【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯へ嫁ぎました〜全てを失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで〜

きなこもちこ

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第三十八話 ある雪の日のこと

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 宣言通りアリシアはすぐに元気になり(心配したレイモンドによって、例の如く外出禁止令が発令されたが)、しばらく平穏な日々が続いた。

 とある日の昼下がり……自室で執務をしていたレイモンドは、窓の外から聞こえる声に手を止める。

 立ち上がって窓の外を眺めると、庭で雪合戦をするアリシアとブルーベルの姿が見えた。二人とも全力で遊んでいるようで、全身雪まみれだ。その周りを、氷狼のアルがぐるぐると駆け回っている。
 
 時折楽しそうな笑い声も聞こえ、それを見つめるレイモンドの頬も弛んだ。胸に湧き上がる何とも言えない感情をそのままに、ゆっくりとコーヒーを飲む。
 
 アリシアが手伝ってくれているおかげで、執務を休む余裕も出てきている。ちょうどひと段落した所だ……レイモンドは側にあった上着を羽織り、部屋を後にした。

 ・・・・・

「そーれっ、お嬢様! 雪玉五連打です!」

「きゃ~! うふふっ! 負けないんだから!」

「わっわっ!? お嬢様、魔法で雪玉作ってません!? それは反則ですよ~! むうう、それならこうしてやります……ぎゅーの刑です!」

「あはははっ! たおれる、たおれちゃうってば!」

 ひと塊になった二人は、笑いながら真っ白な雪の中に倒れ込んだ。顔中雪まみれになった姿に、顔を見合わせてまた笑う。

「……楽しそうだな。俺もまぜてもらえるか?」

 その声に驚いて振り向くと、遠慮がちにこちらを伺うレイモンドが立っていた。

「もちろんです! 一緒に雪合戦しましょう!」

「わあ、やったあ! お父さまと雪合戦!」

 ブルーベルはアルの前足を握り、一緒にピョンピョンと飛び跳ねた。出会った頃の怯えた様子は見る影もなく、最近は子供らしい天真爛漫さに溢れ出ている。

「チーム分けはどうしますか? 三人と一匹ですけれど……」

「二人が相手でも構わない。俺はアルと組もうか」

 微笑みを湛えたレイモンドは、足元にじゃれつくアルをわしゃわしゃと撫でた。アルもそれに応え、ブンブンと太い尻尾を振る。

「よーっし、じゃあミーシャさんとわたしが相手だよ! お父さまにもまけないんだから!」

 防御用の雪の壁を作るアリシアの横で、ブルーベルが仁王立ちで宣言した。その頬は寒さのために真っ赤に染まり、目はキラキラとやる気に満ち溢れている。

「お二人とも、魔法は……」

「まほうはアリ! じゃあ……はじめ!!」

 勝手に開始宣言したブルーベルは、手から出現させた雪玉を次々と投げ始める。
 向かう敵陣では、飛んでくる雪玉をアルが口でキャッチする。その横でレイモンドがゆっくりと雪玉を作り、優しくこちらに放り投げていた。随分と手加減しているようだが、なかなか良いコンビネーションだ。

「わ、わあ! 魔法アリって言っても、私……氷魔法はあんまり得意ではないんですよ~」

 アリシアは慌てて魔法を唱え、不恰好な雪玉を量産していた。

「えー!? ミーシャさん、そんな柔らかい球じゃ、投げた瞬間にくだけちゃうよ! もっとギュッと中を詰めて作らないと……」

「ひえーん、やったことないんで難しいんですってば~!」

 アリシアは苦戦の末に結局諦め、手で雪玉を作ることにした。その横でブルーベルは必死の形相で攻撃を続けるが、投げた雪玉はアルが砕くか、レイモンドが氷の盾で防いでしまう。

「お父さまっ……その魔法ずるい、当たらない~!」

 息を切らしながらヘロヘロと雪玉を投げるブルーベルに向かって、レイモンドは得意げに微笑んだ。

「まだまだだな。この魔法は今度教えてやろう……そろそろ魔力切れか?」

「ぐうう……まだまだ~!」

 最後の力を振り絞って投げた雪玉も、敵陣に届かずぺチャリと落ちてしまった。目を回しながら倒れるブルーベルを、アリシアが抱き止める。

「……では、こちらも反撃といこうか」

 レイモンドが片手を軽く上げると、無数の雪玉が空中に出現した。

「え、ちょっ……待ってください! 絶対防げな……」

「ど、ど、ど、どうする!? ミーシャさん!!」

 慌てる二人を見てニヤリと笑いながら、レイモンドは腕を振り下ろした。数え切れないほどの雪玉が勢い良くこちらに向かって来るのが見え、二人はギュッと目を閉じた。

 抱き合ったまま身を固めるアリシアとブルーベルであったが、いつまでも雪玉が当たる感覚がない。恐る恐る目を開けると……目の前に、巨大な雪だるまが出現していた。

「さすがに当てるのは可哀想だと思って、雪玉を合体してみたんだが……どうだ、今日は降参か?」

 完全な敗北に、ブルーベルは悔しげに顔をクチャクチャと歪めた。アリシアも頬を膨らませ、プンプンと拳を振り上げる。

「もう、脅かさないでくださいよ! あんな量の雪玉……上から降ってきたら押しつぶされると思うじゃないですか~!」

「すまない。当てるつもりは最初からなかったんだが……」

「お父さまったら! こういう時、ふつうは気をつかって子どもを勝たせてあげるんじゃないのー!?」

「そうですよ、お嬢様の言う通りです!」

「俺は厳しいんだ。こういうのは攻撃だけでなく、相手を見て作戦を立てないと。社会の不条理さを教えようと思ってだな……」

 ぐぬぬ……と肩を振るわせたブルーベルは、ビシッとレイモンドを指差してこう告げた。

「ううん、お父さまのは……大人げないだけだと見た! アルジョン号、とつげーき!!」

 ブルーベルの号令にピンッと耳を伸ばしたアルは、勢い良くレイモンドに飛び掛かった。勢いのまま、一人と一匹は雪の中に倒れ込む。

「おい、アル! お前仲間だろう……」

「ワン、ワンッ!!」

 アルはレイモンドのお腹の上にお座りをし、主人の方を向いて得意げに尻尾を振った。

「アル、えらいえらい! 悪は成敗だ~!」

「あはははっ! お嬢様、どこでそんな言葉を覚えたんです?」

「ひどい裏切りだ……」

 雪まみれになったレイモンドの顔を、アルが嬉しそうにペロペロと舐める。アルは日に日に大きくなっていて、今やブルーベルと変わらないほどの大きさとなっていた。

 なすがままになっているレイモンドを見て2人が笑っていると、ひやりとしたものが頬に触れる。

「あ……雪」

 そう言っている間に、みるみるうちに雪が強まり、あっという間に吹雪となった。

「これはまずい……一旦温室へ避難しよう」

 レイモンドはブルーベルをヒョイと抱きかかえ、アリシアの前に手を差し出した。
 こうして自然に手が握れるようになったのが、たまらなく嬉しい。アリシアは密かな感動を噛み締めながら、その手を握り返した。
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