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青年期:クラスメイト編
兄妹の絆
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「随分とまた身長伸びたねヘレンちゃん」
「ありがとうございますエルピスさん」
エルピスは前世で従姉妹がいたことが無い。
親族といえば妹くらいのものだったのだが、その妹も高校生になってからは殆ど会話もしないままだったので、目と目を合わせてしっかりと喋ったのは一年に数度程度だろうか。
そんなエルピスからしてみると小さい子供の成長は初めて感じるもので、大きくなったその姿を見て驚きを隠せなかった。
もちろんエルピスもその分大きくなっているのだが、少し前まで幼稚園児のような見た目だったのに、こうして急に成長されれば驚くのも無理はないだろう。
「それはそれとしてダレンさん、島を王都の上に置くのはどうかと思うんですけど」
自分も普段から滅茶苦茶な事をしているので、ある程度他人の無茶苦茶な活動も黙認しているエルピスが、思わず口に出してしまったのはダレンの住む島が止めてあるところだ。
王城にはギリギリ被っていないが、王都にはしっかりと被っており日陰云々の問題以前に落ちるのでは無いかという不安が住民達の間でも広まっているようである。
いきなり朝起きたら知らない島が自分の頭の上に浮かんでいたのだ、恐怖するなという方が無理があった。
そんなエルピスの言葉を受けて一瞬不味そうな顔をするが、直ぐに笑顔を浮かべてダレンは話を変える。
「止めるところがなかったから仕方ない。それにしてもエルピス君随分と大きくなったな!」
こういう所を見ていると、ああやっぱり父と目の前の人物は血が繋がっているんだということを再認識できる。
「もうちょっとマシな誤魔化し方無いの!? 父がすいませんエルピスさん」
改めて言おう、大きくなったものだ。
エルピスが5歳か6歳の時にあったので無理もないのだが、それにしたって随分な成長ぶりである。
黒い髪には少しだけ青みがかかっており、ダレンが黒髪なのでおそらくは母親からの遺伝なのだろう。
身長は165センチ程だろうか、人にしては少し大きいきもしなくはないが落ち着いた雰囲気も相まって違和感などはない。
目元は少し垂れ目になってきたように見えて、その目から優しさが感じ取れた。
「さんは辞めてよヘレンちゃん。親族なんだしさ」
「ーーおいおいうちの子に手を出すなよエルピス君」
「ダレンさんあんまりだったらお母さんに言いますよ?」
「いやほんと、ほんと勘弁して。マジで殺されるから」
ダレンがクリムに弱いことは、かつて家に行った時に情報として知り得ている。
もちろん冗談半分の話の上ではあるが、久しぶり母の名前を話に出せてエルピスとしては少し嬉しい。
「それにしてもやっぱりヘレンちゃんおっきくなったね、今何歳?」
「15です。エルピスさんは?」
「多分18かな? ヘレンちゃんかなり強くなったでしょ、魔力量も随分と増えたよね」
相手の魔力量を見抜く技術は魔法使いにとっては、必須級の技術でありもちろんエルピスもその程度の事はとうの昔に習得している。
訓練次第では戦術級の魔法を打つことも不可能ではなさそうだし、何よりも魔法技術に関してのポテンシャルをヘレンからは感じた。
魔法使いは大体が周囲の魔素を常時自分の扱いやすいように、意識的か無意識である程度変質させているのだが、その変質の工程も随分とスムーズだ。
才能で言えばアウローラと同等かそれ以上である。
「戦術級はまだ無理ですけど超級は随分と扱えるようになりました!」
「凄いだろううちの娘、自慢なんだ。エルピスも随分と強くなっただろう? お前はどこまで使えるんだ?」
ダレンからそんな問いを投げかけられて、エルピスはさてどうしようかと頭を悩ませる。
正直に答えてしまうか、いつものように五属性を操れる程度の腕前だと言っておくか。
だがイロアスに話をする前段階として、知っている人物がいる事はエルピスにとっても心の余裕を生んでくれる事だろう。
そう考えて神の称号の話だけは避けつつ、隠すことなくエルピスは事実を口にする。
「全部です」
「ーーは?」
「全部使えますよ。魔力量だけで言うなら父さんも余裕で倒せるレベルになりました」
そもそも父は最高位冒険者にしては、それほど魔力量が多い方ではない。
もちろん常人に比べれば湯水のようにあると表現してもいいが、父の凄いところはその卓越した魔法操作技術と発想能力である。
魔力量含めて魔神であるエルピスがそれ以外に負けるはずもないのだが、そこは父に対しての敬意とまだ負けているという自分の心の答えだ。
「マジかよ……その事兄さんは知ってるのか?」
「まだ父さんと戦ってないから秘密です。試しにダレンさんやってみます?」
「プライド折られるから嫌だね! 兄さんが勝てない相手に俺が勝てる訳ないし」
飄々とそんな事を答えるエルピスをじっと見つめるのは、なんとも言えない顔をしているヘレンだ。
ヘレンはエルピスの前世が自らの元兄であると言う事を知っている。
いつものほほんとしており虐められてもこれと言った反撃をせず、はっきり言って不甲斐なさすらあった兄がそこまでの力を手に入れているとは彼女からすれば思いもしない。
(本当に兄さんがそんなに……? お世辞にも強そうには見えないけれど、一応国家級魔法使いは存在するし)
だからこそヘレンがそんな事を考えてしまうのも無理はないだろう。
エルピスは己の内側に魔力を溜め込む事はせず、戦闘時に周囲の魔力を従えて戦闘しているので、通常時で言えば平均的な魔法使いの範疇に収まった魔力量しかない。
それも相まってヘレンからしてみれば、エルピスの力量を計りかねていた。
「ーーダレンさん! お久しぶりです!」
「おはようグロリアス」
考え事をしていたヘレンの後ろからそう声を上げたのは、現国王グロリアス・ヴァンデルグである。
卓越した政治能力と高位の冒険者をも凌駕する戦闘能力、四大国に王国が最も近いと言われる所以は彼が居るからだ。
「おおグロリアス様、お久しぶりでございます」
「エルピスさんもダレンさんもおはようございます。今回は国土防衛に力を貸していただけると言う事で、ありがとうございます」
「いえいえ、日頃から王国にはお世話になってますから。これくらいの事であればいつでも」
ヘレンは詳しく知らないが、聞き及んで居るだけでも土地の権利関係、物資の輸送、日照権などの問題に関しての対処などやってもらっている事は多岐にわたる。
その分国王から直接の依頼を受けたり、龍達を輸送役として貸し出したりはしているが、ヘレンとしてもグロリアスは恩義を感じている相手だ。
「詳しい話は中で。エルピスさんも一緒にどうですか?」
「悪いけど俺はちょっとヘレンちゃんに用事があるからパスで、防衛ラインとかに関しての詳しい話はニルから聞いて」
「まぁそう言う事で。この前決めたあれで良いんだよね、エルピス?」
「そう。状況次第で変わったりもすると思うから、そん時はまた連絡して」
いきなりエルピスの背後からひょっこりと現れた黒髪の女の子は、どうやらエルピスの右腕的な存在らしい。
ヘレンを見てにっこりと笑みを浮かべてウインクするその姿を見て、なるほど兄が好きそうな人物だと納得する。
種族が一体なんなのかは分からないが、その油断ない構えと巧妙に隠されているが無尽蔵にも思える魔力は強者の証だ。
昔から兄の趣味はよく分からなかったが、今考えてみればよく分からないのが良いのだろう。
「それじゃあダレンさんお借りしますよヘレンちゃん」
「しっかり鍛えてやってくれ」
「もちろんですよ」
当人であるヘレンの意見は出ないまま、エルピスによってヘレンは連れ去られていった。
口振りからしてエルピスが今から行おうとしている事は、ヘレンの強化というのが大体の予想だ。
ヘレン自身グロリアス達王族がエルピス指導の元、戦術級魔法を使用できるようになったと言う話は聞いている。
戦術級と言えば優れた魔法使いが長年かけてたどり着く一種の極地、噂によるとヴァンデルグの先祖返りが関係しているという話もあるがそれにしたって凄い能力だ。
「あ、あのエルピスさん少し話したいことが……」
「終わってからご飯でも食べてゆっくり聞くよ。その前にまず魔法の訓練からしないと」
「私もう成長限界に達したと思うんですが……?」
「自己分析力が凄いね。確かに個人だともう限界に当たってる、才能の問題だからこれ自体は仕方ない事なんだけどさ。
ただ限界なのは魔力量であって、操作技術の限界点はまだまだ先だよ」
技能に頼った魔法操作ではなく、自らの力を持ってして魔法を操作する技術の限界点は果たしてどこにあるのだろうか。
マギアやイロアスなどがその力を持つ例として挙げられるべき人物だが、彼等の力を数値化することなどできるはずもない。
「どうやってそんなの調べたんですか?」
「んー、秘密。それよりこれ真似できる?」
隠し事を隠そうともしないのは昔からの兄の癖だ。
自分の手を見るように視線を動かすと、エルピスの手のひらから小さな魔素の塊が数え切れないほどふわりと飛び出していく。
大きさはそれ程でもないが、これほどの数の魔素を同時に操る技術力は狂気の沙汰だ。
一体どれほどの修練を人間が積めばその境地に到達することができるのか、ヘレンには到底理解もできない。
「どうやってるんですかこれ?」
「魔素を想像力だけで動かしてる。それでこれをこうしてこうすると……」
小さな粒であった魔素達は複雑に絡み合い一本の糸に姿を変え、それらが複雑に絡まっていくと小さな蝶ができあがる。
それはまるで意思を持つかのようにエルピスの指から空へと羽ばたくと、中空で己の役割を終えるようにして再び魔素として世界に溶け込んでいく。
魔素による生物の複製、それはおそらくこの世界で誰もなし得なかった奇跡。
魔素による生命の複製体の製造は戦争の概念を根底から覆す、下手をすれば人類最悪の発明にもなりかねない魔法だ。
狂気の果てにある魔法操作技術がなければその発動は不可能だとして、理論上可能だということを知れば躍起になる人物はいつか現れる。
「ほら出来上がり。ここまでは出来ないと思うけど、最初の魔素の着色と操作の部分は覚えてくれないとちょっと厳しいかな」
「分かりました。これが終わったら話を聞いてくださいね」
「……いいけれどそんなに大事な話なのかい?」
何も知らないエルピスは、間抜けそうな顔を見せてそんな事を口にする。
こちらが一体どれだけの心の準備をしてきたと思っているのか、確かに空いた期間は尋常ではないくらい長かったが、永遠に会えないと思っていた人物相手に十年も二十年も対して変わらないだろう。
そんな風に思考しているヘレンははっきり言ってやけになってしまっているのだが、彼女はとりあえずと目の前の自分に課せられた課題に集中力を全て向ける。
それから5時間後。
「はあっはあっ…できっ……ました!」
時刻は既に夕暮れ、陽は地平線の彼方へとゆっくり沈み始め肌寒さが優しく訪れる。
なんとか魔素を己のものとして制御しきり、肩で息をしながらも課された課題を無事に終えるヘレンの姿があった。
エルピスとしても今日中に終わるとは到底思っておらず、想定していたよりも遥かに早い上達ぶりに驚きを隠せない。
「凄いね、まさか今日中にここまで終わらせるなんて。戦術級の初歩的な操作技術はほぼマスターしたと言っても良いくらいだよ」
「ーーこれで話を聞いてくれるんですよね」
ヘレンの言葉を聞いてエルピスの顔は怪訝そうなものに変わる。
当たり前だ、久しぶりに会った姪っ子にここまで何度も何度も話を聞いてくれと言われれば疑問に思わない方が無理があるだろう。
エルピスが考えている事を想像してみるが、あっていない期間が長すぎてヘレンには彼が何を考えているのか分からない。
家族の考えていることすらわからない、それがヘレンにとっては少しだけ辛かった。
「もちろん約束だったから聞くけれど、どうする? ご飯でも食べながら話すかい?」
「本当は手早く話したいんですがお腹が空いたので……良かったらお願いします」
「分かった、いい店紹介するよ」
外で気軽に話すような内容でもない。
ヘレンからしてみればエルピスにこうして誘われたのは僥倖であり、その提案に素直にのって食事しながらの会話に意識を切り替える。
魔素の格差によって肉体的にも精神的にも疲労しているので、出来れば早く何か口にしたいところだ。
「それじゃあ手を貸して」
「はい。でもどこに行くんですか?」
「評議国まで、転移魔法じゃなくて飛んで行こうかな」
「評議国ってこっからどれだけーーっ!」
朝方こちらにきた時と同じ、強者特有の全てを無視した移動速度で進むエルピスの速さは身構えていても恐怖が先に来る。
龍の背中に乗った時よりも遥かに早く、視界がどんどんと小さくなっていくような不思議な感覚が視覚を襲う。
十数分も立たないうちにふと身体がゆっくりと減速していく気配を感じ、見てみれば見覚えのない街並みが辺り一体に広がっていた。
「到着っと。実はちょっと前から予約入れてたんだよねぇここ、楽しみだったんだ」
「ここは……一体どこの国ですか?」
「王国から遥か西、ご飯が美味しい評議国。そんでここは龍の肉専門店」
評議国と言えば飛行艇で一週間と少し、馬車でも三ヶ月以上かかる道のりである。
そんな距離をまるで近所に出向くかのように移動できる脚力は、驚き以外の何者でもない。
「いらっしゃいませエルピス様。もう少し早くきていただければサラス様もいらしていたのですが」
「評議国最高戦力のお方ですよね。お話は聞いています、会えなかったのは残念ですね」
「ええ、かのかたも非常に残念に思っていると思います」
エルピス達を出迎えたのは、評議国特有の身体のラインが見えないゆったりとした服装に身を包む店員だ。
その口振りからは本当に残念そうな雰囲気が感じとれ、最高位冒険者二人が出会ったところを本当に見たかったのだろうと言う事が感じ取れる。
最高位の冒険者は同じ街にいる事はあっても、基本的にはある一定以上の距離以上に近づくと言う事は約束事でもない限りない。
理由は単純で面倒ごとを避ける為で、もし戦闘にでもなってしまえば国が一つ消えてしまいかねないからだ。
そんな二人が直接出会うのは稀有な事で、危険はあっても好奇心が混ざっているのだろう。
「ではこちらの方へどうぞ。ベルが鳴らない限りこの部屋には誰も入ってきませんので」
当然のように奥の個室へと通されるのは、最高位冒険者というのがそういう存在であるだろうからなのか。
だがヘレンにはそんな事よりも一つ気にかかることができた。
「サラス・ライオネット。最高位冒険者であり言葉を武器にする黒の令嬢、そんな有名人が来てるようなお店って高いんじゃ……」
「値段なんか気にしなくていいよ。共和国の盟主から巻き上げた金が死ぬほどあるし、そんな事より話ってなに?」
着席した途端に口にするその姿はなにかを急いでいるようにも見えるが、きっと兄なりに話しやすいように工夫してくれているのだろうと勝手に納得する。
少なくともヘレンの記憶にある鈍臭い男はそんな人だった。
「エルピスさん。貴方の本名は山下晴人、これは間違いないんですよね?」
「うーん、明確には違うかな。その名前はもう終わった名前だ、今の俺はエルピスだよ。ただその認識で間違ってはない」
回りくどい上に面倒臭い。
いちいち事柄を明確にしなければ喋れないのかと言いたくなってしまうが、その話をするのはまた今度でいいだろう。
いまは本題を何より優先すべきだ。
きっとこの先この貴重な時間が訪れることなどほとんどないと言っても良いのだろうから。
「もし間違っていれば申し訳ないんですが、貴方は私立南雲学園の高等部に所属していたんじゃないですか」
「なんでそれを知ってーーっ!? どうして泣いているの?」
泣きたくなどなかった。
きっと兄の中では自分は無愛想で兄嫌いな、そんな妹だった筈である。
だというのにこんなにもぎゃあぎゃあと泣いてしまったら、まるで兄と共に入れなかった時間を……後悔しているようではないか。
「お兄…ちゃん。ごめんねっ…ぅ私があの時ちゃんと…っぐ…していたらっ……お兄ちゃんがこの世界で…っ戦わなくて済んだかもしれないのにっ」
「もしかして……いやそんな事あるはずがない。だって、でもあいつのあの言葉が確かならーーもしかして嘘だろ…本当なのか」
あり得ないと分かっていながらも、エルピスは前世の妹の名前を口にする。
転生者であることは知っていた、名前が妹と同じなのも。
だが目の前でなく彼女の姿よりもエルピスにその可能性を示唆したのは、創生神の言葉だ。
妹とのすれ違い、それがこの世界で出来た妹だとは彼は一言も言っていなかった。
「…っうん!」
「……そうか。泣くな、お前は何も悪くない。俺が死んだのはお前のせいじゃない」
誰のせいでもあって欲しくない。
だが強いていうのであれば兄がこの世界で少しの間一人ぼっちになったのは、出来れば自分のせいであって欲しかった。
そうであれば自分の罪を許せる気がして、だけれどそんなどこまでも自分勝手な自分に嫌気もさす。
「まさかとは思ってたけど、本当にお前だったなんてな。あいつの言ってたことはそう言う事だったのか」
あいつとは一体誰のことなのだろうか。
この事は親にさえ告げていない、兄も訝しんでいたようだが確証を得たのは今のようなので、兄の周りに誰かとんでも無く頭のキレる人か全てを知っている人物でもいるのだろうか。
「向こうはどんなだった?」
「兄さんがあの日学校に行った後突然心臓麻痺で死んで……母さんは完全に家を出て行って、その代わりに父さんが家に帰ってきてた。
父さんは凄く私に優しくしてくれて、なんとか親権を取り戻せたって大はしゃぎしながら、いっぱい愛情を込めて育ててくれた」
「ーーそうか。良かったな」
兄の記憶の中に一体どれだけ父の記憶があるか。
兄が近隣高校の中でも比較的偏差値が高い南雲学園に入学したのは、父から褒めてもらう為だったといつか言っていたのを思い出す。
自分よりもよほど兄は父に会いたい事だろう、もはや永遠に会えないが、それでも兄は誰よりも家族のことを想っていた。
「でもその後母さんが再婚先の男と一緒に家にやってきて父さんが殴られて、カッとなった私が男に掴み掛かったら押し飛ばされてその時頭打っちゃって気づいたらこっちに居た」
「……命を大切にしてくれよ」
「何なのさその言い方、大切にしてたよ。兄さんの分も生きようと必死に頑張ってたんだから」
「ありがとな。父さんが生きてたら良いんだけど」
目を細めて昔を懐かしむように兄は静かにそう言った。
声は少し掠れ、不安感がその身を包んでいるのだろう事は側から見てもよくわかる。
「生きてるって言ってた、こっちの世界に来た時の神様が。あと私を殺した人と母さんはこの世で想像できる最も苦しい苦痛を味わうことになるだろうとも言ってた、ギフトの代わりって」
「余計な事……ではないか。むしろ感謝しないといけないか」
この世界に来た時のあの長髪の髪を床に流し、常に貼り付けたような笑みを浮かべている神の姿を思い出しながらヘレンはエルピスに事実を告げる。
あそこは神の居る場、神のある場だ。
時間の流れはこの世界と向こうの世界どちらとも違った様相を呈しており、ただ一人その神が誰なのかを知っているエルピスは産まれて久しく神に祈りを捧げる。
父の為に何もできなかったが、彼が代わりにやってくれるのならば不安感はない。
「お兄ちゃん、私謝りたいことがいっぱいあるんだ。兄さんにあの日行ってらっしゃいって言えなかったことも、ずっと後悔してる」
「馬鹿だな、この世界で言ってくれればいいよ。行ってらっしゃいもありがとうも。こうして会えたんだから」
本当はもっと早くこうなっていれば良かったのに。
そう思いはするがきっと今この時この場所で無くては、きっとこの願いは叶わなかったのだろう。
確かな革新とも言えるそれはずっとヘレンの心の中にある。
「ほら冷めないうちにさっさとご飯食べちゃおう。昔話はそれからだ」
「うん。お兄ちゃん」
夜はきっとふけていく。
二人の間で止まっていた時の歯車はようやく鯖から解放されて、ゆっくりとまた時間の歯車を進め始める。
不幸なのか幸運なのか、それを知る術はきっともう少し先のことなのだろう。
「ありがとうございますエルピスさん」
エルピスは前世で従姉妹がいたことが無い。
親族といえば妹くらいのものだったのだが、その妹も高校生になってからは殆ど会話もしないままだったので、目と目を合わせてしっかりと喋ったのは一年に数度程度だろうか。
そんなエルピスからしてみると小さい子供の成長は初めて感じるもので、大きくなったその姿を見て驚きを隠せなかった。
もちろんエルピスもその分大きくなっているのだが、少し前まで幼稚園児のような見た目だったのに、こうして急に成長されれば驚くのも無理はないだろう。
「それはそれとしてダレンさん、島を王都の上に置くのはどうかと思うんですけど」
自分も普段から滅茶苦茶な事をしているので、ある程度他人の無茶苦茶な活動も黙認しているエルピスが、思わず口に出してしまったのはダレンの住む島が止めてあるところだ。
王城にはギリギリ被っていないが、王都にはしっかりと被っており日陰云々の問題以前に落ちるのでは無いかという不安が住民達の間でも広まっているようである。
いきなり朝起きたら知らない島が自分の頭の上に浮かんでいたのだ、恐怖するなという方が無理があった。
そんなエルピスの言葉を受けて一瞬不味そうな顔をするが、直ぐに笑顔を浮かべてダレンは話を変える。
「止めるところがなかったから仕方ない。それにしてもエルピス君随分と大きくなったな!」
こういう所を見ていると、ああやっぱり父と目の前の人物は血が繋がっているんだということを再認識できる。
「もうちょっとマシな誤魔化し方無いの!? 父がすいませんエルピスさん」
改めて言おう、大きくなったものだ。
エルピスが5歳か6歳の時にあったので無理もないのだが、それにしたって随分な成長ぶりである。
黒い髪には少しだけ青みがかかっており、ダレンが黒髪なのでおそらくは母親からの遺伝なのだろう。
身長は165センチ程だろうか、人にしては少し大きいきもしなくはないが落ち着いた雰囲気も相まって違和感などはない。
目元は少し垂れ目になってきたように見えて、その目から優しさが感じ取れた。
「さんは辞めてよヘレンちゃん。親族なんだしさ」
「ーーおいおいうちの子に手を出すなよエルピス君」
「ダレンさんあんまりだったらお母さんに言いますよ?」
「いやほんと、ほんと勘弁して。マジで殺されるから」
ダレンがクリムに弱いことは、かつて家に行った時に情報として知り得ている。
もちろん冗談半分の話の上ではあるが、久しぶり母の名前を話に出せてエルピスとしては少し嬉しい。
「それにしてもやっぱりヘレンちゃんおっきくなったね、今何歳?」
「15です。エルピスさんは?」
「多分18かな? ヘレンちゃんかなり強くなったでしょ、魔力量も随分と増えたよね」
相手の魔力量を見抜く技術は魔法使いにとっては、必須級の技術でありもちろんエルピスもその程度の事はとうの昔に習得している。
訓練次第では戦術級の魔法を打つことも不可能ではなさそうだし、何よりも魔法技術に関してのポテンシャルをヘレンからは感じた。
魔法使いは大体が周囲の魔素を常時自分の扱いやすいように、意識的か無意識である程度変質させているのだが、その変質の工程も随分とスムーズだ。
才能で言えばアウローラと同等かそれ以上である。
「戦術級はまだ無理ですけど超級は随分と扱えるようになりました!」
「凄いだろううちの娘、自慢なんだ。エルピスも随分と強くなっただろう? お前はどこまで使えるんだ?」
ダレンからそんな問いを投げかけられて、エルピスはさてどうしようかと頭を悩ませる。
正直に答えてしまうか、いつものように五属性を操れる程度の腕前だと言っておくか。
だがイロアスに話をする前段階として、知っている人物がいる事はエルピスにとっても心の余裕を生んでくれる事だろう。
そう考えて神の称号の話だけは避けつつ、隠すことなくエルピスは事実を口にする。
「全部です」
「ーーは?」
「全部使えますよ。魔力量だけで言うなら父さんも余裕で倒せるレベルになりました」
そもそも父は最高位冒険者にしては、それほど魔力量が多い方ではない。
もちろん常人に比べれば湯水のようにあると表現してもいいが、父の凄いところはその卓越した魔法操作技術と発想能力である。
魔力量含めて魔神であるエルピスがそれ以外に負けるはずもないのだが、そこは父に対しての敬意とまだ負けているという自分の心の答えだ。
「マジかよ……その事兄さんは知ってるのか?」
「まだ父さんと戦ってないから秘密です。試しにダレンさんやってみます?」
「プライド折られるから嫌だね! 兄さんが勝てない相手に俺が勝てる訳ないし」
飄々とそんな事を答えるエルピスをじっと見つめるのは、なんとも言えない顔をしているヘレンだ。
ヘレンはエルピスの前世が自らの元兄であると言う事を知っている。
いつものほほんとしており虐められてもこれと言った反撃をせず、はっきり言って不甲斐なさすらあった兄がそこまでの力を手に入れているとは彼女からすれば思いもしない。
(本当に兄さんがそんなに……? お世辞にも強そうには見えないけれど、一応国家級魔法使いは存在するし)
だからこそヘレンがそんな事を考えてしまうのも無理はないだろう。
エルピスは己の内側に魔力を溜め込む事はせず、戦闘時に周囲の魔力を従えて戦闘しているので、通常時で言えば平均的な魔法使いの範疇に収まった魔力量しかない。
それも相まってヘレンからしてみれば、エルピスの力量を計りかねていた。
「ーーダレンさん! お久しぶりです!」
「おはようグロリアス」
考え事をしていたヘレンの後ろからそう声を上げたのは、現国王グロリアス・ヴァンデルグである。
卓越した政治能力と高位の冒険者をも凌駕する戦闘能力、四大国に王国が最も近いと言われる所以は彼が居るからだ。
「おおグロリアス様、お久しぶりでございます」
「エルピスさんもダレンさんもおはようございます。今回は国土防衛に力を貸していただけると言う事で、ありがとうございます」
「いえいえ、日頃から王国にはお世話になってますから。これくらいの事であればいつでも」
ヘレンは詳しく知らないが、聞き及んで居るだけでも土地の権利関係、物資の輸送、日照権などの問題に関しての対処などやってもらっている事は多岐にわたる。
その分国王から直接の依頼を受けたり、龍達を輸送役として貸し出したりはしているが、ヘレンとしてもグロリアスは恩義を感じている相手だ。
「詳しい話は中で。エルピスさんも一緒にどうですか?」
「悪いけど俺はちょっとヘレンちゃんに用事があるからパスで、防衛ラインとかに関しての詳しい話はニルから聞いて」
「まぁそう言う事で。この前決めたあれで良いんだよね、エルピス?」
「そう。状況次第で変わったりもすると思うから、そん時はまた連絡して」
いきなりエルピスの背後からひょっこりと現れた黒髪の女の子は、どうやらエルピスの右腕的な存在らしい。
ヘレンを見てにっこりと笑みを浮かべてウインクするその姿を見て、なるほど兄が好きそうな人物だと納得する。
種族が一体なんなのかは分からないが、その油断ない構えと巧妙に隠されているが無尽蔵にも思える魔力は強者の証だ。
昔から兄の趣味はよく分からなかったが、今考えてみればよく分からないのが良いのだろう。
「それじゃあダレンさんお借りしますよヘレンちゃん」
「しっかり鍛えてやってくれ」
「もちろんですよ」
当人であるヘレンの意見は出ないまま、エルピスによってヘレンは連れ去られていった。
口振りからしてエルピスが今から行おうとしている事は、ヘレンの強化というのが大体の予想だ。
ヘレン自身グロリアス達王族がエルピス指導の元、戦術級魔法を使用できるようになったと言う話は聞いている。
戦術級と言えば優れた魔法使いが長年かけてたどり着く一種の極地、噂によるとヴァンデルグの先祖返りが関係しているという話もあるがそれにしたって凄い能力だ。
「あ、あのエルピスさん少し話したいことが……」
「終わってからご飯でも食べてゆっくり聞くよ。その前にまず魔法の訓練からしないと」
「私もう成長限界に達したと思うんですが……?」
「自己分析力が凄いね。確かに個人だともう限界に当たってる、才能の問題だからこれ自体は仕方ない事なんだけどさ。
ただ限界なのは魔力量であって、操作技術の限界点はまだまだ先だよ」
技能に頼った魔法操作ではなく、自らの力を持ってして魔法を操作する技術の限界点は果たしてどこにあるのだろうか。
マギアやイロアスなどがその力を持つ例として挙げられるべき人物だが、彼等の力を数値化することなどできるはずもない。
「どうやってそんなの調べたんですか?」
「んー、秘密。それよりこれ真似できる?」
隠し事を隠そうともしないのは昔からの兄の癖だ。
自分の手を見るように視線を動かすと、エルピスの手のひらから小さな魔素の塊が数え切れないほどふわりと飛び出していく。
大きさはそれ程でもないが、これほどの数の魔素を同時に操る技術力は狂気の沙汰だ。
一体どれほどの修練を人間が積めばその境地に到達することができるのか、ヘレンには到底理解もできない。
「どうやってるんですかこれ?」
「魔素を想像力だけで動かしてる。それでこれをこうしてこうすると……」
小さな粒であった魔素達は複雑に絡み合い一本の糸に姿を変え、それらが複雑に絡まっていくと小さな蝶ができあがる。
それはまるで意思を持つかのようにエルピスの指から空へと羽ばたくと、中空で己の役割を終えるようにして再び魔素として世界に溶け込んでいく。
魔素による生物の複製、それはおそらくこの世界で誰もなし得なかった奇跡。
魔素による生命の複製体の製造は戦争の概念を根底から覆す、下手をすれば人類最悪の発明にもなりかねない魔法だ。
狂気の果てにある魔法操作技術がなければその発動は不可能だとして、理論上可能だということを知れば躍起になる人物はいつか現れる。
「ほら出来上がり。ここまでは出来ないと思うけど、最初の魔素の着色と操作の部分は覚えてくれないとちょっと厳しいかな」
「分かりました。これが終わったら話を聞いてくださいね」
「……いいけれどそんなに大事な話なのかい?」
何も知らないエルピスは、間抜けそうな顔を見せてそんな事を口にする。
こちらが一体どれだけの心の準備をしてきたと思っているのか、確かに空いた期間は尋常ではないくらい長かったが、永遠に会えないと思っていた人物相手に十年も二十年も対して変わらないだろう。
そんな風に思考しているヘレンははっきり言ってやけになってしまっているのだが、彼女はとりあえずと目の前の自分に課せられた課題に集中力を全て向ける。
それから5時間後。
「はあっはあっ…できっ……ました!」
時刻は既に夕暮れ、陽は地平線の彼方へとゆっくり沈み始め肌寒さが優しく訪れる。
なんとか魔素を己のものとして制御しきり、肩で息をしながらも課された課題を無事に終えるヘレンの姿があった。
エルピスとしても今日中に終わるとは到底思っておらず、想定していたよりも遥かに早い上達ぶりに驚きを隠せない。
「凄いね、まさか今日中にここまで終わらせるなんて。戦術級の初歩的な操作技術はほぼマスターしたと言っても良いくらいだよ」
「ーーこれで話を聞いてくれるんですよね」
ヘレンの言葉を聞いてエルピスの顔は怪訝そうなものに変わる。
当たり前だ、久しぶりに会った姪っ子にここまで何度も何度も話を聞いてくれと言われれば疑問に思わない方が無理があるだろう。
エルピスが考えている事を想像してみるが、あっていない期間が長すぎてヘレンには彼が何を考えているのか分からない。
家族の考えていることすらわからない、それがヘレンにとっては少しだけ辛かった。
「もちろん約束だったから聞くけれど、どうする? ご飯でも食べながら話すかい?」
「本当は手早く話したいんですがお腹が空いたので……良かったらお願いします」
「分かった、いい店紹介するよ」
外で気軽に話すような内容でもない。
ヘレンからしてみればエルピスにこうして誘われたのは僥倖であり、その提案に素直にのって食事しながらの会話に意識を切り替える。
魔素の格差によって肉体的にも精神的にも疲労しているので、出来れば早く何か口にしたいところだ。
「それじゃあ手を貸して」
「はい。でもどこに行くんですか?」
「評議国まで、転移魔法じゃなくて飛んで行こうかな」
「評議国ってこっからどれだけーーっ!」
朝方こちらにきた時と同じ、強者特有の全てを無視した移動速度で進むエルピスの速さは身構えていても恐怖が先に来る。
龍の背中に乗った時よりも遥かに早く、視界がどんどんと小さくなっていくような不思議な感覚が視覚を襲う。
十数分も立たないうちにふと身体がゆっくりと減速していく気配を感じ、見てみれば見覚えのない街並みが辺り一体に広がっていた。
「到着っと。実はちょっと前から予約入れてたんだよねぇここ、楽しみだったんだ」
「ここは……一体どこの国ですか?」
「王国から遥か西、ご飯が美味しい評議国。そんでここは龍の肉専門店」
評議国と言えば飛行艇で一週間と少し、馬車でも三ヶ月以上かかる道のりである。
そんな距離をまるで近所に出向くかのように移動できる脚力は、驚き以外の何者でもない。
「いらっしゃいませエルピス様。もう少し早くきていただければサラス様もいらしていたのですが」
「評議国最高戦力のお方ですよね。お話は聞いています、会えなかったのは残念ですね」
「ええ、かのかたも非常に残念に思っていると思います」
エルピス達を出迎えたのは、評議国特有の身体のラインが見えないゆったりとした服装に身を包む店員だ。
その口振りからは本当に残念そうな雰囲気が感じとれ、最高位冒険者二人が出会ったところを本当に見たかったのだろうと言う事が感じ取れる。
最高位の冒険者は同じ街にいる事はあっても、基本的にはある一定以上の距離以上に近づくと言う事は約束事でもない限りない。
理由は単純で面倒ごとを避ける為で、もし戦闘にでもなってしまえば国が一つ消えてしまいかねないからだ。
そんな二人が直接出会うのは稀有な事で、危険はあっても好奇心が混ざっているのだろう。
「ではこちらの方へどうぞ。ベルが鳴らない限りこの部屋には誰も入ってきませんので」
当然のように奥の個室へと通されるのは、最高位冒険者というのがそういう存在であるだろうからなのか。
だがヘレンにはそんな事よりも一つ気にかかることができた。
「サラス・ライオネット。最高位冒険者であり言葉を武器にする黒の令嬢、そんな有名人が来てるようなお店って高いんじゃ……」
「値段なんか気にしなくていいよ。共和国の盟主から巻き上げた金が死ぬほどあるし、そんな事より話ってなに?」
着席した途端に口にするその姿はなにかを急いでいるようにも見えるが、きっと兄なりに話しやすいように工夫してくれているのだろうと勝手に納得する。
少なくともヘレンの記憶にある鈍臭い男はそんな人だった。
「エルピスさん。貴方の本名は山下晴人、これは間違いないんですよね?」
「うーん、明確には違うかな。その名前はもう終わった名前だ、今の俺はエルピスだよ。ただその認識で間違ってはない」
回りくどい上に面倒臭い。
いちいち事柄を明確にしなければ喋れないのかと言いたくなってしまうが、その話をするのはまた今度でいいだろう。
いまは本題を何より優先すべきだ。
きっとこの先この貴重な時間が訪れることなどほとんどないと言っても良いのだろうから。
「もし間違っていれば申し訳ないんですが、貴方は私立南雲学園の高等部に所属していたんじゃないですか」
「なんでそれを知ってーーっ!? どうして泣いているの?」
泣きたくなどなかった。
きっと兄の中では自分は無愛想で兄嫌いな、そんな妹だった筈である。
だというのにこんなにもぎゃあぎゃあと泣いてしまったら、まるで兄と共に入れなかった時間を……後悔しているようではないか。
「お兄…ちゃん。ごめんねっ…ぅ私があの時ちゃんと…っぐ…していたらっ……お兄ちゃんがこの世界で…っ戦わなくて済んだかもしれないのにっ」
「もしかして……いやそんな事あるはずがない。だって、でもあいつのあの言葉が確かならーーもしかして嘘だろ…本当なのか」
あり得ないと分かっていながらも、エルピスは前世の妹の名前を口にする。
転生者であることは知っていた、名前が妹と同じなのも。
だが目の前でなく彼女の姿よりもエルピスにその可能性を示唆したのは、創生神の言葉だ。
妹とのすれ違い、それがこの世界で出来た妹だとは彼は一言も言っていなかった。
「…っうん!」
「……そうか。泣くな、お前は何も悪くない。俺が死んだのはお前のせいじゃない」
誰のせいでもあって欲しくない。
だが強いていうのであれば兄がこの世界で少しの間一人ぼっちになったのは、出来れば自分のせいであって欲しかった。
そうであれば自分の罪を許せる気がして、だけれどそんなどこまでも自分勝手な自分に嫌気もさす。
「まさかとは思ってたけど、本当にお前だったなんてな。あいつの言ってたことはそう言う事だったのか」
あいつとは一体誰のことなのだろうか。
この事は親にさえ告げていない、兄も訝しんでいたようだが確証を得たのは今のようなので、兄の周りに誰かとんでも無く頭のキレる人か全てを知っている人物でもいるのだろうか。
「向こうはどんなだった?」
「兄さんがあの日学校に行った後突然心臓麻痺で死んで……母さんは完全に家を出て行って、その代わりに父さんが家に帰ってきてた。
父さんは凄く私に優しくしてくれて、なんとか親権を取り戻せたって大はしゃぎしながら、いっぱい愛情を込めて育ててくれた」
「ーーそうか。良かったな」
兄の記憶の中に一体どれだけ父の記憶があるか。
兄が近隣高校の中でも比較的偏差値が高い南雲学園に入学したのは、父から褒めてもらう為だったといつか言っていたのを思い出す。
自分よりもよほど兄は父に会いたい事だろう、もはや永遠に会えないが、それでも兄は誰よりも家族のことを想っていた。
「でもその後母さんが再婚先の男と一緒に家にやってきて父さんが殴られて、カッとなった私が男に掴み掛かったら押し飛ばされてその時頭打っちゃって気づいたらこっちに居た」
「……命を大切にしてくれよ」
「何なのさその言い方、大切にしてたよ。兄さんの分も生きようと必死に頑張ってたんだから」
「ありがとな。父さんが生きてたら良いんだけど」
目を細めて昔を懐かしむように兄は静かにそう言った。
声は少し掠れ、不安感がその身を包んでいるのだろう事は側から見てもよくわかる。
「生きてるって言ってた、こっちの世界に来た時の神様が。あと私を殺した人と母さんはこの世で想像できる最も苦しい苦痛を味わうことになるだろうとも言ってた、ギフトの代わりって」
「余計な事……ではないか。むしろ感謝しないといけないか」
この世界に来た時のあの長髪の髪を床に流し、常に貼り付けたような笑みを浮かべている神の姿を思い出しながらヘレンはエルピスに事実を告げる。
あそこは神の居る場、神のある場だ。
時間の流れはこの世界と向こうの世界どちらとも違った様相を呈しており、ただ一人その神が誰なのかを知っているエルピスは産まれて久しく神に祈りを捧げる。
父の為に何もできなかったが、彼が代わりにやってくれるのならば不安感はない。
「お兄ちゃん、私謝りたいことがいっぱいあるんだ。兄さんにあの日行ってらっしゃいって言えなかったことも、ずっと後悔してる」
「馬鹿だな、この世界で言ってくれればいいよ。行ってらっしゃいもありがとうも。こうして会えたんだから」
本当はもっと早くこうなっていれば良かったのに。
そう思いはするがきっと今この時この場所で無くては、きっとこの願いは叶わなかったのだろう。
確かな革新とも言えるそれはずっとヘレンの心の中にある。
「ほら冷めないうちにさっさとご飯食べちゃおう。昔話はそれからだ」
「うん。お兄ちゃん」
夜はきっとふけていく。
二人の間で止まっていた時の歯車はようやく鯖から解放されて、ゆっくりとまた時間の歯車を進め始める。
不幸なのか幸運なのか、それを知る術はきっともう少し先のことなのだろう。
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