【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯へ嫁ぎました〜全てを失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで〜

きなこもちこ

文字の大きさ
2 / 41

第二話 目覚め

しおりを挟む
 一週間後。
 荷造りを終えたミーシャはガランとした自室に佇み、この部屋で目覚めた日のことを思い出していた。

 ・・・・・

 八年前ある日……目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
 
 天蓋付きのベッドに、高そうな絨毯、派手な柄の壁紙……。全てが見覚えのないものだった。
 
 体にも違和感を感じ、やけに重い手足を引き摺って姿見の前に立つ。
 そこには、の美少女が映っていた。

 ミルクティーベージュの細い髪は緩やかにウェーブを描き、白いネグリジェの腰の辺りまで彩っている。
 驚きに見開かれたエメラルド色の丸い瞳はガラス玉のように澄み渡り、熱っぽく潤んでいた。長い黄金色の睫毛がそれを取り囲み、涙の雫を受けて輝いている。

「これは……誰?」

 少女は、自分の姿をように感じていた。白を超えて青白くか細い指が、鏡に映った自分の姿を撫でる。
 赤いさくらんぼのような唇から出た高い声も、聞き覚えのないものだった。

 自分が誰なのか、ここはどこなのか。昨日の記憶も、それより前の記憶も……全てが無だった。

 ただ頭にあるのは、鏡に映るその身体が「自分のものではない」という実感だけ。まるで魂だけが、すっぽりと別の身体にはまり込んでしまったようだ。

 呆然と立ちすくんでいると、ノックの音と共に部屋の扉が開いた。大柄な男性が慣れた様子で部屋に入り込みベッドを覗き込んだ後、不思議そうな顔をして周囲を見渡す。
 
 その目線が鏡の前の少女と合わさると、男性はあんぐりと口を開けた。

「あ……? ミーシャ様!? 目を覚まされたのですか!?」

 医者の格好をしたその男性は、手に持っていた道具を派手に落としながら尻餅をつく。そのまま少女を震える手で指差し「奇跡、奇跡だぁ……」と呟くと、這うようにして部屋を出ていった。

 ・・・・・

 あまりの体のだるさにベッドに戻って横たわっていると、先程の医者が大勢の大人を引き連れて戻ってきた。

「ミーシャ……目を覚ましたのか」

 身分の高そうな男性が、少女を見下ろして無表情に呟く。
 
 (この人、この体……ミーシャ?のお父さんなのかな?変なの、娘が目を覚ましたっていうのに、全然嬉しそうじゃない……。)
 
 ミーシャは違和感を覚えながら、布団を目の下まで引っ張り上げた。知らない人に周りを取り囲まれ、こうも見つめられると居心地が悪い。

「ミーシャ様、今日が何月何日か分かりますか? 貴方は生死の境を彷徨って、五日間も眠っていたのですよ」

 医者が尋ねた言葉に、日付どころか全く記憶の無いミーシャは、どう答えたら良いか分からず黙り込んだ。

 (生死を彷徨っていたのに、誰も看病せずに放置していたということ?死んでしまっても、問題ないというのかしら……)

 体の持ち主の不憫な状況に、キュッと心が痛む。

「まだ混乱されているようですね。今日はゆっくり眠られた方が……」

「なーんだ。お姉さま、起きちゃったの? そのまま死んでくれたら良かったのに~」

 後ろの方から顔を出した赤毛の少女が、がっかりした様子でそう言い放った。この体が十歳くらいだとしたら……少し下の、七歳ほどだろうか。
 
 あどけない姿に不釣り合いな言葉に驚きつつ、彼女が視界に入った瞬間から、手足が震え始めるのを感じていた。

「お姉さまが死んだら、アタシが王子さまのコンヤクシャになれるんでしょ? 巫女の能力も、アタシのものになるって」

「ミーシャがどうであろうと、ダリアがお姫様になれるように手を尽くすさ。さあ、部屋に戻ろう」

 父親と妹らしき人物が部屋を出ると、無意識にほっと息が漏れた。
 不憫そうな顔をしながら薬を調合していた医者も、準備が終わるとそそくさと退室していった。

 (私……記憶を失っただけで、「ミーシャ」という子なのかな?あんな酷い家族のいる……。記憶はないけど、体は覚えてるみたい。まだ手が震えているわ)

 ミーシャは布団の中で、ゆっくりと目を瞑った。頭はガンガンと痛いし、熱のせいか思考もまとまらない。

 (もしかしたら、全部夢なのかもしれない。次に目を覚ましたら……ここじゃない場所で、本当の自分の体に戻っていたらいいな)

 ミーシャは一縷の望みに縋りながら、沼のような眠りに落ちていった。

 ・・・・・

 翌朝。昨日と同じ天井にがっかりしながら、ミーシャはベッドから起き上がった。体は幾分か楽になったため、部屋を探索してみる。

 広さの割にガランとした部屋は家具が少なく、必要最低限の物しかないといった印象だ。女の子が好きそうな小物や玩具、アクセサリーの類も見当たらない。
 
 クローゼットの中には、洋服が三着ほどしか入っていなかった。昨日見た赤毛の少女のドレスとは比べ物にならないほど、質素なドレスが並んでいる。
 少女は自分のことを「お姉さま」と呼んでいたが、本当に姉妹なのだろうか?

 簡素な机を探っていると、鍵のかかった引き出しが手に触れた。その瞬間、無意識に指先が魔力を込め始め、カチャリと小さな音が鳴って鍵が開く。

「これは……この体が『中を見て』と言っているのかしら?」

 引き出しの中に入っていたのは、ボロボロの表紙のノートだった。恐る恐る手に取り、ページを捲る。どうやら、「ミーシャ」の日記のようだ。
 そこには、彼女の苦悩の日々が綴られていた。

・・・・・
 
 五歳の時に実の母親が亡くなり、父親がこっそり市井に匿っていた妾と異母妹のダリアが、家に引き取られることとなった。
 彼女達は「ミーシャ」に執拗な嫌がらせを繰り返し、やがて母の形見のドレスやネックレス、父親の愛まで……全てを奪っていった。

 母親の死の直前……「ミーシャ」は一族に伝わる「ハレの巫女の力」を持っていることが発覚し、ロイ王太子と婚約することになった。
 しかし同時期にクロエ=ハイドランジアという少女が「アメの巫女の力」を覚醒、同じく王子の婚約者となった。
 クロエは様々な妨害行為を繰り返し、ミーシャが王妃教育の中でひどく落ちこぼれているように仕立て上げていった。
 
 そんな生活のまま三年が経過し……妹のダリアが五歳となった。巫女の力は五歳で儀式を行った後使えるようになるのだが、ダリアは全く使うことが出来なかった。
 
 それから継母と妹の嫌がらせは、さらにエスカレートすることになる。巫女の力は世代の血縁者の中で分配されると伝わっているため、「ミーシャ」が死ねばダリアに力が移行する可能性があるからだ。

 体裁を何よりも気にする家族は「ミーシャ」を「事故死」に見せかけて殺すため、次から次へと罠を仕掛けてきた。紅茶に毒が入れられ、真冬の池に落とされ、魔境の森に置き去りにされ……。

 屋敷内にも王宮内にも味方は居らず、人々の悪意に晒され続ける日々。毎日「死にたい」「このまま生きていても仕方がない」と思っているのに、殺されかける度に不思議な力で生き残って
「お母さまが、まだ生きろと仰っているのかしら……」そう思うと、死ぬに死にきれなかった。

 ・・・・・
 
 日記は所々書き殴られ、涙の跡で滲んでいる。それを読むミーシャの目からも涙がこぼれ落ち、ノートに新たな染みを作った。

 日に日に字は弱々しくなり、「風邪をこじらせて一日中寝ていることが増えた」と、震える筆跡で綴られていた。
「ようやくこの苦しみから解放される。ただ一人私を愛してくれた、お母さんに早く会いたい」という言葉を最後に、日記は終わっていた。

 (ああ……「ミーシャ」は、自分の命を終えたいと願ってしまったのね。もしかしたら「ミーシャ」という人格は死んで、その代わりに「私」が新しい人格として生まれたのかもしれない。そんな話を……本で読んだことがある気がする。)

 「ミーシャ」の記憶を日記で追体験したが、それが自分の身に起きたことだとは思えなかった。悲しく辛い気持ちにはなったが、どこか他人事のようだ。
 
 それでも、自分が「ミーシャ」として生きていかなければいけないことは確かなのだ。少女はノートをぎゅっと抱きしめ、死んだ「ミーシャ」に想いを馳せる。

 (私がこの体……大切にして、生きていくから。「ミーシャ」……あなたもどこかで、見守っていて。)
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...