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2.進行中の思惑
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それで、レイン・ドレイクの思い人であるヒュー・リーフェルトは自らもきっちりシャワーを浴び、準備をして、ホテル備え付けのバスローブを身に着けて……彼の幼馴染であり、盟友であるイーライ・クジェルカを部屋に迎えたところであった。
クジェルカはリーフェルトのなりを見て、目を細め「邪魔をしたかな」と言った。リーフェルトは平然と答えた。
「あの坊やが来るまで一時間ある。一時間で終わる話か?」
三十分あれば十分だ、とクジェルカは答えた。
ソファに向かい合って座り、クジェルカは小脇に挟んだ書類挟みを取り出し、リーフェルトに渡した。開くと最初のページにはでかでかと「機密」と赤文字で書かれた判が押してあった。
「イズワルドに帰ればすぐに君は聞くことになる。心の準備をさせておいてやろうと思ってね」
「“オブスキュラ作戦”」
リーフェルトはタイトルを読み上げた。クジェルカは肩をすくめた。
「命名のセンスは勘弁してもらおう……エヴァレット新大統領閣下は華々しいスタートを切ったが、一つ問題がある。クランカンの件だ」
リーフェルトの顔が曇った。「クランカン」はイルスタリアの北東海岸、レイクス湾に浮かぶアサルト島を根城にしている組織だった。首領はカイラモ一家で、小さな商船会社からはじめ、やがてアサルトの首領と言われるまでにのし上がった。表向きの商売は貿易業だったが、真の“シノギ”は麻薬製造・密売である。
根城のアサルト島はエヴァレット家の保護領である。先代の当主オロイ・エヴァレット……現当主マキシムの父……はカイラモとは懇意であった。自分の“シマ”で非合法の商売をする代わりに、売り上げの一部を上納する、というのがその付き合い方だった。
エヴァレット家はもともと支配者層では末席で、さほど影響力を持たなかったが、オロイの時代にカイラモからの非合法の金が流れてきたことで、一気に力をつけたという裏事情があった。
「四十年前だったらそれで良かったさ。イルスタリア自体が貧乏辺境国で、アヘンの輸出で外貨を稼いでいたような国だ。だが、昨今はそうもいかなくなった」
クジェルカは肩をすくめた。リーフェルトもその辺のことは良くわかっている。二人が子供の頃はまだ、町の裏通りには阿片窟があったものだ。
リーフェルトは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「で、エヴァレット閣下は、自分が大統領になった途端、クリーンな国を目指そうと言う訳か?」
「イルスタリアの旺州での印象がどんなものか知っているだろう」
阿片国家《オピウム・カントリー》、芥子畑の国……瑛国統治下にあった時も、イルスタリアの麻薬産業だけはついに手を付けることができなかった。
「イメージアップのために制圧作戦を?」
「昨年、麻薬製造・売買に関する新法が出来ただろう?」
「本気だと思わなかったな。それこそ旺州に対するポーズだと思ったんだが」
リーフェルトは作戦要項に目を通した。名目は治安維持だった。麻薬製造・売買、武器所持による騒乱準備罪。彼の陸戦隊特別作戦班の役割は、アサルト島に降下、制圧する。
「カイラモにしてみれば散々金を巻き上げておいてこれか、と言ったところだろう」
「……それも世の中さ。閣下はいい加減、裏社会《ギルド》とは手を切って、バックの金づるはアモンクールのようなまともな相手にしたい」
リーフェルトは失笑した。
「アモンクールの手がどれほどきれいだと言うんだ?」
「だが銀行家だ……麻薬密売組織よりはよほどいい」
リーフェルトは一度会った、スガノ・アモンクールの権高な表情を、彼が寄越した高価な酒と一緒に思い起こした。
「まあ、思惑はどうあれ、裏の事情は私には関係がないな」
「クランカンには情報部《エスカス》の諜報員が潜入していて、内部の情報は事前に押さえてある。カイラモに近い側近は買収済みだ。勝算はある」
リーフェルトは最後まで機密文書を読むと、書類挟みをクジェルカに返した。彼には彼なりの感想があったが、口にはしなかった。
「まあ、私はやれと言われたことは、やるだけの立場さ」
そうリーフェルトが言うと、クジェルカは苦笑しながら言った。
「君が喜ぶかどうかはわからんが、君を中佐に昇進させると聞いている」
「作戦前に?作戦が成功してからならわかるが」
「成功すれば閣下はさらに君を買うだろう……今よりもっと高く」
「せいぜい手当が割増しになる程度じゃないのか」
リーフェルトの言葉にクジェルカは肩をすくめただけだった。
「さて、せっかくの夜に邪魔をした。あの坊やが来る前に退散しよう」
クジェルカはニヤリと笑った。
クジェルカはリーフェルトのなりを見て、目を細め「邪魔をしたかな」と言った。リーフェルトは平然と答えた。
「あの坊やが来るまで一時間ある。一時間で終わる話か?」
三十分あれば十分だ、とクジェルカは答えた。
ソファに向かい合って座り、クジェルカは小脇に挟んだ書類挟みを取り出し、リーフェルトに渡した。開くと最初のページにはでかでかと「機密」と赤文字で書かれた判が押してあった。
「イズワルドに帰ればすぐに君は聞くことになる。心の準備をさせておいてやろうと思ってね」
「“オブスキュラ作戦”」
リーフェルトはタイトルを読み上げた。クジェルカは肩をすくめた。
「命名のセンスは勘弁してもらおう……エヴァレット新大統領閣下は華々しいスタートを切ったが、一つ問題がある。クランカンの件だ」
リーフェルトの顔が曇った。「クランカン」はイルスタリアの北東海岸、レイクス湾に浮かぶアサルト島を根城にしている組織だった。首領はカイラモ一家で、小さな商船会社からはじめ、やがてアサルトの首領と言われるまでにのし上がった。表向きの商売は貿易業だったが、真の“シノギ”は麻薬製造・密売である。
根城のアサルト島はエヴァレット家の保護領である。先代の当主オロイ・エヴァレット……現当主マキシムの父……はカイラモとは懇意であった。自分の“シマ”で非合法の商売をする代わりに、売り上げの一部を上納する、というのがその付き合い方だった。
エヴァレット家はもともと支配者層では末席で、さほど影響力を持たなかったが、オロイの時代にカイラモからの非合法の金が流れてきたことで、一気に力をつけたという裏事情があった。
「四十年前だったらそれで良かったさ。イルスタリア自体が貧乏辺境国で、アヘンの輸出で外貨を稼いでいたような国だ。だが、昨今はそうもいかなくなった」
クジェルカは肩をすくめた。リーフェルトもその辺のことは良くわかっている。二人が子供の頃はまだ、町の裏通りには阿片窟があったものだ。
リーフェルトは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「で、エヴァレット閣下は、自分が大統領になった途端、クリーンな国を目指そうと言う訳か?」
「イルスタリアの旺州での印象がどんなものか知っているだろう」
阿片国家《オピウム・カントリー》、芥子畑の国……瑛国統治下にあった時も、イルスタリアの麻薬産業だけはついに手を付けることができなかった。
「イメージアップのために制圧作戦を?」
「昨年、麻薬製造・売買に関する新法が出来ただろう?」
「本気だと思わなかったな。それこそ旺州に対するポーズだと思ったんだが」
リーフェルトは作戦要項に目を通した。名目は治安維持だった。麻薬製造・売買、武器所持による騒乱準備罪。彼の陸戦隊特別作戦班の役割は、アサルト島に降下、制圧する。
「カイラモにしてみれば散々金を巻き上げておいてこれか、と言ったところだろう」
「……それも世の中さ。閣下はいい加減、裏社会《ギルド》とは手を切って、バックの金づるはアモンクールのようなまともな相手にしたい」
リーフェルトは失笑した。
「アモンクールの手がどれほどきれいだと言うんだ?」
「だが銀行家だ……麻薬密売組織よりはよほどいい」
リーフェルトは一度会った、スガノ・アモンクールの権高な表情を、彼が寄越した高価な酒と一緒に思い起こした。
「まあ、思惑はどうあれ、裏の事情は私には関係がないな」
「クランカンには情報部《エスカス》の諜報員が潜入していて、内部の情報は事前に押さえてある。カイラモに近い側近は買収済みだ。勝算はある」
リーフェルトは最後まで機密文書を読むと、書類挟みをクジェルカに返した。彼には彼なりの感想があったが、口にはしなかった。
「まあ、私はやれと言われたことは、やるだけの立場さ」
そうリーフェルトが言うと、クジェルカは苦笑しながら言った。
「君が喜ぶかどうかはわからんが、君を中佐に昇進させると聞いている」
「作戦前に?作戦が成功してからならわかるが」
「成功すれば閣下はさらに君を買うだろう……今よりもっと高く」
「せいぜい手当が割増しになる程度じゃないのか」
リーフェルトの言葉にクジェルカは肩をすくめただけだった。
「さて、せっかくの夜に邪魔をした。あの坊やが来る前に退散しよう」
クジェルカはニヤリと笑った。
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