借り物勇者のクラス転移〜他人の能力を自由に使える俺はだらだらと異世界を遊び抜く〜

空見 大

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転移前

転移前①

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閃光が走り剣士は不敵な笑みを浮かべた。
止める事など不可能なはずの人類の反応速度を嘲笑うようなその攻撃を、剣士は何のことはなく指先で掴んで止める。
物理的にそんな事が可能なのか、そもそもなぜ剣で防ぐ事をせずにわざわざ自らの手で止めたのか。
そんな疑問さえ浮かばないほどの圧倒的な力量差を見せつけた剣士は、自らの兜を取り外し顔を見せながら敵に向かって言葉を発する。
ーー愛していると。

「あーもうまたこういう展開かよ。なんでこんなシーンで告白するかな」

読んでいた本を閉じ、雑に引き出しに押し込みながら鈴木湊すずきみなとはため息をつく。
本の表紙に書かれている題名は「天才剣士である俺がチート能力を手に入れて魔法の力に覚醒し、女の子にモテモテになる件について」。
友人から面白かったからと言われて見てみれば、確かになるほど前半部分の入り込みは確かに光るものがあるだろう。
強い力を手に入れた主人公が自由に冒険する姿は、勉強という行為に縛られている学生の胸に直接響くし、何より細かに描写された異世界の姿は現実という足枷を壊して夢の世界へと導いてくれるようにすら感じた。
だが最後の展開だけは理解する事ができない。
主人公が最愛のヒロインを奪われ助けに行く際に、敵の親玉が小さい頃から育てて来た暗黒騎士に対して思いを伝えるなど、いっそ喜劇だと言ってもらえた方が精神的にまだマシだ。

「どうかしたのか? 機嫌が悪いみたいだけど」
「これ借りてみて読んだんだけどさ、最後の最後で展開が最悪だったんだよ。しかもそのまま次巻に引っ張ってるし」
「そーゆう事ね。誰に借りたのそれ」
「二組の田村に借りた。あいつ結構マニアックなやつ集めてるから気になってさ。ちょっと文句言いに言ってくる」
「行ってら~」

隣の席の男子生徒と少し会話をしてから、隣の教室へと足を運ぶ。
いまの時間は丁度昼休みであり、他のクラスに入ったところで特に先生からお咎めがある訳でもない。
後の席の方に座っている田村を発見し、湊が歩き出した次の瞬間。
教室が黒に染まる。

「なにこれ? 停電?」
「停電はないでしょ、そもそもさっきまで電気もつけてなかったんだし」
「ならなんでこんなに暗いのよ。手元すら見えないんだけど」
「ちょつ! いま俺の足踏んだやつ誰だよ!」
「…なんなの眠いんだけど」
「あれじゃない? 卒業まであと30日くらいしかないし、先生がドッキリしに来たんじゃない」

様々な憶測が飛び交いあい、いろいろな意見が出る中で、出入り口に近い湊だけが異変に気付いていた。
教室から出る事ができないのだ。
先程まで出入り口だった筈の扉はまるで元々壁だったかのように全身全霊の力を込めても動かず、湊は徐々にこの事態が何かまずい物だと本能的に察知する。
とはいえ何が出来る訳でもなくどうしようかと頭を悩ませていると、不意に教室の中心に眩いばかりの光が現れる。
形容する事が困難なそれを目で直視しながらも、出入り口を探す湊の頭の中で老人のような、それでいて若人の様な声が響く。

「こんにちわ、若き者達よ。君達は見事選ばれた、世界を救う為の救世主として」

救世主という言葉に湊は少し笑みをこぼす。
そう言えば先程読んでいた本の冒頭部分も、こんな感じだったと考えて。
目の前のあれがなんだかはおそらくこの場にいる全員が分からないし、きっと世界中の人を集めたところで分からないんだろうけれど、一つだけ分かった事がある。
きっといまから目の前のそれが言う言葉一つ一つが今後の人生を左右するものであり、決して聞き逃してはいけないと。
教室の誰もがなんとなくそれを分かっているのか、教室の中はもはや呼吸の音すらうるさいと感じるほどの静けさだった。

「ひぃ、ふう、みい。数人ほど多いがまぁいいか。さて、何か質問はあるかね」

目の前の何かが生徒の人数を数え始め、おそらくは当初の予定より多かった事に疑問を感じたらしかったがそれもいつの間にか霧散したようで、辺りを見回しながらそう言った。
先程も言ったとおりいまの時間帯はお昼時であり、他クラスへも簡単に入れる事から何人か他のクラスの人間がこのクラスにはいる。
かく言う湊もその内の一人だ。
そしてその部外者の内の一人、生徒会長だったかをしている生徒が、緊張を隠すこともせずに言葉を発する。

「あ、貴方は誰ですか?」

言葉に詰まるのも無理はない。
おそらくは上位の存在に向かって自発的に言葉をかけるのは、そもそももう少し躊躇って然るべきものであり、そう考えればこんなにも早く疑問を口にできたのはさすが生徒会長というところか。
そんな生徒会長に対してが言った言葉は分かりやすく端的なものだった。

「神だ。次の質問は」

神と言われて一番先に思い浮かぶものと言われれば、あの超常の力を持ち全ての生命体の頂点に立つ人類をもってして敵わない最強の存在。
一度その力を振るえば人類どころか全生命体の半数をものの数秒で沈め、七日間で宇宙すらも破壊する。
絶対者であり創造者であり、そして破壊者でもある。
人類の完全上位互換の生命体であり、そして人類が崇める数少ないものの一つでもある。
そんな神がいったいどのような要件でそのような事を言ったのか、その言葉の真意を掴もうとするなどもはやただの学生の領分など軽く超えている。
基本的に湊は神など信じないが目の前の存在を見て、果たして神という存在を信じずにいられる人間など存在するのだろうか。
それほどまでに目の前のそれが呟いたその言葉はリアリティがあり、そして重たかった。
だからこそ湊は頭の中で情報を整理し、戸惑うクラスメイトよりも先に言葉を投げかける。

「貴方は先程世界を救う救世主に選ばれたと言っていましたが、それはどういう事ですか」

湊が神に対して質問した理由は二つある。
一つ目は湊自身の印象を神に残す事。
神が人間の事をしっかりと認識できるかどうかは分からないが、もしこれから先なんらかの面倒ごとが起きた際に神という後ろ盾があればかなり楽になるという算段から。
とはいえそれはこうなればいい程度のものであり、本質的なものとしてはこの質問の答えにもよるが、もし他クラスから来た人間が邪魔になるようなものであった場合になるべく敵対心を向け辛くする為だ。
そんな意図を含めた湊の質問に、神はまたもやそっけない態度で答える。

「適当に選んだ人間の集団をこの世界へとは別の場所へと向かわせて、生産意欲や戦闘に対する意欲を刺激する為の人員として異世界へと行って欲しい。
という事だ、ちなみに拒否権はあるので君のいるその扉から出てくれれば今回の話は無かった事になる」

そう言われて後ろを振り返って見れば、先程まで開く様子もなかった扉が僅かに空いており、外に出られそうな様子を感じた。
それを見て一部生徒達の顔が明るくなり、一応とはいえ安全を確保できそうな状況になり湊も安堵する。

「さて、次の質問はないかな。……無いようなので次の話だ、君達もまだどのような世界か分かっていないのに、それで行くというのはいささか不安が残るだろう。
と言うわけで分かりやすくパンフレットにしてみた」

渡されたのは高校の紹介パンフレット程度の薄さの、ページ数にして二、三十ページ程のそれが教室にいる全員の目の前にいきなり現れる。
それを手に取り中身を見ていくと、徐々にページをめくる指が重くなるのを感じる。
中身からして胡散臭い。
これならまだ自称進学校のパンフレットの方がいくらか信じやすいというものだ。
明らかに異世界に行った人間の死者数に関する情報が省かれているし、さらに言えば転移後にどのような場所に飛ばされるかすら書かれていない。

「んん? どうしたそこの少年、何か嫌な事でも書いてあったか」
「いえそう言うわけでは。ただこんな世界に飛ばされても僕の出来そうな事は無いですし、今回は辞退させていただきたいとーー」
「ーーそう言えば話は変わるが、その世界にいる生き物は何も人間だけじゃない。龍やエルフ、ドワーフなんかの種族もいるぞ」

露骨に話は逸らされたーー逸らされたが。
目の前の神はなんと言った? 龍やドワーフがいる世界? いままで心の底から追い求めていながらも諦めかけた夢が、忘れようとした夢が叶うのか。
ならば湊が取る行動は一つだけ、近くにあった椅子を手に取りそれに腰掛け神に向かって言葉を発する。

「さて、詳しく話を聞こうか」

これは一人の青年が自らの夢を叶える為に異世界に行く話。
そこに善意など存在しない、あるのはただ純粋な好奇心。
彼が異世界に行くまではあともう少し。
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