Amber&Smoke

雪原

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旧友

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 古いウイスキーのボトルがテーブルの上に置かれた。イーライ・クジェルカはその瓶を手に取り惚れ惚れと眺めた。

「これがキュクノス二十五年か……噂には聞いていたが、見るのは初めてだ。君がこんな酒に興味があったとは思わなかったな」
 なかったよ、とあっさりとリーフェルトは言った。
「あの手合いは何かくれてやると言って、断ったら機嫌を損ねる。だから当たり障りないことを申し出ただけだ。一本まるごとくれるとは思わなかったけどね」
「君がクラウンの御機嫌伺いをするとは思わなかった」
「進んで好かれようとは思わないが、あえて嫌われようとも思わないよ」

 その貴重なウイスキーはアモンクール家の当主の息子である、スガノ・アモンクールが「父の命を助けてくれたお礼に」と手渡してきたものだった。幻のウイスキーと呼ばれる貴重酒で、本来リーフェルトの手に入るような代物ではなかった。
「遠慮なくいただこう。飲んでみたいと思っていた」
 クジェルカがニヤリと笑った。

 支配者層クラウン十三家のひとつであるエヴァレット家に仕えているイーライ・クジェルカとリーフェルトは昔馴染みだった。グラムトレイクスでリーフェルトとクジェルカは共に育った。
 その後二人とも士官学校に入学するためにイズワルドに出てきた。クジェルカは任官して三年後に辞め、エヴァレット家に仕える道を選んだ。
 エヴァレット家はグラムトレイクス州を統率している支配者層クラウンだった。元は十三家の中でも末席の方だったのだが、現当主のマキシムがそのカリスマ性と羽振りの良さで急激に台頭してきている。

「アモンクールは選民意識が服を着ているような男だった」
 リーフェルトの感想に、クジェルカは鼻で笑った。
「クラウンなんぞ皆そんなもんさ。マキシム・エヴァレットもそうだ」
「マキシムは昔、もうちょっと当たりのいい男だったが」
「大統領選が近い……支持者集めに君も駆り出されるぞ」
「私を呼んでどうする。将官でもない、たかだか一佐官だというのに」
「だが、マリヴォーの英雄だ。それが配下の出身なのだから、彼にしてみりゃ、自慢の種だ」

 リーフェルトは呆れたように首を振って、キュクノス二十五年の瓶を手に取って封を切った。
 瓶の口からふくよかな深みのある甘い樹木のような香りが広がった。この香りをかいだだけで、酒のことはわからなくとも、これが「本物」だという事はわかる。酒を注いだグラスをそれぞれ手に取り、どちらからともなく、軽く合わせる。カチン、という硬質の音が響いた。

 貴重酒の感想としては、「確かに美味いし香りもいいが、味自体は他の酒と比べて取り立ててどうだという訳ではない」だった。要は失われた醸造所の最後のボトル、というのが希少価値なのだ。
 クジェルカは笑った。
「これは柳が幽霊に見えるやつの逆パターンだな」
「まあ、貴重なものを飲んだという、自慢にはなるな」
 リーフェルトが笑ってそう言い、レイン・ドレイクのことを思い出した。

「部下にいいものを飲ませてやろう、などと思わせぶりな言い方をしてしまったよ。車に乗せてやったんだ、デートに遅れそうだと言うのでね……若いってのは良いものだ」
「そう述懐するほど、俺たちは老け込んじゃいないと思うがね」
「内戦後に生まれた彼らには屈託がない。まっすぐで素直だ」
「俺たちにもそういう頃はあったさ」

 クジェルカが酒を飲み干した。もう一杯と言わなかったのは、リーフェルトに遠慮したわけではなく、特にこれ以上飲みたいとも思わなかったからである。

「あったかな。私はイズワルドに出てきて以来ずっと、物事を素直に取るなんてことはできなかったよ。軍に入ってからはなおさらだ。だからああいう若者を見ると、焦がれるような気分になる」
「焦がれる……ね。君の悪癖が発動したか」
「悪癖?」
「悪い癖だろう。人の気を引いて、相手がその気になってきたところで突き放す」
「気を引いているつもりはないし、突き放しているつもりもない……安心しろ、部下に手を出すほどヤキは回ってないさ」

 クジェルカはそれ以上は何も言わなかった。リーフェルトにしてみればそれが真実なのだろう。
 グラムトレイクスにいた頃、少年の時分から、リーフェルトに魅入られる人間は、男女問わずにいた。
 
 側にいて不思議だった。クジェルカから見れば、この男は、確かに見た目は整っているが、何の変哲もない当たり前の男だ。真面目で穏健で、人によっては面白みのない男だと評する。
 が、まるで何かの魔法をかけられたように、彼に魅入られる人間がいる。憑りつかれたように恋焦がれ、リーフェルトのなんということのない言葉や仕草に振り回され、自分を見失っていく。
 リーフェルトは今まで三人「殺して」いる。もちろん、その手で殺めたのではないが、その死にリーフェルトが無関係とは言えなかった。
 三人とも何の共通点もない男女だった。だが、彼らは決まって言うのだ
 ──リーフェルトはきれいな手をしている、と。
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