『~POISON GIRL~』

東雲皓月

文字の大きさ
5 / 5

No.4 暖かい腕の中

しおりを挟む
 

カツンッカツンッと鉄の梯子を降りる二人

薄暗く水の音が聞こえる

どうやら地下水に繋がっているようだ

コンクリートに足が着くと微かに水の音が聞こえる

彼は持っていたライトを付けた

「・・・地下水だったのか」

「あっちの方に行きましょう」

チハルが指を指す方向へとライトを照らしながら歩き始める彼は、ちゃんと後ろから着いてくる足音に耳を傾けて小さく呟いく

「…さっきは悪かった」

「え?何がです」

「君達じゃないと分かっていたのに、試すような事をした」

「っ!」

「だが、犯人が捕まって居ない以上は疑うしかなかった・・・だから、悪かった」

前を歩く彼は本当に申し訳ないと顔をチラリと後ろへ向けて再度謝って来た

チハルは試されていたのかと思いつつも、怒りが湧く事がなかったのでもういいですと許す

「まだ名乗ってなかったな。俺はクリス・ヴァーチェだ。自衛隊特殊部隊のリーダーをしてる」

「私はセナ・チハルです。セナが苗字でチハルが名前です」

「……日本人なのか?」

「はい。と、言っても日本語は喋れませんけど」

「そうか・・・なら、チハル。君に聞きたい、確認したい事とはなんだ?」

「・・・言わなきゃ駄目ですか?」

「あぁ」

彼・・・クリスはチハルを呼び捨てにして挙げ句には話せと言ってくる

まるで言わなければ今からでも引き返してもらうとばかりの脅迫めいた言い方に、チハルは少し考えたがマイクも居ないし仕方ないかと諦めて話し出す

「実は、避難所へ入る前に見知った人が居て・・・それが信じられなくて身動きが出来なかったんです。だから、避難所へ居なかったのはそれが理由ですね」

「見知った人?」

「えぇ、確かではないですが・・・もしそうならこの騒ぎの中心に居るのはその人だと私は思ってます」

チハルの言葉に信じられないと振り返って立ち止まるクリスに、まだ仮説ですけどと眉を下げて一言加える

その顔が仮説でないように見えたのはクリスの見間違いではないだろう

確かな何かを知っている様子のチハルに、クリスは益々彼女に興味が湧いた

「・・・成る程。じゃあ、チハルが言った“信じられない”理由は?」

「十二年前に、私が焼き殺した筈なんです。その人物を」

「っ!?」

「知りませんか?十二年前に、施設のような建物が焼き野原になった事件」

「まさか、あれをチハルがやったのか?」

「えぇ、噂では事故とされてましたけど・・・その理由は明白です。“知られたらマズイから事故に見せ掛けた”・・・現にどんな建物だったのかまでは誰も知らない・・・私が燃やしたからってのもありますけど、アイツが生き延びていたならきっと揉み消す筈です」

「・・・じゃあ、今回の件でそれが分かるのか」

「そうですね・・・あ、こっちです」

話しの腰を折るようにチハルは指を指して、二つの道の一つを迷う事なく指すので流石のクリスも不思議に思った

初めての道だというのに、彼女は何故そんなに堂々と云えるのか

足取りに迷いがないチハルにクリスは純粋に疑問を抱く

「どうして分かるんだ?」

「それは・・・っ、壁に触らないで!」

身体ごと振り向くクリスの肩が壁に触れそうになってチハルは慌てて彼を引っ張り壁から離す

辛うじてチハルは尻餅だけで済み、クリスはそんな彼女の身体に寄りかかる型になる

「はぁ、危なかった・・・」

「チハルは意外と大胆なんだな」

「えっ?何を言って・・・っ違います!あれを見て下さい」

安堵しているチハルにクリスはクツクツと喉を鳴らして笑ってそう言うと、不思議そうに首を傾げたチハルが何を言いたいのかが分かり直ぐ様クリスから離れてライトを壁の方に向けた

照らされたライトの先には、ドロリとした得体のしれない怪しい物がこびりついている

所々ではあるが、このこびりついた跡からして随分前から付けられているような感じだ

「あれは?」

「毒です。触れただけでも麻痺して身体の自由を奪うんです」

「っ!?」

「因みに、この先にも色々な毒がついているようなので壁には絶対に触れないで下さい」

「・・・分かった」

頷き立ち上がるクリスは、壁に注意しながらも前に進むべく歩き出す

これで良かったと思う半分、意外にもすんなりと受け入れられた事にチハルは驚きが隠せない

事情も理由すら聞いて来ないクリスに不思議さと少しの罪悪感を感じてしまうくらいだ

何故彼は信じた?

何故、不気味がらない?

チハルを警戒しない?

もしかしたら内心で不気味だと気味が悪いと思っているかもしれない・・・なら、このまま黙って事が終わるまで隠そうか

でも・・・それをしてしまったらきっとまたチハルの頭から消えない記憶として残るかもしれない

マイクにすら、言っていない事ばかりをクリスに打ち明けたのも不思議だった

(私は、、、何故話した?しつこく聞かれるのが嫌だったから?違う、、、じゃぁ、どうして、、、)

いくら考えても分からない

それでも一つだけ言えるなら、クリスには全てを知って欲しいという気持ちが湧いてきて止まない事だけ

不思議だ、本当に

「……クリス」

「ん?なんだ」

「その、、、、、どうして、何も聞かないの?私が、怖くないの?」

恐る恐る口を開くと、ピタリと足を止めたクリスがコチラを振り返った

聞いておいて急に拒絶される事がまた怖くなったチハルは、俯いてクリスの顔を見ないように避ける

そして少しだけ“あの頃”を思い出す

まだマイクに助けられて間もない頃を・・・

「チハル、君は何に怯えてるんだ?」

「え、、、?私が、怯えてる…??」

「正直に言えば、多少不思議には思う所があるし何故そんなに自分を否定したがるのか分からない。だが、急かすつもりも貶すつもりもない」

「っどうして?不気味だと、気持ち悪いと思わない訳じゃないでしょ?!私自身っ、私が気持ち悪くて仕方ないのに……!」

「チハル!」

「っ!?」

「・・・君は綺麗だ、どの女性よりも。その背負った物がなんであれ・・・俺は君が美しく見える」

自分を見失い正気を失い掛けたチハルに、クリスは自分をその瞳に映すようにして真っ直ぐに真剣な表情でチハルを見つめる

微かに寂しさが見え隠れするクリスの顔にチハルは正気を取り戻したと同時に、クリスの言葉で顔が火照る感覚を感じた

今まで、こんな真剣な顔をして自分をベタ褒めする人が居ただろうか?

まるで自分の事のように傷付いた表情をする人が、チハルの周りに居ただろうか?

マイク以外、誰も居なかったチハルの世界にクリスは水のように溶け込んで入ってくる

一番の驚きは、それが嫌だと思わない自分自身だった

人との関わりを絶つと決めていた筈なのに、マイクやクリスは何故見ず知らずの自分をここまで思ってくれるのだろう

マイクの場合、人助けを趣味としている部分があるから分かる気はするが・・・クリスはどうだ?

何のメリットもないのに何故?

分からない事ばかりが頭の中を渦巻いていく

「・・・実を言うと、君の事は仲間から聞いていた。走り込みや手合わせの体験をしただろう?」

再び歩き出したクリスがゆっくりと口を開くと、考え事をしていたチハルは慌てて後を追うように後ろへつく

その間もクリスは言葉を選ぶように話続けた

「あまりに皆して褒めるんで、どんな奴か気になってな。射的場にいると聞いた俺は見回りついでに寄った」

「・・・そう」

「ピストルで、しかもあの距離は流石の俺も驚いたが・・・同時に警戒もした」

「当たり前よ。私だってそうする」

「だがな、あの場を辛そうに去る君を見て警戒する気も失せたのも事実なんだ」

「・・・え?」

前を進むクリスは、ライトを照らしたまま顔だけをチハルへと向けてジッと見つめる

クリスの言葉で立ち止まったチハルにクリスも立ち止まり、今度は身体ごと向けた

そして、少し空いた間を縮めるとクリスはゆっくりと口を動かす

「去った君が気になった俺は後を追いかけ、ベンチに座っていた君を見て理解した。あれは、生きる為に必要だったからなんだろうと」

「っ!!」

「俺達自衛隊も、生きる為に守る為に必要なら武器を手に持つ身だ。長く居ればその区別だって出来るようになる」

どうしてクリスに打ち明けられるのか、今やっと分かった気がする

不思議だと思っていたが、それは本能が“この人なら理解してくれる”と分かっていたからかもしれない

だからマイクにすら話せない“秘密”をクリスに話した

マイクを信用してない訳じゃないが、受け止めてくれてもこの想いは理解できないと思っていたのだろう

だから話せなかった

なのにクリスは、受け止めてくれるだけでなく理解もしてくれた

(そうよ・・・本当は要らないのに、生きる為には必要だったから・・・嫌でも必死に身に付けた。それを、クリスは理解してくれた)

ずっと溜まっていた気持ちが、溶ける氷のように溢れてくる

身が少しだけ軽くなるような感覚を感じた

「───辛かっただろう。ずっと」

「っ・・・ん」

「もう、一人で抱えるな。俺が側にいる」

「クリス・・・」

「会って間もないが、今言った事に嘘偽りはない」

辛かっただろうと抱き締められたが、この暖かい腕の中が不思議と心地よくて嫌じゃないと思った

側にいると言って、抱き締める腕の力が強まった気がしたが・・・それすらも嫌とは感じなかった

だから少しだけでも返せたらと、チハルもクリスの背に腕を回してギュッと強く抱き締める

濡れた顔を隠すように


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...