【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯へ嫁ぎました〜全てを失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで〜

きなこもちこ

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第三十九話 小さな小さな結婚式

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 吹雪に見舞われた一同は、追われるようにして温室へと急ぐ。

 温室が作られてからというもの、セドリックとアリシアは毎日に近い頻度で室内の手入れをしていた。果物の苗木を植えたり、花の種を蒔いたり、小川のような水路を作ったり……。アリシアが灯すランプのおかげで日照や温度の点でも生育条件をクリアしているようで、植物も芽を出し始めていた。
 
 丁寧な手入れと緻密な設計により、今や温室は貴族の庭のような風貌になっていた。植物はまだ植えたてのため発展途上といった様子だが、テーブルや椅子も備え付けられていて、ちょっとしたお茶会も開けそうなほどである。

 温室にたどり着きコートのフードを脱いだブルーベルは、驚きの声をあげた。

「わあ……! 何これ!?」

 温室の中は、普段の様相からはずいぶんと様変わりしていた。

 いたる所に真っ白なリボンが結ばれ、キラキラ光る小さなランプのオーナメントが飾られている。奥へと続く小道に敷かれた白いカーペットの上には、パステルカラーの花びらが散りばめられていた。

「なんだ、来ちまったのか」

 珍しくスーツに身を包んだセドリックが、あちゃあ……と呟きながら声をかけてきた。

「どうしたんですか、これ! こんな素敵に飾り付けられて……何かパーティでもやるんです? セドリックまでおめかししちゃって!」

「俺だってスーツぐらい着るさ! あー、バレちまったなら仕方ない……サリー、言ってもいいか?」

「……なーんだ、びっくりさせようと思ったのによ。サプライズは得てして失敗するもんだね」

 奥からは萌黄色のドレスに身を包んだサリーが出てきて、ため息と共に首をすくめた。

「サリーまで! どうしたんです? 誰かの誕生日でしたっけ……!?」

「なんとね~、二人の結婚式なのよ! 旦那サマと奥サマの!」

「ずるいよマール! アタシが言いたかったのに!」

「け……結婚式、ですか!?」

 マールの言葉に、アリシアは驚きの声を上げた。サリーに小突かれているマールも薄紫のドレスに身を包み、凝った形に髪を結い上げている。

「二人とも一応結婚してるテイだけど、式は挙げてなかっただろう? そんなのいいよって言いそうだから、アタシたちが先に用意してあげたってワケ!」

「あとちょっとで準備が出来るから、呼びに行く所だったのに~」

「そんな……あの、ありがとうございます。こんなに素敵な会を作ってくださって……」

 温室内の会場の装飾は、清らかで優しく、温かい愛に溢れていた。きっと長いこと計画を立てて準備をしてくれていたのだろう。仲間たちの気持ちや費やした時間を思うと、すでに涙がこぼれそうだった。

「おっと奥サマ、泣くのはまだ早いよ~! 感動してるとこ悪いけど、まだ式は始まってないんだし」

「というか旦那サマは? 一応サプライズにはサプライズだったんだけど、驚いてない感じ? 余計なお世話だったかな……」

「…………いや、驚いている……ものすごく」

 わかりづらいが、レイモンドも本当に驚いているようだった。不自然に固まったまま、キョロキョロと回りを見渡している。

「でも……どうしましょう。そうとは知らず、私、こんな服で……」

「それは大丈夫さ! アタシがこんな式に、新しいドレスを用意してないと思うかい? さあ、着替えた着替えた!」

「え!? どこで……」

「ちゃあんと更衣室も用意してあるからね~。ほら、旦那サマとお嬢サマも~」

「俺たちもか?」

 戸惑うままに背中を押され、三人はカーテンで仕切られた小さな更衣室に押し込まれた。

 数分後出てきたレイモンドは、真っ白なスーツを身に纏っていた。僅かに黄味がかった上質な布で仕立てられたスーツは、パリッ! ピシッ! と体に合っている。

「なんだか……落ち着かないな」

「よく似合ってるよ旦那サマ! 見てここ、刺繍とネクタイだけ銀糸が入ってんのよ! それにここの部分だけ布の材質を変えていて……」

「あ~わかった、すごいすご~い。サリーの服がすごいのは皆わかってるんだから、いちいち説明しないでいいのよ~」

「何だいその気持ちのこもってない『すごい』は! 丹精込めてんだ、もう少し褒めてくれても……」

「……本当にすごい。舞踏会の服に続き、プロの仕事だな。忙しい中なのに、ありがとう」

 レイモンドからお礼を言われたサリーは、照れくさそうに破顔して頭をかく。続いて更衣室のカーテンが少しだけ開き、おずおずと顔を出したのはブルーベルだった。

「あの……これで大丈夫?」

「あ~、完璧! はちゃめちゃにかわい~! 王国中探してもこんな可憐なお姫サマはいないよ~!」

「むぎゅぎゅ……苦しいよマール~」

「ちょっとマール、アタシを褒める時と態度が違いすぎない? お嬢さまが可愛いのは完全に同意だけど!」

「えへへ……サリー、ありがとう!」

 マールから解放されたブルーベルは、嬉しそうに目をギュッと瞑り、くるりと一回転してお辞儀した。白いオーガンジーで出来た可愛らしいワンピースは、ウエストを結ぶリボンだけがピンクのサテンで出来ている。よく見ると、白い花の刺繍が全面に施されているようだ。

「仕上げに……はい! これをかぶって、これを持って……お嬢さまは重大任務があるからね! こういう作戦で……」

 花冠をかぶせられ、花びらの入った籠を渡されたブルーベルは、サリーに耳打ちされた内容を真剣な表情で聞いている。しばらくして会話が終わると、決意に満ちた表情で頷いた。

「……ま、間に合いました!? 旦那様達が温室に向かうのが窓から見えて、慌てて準備をして屋敷から出てきたんですが……セーフですか!?」

 勢い良く温室に駆け込んできたのは、執事のヨゼフだ。いつもの真っ黒な執事服と違い、白い神父の祭服を着ている。吹雪の中走ってきたせいか、いつもピチリと固められている髪が所々乱れていた。

「セーフセーフ。奥サマの準備がまだだから~、良い所に来たね」

「みんな~、食事の準備もできたよぉ」

 料理人のエリオットも奥からピョコンと顔を出し、ヒラヒラと手を振った。エリオットは以前よりもずいぶんと恰幅が良くなり、もっちりとしたシェフの風貌になっている(皆からは試食のしすぎだと指摘されていた)。

「エリオットも、蝶ネクタイが似合っているな」

「えへへ、ありがとぉ。旦那さまもお嬢さまもとっても素敵だよぉ」

 皆が団欒していると、シャッと控えめにカーテンが引かれる音がした。

「これで……どうでしょうか?」

 そこには、真っ白なウエディングドレスに身を包んだアリシアが佇んでいた。あまりにも眩いその姿に、一同は目を細めて息を呑む。
 
 純白のドレスには絹糸で刺繍が施され、光があたった部分がキラキラと輝いていた。上半身はピタリと体に沿っているが、腰下からは大きく広がり、裾は長く床に垂れ下がっている。下半分には氷の魔石が宝石のように散りばめられ、独特の青白い光を放っていた。

「綺麗だ……とても」

 沈黙を破ったレイモンドの呟きに、アリシアの頬が真っ赤に染めあがった。

「ヒュー! お熱いじゃねえか二人とも!」

「セドリック……からかわないでくださいよ!」

「うん、ミーシャさん……とってもきれい……! おとぎ話のお姫さまみたい……」

「お嬢様も本当に可愛いです! 今日は花の精霊さんですね……!」

「奥サマ……めちゃくちゃよく似合っているよ……。アタシのドレスをこんなに着こなしてくれて、もう感動して……。この腰の膨らみを出すために、下のパニエの量を何回も微調整したんだ。それにその氷の魔石は、ビーズ状に加工して刺繍に縫い込むように……」

「わかったわかった、サリーのこだわりは後でゆっくり聞くから~。奥サマはこっち、最後の仕上げにヘアセットとメイクだよ~!」

 マールの手によってあっという間にセットが終えられ、美しい花嫁が出来上がった。アリシアは涙を堪えながら、皆に向かって深々とお辞儀カーティシーをする。

「サリーもマールも……本当にありがとうございます……! こんな素敵なドレスに、メイクまで……。それにセドリックやエリオット、ヨゼフも。皆で準備してくれたのでしょう? 嬉しくて、胸が熱くて、何とお礼を言ったらいいか……」

「ストップ! 奥サマ、泣かないで~! せっかくのメイクが崩れちゃうから! ……ほら、ベールをかけるからかがんで……」

「そうそう! 奥サマが号泣する前に、早く始めちまおうよ! みんな首尾通りに、席に着いて!」

 エリオットとサリー、マールが参列席に腰掛け、ヨゼフは緊張の面持ちで神父台に立った。

 セドリックはアリシアの横に立ち、気まずそうな表情でコホンッと咳払いをする。

「……俺がその、エスコートするんだってよ。俺なんかが父親がわりだなんて、笑っちまうよな……」
 
 溢れそうになる涙を必死に堪え、アリシアはセドリックの腕に手を回す。

「貴方が父親役なんて……すごく、すごく嬉しいです、セドリック。『アリシア』の時から貴方を、本当の父親のように慕っていましたから……」

 セドリックは前を向いたまま、震える声で呟いた。

「結婚おめでとう、アリィ。俺の可愛い娘っ子よ……」
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