【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯へ嫁ぎました〜全てを失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで〜

きなこもちこ

文字の大きさ
38 / 41

第三十八話 ある雪の日のこと

しおりを挟む
 宣言通りアリシアはすぐに元気になり(心配したレイモンドによって、例の如く外出禁止令が発令されたが)、しばらく平穏な日々が続いた。

 とある日の昼下がり……自室で執務をしていたレイモンドは、窓の外から聞こえる声に手を止める。

 立ち上がって窓の外を眺めると、庭で雪合戦をするアリシアとブルーベルの姿が見えた。二人とも全力で遊んでいるようで、全身雪まみれだ。その周りを、氷狼のアルがぐるぐると駆け回っている。
 
 時折楽しそうな笑い声も聞こえ、それを見つめるレイモンドの頬も弛んだ。胸に湧き上がる何とも言えない感情をそのままに、ゆっくりとコーヒーを飲む。
 
 アリシアが手伝ってくれているおかげで、執務を休む余裕も出てきている。ちょうどひと段落した所だ……レイモンドは側にあった上着を羽織り、部屋を後にした。

 ・・・・・

「そーれっ、お嬢様! 雪玉五連打です!」

「きゃ~! うふふっ! 負けないんだから!」

「わっわっ!? お嬢様、魔法で雪玉作ってません!? それは反則ですよ~! むうう、それならこうしてやります……ぎゅーの刑です!」

「あはははっ! たおれる、たおれちゃうってば!」

 ひと塊になった二人は、笑いながら真っ白な雪の中に倒れ込んだ。顔中雪まみれになった姿に、顔を見合わせてまた笑う。

「……楽しそうだな。俺もまぜてもらえるか?」

 その声に驚いて振り向くと、遠慮がちにこちらを伺うレイモンドが立っていた。

「もちろんです! 一緒に雪合戦しましょう!」

「わあ、やったあ! お父さまと雪合戦!」

 ブルーベルはアルの前足を握り、一緒にピョンピョンと飛び跳ねた。出会った頃の怯えた様子は見る影もなく、最近は子供らしい天真爛漫さに溢れ出ている。

「チーム分けはどうしますか? 三人と一匹ですけれど……」

「二人が相手でも構わない。俺はアルと組もうか」

 微笑みを湛えたレイモンドは、足元にじゃれつくアルをわしゃわしゃと撫でた。アルもそれに応え、ブンブンと太い尻尾を振る。

「よーっし、じゃあミーシャさんとわたしが相手だよ! お父さまにもまけないんだから!」

 防御用の雪の壁を作るアリシアの横で、ブルーベルが仁王立ちで宣言した。その頬は寒さのために真っ赤に染まり、目はキラキラとやる気に満ち溢れている。

「お二人とも、魔法は……」

「まほうはアリ! じゃあ……はじめ!!」

 勝手に開始宣言したブルーベルは、手から出現させた雪玉を次々と投げ始める。
 向かう敵陣では、飛んでくる雪玉をアルが口でキャッチする。その横でレイモンドがゆっくりと雪玉を作り、優しくこちらに放り投げていた。随分と手加減しているようだが、なかなか良いコンビネーションだ。

「わ、わあ! 魔法アリって言っても、私……氷魔法はあんまり得意ではないんですよ~」

 アリシアは慌てて魔法を唱え、不恰好な雪玉を量産していた。

「えー!? ミーシャさん、そんな柔らかい球じゃ、投げた瞬間にくだけちゃうよ! もっとギュッと中を詰めて作らないと……」

「ひえーん、やったことないんで難しいんですってば~!」

 アリシアは苦戦の末に結局諦め、手で雪玉を作ることにした。その横でブルーベルは必死の形相で攻撃を続けるが、投げた雪玉はアルが砕くか、レイモンドが氷の盾で防いでしまう。

「お父さまっ……その魔法ずるい、当たらない~!」

 息を切らしながらヘロヘロと雪玉を投げるブルーベルに向かって、レイモンドは得意げに微笑んだ。

「まだまだだな。この魔法は今度教えてやろう……そろそろ魔力切れか?」

「ぐうう……まだまだ~!」

 最後の力を振り絞って投げた雪玉も、敵陣に届かずぺチャリと落ちてしまった。目を回しながら倒れるブルーベルを、アリシアが抱き止める。

「……では、こちらも反撃といこうか」

 レイモンドが片手を軽く上げると、無数の雪玉が空中に出現した。

「え、ちょっ……待ってください! 絶対防げな……」

「ど、ど、ど、どうする!? ミーシャさん!!」

 慌てる二人を見てニヤリと笑いながら、レイモンドは腕を振り下ろした。数え切れないほどの雪玉が勢い良くこちらに向かって来るのが見え、二人はギュッと目を閉じた。

 抱き合ったまま身を固めるアリシアとブルーベルであったが、いつまでも雪玉が当たる感覚がない。恐る恐る目を開けると……目の前に、巨大な雪だるまが出現していた。

「さすがに当てるのは可哀想だと思って、雪玉を合体してみたんだが……どうだ、今日は降参か?」

 完全な敗北に、ブルーベルは悔しげに顔をクチャクチャと歪めた。アリシアも頬を膨らませ、プンプンと拳を振り上げる。

「もう、脅かさないでくださいよ! あんな量の雪玉……上から降ってきたら押しつぶされると思うじゃないですか~!」

「すまない。当てるつもりは最初からなかったんだが……」

「お父さまったら! こういう時、ふつうは気をつかって子どもを勝たせてあげるんじゃないのー!?」

「そうですよ、お嬢様の言う通りです!」

「俺は厳しいんだ。こういうのは攻撃だけでなく、相手を見て作戦を立てないと。社会の不条理さを教えようと思ってだな……」

 ぐぬぬ……と肩を振るわせたブルーベルは、ビシッとレイモンドを指差してこう告げた。

「ううん、お父さまのは……大人げないだけだと見た! アルジョン号、とつげーき!!」

 ブルーベルの号令にピンッと耳を伸ばしたアルは、勢い良くレイモンドに飛び掛かった。勢いのまま、一人と一匹は雪の中に倒れ込む。

「おい、アル! お前仲間だろう……」

「ワン、ワンッ!!」

 アルはレイモンドのお腹の上にお座りをし、主人の方を向いて得意げに尻尾を振った。

「アル、えらいえらい! 悪は成敗だ~!」

「あはははっ! お嬢様、どこでそんな言葉を覚えたんです?」

「ひどい裏切りだ……」

 雪まみれになったレイモンドの顔を、アルが嬉しそうにペロペロと舐める。アルは日に日に大きくなっていて、今やブルーベルと変わらないほどの大きさとなっていた。

 なすがままになっているレイモンドを見て2人が笑っていると、ひやりとしたものが頬に触れる。

「あ……雪」

 そう言っている間に、みるみるうちに雪が強まり、あっという間に吹雪となった。

「これはまずい……一旦温室へ避難しよう」

 レイモンドはブルーベルをヒョイと抱きかかえ、アリシアの前に手を差し出した。
 こうして自然に手が握れるようになったのが、たまらなく嬉しい。アリシアは密かな感動を噛み締めながら、その手を握り返した。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...