ユリは血溜まりに、凛と咲く

桐谷 渚

文字の大きさ
1 / 2

1

しおりを挟む
「久しぶりね、アル。元気にしてた?」
「も、もしかして、リリーなの…?」
「そう、もしかしなくても、リリーよ。約束通り、アルを迎えに来たの」

リリーは、辺りを見渡す。
身につけていた真っ白なワンピースが、それとともに揺れた。

「懐かしいわね、ここ」

そう言ったリリーは言葉通り懐かしげに、その目を細めた。

****

「はぁ、はぁ、待ってよ、リリー!」
「もう、アルってば、どんくさいんだから!」

のどかな5月の昼下がり。
クアック公爵の一人娘、リリー・クアックと、庭師の孫、アルは公爵家の庭の隅っこで遊んでいた。

「アルは男の子なんだから、私よりも速く走れるはずよ!ほら、次は、あそこの木まで勝負!」
「えー、そんなぁ」

今年でリリーは七歳、アルは五歳の誕生日を迎える。
本来であれば、公爵令嬢であるリリーは庶民のアルと遊ぶことは、ない。
しかし、リリーの母親と結婚する前から愛人のいたクアック公爵は、政略結婚で結ばれたリリーの母を毛嫌いしており、その延長線上で、娘であるリリーのことも嫌っている。
そのうちにリリーの母は偶然か必然か、病魔に体を蝕まれ、「伝染らないようにするため」と、伝染する病気でないのにも関わらず、敷地内の小さな小屋においやられたのだ。

「あー、疲れた!」

ひとしきり走り回って満足したリリーは、柔らかな芝生の上に、ごろん、と横になった。

「リリー、速いよぉ…」

その横に、やっと追いついたアルがへたりと座り込んだ。
そんなアルを見て、リリーは「そんなんじゃ、一生私に追いつけないわよ!」と得意げに笑う。

「まあ、どんなことがあっても、私がアルを守ってあげる!私はアルよりもお姉ちゃんだからね!」

それから、リリーは空を仰いで、ピョン、と跳ね起きた。

「もうこんな時間。私、ご飯をつくらないといけないから、家に戻るわ、また明日、ここでね!」
「あ、うん、また明日ね!」

一拍遅れて空を見上げたアルは、急いで走り去るリリーの背に向けて、大きな声で返事を返した。

***

弾丸のような勢いで走っていったリリーは、一つの小さな小屋の前で急ブレーキをかけた。

「母様、ただいま帰りました!」

小屋の中で寝込んでいる母親に安心してもらえるようにと、リリーは毎日、家に入る前にただいまの挨拶をする。
ちょうど頭の上にあるドアノブは、リリーには重かったから、今にも壊れそうな、黒ずんだ木の扉をゆっくりと開き、中に入ってから、ゆっくり閉める。

「母様!」
「リリー、おかえり」

入って右側にある、リリーと母の2つ分のベッド、そのうちの奥側に寝ていたリリーの母、シェリルが体を起こし、リリーに柔らかく微笑んだ。
その笑みには、確かな品格があった。
シェリルは男爵家出身だが、公爵夫人としての所作や教養は身につけている。
公爵家に嫁ぐとなったとき、金で売られたのだとわかっていても、血の滲むような努力をして手に入れたものだった。

たとえ病魔に巣食われ、こんな小さな小屋に追いやられ、身分のせいで誰かに助けを求めることもできないような酷い状況だとしても、こんなにも懸命に生きる母のことが、リリーは大好きだった。

「今日は、庭師のじっちゃんにもらったイモで、ふかしいもっていうやつを作るからね!」
「いつもありがとう、リリー。本当に、強い子…」

リリーは胸をはり、「まかせといて!」と笑って、台所へと走った。

その日のふかし芋は、特別においしかったと、リリーは記憶している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ヒロインは修道院に行った

菜花
ファンタジー
乙女ゲームに転生した。でも他の転生者が既に攻略キャラを攻略済みのようだった……。カクヨム様でも投稿中。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...