クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期:魔界編

妹と共に

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「晴人さん早く行きましょう!」

 昼下がりの魔界の街、一晩を別荘で過ごしたエルピス達は改めて冒険者組合へと来ていた。
 エルピスの袖を引っ張りながらそう言葉を投げかけてくるのは妹のフィア、今日も元気はつらつな彼女はエルピスと共に今日依頼をこなすつもりでいると言う。
 はじめての妹との仕事、それに年甲斐もなくワクワクしていたエルピスの手に握られた依頼書は誰も解決できないからと古びた依頼の束だった。

「ちょ、落ち着いて! その依頼は絶対ダメなやつだから!」
「止めるなアウローラ! 俺は良いところを見せないと!」
「あんたは妹が関わるとなんでこんなんになるのよ!」

 エルピスの手からこぼれ落ちた依頼を見てみれば、当然のように最高位冒険者専用の最悪な依頼であった。
 名前も聞いたことのない魔物であるが、それがロクでもないものであることくらいはアウローラでも流石にわかる。
 触らぬ神に祟りなし──いやこの場合触りに行っているのは神の方なのだが、それでも余計な事に手を出さない方が良い事なのは明白だ。

「適切な依頼を受けておいたわよ晴人、肩慣らし程度にはこれくらいの方がちょうど良いでしょう?」
「セラまでそっち側なの?」
「良いところを見せようとするより、普段の仕草を見せる方が憧れを抱きやすいものよ?」

 目にも止まらぬ速さで行われる超常の戦闘など、見せられたところでアウローラでさえ何が起きているのか理解できないのだ。
 だとすれば多少は難易度を落としたとして、フィアからしてみれば命をかけて戦うような相手との戦闘を体験させればそれで十二分に兄としての威厳を見せる事ができるだろう。
 エルピスではやく晴人とエルピスの事を呼ぶセラに対して静かに頭を縦に振るうと、エルピスは依頼者をフィアに手渡す。

「じゃあ今日はこの依頼に行こうか」
「双頭虎の討伐依頼ですか!?」
「うん、名前しか知らないけどまぁ多分大丈夫だと思うから。危ないと思ったら逃げても大丈夫だよ」
「いえ、私も冒険者の端くれです! 自分の身は自分で守り切ります」

 胸を軽く叩きそう口にするフィアを見て、エルピスは感慨深いものを覚える。
 いままで一度も直接会うことはなかった妹が、こうしてエルピスが守らずとも自ら身を守れると口にするその姿は寂しくもあり誇らしくもあった。
 いつかはもう一人の妹に──ヘレンに合わせてあげたいところだがそれはまだまだ先になりそうだ。

「そっか、じゃあ期待しているよ」

 魔界というこの世界でなんとか今日まで生き延びてきたその力、エルピスとしてもどこまでなのか気になるところではあった。
 かくして正体を隠す兄とそれを知らない妹とその兄の恋人二人というなんとも奇妙な構成のまま今日この日は始まるのだ。

 /

 さてそうして依頼を受けたエルピスが一番最初にした行動は、フィアの装備をまともなものに変えることだった。

「とりあえずフィアちゃん、今日はこの装備を着てもらっても良いかな?」

 取り出したるはエルピスの秘蔵の装備、当代の鍛治神が作り出した文字通りこの世で最高峰の装備である。
 素材は鱗などを含めていくつかエルピス提供であり、さらにそれをエルピスの魔法によって強化も施してあるのでその防御力はこの世界でも最硬。
 たとえ神の攻撃を受けようとも鎧だけは無傷であること間違いなし。
 どう見たって新米の冒険者が着るような装備でもなく、たとえ最高位冒険者であろうとも着ることを許されない装備にフィアは顔を青ざめる。

「こ、こんなの貰えません!」
「そう言わないでよ、作った人も悲しむだろうしさ」
「ちなみにそれ作ったのって誰なの?」
「ルミナのお母さんだけど」
「アンタねぇ……」

 鍛治神が装備を売りに出すことはごく稀にある、土精霊の国の経済事情が芳しくない時などはよく人間の国にも売りにきたものだ。
 供給側が金銭的な問題を抱えて売りに来ているのだから言い値で買い取ってもよいと思えるのだが、鍛治神の装備はその効果が故に買い手が無限に存在しその価値は時を重ねるほどに上がっていく。
 料理用の包丁ですらその価値は天井知らず、となるも真面目に作った防具など四大国でも払えるかどうかと言ったほどの金額がかかることこのうえなしだ。

「では貸していただきます。かならずこの装備に見合っただけの活躍を」
「そんな肩肘張らないでよ。あとこれ武器でしょ、魔法道具でしょ、それといろいろ。必要な道具一式を揃えておいたから」
「こ、これ総額いくらなんでしょうか」
「人件費と材料費を除けばフィアでも十分買える値段だよ」

 そんなエルピスの言葉を聞いてそれならばと安堵の感情を見せるあたり、人を信用しやすいというか騙されやすいというか。
 作ったのは鍛治神とエルピスであって、素材を集めてきたのはエルピスなのだから確かに製造に際して金銭はそれほどかかっていないが、だからといってその値段にはならないだろうに。

 それから街道をてくてくと歩きながら雑談をしていると、ふとフィアがエルピスに質問を投げかける。

「そういえば晴人さんは半人半龍ですよね?」

 言い出そうとしていたが言い出せなかった、そう言いたげなフィアに対していまそれを聞いてくるかとエルピスは苦笑いを浮かべる。
 どうせならば両親と出会うまで正体の公表を待って、妹としてではなく一個人としてのフィアを見ていたいエルピスとしては正体を明かすわけにはいかない。
 ほんの少しだけ言葉を詰まらせながらも高速で回ったエルピスの思考は、神人にとっては遥かとも言える時間をかけて答えを導き出した。

「そうだよ。アーテとは親戚に当たるんだ」

 アーテと親戚関係を示唆する事によって、エルピス達は半人半龍が多い地域からきたのではないかと思わせるという作戦である。

「そうなんですか。冬はお互い辛い身ですね」
「そうだね、朝は起きにくいから少し苦手だよ」
「分かります! 朝陽が完全に上がりきってくれないと起き上がれませんよね」

 フィアの中でどんなふうに受け止められたのか知り得ることはできないが、上手く誤魔化せていたのであれば幸いだ。
 半人半龍あるあるというこの世界でも珍しい会話を楽しんでいると、付近を警戒していたアウローラから声がかかる。

「エルピス、喋ってるところ悪いけど敵よ」
「んー、そっか。今日はアレが獲物なんだっけ」

 依頼書の通り頭を二つ持つ虎の姿は魔物としては確かによく見る形態だが、敵として見ると随分と珍妙な姿である。
 頭が二つあるという利点がなんなのか考えては見るものの、捕食機関が二つになったところで意味はないだろうし脳が二つになったところで思考領域を増やすのは獣にとって必要なものかすら判別もつかない。
 そんな事を考えていると気がつけばいつのまにか辺りを囲まれており、セラが一番後ろに、真ん中に二人を入れてエルピスが前へと出る。

「フィアちゃん一瞬だから良く見ててね?」
「は、はいっ!」

 フィアを庇いながら一歩前に出たエルピスが手にしているのは、鍛治神の知識を得た後に改めて打ち直したあの黒剣である。
 土精霊の国で作って以来相変わらず名前も決めずに使ってきたこの黒刀だが、名前など付けずともやはり強い武器は強い。
 その存在感だけで己を百獣の王であると自負している双頭虎を一歩退けられるほどの威圧感をはなっており、それを手にした神はほんの一瞬だけ鞘からその頭身を見せる。
 人の目には鞘からいつのまにか刀が抜けているようにも見える、そんな速度で取り出された刀が向けられる先は当たり前だが敵である虎の首だ。
 一度振るえば概念すらも切り裂く事のできる武器は、当たり前だが虎の首程度いとも容易く切り落とすことができる。

「──うっわ」

 そんな声をこぼしたのは少し後ろで見ていたアウローラだ、彼女の視力であればエルピスが何をしたのかもしかすれば見えていたのかもしれない。
 彼女のもはや少し引いているとも思えるようなそんな声と同時に、襲いかかってきた虎達の首が全て地に落ち綺麗な赤い水たまりを作り上げた。

「──す、凄いです!」
「アンタ……まぁいまさらか」
「カッコよかったでしょ」
「アニメの見過ぎよ」

 抜刀と同時に膂力に任せた力技でその場で回るように一振り、本来ならば当たる距離でなくとも魔剣の効果も併せて持つエルピスの刀ならばの程度障害にもなり得ない。
 自慢げに鼻を鳴らすエルピスを褒め称えるフィアとは対照的にため息すら溢しかねないアウローラは、どうやらもうこの程度では驚いてすらくれないらしい。

「とりあえずこれで依頼完了かな」
「思っていたより早く終わりましたね」
「そういうと思ってほら」
「あっ! アンタそれ!」
「魔界豚の討伐依頼書だよ。セラに頼んで取ってきてもらってたんだ」

 空いた手をひらひらとさせていたエルピスが一瞬見えない速度で手を振るうと、いつのまにか古びた依頼書がその他の中にあられる。
 変な依頼を受けないかとエルピスを監視していたアウローラだったが、セラが依頼を受けてきたのなら知らないのも仕方はない。
 内容を注意しながら精査してみれば、なるほど問題になる程難しい依頼ではない。

「まぁこれくらいの依頼なら別に問題はないでしょう」
「でしょうってアンタ…でもそんなに強くないわよねこの魔物」
「うん、俺じゃなくてフィアちゃん用の依頼だからね」

 依頼書に書かれている文言や危険度からして、難しすぎるから依頼をこなさなかったと言うよりは簡単すぎる上に金銭も安いのでわざわざこなされなかったと言う方が正しそうである。
 そんなアウローラの考えに対して答えを述べたエルピスだったが、突然名前を呼ばれて驚いたのはフィアだ。

「わ、私のですか!?」
「そう。パーティーなら問題なく勝てるだろうけれど個人だと難しい、それくらいの相手を選んだつもりだよ」
「たしかにそれはそうですが…」

 依頼書に出されている難易度は通常大人の冒険者が数人集まって挑む様なもの、アウローラや灰猫ならば片手間に終わらせられる程度のものではあるが、フィアにはかなりの難易度になるはずである。

「一度どれくらいの実力をフィアちゃんが持っているのか知ってみたくてね、危険だと思ったら助けに入るから安心して戦ってよ」
「分かりました。頑張ります!」

 このレベルの依頼であれば、たとえどれだけイレギュラーなことが起きようとも死ぬことはありえない。
 意気揚々と答えたフィアの姿を見て安心したエルピスは、標的を探して歩き回る。

「それで豚を探して三千里、随分と長い時間探し回ったけどどこにもいないね?」
「気配は消しているんですが…何故でしょうね?」
「気配のする方向に行ってるんだけど虎しか出てこないな」

 久方ぶりに全力の神域を見せたエルピスには、もはや探し回っている豚の気配などどうしたって感じ取れる。
 だがエルピス達が戦闘距離に入るよりも早く、豚は何を感じ取ったのか即座に逃げてしまうのだ。
 逆に虎は少しでも近づくと決死の覚悟で挑んでくる、切って捨てるのは簡単なことだが無闇に殺して回るわけにもいかず、威嚇だけをしては歩き回っているのがいま。
 絶望を感じる戦略差に逃げ回っているのが豚、隔絶した戦力に彼方への可能性を感じて勝負を挑む虎、どちらもそうエルピスからしてみれば変わらないが向こうからしてみれば歩く天災が寄ってくるのだから、その反応が種によって様々なのは当然だろう。

「林道には出ると聞いた事があるのでそちらに行ってみますか?」
「じゃあそうしましょうか」

 道中気配を完全に消す方をセラから聞いたエルピスは、その存在感を完全に消し去りながら林へと向かう。
 そうすると意外にも、あっけなく目標は現れた。

「あ、居た。案外簡単に見つかったわね」
「豚っていうより猪の方が近いねあの見た目、とりあえず俺らはここでみてるから頑張って戦ってみて」
「はい!」

 目標は周囲を林に囲まれた川のほとりで水を飲んでおり、仕留めるには絶好のチャンスであった。
 そんな絶好の状況で草むらに隠れたエルピスは、フィアへとチャンスを手渡す。
 両手で剣を握りしめ、草むらから一歩踏み出したフィアは前へと進んでいく。

「はぁっ!」

 避けられようもない程の完璧なタイミングと速度で切りかかったフィアは、だがすんでのところでその攻撃を避けられる。

「外した!?」

 外したのではなくたまたま水を飲みおえた標的が上を向いただけ、だが偶然だろうがなんだろうが自らの命を狙う敵に対して魔物は容赦することなどない。
 命を狙われたことに怒りの感情を見せながら、魔物は両の足を上げフィアの頭を踏み潰さんと力を込める。

「フィアちゃん危ない!」
「大丈夫だよあれくらいなら」

 余裕を持って言葉を返したエルピスを見て、一瞬安堵したアウローラだったが目の前でフィアはものすごい速度で吹き飛ばされる。

「吹っ飛んだけど!?」
「魔物との戦闘とはつまり命の取り合い、ならこれくらいの危険は本来あって然るべきよ」
「それでもまぁ安全に気を使った戦闘ではあるけれど」

 命がけで戦っているのだ、これくらいのことならば見過ごして当然のことだろう。
 体の節々に痛みを感じながら、フィアは己の力を最大限に強化する。

「技能発動〈龍化〉」

 母から受け継ぎし龍人の力、生まれながらにしてそれを持つフィアは生粋の半人半龍である。
 牙を差し向けた魔物がフィアに襲いかかるが、半人半龍の膂力を前にしては魔物の力では物足りない。
 弾き飛ばされた魔物は、目にも留まらぬ速さで数度体に深い傷をつけられる。

「強いっ!」
「でもまだ殺しきれてない!」

 魔物の最も脅威とされている特性はその耐久力、それがあるが故にどこまで行っても魔物との戦闘は油断ならないのだ。
 最後の一回を刻むために、更に早くフィアは一歩足を踏み込む──

「はぁぁぁぁあっ!!!」

 剣はその力を持って魔物の生命を断ち切る。
 確かにフィアは強かった、だが魔物もそれなりに強く、互いに命を賭けた結果がこれである。

「はあっ、はあっ」
「お疲れ様。勝てたね」

 エルピスが手を取り軽く魔法をかければ、それだけで先程の戦闘全てが嘘だったほどに体は軽くなる。
 妹が無事である事を確認したエルピスはそのままの流れで疑問を投げかけた。

「どうだった? 戦ってみて」
「強かったです、それに私が負けてもおかしくありませんでした」
「そうだね。でも今日は勝てたらそれでいいんだよ、持って帰って食べよっか」

 片手で死体を持ち上げて、エルピスはそれを収納庫ストレージに無理やり押さえ込む。
 かなり容量を食いはしたが妹が初めて自力で倒した獲物だ、丁重に扱ってあげるのが優しさというものだろう。
 そんなエルピスの横で苦そうな顔をしているのはアウローラだ。

「え? これ食べるの?」
「大丈夫、毒抜きすれば多分いける」
「なら調理は私がしましょうか」
「セラがやってくれるの!? やったぁ!」

 セラは滅多に料理をしない、神が料理を作ればそれは神にしか食べられないものになるからだ。
 だが最近ではセラも手加減を覚えた、料理に手加減という表現もおかしいが、力ある人や亜人などであればギリギリ食べられる程度の料理ならば。
 それは大変美味であり、そしてエルピスにとって特別なものである。

「じゃあ帰ろっかフィアちゃん」
「はい!」

 家に帰れば美味しい料理が待っている、わざわざこんなところに長居する必要もない。
 行きよりも早く、軽い足取りでエルピスは帰路につくのだった。
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