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第二話 目覚め
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一週間後。
荷造りを終えたミーシャはガランとした自室に佇み、この部屋で目覚めた日のことを思い出していた。
・・・・・
八年前ある日……目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
天蓋付きのベッドに、高そうな絨毯、派手な柄の壁紙……。全てが見覚えのないものだった。
体にも違和感を感じ、やけに重い手足を引き摺って姿見の前に立つ。
そこには、見たこともないほどの美少女が映っていた。
ミルクティーベージュの細い髪は緩やかにウェーブを描き、白いネグリジェの腰の辺りまで彩っている。
驚きに見開かれたエメラルド色の丸い瞳はガラス玉のように澄み渡り、熱っぽく潤んでいた。長い黄金色の睫毛がそれを取り囲み、涙の雫を受けて輝いている。
「これは……誰?」
少女は、自分の姿を初めて見たように感じていた。白を超えて青白くか細い指が、鏡に映った自分の姿を撫でる。
赤いさくらんぼのような唇から出た高い声も、聞き覚えのないものだった。
自分が誰なのか、ここはどこなのか。昨日の記憶も、それより前の記憶も……全てが無だった。
ただ頭にあるのは、鏡に映るその身体が「自分のものではない」という実感だけ。まるで魂だけが、すっぽりと別の身体にはまり込んでしまったようだ。
呆然と立ちすくんでいると、ノックの音と共に部屋の扉が開いた。大柄な男性が慣れた様子で部屋に入り込みベッドを覗き込んだ後、不思議そうな顔をして周囲を見渡す。
その目線が鏡の前の少女と合わさると、男性はあんぐりと口を開けた。
「あ……? ミーシャ様!? 目を覚まされたのですか!?」
医者の格好をしたその男性は、手に持っていた道具を派手に落としながら尻餅をつく。そのまま少女を震える手で指差し「奇跡、奇跡だぁ……」と呟くと、這うようにして部屋を出ていった。
・・・・・
あまりの体の怠さにベッドに戻って横たわっていると、先程の医者が大勢の大人を引き連れて戻ってきた。
「ミーシャ……目を覚ましたのか」
身分の高そうな男性が、少女を見下ろして無表情に呟く。
(この人、この体……ミーシャ?のお父さんなのかな?変なの、娘が目を覚ましたっていうのに、全然嬉しそうじゃない……。)
ミーシャは違和感を覚えながら、布団を目の下まで引っ張り上げた。知らない人に周りを取り囲まれ、こうも見つめられると居心地が悪い。
「ミーシャ様、今日が何月何日か分かりますか? 貴方は生死の境を彷徨って、五日間も眠っていたのですよ」
医者が尋ねた言葉に、日付どころか全く記憶の無いミーシャは、どう答えたら良いか分からず黙り込んだ。
(生死を彷徨っていたのに、誰も看病せずに放置していたということ?死んでしまっても、問題ないというのかしら……)
体の持ち主の不憫な状況に、キュッと心が痛む。
「まだ混乱されているようですね。今日はゆっくり眠られた方が……」
「なーんだ。お姉さま、起きちゃったの? そのまま死んでくれたら良かったのに~」
後ろの方から顔を出した赤毛の少女が、がっかりした様子でそう言い放った。この体が十歳くらいだとしたら……少し下の、七歳ほどだろうか。
あどけない姿に不釣り合いな言葉に驚きつつ、彼女が視界に入った瞬間から、手足が震え始めるのを感じていた。
「お姉さまが死んだら、アタシが王子さまのコンヤクシャになれるんでしょ? 巫女の能力も、アタシのものになるって」
「ミーシャがどうであろうと、ダリアがお姫様になれるように手を尽くすさ。さあ、部屋に戻ろう」
父親と妹らしき人物が部屋を出ると、無意識にほっと息が漏れた。
不憫そうな顔をしながら薬を調合していた医者も、準備が終わるとそそくさと退室していった。
(私……記憶を失っただけで、「ミーシャ」という子なのかな?あんな酷い家族のいる……。記憶はないけど、体は覚えてるみたい。まだ手が震えているわ)
ミーシャは布団の中で、ゆっくりと目を瞑った。頭はガンガンと痛いし、熱のせいか思考もまとまらない。
(もしかしたら、全部夢なのかもしれない。次に目を覚ましたら……ここじゃない場所で、本当の自分の体に戻っていたらいいな)
ミーシャは一縷の望みに縋りながら、沼のような眠りに落ちていった。
・・・・・
翌朝。昨日と同じ天井にがっかりしながら、ミーシャはベッドから起き上がった。体は幾分か楽になったため、部屋を探索してみる。
広さの割にガランとした部屋は家具が少なく、必要最低限の物しかないといった印象だ。女の子が好きそうな小物や玩具、アクセサリーの類も見当たらない。
クローゼットの中には、洋服が三着ほどしか入っていなかった。昨日見た赤毛の少女のドレスとは比べ物にならないほど、質素なドレスが並んでいる。
少女は自分のことを「お姉さま」と呼んでいたが、本当に姉妹なのだろうか?
簡素な机を探っていると、鍵のかかった引き出しが手に触れた。その瞬間、無意識に指先が魔力を込め始め、カチャリと小さな音が鳴って鍵が開く。
「これは……この体が『中を見て』と言っているのかしら?」
引き出しの中に入っていたのは、ボロボロの表紙のノートだった。恐る恐る手に取り、ページを捲る。どうやら、「ミーシャ」の日記のようだ。
そこには、彼女の苦悩の日々が綴られていた。
・・・・・
五歳の時に実の母親が亡くなり、父親がこっそり市井に匿っていた妾と異母妹のダリアが、家に引き取られることとなった。
彼女達は「ミーシャ」に執拗な嫌がらせを繰り返し、やがて母の形見のドレスやネックレス、父親の愛まで……全てを奪っていった。
母親の死の直前……「ミーシャ」は一族に伝わる「ハレの巫女の力」を持っていることが発覚し、ロイ王太子と婚約することになった。
しかし同時期にクロエ=ハイドランジアという少女が「アメの巫女の力」を覚醒、同じく王子の婚約者となった。
クロエは様々な妨害行為を繰り返し、ミーシャが王妃教育の中でひどく落ちこぼれているように仕立て上げていった。
そんな生活のまま三年が経過し……妹のダリアが五歳となった。巫女の力は五歳で儀式を行った後使えるようになるのだが、ダリアは全く使うことが出来なかった。
それから継母と妹の嫌がらせは、さらにエスカレートすることになる。巫女の力は世代の血縁者の中で分配されると伝わっているため、「ミーシャ」が死ねばダリアに力が移行する可能性があるからだ。
体裁を何よりも気にする家族は「ミーシャ」を「事故死」に見せかけて殺すため、次から次へと罠を仕掛けてきた。紅茶に毒が入れられ、真冬の池に落とされ、魔境の森に置き去りにされ……。
屋敷内にも王宮内にも味方は居らず、人々の悪意に晒され続ける日々。毎日「死にたい」「このまま生きていても仕方がない」と思っているのに、殺されかける度に不思議な力で生き残ってしまった。
「お母さまが、まだ生きろと仰っているのかしら……」そう思うと、死ぬに死にきれなかった。
・・・・・
日記は所々書き殴られ、涙の跡で滲んでいる。それを読むミーシャの目からも涙がこぼれ落ち、ノートに新たな染みを作った。
日に日に字は弱々しくなり、「風邪をこじらせて一日中寝ていることが増えた」と、震える筆跡で綴られていた。
「ようやくこの苦しみから解放される。ただ一人私を愛してくれた、お母さんに早く会いたい」という言葉を最後に、日記は終わっていた。
(ああ……「ミーシャ」は、自分の命を終えたいと願ってしまったのね。もしかしたら「ミーシャ」という人格は死んで、その代わりに「私」が新しい人格として生まれたのかもしれない。そんな話を……本で読んだことがある気がする。)
「ミーシャ」の記憶を日記で追体験したが、それが自分の身に起きたことだとは思えなかった。悲しく辛い気持ちにはなったが、どこか他人事のようだ。
それでも、自分が「ミーシャ」として生きていかなければいけないことは確かなのだ。少女はノートをぎゅっと抱きしめ、死んだ「ミーシャ」に想いを馳せる。
(私がこの体……大切にして、生きていくから。「ミーシャ」……あなたもどこかで、見守っていて。)
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・・・・・
八年前ある日……目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
天蓋付きのベッドに、高そうな絨毯、派手な柄の壁紙……。全てが見覚えのないものだった。
体にも違和感を感じ、やけに重い手足を引き摺って姿見の前に立つ。
そこには、見たこともないほどの美少女が映っていた。
ミルクティーベージュの細い髪は緩やかにウェーブを描き、白いネグリジェの腰の辺りまで彩っている。
驚きに見開かれたエメラルド色の丸い瞳はガラス玉のように澄み渡り、熱っぽく潤んでいた。長い黄金色の睫毛がそれを取り囲み、涙の雫を受けて輝いている。
「これは……誰?」
少女は、自分の姿を初めて見たように感じていた。白を超えて青白くか細い指が、鏡に映った自分の姿を撫でる。
赤いさくらんぼのような唇から出た高い声も、聞き覚えのないものだった。
自分が誰なのか、ここはどこなのか。昨日の記憶も、それより前の記憶も……全てが無だった。
ただ頭にあるのは、鏡に映るその身体が「自分のものではない」という実感だけ。まるで魂だけが、すっぽりと別の身体にはまり込んでしまったようだ。
呆然と立ちすくんでいると、ノックの音と共に部屋の扉が開いた。大柄な男性が慣れた様子で部屋に入り込みベッドを覗き込んだ後、不思議そうな顔をして周囲を見渡す。
その目線が鏡の前の少女と合わさると、男性はあんぐりと口を開けた。
「あ……? ミーシャ様!? 目を覚まされたのですか!?」
医者の格好をしたその男性は、手に持っていた道具を派手に落としながら尻餅をつく。そのまま少女を震える手で指差し「奇跡、奇跡だぁ……」と呟くと、這うようにして部屋を出ていった。
・・・・・
あまりの体の怠さにベッドに戻って横たわっていると、先程の医者が大勢の大人を引き連れて戻ってきた。
「ミーシャ……目を覚ましたのか」
身分の高そうな男性が、少女を見下ろして無表情に呟く。
(この人、この体……ミーシャ?のお父さんなのかな?変なの、娘が目を覚ましたっていうのに、全然嬉しそうじゃない……。)
ミーシャは違和感を覚えながら、布団を目の下まで引っ張り上げた。知らない人に周りを取り囲まれ、こうも見つめられると居心地が悪い。
「ミーシャ様、今日が何月何日か分かりますか? 貴方は生死の境を彷徨って、五日間も眠っていたのですよ」
医者が尋ねた言葉に、日付どころか全く記憶の無いミーシャは、どう答えたら良いか分からず黙り込んだ。
(生死を彷徨っていたのに、誰も看病せずに放置していたということ?死んでしまっても、問題ないというのかしら……)
体の持ち主の不憫な状況に、キュッと心が痛む。
「まだ混乱されているようですね。今日はゆっくり眠られた方が……」
「なーんだ。お姉さま、起きちゃったの? そのまま死んでくれたら良かったのに~」
後ろの方から顔を出した赤毛の少女が、がっかりした様子でそう言い放った。この体が十歳くらいだとしたら……少し下の、七歳ほどだろうか。
あどけない姿に不釣り合いな言葉に驚きつつ、彼女が視界に入った瞬間から、手足が震え始めるのを感じていた。
「お姉さまが死んだら、アタシが王子さまのコンヤクシャになれるんでしょ? 巫女の能力も、アタシのものになるって」
「ミーシャがどうであろうと、ダリアがお姫様になれるように手を尽くすさ。さあ、部屋に戻ろう」
父親と妹らしき人物が部屋を出ると、無意識にほっと息が漏れた。
不憫そうな顔をしながら薬を調合していた医者も、準備が終わるとそそくさと退室していった。
(私……記憶を失っただけで、「ミーシャ」という子なのかな?あんな酷い家族のいる……。記憶はないけど、体は覚えてるみたい。まだ手が震えているわ)
ミーシャは布団の中で、ゆっくりと目を瞑った。頭はガンガンと痛いし、熱のせいか思考もまとまらない。
(もしかしたら、全部夢なのかもしれない。次に目を覚ましたら……ここじゃない場所で、本当の自分の体に戻っていたらいいな)
ミーシャは一縷の望みに縋りながら、沼のような眠りに落ちていった。
・・・・・
翌朝。昨日と同じ天井にがっかりしながら、ミーシャはベッドから起き上がった。体は幾分か楽になったため、部屋を探索してみる。
広さの割にガランとした部屋は家具が少なく、必要最低限の物しかないといった印象だ。女の子が好きそうな小物や玩具、アクセサリーの類も見当たらない。
クローゼットの中には、洋服が三着ほどしか入っていなかった。昨日見た赤毛の少女のドレスとは比べ物にならないほど、質素なドレスが並んでいる。
少女は自分のことを「お姉さま」と呼んでいたが、本当に姉妹なのだろうか?
簡素な机を探っていると、鍵のかかった引き出しが手に触れた。その瞬間、無意識に指先が魔力を込め始め、カチャリと小さな音が鳴って鍵が開く。
「これは……この体が『中を見て』と言っているのかしら?」
引き出しの中に入っていたのは、ボロボロの表紙のノートだった。恐る恐る手に取り、ページを捲る。どうやら、「ミーシャ」の日記のようだ。
そこには、彼女の苦悩の日々が綴られていた。
・・・・・
五歳の時に実の母親が亡くなり、父親がこっそり市井に匿っていた妾と異母妹のダリアが、家に引き取られることとなった。
彼女達は「ミーシャ」に執拗な嫌がらせを繰り返し、やがて母の形見のドレスやネックレス、父親の愛まで……全てを奪っていった。
母親の死の直前……「ミーシャ」は一族に伝わる「ハレの巫女の力」を持っていることが発覚し、ロイ王太子と婚約することになった。
しかし同時期にクロエ=ハイドランジアという少女が「アメの巫女の力」を覚醒、同じく王子の婚約者となった。
クロエは様々な妨害行為を繰り返し、ミーシャが王妃教育の中でひどく落ちこぼれているように仕立て上げていった。
そんな生活のまま三年が経過し……妹のダリアが五歳となった。巫女の力は五歳で儀式を行った後使えるようになるのだが、ダリアは全く使うことが出来なかった。
それから継母と妹の嫌がらせは、さらにエスカレートすることになる。巫女の力は世代の血縁者の中で分配されると伝わっているため、「ミーシャ」が死ねばダリアに力が移行する可能性があるからだ。
体裁を何よりも気にする家族は「ミーシャ」を「事故死」に見せかけて殺すため、次から次へと罠を仕掛けてきた。紅茶に毒が入れられ、真冬の池に落とされ、魔境の森に置き去りにされ……。
屋敷内にも王宮内にも味方は居らず、人々の悪意に晒され続ける日々。毎日「死にたい」「このまま生きていても仕方がない」と思っているのに、殺されかける度に不思議な力で生き残ってしまった。
「お母さまが、まだ生きろと仰っているのかしら……」そう思うと、死ぬに死にきれなかった。
・・・・・
日記は所々書き殴られ、涙の跡で滲んでいる。それを読むミーシャの目からも涙がこぼれ落ち、ノートに新たな染みを作った。
日に日に字は弱々しくなり、「風邪をこじらせて一日中寝ていることが増えた」と、震える筆跡で綴られていた。
「ようやくこの苦しみから解放される。ただ一人私を愛してくれた、お母さんに早く会いたい」という言葉を最後に、日記は終わっていた。
(ああ……「ミーシャ」は、自分の命を終えたいと願ってしまったのね。もしかしたら「ミーシャ」という人格は死んで、その代わりに「私」が新しい人格として生まれたのかもしれない。そんな話を……本で読んだことがある気がする。)
「ミーシャ」の記憶を日記で追体験したが、それが自分の身に起きたことだとは思えなかった。悲しく辛い気持ちにはなったが、どこか他人事のようだ。
それでも、自分が「ミーシャ」として生きていかなければいけないことは確かなのだ。少女はノートをぎゅっと抱きしめ、死んだ「ミーシャ」に想いを馳せる。
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