クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期学問都市

学問都市シュエン・ヴィル

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 船着場についてここまで長旅をサポートしてくれていた船員達に別れの挨拶を告げ、エルピス達は誰に出迎えられるわけでもなく学園の土を踏んでいた。
 到着日時より少し遅れているとはいえ、これほど人が居ないのはエルピスにとって驚愕であった。

アルへオ家の嫡男であるエルピスの来訪を祝わないのはこの学園の立場としてなんらおかしなものではない。
この学園には各国の王族貴族が目白押しだ、いくら英雄の子供とはいえエルピスを目に見えて特別扱いすれば各国から不平不満が飛んでくるのは間違いなしである。 

だがこの船に乗っているのはエルピス達だけではなく、鍛冶神の娘が乗っているのだ。
神の娘をぞんざいに扱えばどうなるか、種族間の問題に発展すればそれは尋常ではないほどの大きな問題となる事間違いなしだ。
 神の娘が相手なのだから盛大に祝ってもおかしくはない、何か理由でもあるのだろうかと思いながら道沿いに少し歩いていくと、関所のような場所が少しして見えてきた。

 そこでは槍を持った兵士が気怠そうに立ち尽くしており、エルピス達と目が合うと軽く会釈して何もせずにぼーっと突っ立っているだけである。
 治安がよほど良いのか、それともこの兵士のやる気がないのか、どちらにせよそのまま通されたエルピス達は、いまから登るであろう坂を見てため息を吐く。

「えっ? 流石に長く無い?」

島一つを改造して作られたこの学園は元が大きな活火山によって作られたものであるがゆえに、島のほとんどすべてがなだらかではあるが長い坂道である。
数キロにも及ぶ坂道は見ているだけで億劫になる程の距離であり、いまからこれを登るのだと思うとやる気も自然と失われていく。

「これはまた……街中なので本気で走れませんし、生徒の転移・飛行魔法は禁止されているようなので徒歩で行くしかありませんね」

「私神の娘だよね? え? 実は勘違いしてるだけの一般人だったりする?」

「悪魔みたいな対応だね、なんでこんなことになってるのか」

「悪魔はこんなことしませんよ?」

 この程度の坂道で根を上げるような柔な鍛え方はしていないが、単純にこの坂を登るのにかかる時間を考えるとため息もつきたくなる。

 勝手に地面が移動でもしてくれれば楽なのだが、そうで無いのなら全力で走れない以上かなりの距離をとぼとぼと歩く必要がある。
 便利な魔法でもあればいいのだが、そう全員が心の中で思って居たところふと声を上げたのは、一番魔法から遠い存在とも言える灰猫自身だった。

「これは遂に僕の出番がやってきたね。魔法がほとんど使えない僕でも使えて、かつ高速で快適な移動を実現する魔法〈飛靴フロウ・シューズ〉をみんなに伝授するよ!」

「おお! なんか便利そう!」

「これは足の下に空気の層を重ねて作り出し、体重移動によって指定方向に対する加速を実現するとともに、段差や毒沼や沼沢などの歩きにくい地形もすんなりと通れる便利な魔法さ。まず詠唱だけどーー」

 冒険者にとって便利な魔法の内の一つなのか、普段魔法に関して触れる事の少ない灰猫が嬉々としてエルピス達に自らの魔法の良さを伝える。
 エルピス達に対して魔法の指導ができるなど灰猫にとっては人生で一度だってないだろう好機、別にそれがなんだと言われればなんでもない事なのだろうが、灰猫にとっては大事なことだったのだ。
だがそんな灰猫の心の高鳴りをフェルが無慈悲にも破壊する。

「ーーごめんね灰猫。僕達詠唱は要らないんだ」

「……だよねぇ。こんな魔法なんてそりゃ詠唱いらないよね、そうだよね」

「いやいや! 私は詠唱欲しいかなーって! そう! 難しいかもしれないからさ! ね? エルピス!」

「え? 俺!? ああそうだな! 教えてほしい!」

 飛行魔法が禁止なら半人半龍ドラゴニュートとして正しい移動方法ともいえる翼で移動すればいいやと考えていたエルピスは、不意にアウローラから呼ばれて何のことかいまいち分からないままにとりあえず同意する

 どうやら灰猫が移動に便利な魔法を教えてくれていたようで、それに関するやたらと長い詠唱を真似して唱えつつ、エルピスは灰猫の言った魔法を起動した。
 久しぶりの詠唱に若干の恥ずかしさを感じるが、灰猫に悲しそうな顔をされてしまってはエルピスとしても詠唱を省略するのは憚られた。
 
起動と同時に自身の身体が浮き上がるのを感じ、これなら地形に対する問題もないし、見られたところで怒られるという事はない。
 浮遊魔法はくくりで言えば全身に対して、上級以上の、それでいて自らの身長よりも高く飛ぶ、この三つが条件に当てはまる。

 この中でこの魔法は上級である事以外は当てはまらないので、学校側に何かを言われる心配もなかった。

「良い感じねこれ。慣れたら結構楽しい! ローラースケートとかに近い感覚かしら?」

「私もこんなの初めて使うけれど、なかなか良いわね! 土精霊の国でも流行らせようかしら」

「ちょまっ、エルピス、姉さん助けーーあわわっ!」

「何をやってるのニル、あなたそんなにバランス感覚なかったかしら?」

「僕もとはといえば四足歩行だからね!?」

「エラはこういうのやっぱ得意なんだね」

「エル程じゃ無いけれど、私もクリム様とイロアス様からいろいろ訓練を受けたからこれくらいは、ね」

 倒れそうになっているニルの近くに寄り体を支えながら、エルピスはエラに問いかける。
 それに対してまるで前から使っていたかの様に滑らかに地面を滑りながら、小さく笑みを浮かべてエラは答えた。
 エルピスが両親から教えられた技術は、それはもう多岐にわたる。
 縄抜け鍵開け縛術体術魔術etc.。

 器用貧乏な上に飽き性なエルピスでは全ての物事を完全に把握することはできなかったが、エラはその全てを覚え理解し、自分のものにしている。
 つまりは力こそないものの知恵と技術は両親に近いものがあり、こういった事にもすぐに適性を発揮できる才覚を持っていた。

「楽だけど目立つわねこれ……」

「私たちは人間種より亜人のほうが多いのでどちらにしろ目立つし、割り切るしかないんじゃない?」

 エラがそう言いながら先頭を走っていくと、他の面々もそれに従って地面を滑るようにして先へと進んでいく。

 それからおよそ十五分後、魔法を使っても少々遠く思えるその距離を移動し終えたエルピス達は学園の受け付けで待たされていた。
 どうやら学園側が予想していたよりも一週間ほどエルピス達が来るのが早かったようで、思えば道中何度か速度を上げる為に魔法を使用したり、そもそもエルピスやセラなどが船に乗っているので魔物が攻撃を仕掛けてこず、それもあってかなり船旅は快適に進んでいたのだ。

 先程下の方であった兵士もまさかエルピス達が神様の娘とその一行だとは思ってもいなかったようで、それでも島を守る兵士としてどうかとは思うが先程のあの対応も肯けるという物である。
 学園長が直々に下まで降りてきて謝罪の言葉を述べるまでの少しの時間を、エルピス達は出されたジュースを飲みながら優雅に過ごすのであった。

 ココナッツジュースにも似たその味をゆっくりと吟味していると、数分もすれば急いでこちらに向かってくる気配が感じられる。
 転移魔法で来ないあたり、随分と焦っている事は予想に難くない。

 壊さんばかりの勢いで開かれた扉の向こうには、予想通りこの学園の学長であるところのライラック・ハーロンド・シュエン・ヴィルの姿が見て取れ、清潔感ある整えられた髭に綺麗な白髪が特徴的なそのご老人は、椅子に座って足をバタバタしながらジュースを飲む鍛治神の娘に向かって深く頭を下げた。

「この度の無礼、誠に申し訳ありません」

 短い言葉ではあったが、そこに込められた想いは当事者でないエルピス達にも感じられる。
 神の娘をぞんざいに扱ったのだ、この島だけでなく一つや二つくらいは国が滅んでもおかしくはない。
 その危険性をこの場で把握しているのはエラと灰猫、そして当事者達である学園長と鍛治神の娘だけである。

「ーーいいよ別に、久しぶりの経験で楽しかったし。それより早く教室に案内してよ」

「ありがとうございます。それではこちらに」

 鍛治神の娘からそんな言葉が漏れると、ライラックはゆっくりと胸を撫で下ろしそれなら、と後をついてくるように指示する。

 ところで先ほどからエルピスにも鍛治神の娘と呼ばれているように、この少女には今現在名前という物が存在しない。
 鍛治神の名は少し特殊で代々鍛治神を継承する際に初めて名前をもらえるので、生まれた時から後継者として扱われていたいまの彼女はまだ名乗るところの名を持っていない。

「この学園では冒険者組合の制度に合わせまして、オリハルコン、金剛石、白銀、金、銀、の六つ順でクラス分けされており、皆さんにはオリハルコンのクラスで活動していただきます。エルピスさんはそういえば冒険者組合の方では……」

「あ、はい。最高位として活動させていただいています」

 もはやお飾りのようになってしまってはいるものの、エルピスは収納庫ストレージから最高位冒険者の証であるプレートを学園長に見せる。
 しっかりとそれを確認してから再度エルピスの方へ目線を送った学園長は、非常に申し訳なさそうにしながら声を発した。

「でしたらうちの教員では少々力不足の可能性もありますが、よろしいでしょうか?」

 そもそもの話ここは強くなるために来る場所であって、すでに強いものが来るところでは無いし、エルピスもそう言った意味合いではこの学校で何か学べることがあるとは思っていない。
 どちらかと言えばこの学校には他国に対するパイプ作りや、元同級生達の動向を探るために来ている。
そして学園側ももちろんその事を理解しているので、先ほどの質問は授業を受ける気があるかどうかをエルピスに対して確認したに過ぎない。

「はい、僕の場合は基礎を全て飛ばしているので、そういった点で参考にさせて戴きます」
「ねぇアウローラ、基礎全部飛ばして魔法って覚えられる物なの?」
「天才ならまぁ何とか……ただエルピスレベルならそれこそ神様クラスの才能持ってないと無理よ」

 火魔法などの基礎的な魔法を使う事はアウローラにだって可能だが、それを発展させたものをほいほいと小さい頃に使えたかと聞かれれば、実際エルピス達に教えられてようやく使えるようになった程度だ。
 確かにエルピスの父は高名な魔法使いでもあるし、母親が龍種であるところから人よりも魔法に対する親和性が高いのかもしれないが、それにしても少し異常と言えるほどの成長速度だろう。
 神の称号を持っているニルやセラはそんなアウローラの核心を突くような言葉に少しだけ面白そうに笑みを浮かべていた。

「あながち外れていないのがまた面白いねー」

「なにか言った?」

「いいえ何も、あとそんなに呼びにくかったら私の事はルミナって呼んでアウローラ」

「名前があるなら先に言ってよ」

「うーん、名前は無いんだよ。私達鍛治神の家系って基本的には鍛治神になって初めてこの世に産まれてくるくらいの扱いだからさ、それまで名前は無いんだ。だから今のはあだ名みたいな感じなのかな?」

 鍛治神の名前は代々鍛治神になってから決めると言うのは先程ルミナが言った通りであるが、もう一つ付け加えるならばその名を全て知れるのは鍛治神のみである。

 故にエルピスのような特例がない限りは、代々鍛治神の本名を知っているのは鍛治神のみと言う事になる。
 これは迷宮の作成に際して、名前を鍵とする罠がいくつか存在するが故なのだ。

「それではあちらに見える教室がそのクラスとなっております。先に事情を説明して参りますので、申し訳ありませんがここでお待ちくださいませ」

 それだけ言うと学園長は廊下を全力で走り抜け、自身が指差していた教室に扉を蹴飛ばさんばかりの勢いで入っていくと、廊下にまで声が漏れるほどの音量でこれから誰が来るかを簡潔かつ丁寧に説明する。
 どうやら事前説明はすでに済ましてあったようで、少々ざわつく雰囲気をエルピスの肌は感じとるが、不安感や焦燥感と言ったような感情は感じずどちらかと言えば好奇心系の感情が多い。

「ーーそれではどうぞお願いします、私は申し訳ありませんがこれにて失礼させていただきます」

 全力で頭を下げるとまるで嵐の様に走り去って行った学園長の背中を眺めつつ、エルピス達は教室の中へと入っていく。
 王国の時と同じ様な階段教室になっているそこには中々の魔力量を備えた人物達が20と数名、学園長と同じ様に少し焦った顔をしている教師が一人。
 教師の次は生徒として、エルピスの学生生活は20年ほどぶりに再び時を刻み始めたのだった。
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