。全く」
「はぁ・・・なら、お願いします」
もうなんでもいいですよ。
私は今疲れてるんです。
こんなに疲れる予定じゃなかったのに、この男のせいで要らないダメージを受けてしまった。
使えるモノは使ってやろう。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ~♪」
灰皿を二つ持って来た彼は一つを私の方に渡して、何事もなかったように当然の如くに昨日と同じ席に座った。
……本当に、諦めの悪い人だな。
というよりも、そろそろ親友が来るんじゃないのか。
今何時だろう。
彼の事はもう空気として扱えばいいと、私も昨日と同じ席へと座り携帯のロック画面を開く。
「………んっ?」
「どうした?可愛い顔が台無しだよ?」
「黙りなさい。貴方には関係ありませんから」
つい声が漏れてしまって、聞き逃さなかった彼に冷たくあしらうと私はロックを解除してラインを開いた。
親友からの最後のラインがおかしかったのですよ。
”いつから?“
こんな一言じゃあ分からず、あと数件着ているメールを私は遡ってみた。
”今から行く“
”着いたぞー“
”おーい“
”え、待って待って。もしかして彼氏様?“
数件のメールを確認していく内に、私は次第に青ざめていく。
ハッと気付いてカフェの入り口付近をキョロキョロみると、そこにはニヤけた親友が手を振っていた。
「………最悪だ」
私は急いで親友の所へと向かった。
奴の事など当然そっちのけ。
荷物すらそっちのけにして。
「マイさん?誤解だからね!?」
「ほぉー?へぇー?どこが」
「今見たもの全てがっ」
いったいどこから見ていたのか。
親友はからかうように笑う。
だから嫌だったんだよ!
この子はそうゆう人だから!
取りあえず誤解を解くべくして私は昨日の事から話始めた。
その間もニヤけた表情は変わらなかったけれど。
「で、今日はたまたま居たと言うか。現れたと言うかっ。虫の如くにわいてきたの!」
「分かった分かった。一旦落ち着こう」
やっと誤解が解けたのかと安心したけれど、次の言葉に私は頭を抱えたくなってしまうのだ。
「お邪魔そうだし、アタシ帰ろうか?」
「なんでそーなるの!?」
何故だ。
何故分かってくれないんだ親友!
「いいんじゃない?宮本にもやっと春が来たじゃん」
「要らない!てか、マイさんはそれでいいのっ!?彼女が困ってるんだよっ」
「誤解を招く言い方すんじゃないっ」
ああ、それでも親友ですか。
お見捨てになるのですかっ。
ウルウルと助けを求めるように親友を見つめると、深い溜め息を吐いて仕方ないなと呟く。
「冗談だよ。見捨てたりしないって」
「本当に!?」
「じゃ、早速行きますか」
「えっ、どこに?」
「決まってんじゃん♪」
助かると思って安堵したのも束の間で、親友はテクテクとカフェに入って行く。
その後をついて行く私は親友の表情で嫌な予感を感じた。
ヤバい、この顔は見たことあるぞ…。
てか、今日の格好もイケメンだなおい。
彼女を女だと分かっている私は良いけど、振り返る女性らの顔は明らかにほんのりピンク色に染まっていた。
(……なんて罪深い親友なんだろう…)
呆れて親友の後ろ姿をジッと見つめて密かに溜め息を零した。
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