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幼少期編
遊びの日
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エルピスがこの世界――異世界に転生して、もう既に四年。
高校生としての生活から、メイドや執事たちと暮らすこの生活にも慣れてきて、エルピスにもようやく腰を落ち着ける時間ができてきた。
最近はようやく遠征から父も帰還し、エルピスは魔法についての訓練も父から直接指導を受けている。
生まれた時には家にいた父だが、それ以降エルピスが会うことはなく、数ヶ月前に父親が家に帰ってくると聞いた時は、少しエルピスもドキドキしたものだ。
出会ってみれば母親と同じく、子供に対して真摯に愛を注いでくれる親だった。
――久しぶりの出会いは玄関先で。
『お帰りお父さ――ぐふぇっ!』
『会いたかったぞエルピス! こんなに大きくなって! 見た目で言えば七歳くらいか? 可愛いなぁ』
『痛い……こきゅ……』
『わー! イロアス様! エルピス様が伸びてます!』
おそらく帰ってくるまでの道中で服に付着したであろう泥を払う暇すら惜しむようにして、玄関先で父のことを迎えていたエルピスのことを抱きしめたイロアスの姿は、メイドたちの間で写真が出回るほど家族愛に溢れる瞬間だったらしい。
当事者であるエルピスとしては突然のことすぎて心底驚いたのだが、クリムも同じようなものなので、慣れていると言えばこういうことには慣れている。
(それにしても父さん強かったなぁ……最高位冒険者なのは知ってたけど、片手で数えられるくらいしかいない最高位なだけあって強すぎる)
父との戦闘を思い返すと同時に、この前、洗濯物を乾かす際に目障りだからと、そこら辺にあった小石で龍を追い払っていた母を思い出す。
それと同じく、話を聞いている間にこの世界の名前のルールというものが少し見えてきた。なんでも王族と貴族は苗字があり、平民は苗字が無いらしい。
この辺りはやはり異世界らしいと言えばらしいだろう。
だが例外はいくつか存在し、没落した貴族や亜人種などは苗字持ちが多いとのことだ。
王国内では厳正なルールで名を縛っているわけでもなく、名乗ろうと思えば平民も名乗れるらしいが、そこは空気を読んで、というところらしい。
――さて、父さんが嫌がりながらしぶしぶ薪割りに出て行ったから、久しぶりに一人になって退屈だ。
「魔法もある程度は極まってきた感じもするし」
リリィとヘリア、それにエルピスが魔法関連の技能強化のために作り出した宝玉を何度も食べさせられて、最早赤い魔力が面影程度しか残っていないフィトゥスにいろいろと教えてもらっているので、魔法に関してはかなりのレベルまで到達した。
フィトゥスに聞いたところ技能レベルはⅤが最高らしく、五大魔法も既に十に近いので、だいぶ強くなれたと言っても良いだろう。
「フィトゥスいる?」
与えられた自室でゴロゴロするのにもいい加減飽きてきたエルピスは、天井を眺めながら小さな声でフィトゥスの名を呼ぶ。
これで来るのかなーという思いが半分、純粋にいるかなーという気持ち半分で声を出してみる。
「――お呼びですかエルピス様」
天井の板がガコッと音を立てながら回転したかと思うと、フィトゥスがその穴から降り立ち音もなくエルピスのそばに立つ。
当然のことのようにその場でエルピスの指示を待つフィトゥスに対して、エルピスは率直な疑問を投げかける。
「前にリリィがそれしてたから今はもう驚かないけど、本当にどうなってるのそれ?」
いつからこの家は忍者屋敷になったのだろうか。
この前来た執事のうちの数人ほど手先の器用な種族がいたので、この程度の仕掛けならすぐに作れそうではあるが、それにしてもだ。
もう一度上を見てみれば綺麗に穴は埋まっており、無駄な技術力の高さに少し頭が痛くなる。
「これはエルピス様にストレスを与えず、さらにプライバシーを保護しながらいつでもお手伝いが出来るようにと、屋敷の者がおふざけ――真面目に作った屋根裏ですよ」
「いまおふざけで作ったって言いかけたよね!? 間違いなく言いかけたよね!」
薄っすらと笑みを浮かべ楽しそうに喋るフィトゥスは、エルピスの言葉に対して何のことやらという表情を浮かべた。
それすらも絵になるのだから美形というのはなんとも卑怯だと思っていると、フィトゥスから疑問の声が上がる。
「それでエルピス様、いったい私に何の用でしょうか? すみませんが食事の時間にはまだ早過ぎまして……」
「食事ならまだ作らないよ。というか最初の頃は暴走するとか言っていたのに、今では食事にまでランクダウンしたんだね……いやまぁフィトゥスが辛いのは嬉しくないから良いんだけどさ」
最初の頃はいくらエルピスが辛くないようにと頑張っても、常にしんどそうな顔をしていたが、今となってはフィトゥスにとってもエルピスが作る魔力結晶はおやつと同じだ。
悪魔という種族だからこそ耐え切れたのだろうが、それでも死なずにここまで進化できたのはひとえにフィトゥスの元からあった才能と邪神の称号のおかげだろう。
冬が近づいてきて髪を伸ばしはじめたのか、腰下まで届きそうな黒髪と整った顔立ちは中性的な印象を与えてくる。
さらに黒い服で全身を統一しているので体のラインも見えづらく、そういった点においても性別がどちらなのかははっきりとわからない。
「そう言って頂けると私も嬉しい限りです。それでしたら本当に一体何の用事でしょうか? もちろん私的には意味なく呼ばれようとも嬉しいですけど、普段はこの時間お昼寝となっていますよ。何かありましたか?」
「今日起きるのが遅かったから、昼寝するほど眠たいってわけでもないんだよね」
「冬も近いですからねぇ。それなら何をいたしましょうか? 釣りですか? 魔法の訓練ですか? 工作ですか? 私的には料理辺りもそろそろ始めてもよろしいかと思います。
確かに人類種の男性は料理をしないらしいですが、真の美食というものはやはり自らの手からしか生まれません。他人の作ったものはどこまで行っても完璧な自分の好みの味にはなり得ないですから」
動作や仕草を入れながら、フィトゥスはエルピスに何をするか尋ねる。
確かに工作や釣りも良いし、そろそろ料理の練習を始めるのも良いだろう。
前世では料理など熱湯さえあれば出来るようなものしかしてこなかったが、この世界に来て料理を始めてみるというのも悪くない。
幹に料理を作ってもらうという約束をした手前、今まであまりしないように意識していたが、逆に美味しい料理を作って委員長を驚かせるというのもなかなか面白そうだ。
――そういえば幹たちはいつこちらの世界に来るのだろうか?
もしかして彼等が向かったのは、こことは別の異世界なのだろうか。そんなふうにエルピスの思考が横に逸れていっていると、ふと窓の外に見える森が一面紅葉しているのが目に入った。
「綺麗だな……今日は森に行きたいんだけど大丈夫かな、フィトゥス」
「おっとまさかのオールスルーですか、ちょっと泣いちゃいそうですね。
この時期の森は冬眠に入る動物たちが暴れるので、あまりオススメは出来ませんが……確かに紅葉は綺麗ですしね、リリィとハネスさんとヘリア先輩がいれば何とかなるでしょう」
軽く流してしまったのは申し訳ないが、前世で手を出さなかったことに手を出すなら、まずは外に出てみる方から始めてみたい。
コンクリートジャングルとまでは行かずとも森の中に入ったことなど何度あった事か、思い出せても小学生の時に校外学習で行った山がせいぜいだろう。
異世界と日本の秋は違うだろうが、それでも景色の美しさに対して感じる心はエルピス自身が変わらないうちは同じだ。
なんだか直感でしかないが、昔を懐かしめる気がする。
「ごめんごめん、明日やろう。母さんは来れないのかな?」
「この時期はクリム様も色々とバタついているようですし、ここは我々だけで行くほうが良いかと。どうせなら明日使う食材も集めに行きましょうか。自分で手に入れた食材は格別ですよ」
「それもそうか、どうせならいっぱい人を集めて森の中で宴会でもする? 出来たらだけど。あとフィトゥス結構料理好きでしょ、今度作ってよ」
何気なく、ただ善意で発しただけの言葉に対して、エルピスの部屋の扉がガタッと反応する。
扉に意思がある訳でもないのにあそこまで派手に動いたということは、誰かが聞き耳を立てていたのだろう。
別に聞かれてまずい話をしている訳でも無いし特に気にせず、そのままの流れでフィトゥスに答えを聞こうとした時。
数十秒ほどしか経ってないはずなのにドタバタした音が扉の奥から聞こえてきたかと思うと、扉を壊すほどの勢いで数十人が部屋に入ってくる。
全て顔見知り――つまりメイドや執事である彼女彼等は普段なら着ている執事服やメイド服を着用しておらず、アロハシャツやTシャツなどのかなりラフな服装になっていた。
手にはどこで発売されているのか水鉄砲のようなものやボール、釣り竿にスイカもどきなど様々なものが抱えられていた。
「「宴会と聞いて駆けつけました! さぁ遊びに行きましょうエルピス様!!」」
「宴会というよりはどちらかというと、みんなの格好は今から海行くって感じだけど……じゃあ宴会しようか!」
「青い空、白い雲、そして水着で川を泳ぐエルピス様…あぁ何故今年の夏は暑くなかったのか」
「そんなこんなの理由で今日一日は夏、という事で進行しますので、宴会というより夏の遊びに近いかもしれませんがまぁ構いませんよね」
「では森の最奥地、巨大な湖にれっつごー!!」
「「れっつごー!!」」
「こういう時みんな動き出し早いですよね。あ、料理の件ですけど任せてください。とびっきりのを作りますよ!」
本来ならば紅葉狩りでもしようと思っていたのだが、ここまで乗り気ならば仕方がない。
なんだか嬉しそうなフィトゥスの手を握って、エルピスたちは森の奥へと向かっていくのだった。
道中、見るからに危ないキノコを食べて、猫人が数人家に帰る羽目になったのはご愛嬌。
/
スイカ割りに川釣り、石切りや魔法を使っての雪合戦ならぬ砂合戦など。
夏の代表的遊び――砂合戦をするかは別として――をだいたい終えたエルピスは、今もなお普段からは想像できないほどに騒ぐメイドや執事たちを眺めながら、一人静かに水面を眺める。
水面に映るのは不気味なほどに整った自分の顔、化粧でもしたらこんな気分になるのかなと思いつつ、前世の自分とは全く自分の顔に今さら違和感は抱かないが、手でほっぺをむにむにと動かしてみる。
痛くはないが、なんだかおかしな気分だ。
「――何か考え事ですか、エルピス様?」
「まあ色々とね。そういえばフィトゥスはよく今の状態の僕が見えるね、結構本気で隠れてたつもりだったんだけど」
「エルピス様が悩んでいるのなら、私はいつでも側に現れますよ」
盗神の力を意識的に使用して限りなく影を薄くしていたつもりだったエルピスは、それをフィトゥスに見抜かれて少し驚く。
キザなセリフを言いながら隣に座るフィトゥスに、今考えていることを言うべきか言わざるべきかエルピスは少し悩む。
エルピスが考えていたのは同級生たちのこと、もっと正確に言うなら委員長や数少ない友達のことだ。
彼等は確かそこまでハズレの技能を獲得したわけではなかったと思うが、死の危険性が無いとは言い切れない。
この世界では自分が死なないと思っている生き物から先に死んでいく、それはまだ短い期間ではあるがこの世界で過ごしたエルピスが実感した事実だ。
――とは言えエルピスもただそれだけなら、こうして早急に悩む必要は無い。
神から与えられた能力がある以上簡単には死なないだろうし、もし会う時があるのなら会えるだろう。
それに急いで会う理由も無いからだ。
ならば何故エルピスはこうして頭を抱えているのか。
それは本当にこの世界に自分の他に異世界人がいるのか、もしこの世界に同級生たちがいたとして、一体どんな召喚主に召喚されたのかという疑問ゆえだ。
進化した事によって両親の外出などに付き添う機会が増えたフィトゥスならば、おそらく異世界人の情報について何か知っているだろう。
だがフィトゥスは――メイドや執事たちは――絶対的にエルピスの味方というわけではない、彼等はアルヘオ家の味方だ。
そんな彼等に自分が、エルピス・アルヘオが、異世界人だと、転生者だと伝えて接し方を変えられたらと思うと背筋も凍る。
愛情が込められたその目が、宝物を扱うように大切にしてくれるその手が、眠りに落ちる前に聞こえる愛の囁きが、それら全てが失われる事が――怖い。
神の称号だって不安の種だ、強すぎる力はこの世界では忌避される傾向にある。
両親がわざわざこんな山奥に暮らしているのも、他の人に気を使っているからだろう。
「あ、あのさフィトゥス? 例えば――例えばだよ? 僕が母さんや父さんに害を成したり敵対した時、フィトゥスはどっちにつくの?」
――手が震えた。
この世界に来て初めて、まるで生きている心地がしない。
口から何か大切なものが抜け落ちてしまうような感覚に襲われ、胸の奥が徐々に冷たくなっていくのが意識を向けずともわかる。
「おっと、急に難しいことを言われますね……私はイロアス様に拾われた身、恩を仇で返すことは流儀に反しますので、クリム様やイロアス様に対して敵対するようなことは出来ません」
「……そうだよね、ごめんねフィトゥス、変なことを聞いて」
「――ですが、エルピス様が小さい時にも言ったような気がいたしますが、例えエルピス様が闇に堕ちて正常な判断を失ったとしても、常に私はエルピス様の味方です。相手がイロアス様達であっても。ね、リリィ」
「あんたに馴れ馴れしく呼ばれるのは癪に触るけど…まぁ良いか。エルピス様が何に悩まれているのか、それを聞くのは少々辛そうに見えるので聞きませんが、ただ私達一同は例え如何なる時であれ、如何なる状況であれ、エルピス様の味方です」
落ち込んでいたエルピスを取り囲むようにして、いつの間にか執事やメイドたちは立ち並ぶ。
盗神の称号まで使って隠れていたのに、フィトゥスだけではなく他の執事やメイドにバレるほど、自分の心が乱れていたのだろうか。
そう思い、だがそれを自らで否定する。
みんななら例えどんな能力を使っても、こうして笑って見つけてくれるのだろう。
「さぁエルピス様! まだまだ夏は終わってませんよ!!」
「じゃあ僕と一緒に泳いで勝負しませんか?」
「何言ってるの、エルピス様は私と遊ぶのよ!」
「後輩なら先輩に譲りなさい。エルピス様は私と一緒に、浜辺できゃっきゃうふふするのよ」
「今時きゃっきゃうふふなんて言いませんし聞きませんよ…あれ? でもこの前実家で聞いた気がするな」
「私の実年齢は実家のおばあちゃんレベルって言いたいわけね? いい度胸してるじゃない!?」
「そんなことは――ちょ、やめ! とばっちりじゃないですか! 僕死んじゃうから複合魔法はってうぁへぇ!?」
「誰かヘリア先輩抑えろ! あの人酒入ってんぞ!」
暗い気分を吹き飛ばすように一転して楽しい空気を作り出したみんなは、笑いながらまた湖へと足を進める。
その背中を眺めながらエルピスが無意識に手を伸ばすと、その手をフィトゥスがゆっくりと握る。
「――っておい、この場面は私が手を握る所だろう」
「先にエルピス様を慰めていたのは私ですので、いくら攻撃されても私の方が優先順位高いので、さぁ行きましょうエルピス様」
「はははっ、本当にフィトゥスとリリィは仲が良いね。……まだ伝えることは出来ないけど、いつか絶対に二人にも伝えるからね」
「はい、気を長くしてお待ちしております」
「さて遊びましょうか!」
最早喧嘩祭りのようになっている湖の近くへと歩いて行きながら、エルピスもいくつか魔法を展開する。
まだ両親にすら伝えることのできていない、自分が転生者であるという事実。
だが今だけならばそれを忘れて遊んでも許されるだろう。
そんなことを思いながらエルピスは、みんなが待つ場所へと足を踏み出すのだった。
高校生としての生活から、メイドや執事たちと暮らすこの生活にも慣れてきて、エルピスにもようやく腰を落ち着ける時間ができてきた。
最近はようやく遠征から父も帰還し、エルピスは魔法についての訓練も父から直接指導を受けている。
生まれた時には家にいた父だが、それ以降エルピスが会うことはなく、数ヶ月前に父親が家に帰ってくると聞いた時は、少しエルピスもドキドキしたものだ。
出会ってみれば母親と同じく、子供に対して真摯に愛を注いでくれる親だった。
――久しぶりの出会いは玄関先で。
『お帰りお父さ――ぐふぇっ!』
『会いたかったぞエルピス! こんなに大きくなって! 見た目で言えば七歳くらいか? 可愛いなぁ』
『痛い……こきゅ……』
『わー! イロアス様! エルピス様が伸びてます!』
おそらく帰ってくるまでの道中で服に付着したであろう泥を払う暇すら惜しむようにして、玄関先で父のことを迎えていたエルピスのことを抱きしめたイロアスの姿は、メイドたちの間で写真が出回るほど家族愛に溢れる瞬間だったらしい。
当事者であるエルピスとしては突然のことすぎて心底驚いたのだが、クリムも同じようなものなので、慣れていると言えばこういうことには慣れている。
(それにしても父さん強かったなぁ……最高位冒険者なのは知ってたけど、片手で数えられるくらいしかいない最高位なだけあって強すぎる)
父との戦闘を思い返すと同時に、この前、洗濯物を乾かす際に目障りだからと、そこら辺にあった小石で龍を追い払っていた母を思い出す。
それと同じく、話を聞いている間にこの世界の名前のルールというものが少し見えてきた。なんでも王族と貴族は苗字があり、平民は苗字が無いらしい。
この辺りはやはり異世界らしいと言えばらしいだろう。
だが例外はいくつか存在し、没落した貴族や亜人種などは苗字持ちが多いとのことだ。
王国内では厳正なルールで名を縛っているわけでもなく、名乗ろうと思えば平民も名乗れるらしいが、そこは空気を読んで、というところらしい。
――さて、父さんが嫌がりながらしぶしぶ薪割りに出て行ったから、久しぶりに一人になって退屈だ。
「魔法もある程度は極まってきた感じもするし」
リリィとヘリア、それにエルピスが魔法関連の技能強化のために作り出した宝玉を何度も食べさせられて、最早赤い魔力が面影程度しか残っていないフィトゥスにいろいろと教えてもらっているので、魔法に関してはかなりのレベルまで到達した。
フィトゥスに聞いたところ技能レベルはⅤが最高らしく、五大魔法も既に十に近いので、だいぶ強くなれたと言っても良いだろう。
「フィトゥスいる?」
与えられた自室でゴロゴロするのにもいい加減飽きてきたエルピスは、天井を眺めながら小さな声でフィトゥスの名を呼ぶ。
これで来るのかなーという思いが半分、純粋にいるかなーという気持ち半分で声を出してみる。
「――お呼びですかエルピス様」
天井の板がガコッと音を立てながら回転したかと思うと、フィトゥスがその穴から降り立ち音もなくエルピスのそばに立つ。
当然のことのようにその場でエルピスの指示を待つフィトゥスに対して、エルピスは率直な疑問を投げかける。
「前にリリィがそれしてたから今はもう驚かないけど、本当にどうなってるのそれ?」
いつからこの家は忍者屋敷になったのだろうか。
この前来た執事のうちの数人ほど手先の器用な種族がいたので、この程度の仕掛けならすぐに作れそうではあるが、それにしてもだ。
もう一度上を見てみれば綺麗に穴は埋まっており、無駄な技術力の高さに少し頭が痛くなる。
「これはエルピス様にストレスを与えず、さらにプライバシーを保護しながらいつでもお手伝いが出来るようにと、屋敷の者がおふざけ――真面目に作った屋根裏ですよ」
「いまおふざけで作ったって言いかけたよね!? 間違いなく言いかけたよね!」
薄っすらと笑みを浮かべ楽しそうに喋るフィトゥスは、エルピスの言葉に対して何のことやらという表情を浮かべた。
それすらも絵になるのだから美形というのはなんとも卑怯だと思っていると、フィトゥスから疑問の声が上がる。
「それでエルピス様、いったい私に何の用でしょうか? すみませんが食事の時間にはまだ早過ぎまして……」
「食事ならまだ作らないよ。というか最初の頃は暴走するとか言っていたのに、今では食事にまでランクダウンしたんだね……いやまぁフィトゥスが辛いのは嬉しくないから良いんだけどさ」
最初の頃はいくらエルピスが辛くないようにと頑張っても、常にしんどそうな顔をしていたが、今となってはフィトゥスにとってもエルピスが作る魔力結晶はおやつと同じだ。
悪魔という種族だからこそ耐え切れたのだろうが、それでも死なずにここまで進化できたのはひとえにフィトゥスの元からあった才能と邪神の称号のおかげだろう。
冬が近づいてきて髪を伸ばしはじめたのか、腰下まで届きそうな黒髪と整った顔立ちは中性的な印象を与えてくる。
さらに黒い服で全身を統一しているので体のラインも見えづらく、そういった点においても性別がどちらなのかははっきりとわからない。
「そう言って頂けると私も嬉しい限りです。それでしたら本当に一体何の用事でしょうか? もちろん私的には意味なく呼ばれようとも嬉しいですけど、普段はこの時間お昼寝となっていますよ。何かありましたか?」
「今日起きるのが遅かったから、昼寝するほど眠たいってわけでもないんだよね」
「冬も近いですからねぇ。それなら何をいたしましょうか? 釣りですか? 魔法の訓練ですか? 工作ですか? 私的には料理辺りもそろそろ始めてもよろしいかと思います。
確かに人類種の男性は料理をしないらしいですが、真の美食というものはやはり自らの手からしか生まれません。他人の作ったものはどこまで行っても完璧な自分の好みの味にはなり得ないですから」
動作や仕草を入れながら、フィトゥスはエルピスに何をするか尋ねる。
確かに工作や釣りも良いし、そろそろ料理の練習を始めるのも良いだろう。
前世では料理など熱湯さえあれば出来るようなものしかしてこなかったが、この世界に来て料理を始めてみるというのも悪くない。
幹に料理を作ってもらうという約束をした手前、今まであまりしないように意識していたが、逆に美味しい料理を作って委員長を驚かせるというのもなかなか面白そうだ。
――そういえば幹たちはいつこちらの世界に来るのだろうか?
もしかして彼等が向かったのは、こことは別の異世界なのだろうか。そんなふうにエルピスの思考が横に逸れていっていると、ふと窓の外に見える森が一面紅葉しているのが目に入った。
「綺麗だな……今日は森に行きたいんだけど大丈夫かな、フィトゥス」
「おっとまさかのオールスルーですか、ちょっと泣いちゃいそうですね。
この時期の森は冬眠に入る動物たちが暴れるので、あまりオススメは出来ませんが……確かに紅葉は綺麗ですしね、リリィとハネスさんとヘリア先輩がいれば何とかなるでしょう」
軽く流してしまったのは申し訳ないが、前世で手を出さなかったことに手を出すなら、まずは外に出てみる方から始めてみたい。
コンクリートジャングルとまでは行かずとも森の中に入ったことなど何度あった事か、思い出せても小学生の時に校外学習で行った山がせいぜいだろう。
異世界と日本の秋は違うだろうが、それでも景色の美しさに対して感じる心はエルピス自身が変わらないうちは同じだ。
なんだか直感でしかないが、昔を懐かしめる気がする。
「ごめんごめん、明日やろう。母さんは来れないのかな?」
「この時期はクリム様も色々とバタついているようですし、ここは我々だけで行くほうが良いかと。どうせなら明日使う食材も集めに行きましょうか。自分で手に入れた食材は格別ですよ」
「それもそうか、どうせならいっぱい人を集めて森の中で宴会でもする? 出来たらだけど。あとフィトゥス結構料理好きでしょ、今度作ってよ」
何気なく、ただ善意で発しただけの言葉に対して、エルピスの部屋の扉がガタッと反応する。
扉に意思がある訳でもないのにあそこまで派手に動いたということは、誰かが聞き耳を立てていたのだろう。
別に聞かれてまずい話をしている訳でも無いし特に気にせず、そのままの流れでフィトゥスに答えを聞こうとした時。
数十秒ほどしか経ってないはずなのにドタバタした音が扉の奥から聞こえてきたかと思うと、扉を壊すほどの勢いで数十人が部屋に入ってくる。
全て顔見知り――つまりメイドや執事である彼女彼等は普段なら着ている執事服やメイド服を着用しておらず、アロハシャツやTシャツなどのかなりラフな服装になっていた。
手にはどこで発売されているのか水鉄砲のようなものやボール、釣り竿にスイカもどきなど様々なものが抱えられていた。
「「宴会と聞いて駆けつけました! さぁ遊びに行きましょうエルピス様!!」」
「宴会というよりはどちらかというと、みんなの格好は今から海行くって感じだけど……じゃあ宴会しようか!」
「青い空、白い雲、そして水着で川を泳ぐエルピス様…あぁ何故今年の夏は暑くなかったのか」
「そんなこんなの理由で今日一日は夏、という事で進行しますので、宴会というより夏の遊びに近いかもしれませんがまぁ構いませんよね」
「では森の最奥地、巨大な湖にれっつごー!!」
「「れっつごー!!」」
「こういう時みんな動き出し早いですよね。あ、料理の件ですけど任せてください。とびっきりのを作りますよ!」
本来ならば紅葉狩りでもしようと思っていたのだが、ここまで乗り気ならば仕方がない。
なんだか嬉しそうなフィトゥスの手を握って、エルピスたちは森の奥へと向かっていくのだった。
道中、見るからに危ないキノコを食べて、猫人が数人家に帰る羽目になったのはご愛嬌。
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夏の代表的遊び――砂合戦をするかは別として――をだいたい終えたエルピスは、今もなお普段からは想像できないほどに騒ぐメイドや執事たちを眺めながら、一人静かに水面を眺める。
水面に映るのは不気味なほどに整った自分の顔、化粧でもしたらこんな気分になるのかなと思いつつ、前世の自分とは全く自分の顔に今さら違和感は抱かないが、手でほっぺをむにむにと動かしてみる。
痛くはないが、なんだかおかしな気分だ。
「――何か考え事ですか、エルピス様?」
「まあ色々とね。そういえばフィトゥスはよく今の状態の僕が見えるね、結構本気で隠れてたつもりだったんだけど」
「エルピス様が悩んでいるのなら、私はいつでも側に現れますよ」
盗神の力を意識的に使用して限りなく影を薄くしていたつもりだったエルピスは、それをフィトゥスに見抜かれて少し驚く。
キザなセリフを言いながら隣に座るフィトゥスに、今考えていることを言うべきか言わざるべきかエルピスは少し悩む。
エルピスが考えていたのは同級生たちのこと、もっと正確に言うなら委員長や数少ない友達のことだ。
彼等は確かそこまでハズレの技能を獲得したわけではなかったと思うが、死の危険性が無いとは言い切れない。
この世界では自分が死なないと思っている生き物から先に死んでいく、それはまだ短い期間ではあるがこの世界で過ごしたエルピスが実感した事実だ。
――とは言えエルピスもただそれだけなら、こうして早急に悩む必要は無い。
神から与えられた能力がある以上簡単には死なないだろうし、もし会う時があるのなら会えるだろう。
それに急いで会う理由も無いからだ。
ならば何故エルピスはこうして頭を抱えているのか。
それは本当にこの世界に自分の他に異世界人がいるのか、もしこの世界に同級生たちがいたとして、一体どんな召喚主に召喚されたのかという疑問ゆえだ。
進化した事によって両親の外出などに付き添う機会が増えたフィトゥスならば、おそらく異世界人の情報について何か知っているだろう。
だがフィトゥスは――メイドや執事たちは――絶対的にエルピスの味方というわけではない、彼等はアルヘオ家の味方だ。
そんな彼等に自分が、エルピス・アルヘオが、異世界人だと、転生者だと伝えて接し方を変えられたらと思うと背筋も凍る。
愛情が込められたその目が、宝物を扱うように大切にしてくれるその手が、眠りに落ちる前に聞こえる愛の囁きが、それら全てが失われる事が――怖い。
神の称号だって不安の種だ、強すぎる力はこの世界では忌避される傾向にある。
両親がわざわざこんな山奥に暮らしているのも、他の人に気を使っているからだろう。
「あ、あのさフィトゥス? 例えば――例えばだよ? 僕が母さんや父さんに害を成したり敵対した時、フィトゥスはどっちにつくの?」
――手が震えた。
この世界に来て初めて、まるで生きている心地がしない。
口から何か大切なものが抜け落ちてしまうような感覚に襲われ、胸の奥が徐々に冷たくなっていくのが意識を向けずともわかる。
「おっと、急に難しいことを言われますね……私はイロアス様に拾われた身、恩を仇で返すことは流儀に反しますので、クリム様やイロアス様に対して敵対するようなことは出来ません」
「……そうだよね、ごめんねフィトゥス、変なことを聞いて」
「――ですが、エルピス様が小さい時にも言ったような気がいたしますが、例えエルピス様が闇に堕ちて正常な判断を失ったとしても、常に私はエルピス様の味方です。相手がイロアス様達であっても。ね、リリィ」
「あんたに馴れ馴れしく呼ばれるのは癪に触るけど…まぁ良いか。エルピス様が何に悩まれているのか、それを聞くのは少々辛そうに見えるので聞きませんが、ただ私達一同は例え如何なる時であれ、如何なる状況であれ、エルピス様の味方です」
落ち込んでいたエルピスを取り囲むようにして、いつの間にか執事やメイドたちは立ち並ぶ。
盗神の称号まで使って隠れていたのに、フィトゥスだけではなく他の執事やメイドにバレるほど、自分の心が乱れていたのだろうか。
そう思い、だがそれを自らで否定する。
みんななら例えどんな能力を使っても、こうして笑って見つけてくれるのだろう。
「さぁエルピス様! まだまだ夏は終わってませんよ!!」
「じゃあ僕と一緒に泳いで勝負しませんか?」
「何言ってるの、エルピス様は私と遊ぶのよ!」
「後輩なら先輩に譲りなさい。エルピス様は私と一緒に、浜辺できゃっきゃうふふするのよ」
「今時きゃっきゃうふふなんて言いませんし聞きませんよ…あれ? でもこの前実家で聞いた気がするな」
「私の実年齢は実家のおばあちゃんレベルって言いたいわけね? いい度胸してるじゃない!?」
「そんなことは――ちょ、やめ! とばっちりじゃないですか! 僕死んじゃうから複合魔法はってうぁへぇ!?」
「誰かヘリア先輩抑えろ! あの人酒入ってんぞ!」
暗い気分を吹き飛ばすように一転して楽しい空気を作り出したみんなは、笑いながらまた湖へと足を進める。
その背中を眺めながらエルピスが無意識に手を伸ばすと、その手をフィトゥスがゆっくりと握る。
「――っておい、この場面は私が手を握る所だろう」
「先にエルピス様を慰めていたのは私ですので、いくら攻撃されても私の方が優先順位高いので、さぁ行きましょうエルピス様」
「はははっ、本当にフィトゥスとリリィは仲が良いね。……まだ伝えることは出来ないけど、いつか絶対に二人にも伝えるからね」
「はい、気を長くしてお待ちしております」
「さて遊びましょうか!」
最早喧嘩祭りのようになっている湖の近くへと歩いて行きながら、エルピスもいくつか魔法を展開する。
まだ両親にすら伝えることのできていない、自分が転生者であるという事実。
だが今だけならばそれを忘れて遊んでも許されるだろう。
そんなことを思いながらエルピスは、みんなが待つ場所へと足を踏み出すのだった。
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橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
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