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第二章 地を知る者たち
第50話 兵器(モノ) 1/2
土地見衆関東域本部。
神仏習合、八幡大菩薩が鎮座する本宮の最奥。
桜下の心の籠った想いが、木目の隅々に染みわたる。
「ほう」
鬼堂峯厳は物珍しい骨董品を見るかのように、重低音の声色をのけ反らせる。
だが依然、厳かな睨みはサングラス越しに覗かせていた。
一方で桜下は彼の威圧に微塵も動じず、人形のような仕上がった姿勢は保たれつつある。
「ただ、約束を破ってしまったには違いありません。わが身の身勝手さで、聖を使ってしまった事実は変わりませんから」
「何故、兵器が人間の模倣をする」
冷徹に下された断罪の刃のように、鬼堂が桜下の弁明を遮る。
兵器、と。
血肉の通った人間に対し放つなどあるまじき概念は、本堂の時を止めたようにも錯覚させた。
桜下はスッと、黒い眼を細めやがて息を漏らす。
「……相変わらずですね」
実に十二年間。
大戦が終結をした現在まで。
鬼堂は斉天を『兵器』として括り付け、桜下自身も彼の見解に納得を示していた。
元凶ともなる、羅生門の破壊。
それに伴い、一瞬にして失った大地と命の総数。
陰陽衆が秘匿し世間から消し去られた脅威を、土地見頭は知っていた。
「周りが貴様に縋り続けているに過ぎない」
「容認をしている貴方がソレを仰いますか」
しかし、鬼堂は斉天の全てを否定したわけではない。
斉天の聖は大戦集結と同時に、日本国復興にも大きく進展させる。
転位術による物流の最適化。
そして演算術による診断、治療体制の高度化。
これらを代表とし公共機関が発達した起因は、陰陽衆が開発に着手した霊術装置テムイの恩恵にほかならない。
「便利ではありますからね、斉天」
「……利便性を持つ兵器ほど恐ろしい物はない」
この危険因子を抱えなければ、日本国の平和を保てない。
現実を突きつけた桜下の発言に、鬼堂は静かな怒りを顕にし、刀の鍔に指をかけて押し留める。
「陰陽衆が聖人の殉死を騙るこの十二年で、衆生から貴様に向ける脅威は消え去った。大戦終結と復行への階となった聖が残り、過程を切り捨てられる。……結局は、衆生の都合の良き様に流されるに過ぎぬ」
「それでもヒトは繁栄した。例え流されただけであったとしても、この結果は貴方たちが掴んだ賜物でありましょう」
「いずれ綻ぶ。百年……いや、遠からず未来で呪詛が溢れ国土を埋め尽くす。あの忌々しき魔境が浄化に至るまで、この地表に真の安寧は訪れるなどありえようか」
富嶽を始めとした、四ヶ所に渡る汚染土地。
大戦より以前、三百年前より存在する災禍の根が未だ地に下ろし続ける。
人間の怨念が詰まりし呪詛の層は、羅生門と相反する大地の反撥。
故に大戦終結後も地に留まり、呪いを沸かす。
鬼堂は一時の安寧に酔いしれず、ただ大地の均衡に重んじる。
それら危険因子となる要因が、例え聖の担い手であったとしても。
兵器として、桜下を見定め。判を下す。
「47万体。数は覚えているだろう」
「……」
突きつき出された数字に、桜下は沈黙を通す。
重く深い蜃気楼に飲まれた圧が、二人の間を吹き抜ける。
「鬼堂様、数が違います。47万2千385体。第二次で確認された1417の危惧種……その半数、711の絶滅種が私が滅ぼした妖魔の総数です」
絶滅種。
それは一つの生命種すべてが地球上から消し去った穴の数。
桜下はピシャリと出力にかけられた篩のような精密さで命の数を言い当てる。
生存の危機に脅かされる中で生きながらえた危惧種に対し、こちらは衆生からいなくなり二度と姿を表すことはない。
かの子らは輪廻の外に抜け出して、今生に還る術を剥脱された迷い子たち。
桜下の温度さえ感じさせない無機質な明解に、鬼堂の剣幕はより一層に深くなる。
「憂いは無いのか」
「鬼堂様には今の私がどう映りますか?」
「人の皮を被りし殲滅兵器。それ以外に無かろう」
「……なら、憂う必要はどこにありましょうか」
桜下の目が、下からじっと鬼堂の剣幕を見透かす。
兵器と殲滅の道具と定義され、役目を全うする。
「命とは、衆生の全てにおける最も尊き資源。かの子らの犠牲の上で成り立った今に、斉天に。意思など、本来贅沢な賜りに過ぎません」
無駄が全て剥ぎ取られた黒い瞳は、まるで新品に仕上がった機械仕掛けのレンズだった。
「化け物が」
「ええ」
「これも否定せぬか」
「だってそうでしょう?」
桜下はただ言われぬがまま、鬼堂の定義を受け入れる。
そして、すぅと。
夏が漂わす夏の湿気が、急激に渇いていくようにも錯覚させられた。
「羅生門を滅する為に、私は京の地を根こそぎ剥いでしまったのですから」
日本国の西に位置する、京都。
かつて羅生門が現れた地には、今は無常にも何も残されていない。
激しい戦火が飛び交った傷痕も。
絶えた妖魔たちの死臭も。
舞師たちの栄華の名残も。
地表ごと全て転位した影響で、荒廃さえも許さない空白の地となった。
そして、羅生門の消滅は呪詛により毒された妖魔たちを巻き添えにする。
桜下自身の記憶に残らずとも、身体に宿す聖の質感が『殲滅兵器』として自覚させていく。
「斉天は人の心によって在り様を変える聖。兵器、聖人、魔王であったとしても。私は受け入れ、成すべきことを致しましょう」
無色透明な感情に、仄かなに色づく女性らしさ。
桜下、名を改め……斉天大聖、蘆屋咲夜は。
艶やかな黒い眼差しで鬼堂を見定め、優しく微笑んだ。
衆生を幾つしむ女神にも似た、世のモノとかけ離れた美しさで。
神仏習合、八幡大菩薩が鎮座する本宮の最奥。
桜下の心の籠った想いが、木目の隅々に染みわたる。
「ほう」
鬼堂峯厳は物珍しい骨董品を見るかのように、重低音の声色をのけ反らせる。
だが依然、厳かな睨みはサングラス越しに覗かせていた。
一方で桜下は彼の威圧に微塵も動じず、人形のような仕上がった姿勢は保たれつつある。
「ただ、約束を破ってしまったには違いありません。わが身の身勝手さで、聖を使ってしまった事実は変わりませんから」
「何故、兵器が人間の模倣をする」
冷徹に下された断罪の刃のように、鬼堂が桜下の弁明を遮る。
兵器、と。
血肉の通った人間に対し放つなどあるまじき概念は、本堂の時を止めたようにも錯覚させた。
桜下はスッと、黒い眼を細めやがて息を漏らす。
「……相変わらずですね」
実に十二年間。
大戦が終結をした現在まで。
鬼堂は斉天を『兵器』として括り付け、桜下自身も彼の見解に納得を示していた。
元凶ともなる、羅生門の破壊。
それに伴い、一瞬にして失った大地と命の総数。
陰陽衆が秘匿し世間から消し去られた脅威を、土地見頭は知っていた。
「周りが貴様に縋り続けているに過ぎない」
「容認をしている貴方がソレを仰いますか」
しかし、鬼堂は斉天の全てを否定したわけではない。
斉天の聖は大戦集結と同時に、日本国復興にも大きく進展させる。
転位術による物流の最適化。
そして演算術による診断、治療体制の高度化。
これらを代表とし公共機関が発達した起因は、陰陽衆が開発に着手した霊術装置テムイの恩恵にほかならない。
「便利ではありますからね、斉天」
「……利便性を持つ兵器ほど恐ろしい物はない」
この危険因子を抱えなければ、日本国の平和を保てない。
現実を突きつけた桜下の発言に、鬼堂は静かな怒りを顕にし、刀の鍔に指をかけて押し留める。
「陰陽衆が聖人の殉死を騙るこの十二年で、衆生から貴様に向ける脅威は消え去った。大戦終結と復行への階となった聖が残り、過程を切り捨てられる。……結局は、衆生の都合の良き様に流されるに過ぎぬ」
「それでもヒトは繁栄した。例え流されただけであったとしても、この結果は貴方たちが掴んだ賜物でありましょう」
「いずれ綻ぶ。百年……いや、遠からず未来で呪詛が溢れ国土を埋め尽くす。あの忌々しき魔境が浄化に至るまで、この地表に真の安寧は訪れるなどありえようか」
富嶽を始めとした、四ヶ所に渡る汚染土地。
大戦より以前、三百年前より存在する災禍の根が未だ地に下ろし続ける。
人間の怨念が詰まりし呪詛の層は、羅生門と相反する大地の反撥。
故に大戦終結後も地に留まり、呪いを沸かす。
鬼堂は一時の安寧に酔いしれず、ただ大地の均衡に重んじる。
それら危険因子となる要因が、例え聖の担い手であったとしても。
兵器として、桜下を見定め。判を下す。
「47万体。数は覚えているだろう」
「……」
突きつき出された数字に、桜下は沈黙を通す。
重く深い蜃気楼に飲まれた圧が、二人の間を吹き抜ける。
「鬼堂様、数が違います。47万2千385体。第二次で確認された1417の危惧種……その半数、711の絶滅種が私が滅ぼした妖魔の総数です」
絶滅種。
それは一つの生命種すべてが地球上から消し去った穴の数。
桜下はピシャリと出力にかけられた篩のような精密さで命の数を言い当てる。
生存の危機に脅かされる中で生きながらえた危惧種に対し、こちらは衆生からいなくなり二度と姿を表すことはない。
かの子らは輪廻の外に抜け出して、今生に還る術を剥脱された迷い子たち。
桜下の温度さえ感じさせない無機質な明解に、鬼堂の剣幕はより一層に深くなる。
「憂いは無いのか」
「鬼堂様には今の私がどう映りますか?」
「人の皮を被りし殲滅兵器。それ以外に無かろう」
「……なら、憂う必要はどこにありましょうか」
桜下の目が、下からじっと鬼堂の剣幕を見透かす。
兵器と殲滅の道具と定義され、役目を全うする。
「命とは、衆生の全てにおける最も尊き資源。かの子らの犠牲の上で成り立った今に、斉天に。意思など、本来贅沢な賜りに過ぎません」
無駄が全て剥ぎ取られた黒い瞳は、まるで新品に仕上がった機械仕掛けのレンズだった。
「化け物が」
「ええ」
「これも否定せぬか」
「だってそうでしょう?」
桜下はただ言われぬがまま、鬼堂の定義を受け入れる。
そして、すぅと。
夏が漂わす夏の湿気が、急激に渇いていくようにも錯覚させられた。
「羅生門を滅する為に、私は京の地を根こそぎ剥いでしまったのですから」
日本国の西に位置する、京都。
かつて羅生門が現れた地には、今は無常にも何も残されていない。
激しい戦火が飛び交った傷痕も。
絶えた妖魔たちの死臭も。
舞師たちの栄華の名残も。
地表ごと全て転位した影響で、荒廃さえも許さない空白の地となった。
そして、羅生門の消滅は呪詛により毒された妖魔たちを巻き添えにする。
桜下自身の記憶に残らずとも、身体に宿す聖の質感が『殲滅兵器』として自覚させていく。
「斉天は人の心によって在り様を変える聖。兵器、聖人、魔王であったとしても。私は受け入れ、成すべきことを致しましょう」
無色透明な感情に、仄かなに色づく女性らしさ。
桜下、名を改め……斉天大聖、蘆屋咲夜は。
艶やかな黒い眼差しで鬼堂を見定め、優しく微笑んだ。
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