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第二十二話 古の呪い
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自室に戻ると、ベッドの真ん中あたりが膨らんでいる。そっと布団をめくった中には、ブルーベルがうずくまっていた。
「お嬢様? かくれんぼですか?」
ベッドに腰掛けたアリシアに、ブルーベルは思い切り飛びついてくる。どうやら泣いているようで、しゃくりあげるように体が震えていた。
「どうしました!? 何があったのです?」
「あの……あのね。じぶんの部屋にいたら、ユリウスが来て……」
ブルーベルは涙でぐしょぐしょになった目元を、手で乱暴にこする。
「わたしね、連れもどされるかとおもったの。だから『ここにいたいから、かえりたくない』っていったの。そしたら、『君はいらない子だから、おねがいされても連れてかえらないよ。ここでもいつか捨てられるんだ』って……」
「なんてこと……」
ユリウスとブルーベルの関係は分からないが、彼がこの子に酷いことを言ったのは確かだ。アリシアは少女の体を固く抱きしめながら、優しく背中を撫で続けた。
「事情は分かりませんが、お嬢様がどこかに連れて行かれなくて良かったです。お嬢様と離れ離れになったら、とても寂しくて耐えられませんから。私がお嬢様を『必要』としているので……」
「……ほんと? じゃあ、よかった。わたしもずっと、ここにいたいよ……」
ブルーベルはしばらく啜り泣き、疲れ果てたように眠ってしまった。彼女に膝枕したまま、アリシアはポケットに入れられた本を取り出す。
(あの人……旦那様もお嬢様も傷つけて……本当に絶対、何があっても許せないわ!! そういえば、アリシアを殺したみたいなことも言っていたし……。でも何故、ただのメイドを殺す必要があったのかしら?)
その答えが、ここにある気がする。
アリシアは、本の表紙をそっと撫でた。
ユリウスが渡してきた本は、立派な装丁の絵本だった。表紙は青くて分厚く、銀色の文字が箔押しされている。
深く息を吸ってから、ゆっくりと本を開いた。
○・○・○・○・○
むかしむかし、天候を自由自在に操る巫女がいました。巫女が天に祈りを捧げると、神さまの力を借りる事が出来たのです。
巫女が祈れば、どんなに大雨が降っていても、たちまちお日さまが顔を出しました。
巫女が祈れば、どんな日照りの日でも、あっという間に恵みの雨が降り注ぎました。
雪でも、雷でも、台風でも……どんな天候も思いのまま。民たちはこぞって、巫女に祈祷をお願いしました。
心優しい巫女は、見返りを求めずに人々のお願いに応えました。
それに、巫女の魔力が込められた天気は、不思議な効果を持っていました。
晴れの光を浴びるとどんどん力が湧いてきて、雨に当たれば気持ちが穏やかになり、スヤスヤと眠ってしまうのです。
噂を聞いた王さまは、その能力が欲しくなりました。
王さまは言葉巧みに巫女を誑かし、二人は恋人同士となりました。
「君しか愛せない」
「心優しい君が必要なんだ」
口先ばかりの王の言葉を、巫女は信じてしまいました。
やがて二人は結婚し、王は巫女をこき使うようになりました。巫女は国の僻地に行っては雨を降らせ、息つく間もなく移動をし、晴れの儀式を行いました。
祈りには、膨大な魔力が必要です。巫女は疲弊しましたが、「愛する王のため」と気持ちを奮い立たせて頑張りました。
しかしある日、久しぶりに王城へ戻ってみると、巫女は信じられない光景を目にします。
王が不貞を働いていたのです。
王は悪びれもせず、片腕に浮気相手を抱きながら「ご苦労」と巫女に手を上げました。あろうことか、浮気相手のお腹には子供までいるではありませんか。巫女は一度も、愛されたことなどないというのに。
その瞬間、巫女は「王の目的は、自分の力だけだったのだ」と気付きます。心優しい巫女は、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて……王を、浮気相手のお腹の子を、憎みました。
巫女は激しく泣きながら、力の限り彼らに呪いの魔法をかけます。
「愛を知らない王よ! そんなに私の力が必要ならば……お前の子孫に、力の一部をくれてやろう。触れるもの全てを凍らせる、氷の呪いだ。その力のせいで……誰にも触れられず、愛されず、一生を終えるのだ」
巫女は高笑いをして続けます。
「そうだ。おまけに、雪を降らせてやろう。植物も生物も死に絶える、止むことのない吹雪を」
そう言い終えると、巫女は窓から飛び降りて、姿を消してしまいました。
数ヶ月後。王の子供が生まれました。
その子供は、美しい銀色の髪と青い目をしていました。最初こそ恐れられていましたが……その子を触っても、その子から触られても、凍りついたりなどしません。領土に雪が降ることもありませんでした。
「なんだ、巫女の呪いは口だけだったのだな」
呪いに怯えていた彼らは、ほっと胸を撫で下ろしました。
しかし五年後……王子が五歳を迎えた誕生日、悲劇が起きます。
王子が母親に抱きついた瞬間、母親が凍りついてしまったのです。
その日から、国中に酷い吹雪が吹き荒れるようになりました。吹雪は止むことなく、全てを真っ白に染め上げました。
王は困り果て、国中の魔法使いたちを城に呼び寄せました。しかし、巫女の呪いは解けませんでした。
「呪いは、かけた本人にしか解けません。彼女が心の底から許さなければ、子々孫々まで続くでしょう」
「そんな! それでは王族が滅びてしまう。何とかしてくれ!」
王は、魔法使いたちに頼み込みました。
「呪いを完全に解くことは出来ませんが……私たちの力を合わせて、緩和の魔法をかけましょう。呪われた子が真に愛し愛された時、呪いの力が弱まるように。また……彼女の魔力の元である『天候の力』を摂取することでも、少しずつ緩和するでしょう」
緩和の魔法のおかげで、国中を吹き荒れていた吹雪は止みました。
しかし領土の一番北……そこだけには呪いが残り、一年中真冬のように雪が降り続けたのです。
王は呪いの子を、その領土に閉じ込めました。
王族から呪いの子が生まれるなんて知られたら……吹雪が、その呪いのせいだと知られたら……王の立場が危うくなるからです。
その後呪いを持たない子供も生まれ、しばらくは平穏な日々が続きました。しかし王の孫の世代となって……また呪いの子が生まれます。
呪いの子は、また真冬の領土に閉じ込められました。
それ以来ずっと、王族の呪いは解かれることなく、時々呪われた子が生まれるのです。
○・○・○・○・○
「何よ、これ……」
本を開いたまま、アリシアは声を震わせて呟いた。
何も知らない人からすれば、ただの御伽噺だろう。
だがそれにしてはあまりにも、レイモンドの状況と似過ぎている。
「旦那様は……王家の子だというの……?」
「お嬢様? かくれんぼですか?」
ベッドに腰掛けたアリシアに、ブルーベルは思い切り飛びついてくる。どうやら泣いているようで、しゃくりあげるように体が震えていた。
「どうしました!? 何があったのです?」
「あの……あのね。じぶんの部屋にいたら、ユリウスが来て……」
ブルーベルは涙でぐしょぐしょになった目元を、手で乱暴にこする。
「わたしね、連れもどされるかとおもったの。だから『ここにいたいから、かえりたくない』っていったの。そしたら、『君はいらない子だから、おねがいされても連れてかえらないよ。ここでもいつか捨てられるんだ』って……」
「なんてこと……」
ユリウスとブルーベルの関係は分からないが、彼がこの子に酷いことを言ったのは確かだ。アリシアは少女の体を固く抱きしめながら、優しく背中を撫で続けた。
「事情は分かりませんが、お嬢様がどこかに連れて行かれなくて良かったです。お嬢様と離れ離れになったら、とても寂しくて耐えられませんから。私がお嬢様を『必要』としているので……」
「……ほんと? じゃあ、よかった。わたしもずっと、ここにいたいよ……」
ブルーベルはしばらく啜り泣き、疲れ果てたように眠ってしまった。彼女に膝枕したまま、アリシアはポケットに入れられた本を取り出す。
(あの人……旦那様もお嬢様も傷つけて……本当に絶対、何があっても許せないわ!! そういえば、アリシアを殺したみたいなことも言っていたし……。でも何故、ただのメイドを殺す必要があったのかしら?)
その答えが、ここにある気がする。
アリシアは、本の表紙をそっと撫でた。
ユリウスが渡してきた本は、立派な装丁の絵本だった。表紙は青くて分厚く、銀色の文字が箔押しされている。
深く息を吸ってから、ゆっくりと本を開いた。
○・○・○・○・○
むかしむかし、天候を自由自在に操る巫女がいました。巫女が天に祈りを捧げると、神さまの力を借りる事が出来たのです。
巫女が祈れば、どんなに大雨が降っていても、たちまちお日さまが顔を出しました。
巫女が祈れば、どんな日照りの日でも、あっという間に恵みの雨が降り注ぎました。
雪でも、雷でも、台風でも……どんな天候も思いのまま。民たちはこぞって、巫女に祈祷をお願いしました。
心優しい巫女は、見返りを求めずに人々のお願いに応えました。
それに、巫女の魔力が込められた天気は、不思議な効果を持っていました。
晴れの光を浴びるとどんどん力が湧いてきて、雨に当たれば気持ちが穏やかになり、スヤスヤと眠ってしまうのです。
噂を聞いた王さまは、その能力が欲しくなりました。
王さまは言葉巧みに巫女を誑かし、二人は恋人同士となりました。
「君しか愛せない」
「心優しい君が必要なんだ」
口先ばかりの王の言葉を、巫女は信じてしまいました。
やがて二人は結婚し、王は巫女をこき使うようになりました。巫女は国の僻地に行っては雨を降らせ、息つく間もなく移動をし、晴れの儀式を行いました。
祈りには、膨大な魔力が必要です。巫女は疲弊しましたが、「愛する王のため」と気持ちを奮い立たせて頑張りました。
しかしある日、久しぶりに王城へ戻ってみると、巫女は信じられない光景を目にします。
王が不貞を働いていたのです。
王は悪びれもせず、片腕に浮気相手を抱きながら「ご苦労」と巫女に手を上げました。あろうことか、浮気相手のお腹には子供までいるではありませんか。巫女は一度も、愛されたことなどないというのに。
その瞬間、巫女は「王の目的は、自分の力だけだったのだ」と気付きます。心優しい巫女は、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて……王を、浮気相手のお腹の子を、憎みました。
巫女は激しく泣きながら、力の限り彼らに呪いの魔法をかけます。
「愛を知らない王よ! そんなに私の力が必要ならば……お前の子孫に、力の一部をくれてやろう。触れるもの全てを凍らせる、氷の呪いだ。その力のせいで……誰にも触れられず、愛されず、一生を終えるのだ」
巫女は高笑いをして続けます。
「そうだ。おまけに、雪を降らせてやろう。植物も生物も死に絶える、止むことのない吹雪を」
そう言い終えると、巫女は窓から飛び降りて、姿を消してしまいました。
数ヶ月後。王の子供が生まれました。
その子供は、美しい銀色の髪と青い目をしていました。最初こそ恐れられていましたが……その子を触っても、その子から触られても、凍りついたりなどしません。領土に雪が降ることもありませんでした。
「なんだ、巫女の呪いは口だけだったのだな」
呪いに怯えていた彼らは、ほっと胸を撫で下ろしました。
しかし五年後……王子が五歳を迎えた誕生日、悲劇が起きます。
王子が母親に抱きついた瞬間、母親が凍りついてしまったのです。
その日から、国中に酷い吹雪が吹き荒れるようになりました。吹雪は止むことなく、全てを真っ白に染め上げました。
王は困り果て、国中の魔法使いたちを城に呼び寄せました。しかし、巫女の呪いは解けませんでした。
「呪いは、かけた本人にしか解けません。彼女が心の底から許さなければ、子々孫々まで続くでしょう」
「そんな! それでは王族が滅びてしまう。何とかしてくれ!」
王は、魔法使いたちに頼み込みました。
「呪いを完全に解くことは出来ませんが……私たちの力を合わせて、緩和の魔法をかけましょう。呪われた子が真に愛し愛された時、呪いの力が弱まるように。また……彼女の魔力の元である『天候の力』を摂取することでも、少しずつ緩和するでしょう」
緩和の魔法のおかげで、国中を吹き荒れていた吹雪は止みました。
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その後呪いを持たない子供も生まれ、しばらくは平穏な日々が続きました。しかし王の孫の世代となって……また呪いの子が生まれます。
呪いの子は、また真冬の領土に閉じ込められました。
それ以来ずっと、王族の呪いは解かれることなく、時々呪われた子が生まれるのです。
○・○・○・○・○
「何よ、これ……」
本を開いたまま、アリシアは声を震わせて呟いた。
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