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一章
仕事と報酬
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炭坑夫の作業は基本的に自分との戦いである。
崩落の危機に対して恐れを抱かない勇気を持ち続ける事、自分の置かれている状況を常に冷静に俯瞰し続けられる事、そして筋肉が悲鳴を上げようとも課された仕事をこなす事。
新人炭坑夫が最初にぶつかる難題は恐怖でも冷静さを失うことでもない。
鉛のように重たくなってしまった両腕をなんとかして動かす事だ。
「えっさ! ほいさ!」
「運べ運べぇ!!」
男達の怒号が飛び交う職場の中で、翔は休む事なく働き続けていた。
最初の頃は仕事ができるのかと怪しまれていた翔だったが、いまとなってはこの現場において最も仕事をしている人間だと言っていいだろう働きをしていた。
翔の周りにいる男達は誰一人としてツルハシを持っていなかったが、その理由はだらけているわけではなく翔の掘削速度を考慮すると自分達が掘るよりも翔に彫らせた方が金になるからと分かっていたからである。
ふとそんな仕事場を見ていた現場監督らしい男の一人が疑問を口にした。
「アイツいつからああして働いてるんだ?」
「一週間はずっとああしてますよ。しかも掘削速度が加速度的に上がり続けてますから、いまとなってはアイツ専用の運搬人員が数十人単位で付いてます」
一週間もの間ひとは岩を掘り続けることができるのだろうか。
答えはどう考えたって無理だ、乳酸菌云々の問題の前にそもそも人は一週間飲まず食わずで活動した場合ほぼ間違いなく死亡する。
ではどうやって翔はこの一週間を乗り切ったというのだろうか。
実際のところは人が寝静まる深夜帯に食事などを纏めて取っているのだが、それでも睡眠時間は一日一時間と少し程度。
ブラックにも程がある労働環境だったが、不思議なことに働けば働くほどに翔は自分の身体がより元気になっていくのを感じていた。
いまとなっては食事や睡眠も不要なのでは、そう感じられるほどである。
管理責任になってはいけないので仕方がなく睡眠や食事などは取っているが、もしこの場に一人で作業をしていたのならば翔はそんな時間すら惜しんで働いていただろう。
自分の働きによって金銭が得られるという当たり前のことにどうやら喜びを感じているらしい翔は、山のように積み上げられた功績にもたれかかりながら久しぶりの休憩をとる。
「前回の休憩から既に十時間。休むまでのペース…長くなってる」
「肉体を使ってできる仕事って最高! いまなら無限に仕事ができる!!」
「なぁ、あいつなんかやってるんじゃないか」
「どちらにせよ仕事が早い事はいい事だ。アイツの今週の給料いくらになるんだろうな」
急に外からやってきて働き続け何処かへと消えていく。
時折ではあるがそんな人間がこの街にはやってくるので、他の者の反応も現実離れしたようなものを見る目ではない。
もちろん給料が一番高いのは最も仕事をしている翔なのだが、そのおこぼれに預かって掘削運搬手当てとしてそれなりの金額が支給される彼らからしてみれば翔こそ金のなる木。
遠巻きにやる気を爆発させている翔のことを眺めながら、一輪車を構えていつでも仕事が再開できるように待っている。
そうして数分ほど談笑していた翔とラグエリッタだったが、立ち上がった翔がもう何個目かも分からないツルハシを手にとって大きな声を上げる。
「ラストスパート! 昼の鐘がなるまで一気にやるぞぉぉぉぉ!!」
「「うぉぉぉぉ!!!」」
さて、この世界では一般的に特殊な能力のことを技能と呼ぶのだが、翔が持っている技能は大きく三つ。
この世を旅する事に特化した能力の集合形〈冒険者〉。
思いながら見ただけで様々な物や可能性を見抜ける〈神眼〉。
そして志を持ち続ける能力者に限り無限に力を与えてくれる〈金剛不壊〉。
際限なく上がり続ける翔の身体能力は、神からのプレゼントと〈冒険者〉と〈金剛不壊〉の二つの能力の合わせ技である。
通常技能というのは本来ここまでの力を持つ事はないのだが、神から与えられた技能は特別性なのだ。
採掘の道中暇なのでそうして技能についてラグエリッタからの説明を受けていた翔は、同時にこの世界に魔法が存在することも教えられていた。
加えて魔物と呼ばれる動物が凶暴化したような種族や、人のような見た目をしているが人ではない亜人と呼ばれる種族がいる事も耳にしていた。
ラグエリッタ達の種族である土精霊は本来もっと遠くの土地に住んでいるのだが、ラグエリッタ達は諸事情あってこの街に住んでいるらしい。
ちなみに治安維持隊について邪推していた翔だったが、どうやらこの街はどこの国にも所属していないらしく、そのため軍隊を持つ事街長の命令で他国が侵略してくる口実となるため禁止しているらしい。
そうして考え事をしながら作業をしていると時間はあっという間に過ぎていく物で、鐘の音が鳴り響き翔はついに地面に倒れ伏す。
「終わった。終わったよラグエリッタ」
「あわわ、死んじゃダメっす!。起きるっすよ!!」
まるで糸が切れたように瞳を閉じて膝から崩れ落ちた翔はついに体も地面に倒すとピクリとも動かなくなり、焦ったラグエリッタはそんな翔の服を掴むとゆさゆさと揺さぶる。
だがそんな事をしたところで起きるほどの疲労ではなく、翔は自分の名前を呼ぶ声を聞きながらゆっくりと眠りにつくのだった。
「一週間もぶっ通しであの速度で働いていればそりゃ倒れるじゃろ」
「救護班! 救護班はおらんか!」
「ついにぶっ倒れたぞー!」
他人ができる事を自分は出来ないと知る事は悲しい事だ、だが他人も自分もできていた事を出来なくなるのは恐怖を通り越す。
夢の中で足から下が全く動かない感覚に恐怖した翔は、その額に大粒の汗をかきながらなんとか足を動かそうともがいていた。
実際のところは体すらピクリとも動いておらず、極限の疲労に翔の精神が少し前の状況を思い出しただけのことである。
所詮ここは夢の中、だが夢と現実の違いなどわかる人間の方が珍しい。
「ふむ、中々いい感じじゃの」
ふとそんな声が聞こえ、翔は冷静さを手に入れた。
その聞き慣れた声は前回聞いた時には末代までの呪いをかけてしまうほど恨めしかったが、いまとなっては旧友のような感覚も感じられる。
「友情出演は結構ですけど、随分と出張ってくる回数が多いですね」
「いいじゃろ別に、毎日一人で暇なんじゃから。お主もどうせまだ一人じゃし」
普通は一度送り出したら神というのはそのままほったらかしなのではないだろうか。
少なくとも翔が暇つぶしに読んでいた本は大体神の声が聞こえる事はあっても、ここまで頻繁に聞こえてくる事はほとんどなかった。
いままでとは違い姿の見えない神にどことなく違和感を感じていると、ふと神が翔に対して言葉を投げかける。
「そろそろこの街を出るじゃろう?」
「まぁその予定ですが……お告げですか?」
もはや心の内側を読まれている事に関しては何も思う事はない。
神ならばそれくらいのことはできるだろうし、それでなくとも翔の行動を全て俯瞰してみれる神なら予想くらいは建てられそうな物である。
そんな状況で神が接触しようとしてきたのだ、さすがに二回目ともなれば翔も神が何かさせたいのだろうということくらいは予想がつく。
「今回は二択じゃ。東の森に行くか西の王国に行くか、どっちがいい?」
「東の森でお願いします。本で読んだキャンプ術を実践してみたいですし、あと人の国はちょっと疲れました」
この数日間メモ帳が何冊かいる程の情報を処理し続けていたので、一旦街を離れて自然の中に身を置くというのも悪い判断ではないだろう。
知識は身に着いたが実地で得た情報と合致させないと本当の意味で身に着いたとは言えない。
「よろしい。ではいまからお告げをするのじゃ。カケルよ、汝東の森へ行き村を救うのじゃ…じゃ…じゃ」
セルフエコーをしながらゆっくりと遠ざかっていく神の声と反比例して、徐々に翔の意識は回復へと向かっていく。
モヤのかかったように感じられた世界はゆっくりと形がくっきりとし始め、翔は自分の枕元に誰かがっている事に気がついた。
「起きたっすかー?」
「んんっ……まだ眠い。誰?」
「酷いっす! あんなに長い間土煙の中に連れ込んだくせに!」
一瞬誰だと警戒した翔だったが、よく見てみればそこにいたのはラグエリッタだ。
一週間以上無口な彼女しか見てこなかったので、いきなり元気になった彼女を見て別人だと勘違いしてしまったのも寝起きなのだから無理はない。
周りを見てみればどうやら採掘場の離れにある休憩スペースで休ませてもらっていたらしく、翔の耳に聞き慣れたツルハシで岩を叩く音が聞こえてくる。
ふと視線を感じて翔が振り向くと、そこに翔が仕事を頼んだ鍛冶屋の土精霊が立っていた。
「起きたか。お前さんが仕事してくれたおかげで素材が溜まって作業もやりやすくなった、感謝するよ」
「トールキンさん。一週間ぶりですか」
「まさか預けた一週間ずっと仕事漬けだとは思っても見なかったが、ラグエルの勉強にもなっただろう。感謝するぞ」
「本当なら商売を見たかったっすけど、人の身でアレだけ上手く掘ってる人を見るのは中々面白かったっす」
思い返せばあまり何かをした思いですらないのだが、当人たちがそれで満足したのならばいいのだろう。
仲良さげに話している師弟の前でそんな事を思いながら、ふと翔は聞いておかなければいけないと思っていたことを思い出した。
「お二人って種族は聞いても?」
「見ての通り二人とも土精霊だ。この街じゃ珍しくないが、人間の国だと鎖に繋がれていない土精霊は珍しいだろう?」
鎖に繋がれていない、という言葉からも分かる通り土精霊達は人の国では虐げられている存在なのだろう。
歴史をまだ正確に理解できていないのでどういった経緯から奴隷として扱われているのか判明していないが、種族的に見て高い鍛治能力を持っている土精霊達に目を付けるという発想自体は非常に人間らしいものである。
「土精霊自体が初めましてくらいの田舎から来たもので。親方がラグエリッタさんをラグエルと呼ぶのも種族的な何かが?」
「土精霊は見習いの鍛治師を神の名で呼ぶんだ。昔若手いじりが多過ぎて土精霊の鍛治師が激減してな、神聖な名前をあだ名として弟子につける事でやり過ぎないようにするって習慣だ」
「一人前の鍛治師になるように神様に見守ってもらうって意味も込められてるっす」
頭を撫でられて自慢げに胸を張ったラグエリッタたちの話を聞けて、翔はなんとなくではあるが徐々にこの世界の状態を理解でき始めいてる感覚を手に入れる。
そんな翔を前にして、ふとトールキンが方から掛けていた皮の鞄に手を入れて何かの包みを取りだす。
「そんな雑談を挟みつつ、用意できたぞ。こんなもんでよかったか?」
「おおっ! これが俺の包丁」
鞄から出てきたのは綺麗な刃文の刻まれた普段使いしやすいサイズの包丁だ。
そこから続いて鍋やフライパンなど料理に使えそうな調理器具がいくつか取り出され、気がつけば明らかに鞄の中に入るようなサイズではないほどの品物が辺りに散乱していた。
翔の持っている力と同系統の能力なのか、はたまた鞄自体の能力なのか定かではないが驚異的な収納能力である。
「馬鹿みたいに金はかかるからな、久々に楽しい製法で作れたよ。鍋とかフライパンはサービスだ」
「いいんですか!?」
「いいんだよ。お前が働いてくれたおかげで月一の炭鉱義務も二ヶ月は免除だしな」
この街に住む土精霊には普通炭鉱業務が月に一度一週間課せられるのだが、翔の仕事ぶりのおかげで鉱石の保管庫が限界を迎えており土精霊達の炭鉱義務は免除となっていた。
それについてのお礼として手渡されたものだというのならば受け取るのも失礼になるだろうと、翔は自分のポケットの中に渡された物を入れていく。
明らかに入るような大きさではないのだが、不思議な力によって押し込められた道具達は気がつくとひとつも残っていなかった。
「それで次はどの街に行くんだ?」
「次は東の森に遊びに行こうかと」
「東の森ィ!? あんな危ねぇところに何しに行くんだ?」
「サバイバルです!」
「悪いこたぁ言わねぇ、やめときな。死ぬぞ」
森に行くと行った翔の言葉にトールキンはこわばった顔になったかと思うと、地の底から響くような低い声で危険性を示唆する。
確かに森は危険な場所だ。
人が手入れをしていないような森はそもそも歩けるような環境ではないし、そうでなくともその森に住むような原生生物は基本的に人が敵うようなものでない事は分かりきったことだろう
この世界の森にどのような生物が住まうのかは知らないが、熊より強い生き物くらいは居ても疑問に感じらない。
トールキンが警戒してしまうのも無理はないだろう。
「金払いのいい客には死んでほしくない。そんな思いがないわけじゃないが、それを抜きにしてもあの森に行くのは普通の考えなら引き留める。自殺行為だ」
「そんなに危険な森なんですか?」
「危険どころの騒ぎじゃない。現れる魔物は最低でもBランクオーバー、森の奥地では龍種さえ現れるって噂だぞ」
龍という単語を耳にした翔は、確かに心配するのも無理はないと考える。
龍種といえば古今東西全ての人間が共通して思い浮かべる強者であり
トールキンの口ぶりからしてこの世界でもその猛威を奮っていることは間違いないだろう。
Bランクオーバーという単語を理解できない翔だったが、龍の前座として出されたということはそれなりの強さではあるのだろう。
「魔物のランク制度をこのあたりだと英字表記するんですね、Bランクはどれくらいの危険度なのでしょうか」
「ああ東の出か? 向こうは災害級だのなんだの言うらしいな。Bランクだと治安維持隊が中隊規模で戦って安全に勝てる相手だ」
この世界での中隊は時と場合によって人数が変わるが大体魔法使いなど様々な役職を含めて24から40名ほどで成り立つ。
治安維持隊の規模感ならば大体最低の24名だろうが、それでも普段から精力的に戦闘に向けて訓練しているだろう人間が24名もいなければ安全に勝てることのできない相手がウヨウヨしている森。
なるほど確かによほどの実力者でもなければ行くのは自殺志願者くらいのものだろう。
「それは確かに危ないですね。ご忠告ありがとうございます」
「最近では王国の方がなにやら活発化しているし、商人ならそっちの方に行った方がいいんじゃないか?」
「そうですね、そうします。少しの間でしたがお世話になりました」
「いいって事よ」
神から提示された選択肢のうち、そのもう片方である王国で何かがあったというのも気にはなるが……。
依頼代金とこの街で使った金銭を大幅に超えるだけの給金を手に入れた翔は、次なる目的地へと向けて足を運ぶのだった。
崩落の危機に対して恐れを抱かない勇気を持ち続ける事、自分の置かれている状況を常に冷静に俯瞰し続けられる事、そして筋肉が悲鳴を上げようとも課された仕事をこなす事。
新人炭坑夫が最初にぶつかる難題は恐怖でも冷静さを失うことでもない。
鉛のように重たくなってしまった両腕をなんとかして動かす事だ。
「えっさ! ほいさ!」
「運べ運べぇ!!」
男達の怒号が飛び交う職場の中で、翔は休む事なく働き続けていた。
最初の頃は仕事ができるのかと怪しまれていた翔だったが、いまとなってはこの現場において最も仕事をしている人間だと言っていいだろう働きをしていた。
翔の周りにいる男達は誰一人としてツルハシを持っていなかったが、その理由はだらけているわけではなく翔の掘削速度を考慮すると自分達が掘るよりも翔に彫らせた方が金になるからと分かっていたからである。
ふとそんな仕事場を見ていた現場監督らしい男の一人が疑問を口にした。
「アイツいつからああして働いてるんだ?」
「一週間はずっとああしてますよ。しかも掘削速度が加速度的に上がり続けてますから、いまとなってはアイツ専用の運搬人員が数十人単位で付いてます」
一週間もの間ひとは岩を掘り続けることができるのだろうか。
答えはどう考えたって無理だ、乳酸菌云々の問題の前にそもそも人は一週間飲まず食わずで活動した場合ほぼ間違いなく死亡する。
ではどうやって翔はこの一週間を乗り切ったというのだろうか。
実際のところは人が寝静まる深夜帯に食事などを纏めて取っているのだが、それでも睡眠時間は一日一時間と少し程度。
ブラックにも程がある労働環境だったが、不思議なことに働けば働くほどに翔は自分の身体がより元気になっていくのを感じていた。
いまとなっては食事や睡眠も不要なのでは、そう感じられるほどである。
管理責任になってはいけないので仕方がなく睡眠や食事などは取っているが、もしこの場に一人で作業をしていたのならば翔はそんな時間すら惜しんで働いていただろう。
自分の働きによって金銭が得られるという当たり前のことにどうやら喜びを感じているらしい翔は、山のように積み上げられた功績にもたれかかりながら久しぶりの休憩をとる。
「前回の休憩から既に十時間。休むまでのペース…長くなってる」
「肉体を使ってできる仕事って最高! いまなら無限に仕事ができる!!」
「なぁ、あいつなんかやってるんじゃないか」
「どちらにせよ仕事が早い事はいい事だ。アイツの今週の給料いくらになるんだろうな」
急に外からやってきて働き続け何処かへと消えていく。
時折ではあるがそんな人間がこの街にはやってくるので、他の者の反応も現実離れしたようなものを見る目ではない。
もちろん給料が一番高いのは最も仕事をしている翔なのだが、そのおこぼれに預かって掘削運搬手当てとしてそれなりの金額が支給される彼らからしてみれば翔こそ金のなる木。
遠巻きにやる気を爆発させている翔のことを眺めながら、一輪車を構えていつでも仕事が再開できるように待っている。
そうして数分ほど談笑していた翔とラグエリッタだったが、立ち上がった翔がもう何個目かも分からないツルハシを手にとって大きな声を上げる。
「ラストスパート! 昼の鐘がなるまで一気にやるぞぉぉぉぉ!!」
「「うぉぉぉぉ!!!」」
さて、この世界では一般的に特殊な能力のことを技能と呼ぶのだが、翔が持っている技能は大きく三つ。
この世を旅する事に特化した能力の集合形〈冒険者〉。
思いながら見ただけで様々な物や可能性を見抜ける〈神眼〉。
そして志を持ち続ける能力者に限り無限に力を与えてくれる〈金剛不壊〉。
際限なく上がり続ける翔の身体能力は、神からのプレゼントと〈冒険者〉と〈金剛不壊〉の二つの能力の合わせ技である。
通常技能というのは本来ここまでの力を持つ事はないのだが、神から与えられた技能は特別性なのだ。
採掘の道中暇なのでそうして技能についてラグエリッタからの説明を受けていた翔は、同時にこの世界に魔法が存在することも教えられていた。
加えて魔物と呼ばれる動物が凶暴化したような種族や、人のような見た目をしているが人ではない亜人と呼ばれる種族がいる事も耳にしていた。
ラグエリッタ達の種族である土精霊は本来もっと遠くの土地に住んでいるのだが、ラグエリッタ達は諸事情あってこの街に住んでいるらしい。
ちなみに治安維持隊について邪推していた翔だったが、どうやらこの街はどこの国にも所属していないらしく、そのため軍隊を持つ事街長の命令で他国が侵略してくる口実となるため禁止しているらしい。
そうして考え事をしながら作業をしていると時間はあっという間に過ぎていく物で、鐘の音が鳴り響き翔はついに地面に倒れ伏す。
「終わった。終わったよラグエリッタ」
「あわわ、死んじゃダメっす!。起きるっすよ!!」
まるで糸が切れたように瞳を閉じて膝から崩れ落ちた翔はついに体も地面に倒すとピクリとも動かなくなり、焦ったラグエリッタはそんな翔の服を掴むとゆさゆさと揺さぶる。
だがそんな事をしたところで起きるほどの疲労ではなく、翔は自分の名前を呼ぶ声を聞きながらゆっくりと眠りにつくのだった。
「一週間もぶっ通しであの速度で働いていればそりゃ倒れるじゃろ」
「救護班! 救護班はおらんか!」
「ついにぶっ倒れたぞー!」
他人ができる事を自分は出来ないと知る事は悲しい事だ、だが他人も自分もできていた事を出来なくなるのは恐怖を通り越す。
夢の中で足から下が全く動かない感覚に恐怖した翔は、その額に大粒の汗をかきながらなんとか足を動かそうともがいていた。
実際のところは体すらピクリとも動いておらず、極限の疲労に翔の精神が少し前の状況を思い出しただけのことである。
所詮ここは夢の中、だが夢と現実の違いなどわかる人間の方が珍しい。
「ふむ、中々いい感じじゃの」
ふとそんな声が聞こえ、翔は冷静さを手に入れた。
その聞き慣れた声は前回聞いた時には末代までの呪いをかけてしまうほど恨めしかったが、いまとなっては旧友のような感覚も感じられる。
「友情出演は結構ですけど、随分と出張ってくる回数が多いですね」
「いいじゃろ別に、毎日一人で暇なんじゃから。お主もどうせまだ一人じゃし」
普通は一度送り出したら神というのはそのままほったらかしなのではないだろうか。
少なくとも翔が暇つぶしに読んでいた本は大体神の声が聞こえる事はあっても、ここまで頻繁に聞こえてくる事はほとんどなかった。
いままでとは違い姿の見えない神にどことなく違和感を感じていると、ふと神が翔に対して言葉を投げかける。
「そろそろこの街を出るじゃろう?」
「まぁその予定ですが……お告げですか?」
もはや心の内側を読まれている事に関しては何も思う事はない。
神ならばそれくらいのことはできるだろうし、それでなくとも翔の行動を全て俯瞰してみれる神なら予想くらいは建てられそうな物である。
そんな状況で神が接触しようとしてきたのだ、さすがに二回目ともなれば翔も神が何かさせたいのだろうということくらいは予想がつく。
「今回は二択じゃ。東の森に行くか西の王国に行くか、どっちがいい?」
「東の森でお願いします。本で読んだキャンプ術を実践してみたいですし、あと人の国はちょっと疲れました」
この数日間メモ帳が何冊かいる程の情報を処理し続けていたので、一旦街を離れて自然の中に身を置くというのも悪い判断ではないだろう。
知識は身に着いたが実地で得た情報と合致させないと本当の意味で身に着いたとは言えない。
「よろしい。ではいまからお告げをするのじゃ。カケルよ、汝東の森へ行き村を救うのじゃ…じゃ…じゃ」
セルフエコーをしながらゆっくりと遠ざかっていく神の声と反比例して、徐々に翔の意識は回復へと向かっていく。
モヤのかかったように感じられた世界はゆっくりと形がくっきりとし始め、翔は自分の枕元に誰かがっている事に気がついた。
「起きたっすかー?」
「んんっ……まだ眠い。誰?」
「酷いっす! あんなに長い間土煙の中に連れ込んだくせに!」
一瞬誰だと警戒した翔だったが、よく見てみればそこにいたのはラグエリッタだ。
一週間以上無口な彼女しか見てこなかったので、いきなり元気になった彼女を見て別人だと勘違いしてしまったのも寝起きなのだから無理はない。
周りを見てみればどうやら採掘場の離れにある休憩スペースで休ませてもらっていたらしく、翔の耳に聞き慣れたツルハシで岩を叩く音が聞こえてくる。
ふと視線を感じて翔が振り向くと、そこに翔が仕事を頼んだ鍛冶屋の土精霊が立っていた。
「起きたか。お前さんが仕事してくれたおかげで素材が溜まって作業もやりやすくなった、感謝するよ」
「トールキンさん。一週間ぶりですか」
「まさか預けた一週間ずっと仕事漬けだとは思っても見なかったが、ラグエルの勉強にもなっただろう。感謝するぞ」
「本当なら商売を見たかったっすけど、人の身でアレだけ上手く掘ってる人を見るのは中々面白かったっす」
思い返せばあまり何かをした思いですらないのだが、当人たちがそれで満足したのならばいいのだろう。
仲良さげに話している師弟の前でそんな事を思いながら、ふと翔は聞いておかなければいけないと思っていたことを思い出した。
「お二人って種族は聞いても?」
「見ての通り二人とも土精霊だ。この街じゃ珍しくないが、人間の国だと鎖に繋がれていない土精霊は珍しいだろう?」
鎖に繋がれていない、という言葉からも分かる通り土精霊達は人の国では虐げられている存在なのだろう。
歴史をまだ正確に理解できていないのでどういった経緯から奴隷として扱われているのか判明していないが、種族的に見て高い鍛治能力を持っている土精霊達に目を付けるという発想自体は非常に人間らしいものである。
「土精霊自体が初めましてくらいの田舎から来たもので。親方がラグエリッタさんをラグエルと呼ぶのも種族的な何かが?」
「土精霊は見習いの鍛治師を神の名で呼ぶんだ。昔若手いじりが多過ぎて土精霊の鍛治師が激減してな、神聖な名前をあだ名として弟子につける事でやり過ぎないようにするって習慣だ」
「一人前の鍛治師になるように神様に見守ってもらうって意味も込められてるっす」
頭を撫でられて自慢げに胸を張ったラグエリッタたちの話を聞けて、翔はなんとなくではあるが徐々にこの世界の状態を理解でき始めいてる感覚を手に入れる。
そんな翔を前にして、ふとトールキンが方から掛けていた皮の鞄に手を入れて何かの包みを取りだす。
「そんな雑談を挟みつつ、用意できたぞ。こんなもんでよかったか?」
「おおっ! これが俺の包丁」
鞄から出てきたのは綺麗な刃文の刻まれた普段使いしやすいサイズの包丁だ。
そこから続いて鍋やフライパンなど料理に使えそうな調理器具がいくつか取り出され、気がつけば明らかに鞄の中に入るようなサイズではないほどの品物が辺りに散乱していた。
翔の持っている力と同系統の能力なのか、はたまた鞄自体の能力なのか定かではないが驚異的な収納能力である。
「馬鹿みたいに金はかかるからな、久々に楽しい製法で作れたよ。鍋とかフライパンはサービスだ」
「いいんですか!?」
「いいんだよ。お前が働いてくれたおかげで月一の炭鉱義務も二ヶ月は免除だしな」
この街に住む土精霊には普通炭鉱業務が月に一度一週間課せられるのだが、翔の仕事ぶりのおかげで鉱石の保管庫が限界を迎えており土精霊達の炭鉱義務は免除となっていた。
それについてのお礼として手渡されたものだというのならば受け取るのも失礼になるだろうと、翔は自分のポケットの中に渡された物を入れていく。
明らかに入るような大きさではないのだが、不思議な力によって押し込められた道具達は気がつくとひとつも残っていなかった。
「それで次はどの街に行くんだ?」
「次は東の森に遊びに行こうかと」
「東の森ィ!? あんな危ねぇところに何しに行くんだ?」
「サバイバルです!」
「悪いこたぁ言わねぇ、やめときな。死ぬぞ」
森に行くと行った翔の言葉にトールキンはこわばった顔になったかと思うと、地の底から響くような低い声で危険性を示唆する。
確かに森は危険な場所だ。
人が手入れをしていないような森はそもそも歩けるような環境ではないし、そうでなくともその森に住むような原生生物は基本的に人が敵うようなものでない事は分かりきったことだろう
この世界の森にどのような生物が住まうのかは知らないが、熊より強い生き物くらいは居ても疑問に感じらない。
トールキンが警戒してしまうのも無理はないだろう。
「金払いのいい客には死んでほしくない。そんな思いがないわけじゃないが、それを抜きにしてもあの森に行くのは普通の考えなら引き留める。自殺行為だ」
「そんなに危険な森なんですか?」
「危険どころの騒ぎじゃない。現れる魔物は最低でもBランクオーバー、森の奥地では龍種さえ現れるって噂だぞ」
龍という単語を耳にした翔は、確かに心配するのも無理はないと考える。
龍種といえば古今東西全ての人間が共通して思い浮かべる強者であり
トールキンの口ぶりからしてこの世界でもその猛威を奮っていることは間違いないだろう。
Bランクオーバーという単語を理解できない翔だったが、龍の前座として出されたということはそれなりの強さではあるのだろう。
「魔物のランク制度をこのあたりだと英字表記するんですね、Bランクはどれくらいの危険度なのでしょうか」
「ああ東の出か? 向こうは災害級だのなんだの言うらしいな。Bランクだと治安維持隊が中隊規模で戦って安全に勝てる相手だ」
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治安維持隊の規模感ならば大体最低の24名だろうが、それでも普段から精力的に戦闘に向けて訓練しているだろう人間が24名もいなければ安全に勝てることのできない相手がウヨウヨしている森。
なるほど確かによほどの実力者でもなければ行くのは自殺志願者くらいのものだろう。
「それは確かに危ないですね。ご忠告ありがとうございます」
「最近では王国の方がなにやら活発化しているし、商人ならそっちの方に行った方がいいんじゃないか?」
「そうですね、そうします。少しの間でしたがお世話になりました」
「いいって事よ」
神から提示された選択肢のうち、そのもう片方である王国で何かがあったというのも気にはなるが……。
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます
水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。
勇者、聖女、剣聖――
華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
魔王とはいずれ戦うことになるだろう。
だが今は――
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