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しおりを挟むそれは中学2年の時だった。
「おまえ、本当にデリカシー無いよな」
親友だと思っていたハルキに言い捨てられた翌朝、キリトはお腹が痛くて起きることが出来なくなった。
──オレの言葉の何がハルキを怒らせたんだろう。全然、わからない……
小さい頃から人の気持ちを察するのが苦手だった。
だから、絶対に自分が無自覚に言った言葉が原因だと思った。
── オレは、知らないうちに人を傷付ける。
キリトは暗いベッドの中で何日も煩悶した。
引きこもるきっかけはこの一言だったが、本当はずっと人と関わるのが怖かったのだ。
──アンリだけは、違ったのに……。
アンリは察するまでもなく、言いたいことを即座にハッキリ言ってくれる。
それはキリトに絶大な安心感を与えていたはずなのに、もはやアンリと話すことさえ怖くなってしまった。
──オレは絶対にいつかアンリを傷付ける。
アンリへの気持ちが恋だと意識したのがいつだったのかは覚えていない。だが会えないと思うと、逆に会いたい気持ちは加速した。
キリトはベッドの中でぎゅっと目を瞑り、身を縮こまらせる。
──オレは欠陥品なんだ。
何日か経ち、キリトはなんとなくベッドから起き上がり遮光カーテンの隙間から外を覗いた。
アンリの部屋のカーテンが開け放たれていた。
「うわっ!」
机に向かって勉強しているアンリの姿が見えて、キリトは慌ててカーテンを閉めて隠れた。
心臓が飛び出しそうにドキドキしてぎゅっと胸を押さえる。
──なんで開いてるんだ!? オレがいないと思ってるのかな。いや、そんなはずない。
子供の頃は窓越しに会話することもよくあったが、成長するにつれてカーテンは閉められていたはずなのに。
キリトは息を整えてからそっと隙間を開け、アンリの姿をじっと眺めた。
──きっとうっかり閉め忘れたんだ。そういう迂闊なとこあるもんな。ふふっ。
集中してノートに向かっているアンリを見ながら、キリトの気持ちは数日ぶりに緩んだ。
だが翌日も、その翌日も、カーテンは開きっぱなしだった。
──見て欲しい……わけ無いか。
ドキドキしながらこっそり観察をしていると、着替えの時などは閉めているようだ。
──つまり、その度にまた開けてる。
アンリがカーテンを閉めない理由はわからなかった。しかし、会いたくてたまらないアンリが見放題なのである。
──ありがとうアンリ様!
キリトは自室の窓の寸法を測り、高性能なカーテンをじっくりと選んだ。
部屋が暗いからカーテンを新調したい、という理由に親は納得したらしく数日後には堂々と外が見られるカーテンが届いた。
──へ、部屋が暗いのは本当だし。普通に過ごしてるとこをちらっと見るくらい、良いよな……?
そしてキリトはアンリの日常を毎日覗き見るようになった。
精神的に落ち着いてくると、朝アンリが学校に行くのを見送り、昼間はひたすらPCに向かった。
学校の授業は進みが遅すぎて苦痛だったが、1人なら好きなペースで学習できる。教師より遥かに豊富な知識がネットワーク上には溢れていた。
──楽しすぎる。どうしてもっと早く引きこもらなかったんだろ。
学校から帰ってきたアンリがスマホばかり見るようになってからはどうしてもその内容が気になり、どうにかクラウドに侵入して盗み見るようになった。
──アンリが何に興味あるのか、知りたいだけなんだ。ちょっとくらい、良いよな……
だからアンリに彼氏が出来たことも知ってしまった。
キリトは焦げ付くような胸の痛みに苦しんだ。
──苦しい。けど自分がアンリと付き合えるわけがない。会うことすら出来ないんだから。
引きこもっていることに満足しているはずだったのに、悔しくてたまらなかった。
しかし盗み見るのはやめられない。
アンリが見知らぬ男と2人でいる光景を思い浮かべては壁に枕を投げつけた。
──ここから見ているアンリはオレだけのものなのに! 外になんか出るなよ……
しばらくそうしていたが、やがてバカバカしくなってくる。
キリトはその苦しさから逃れる方法を冷静に考えることにした。
「……そうだ。オレだけの "アンリ" を作ればいいんだ!」
オレ天才、と自画自賛してキリトは "アンリ" 製作に没頭し始めた。
感情を捨て、ひたすら物を作っている間は現実を忘れることが出来て、気持ちが楽になった。
そして夢中でそんなことをしているうちに、わかってきた。
──アンリは恋愛に大して興味無いんだな。1年に1人ペース。みんな1ヶ月もしないうちに別れた。よしよし。
キリトはアンリのLINEの画面を見ながらニンマリした。
アンリは友人との約束を理由にデートの誘いをよく断っていた。そして1ヶ月も経つとしつこく身体の関係を求めてくる相手に幻滅しあっさり別れを告げていた。
その度にキリトは1人でガッツポーズしていたが、ずっと気になってもいた。
キリトはソファに座らせたドール “アンリ” に向かって呟く。
「 アンリはそういうこと、したくないのかな」
電源を入れていない "アンリ" は優しく微笑んだまま沈黙している。
キリトはアンリの艶やかな唇を思い出し身を縮めた。
「オレには関係ないことだけどさ。オレが本物のアンリとそんなことになるなんて、生まれ変わっても有り得ないし……」
そう口に出しながら、激しい支配欲が湧き上がりキリトは顔を歪めた。
キリトはずっと、自分がいつかアンリに対して衝動のままに取り返しのつかないことをするのではないかと恐れている。
いや、やっていることは既に犯罪だ。
キリトは "アンリ" の正面に膝立ちし、アンリと同じ色の義眼を必死に見つめる。
「オレ、好きすぎて、もうどうにかなりそうなんだ、アンリ……」
キリトは息を整えると、 "アンリ" のおでこに自分のおでこをくっつけ、呟く。
「でもオレには "アンリ" 、君が居る。君で昇華させれば、オレの衝動が本物のアンリに向くこともなくなるんじゃないかと、思ってる」
そういう目的で買ったわけではないが、元はラブドールなのだ。
だがそこまで考えて、ドール“アンリ” に一気に罪悪感が湧く。キリトにとっては愛情の全てを注いだ大切な存在だ。
「モノみたいに考えてごめん! ちゃんと学習させてあげるからオレともっと仲良くなって。オレも君に恋をして、きちんと告白する。オッケーだったらそのとき、しようか」
“アンリ” は全てを赦すように微笑んでいる。
「データ入れなきゃ。エッチのとき、アンリはどんな感じなのかな」
つい想像しかけて、カーテンの向こうに目をやるとそこにはいつも通り完璧なアンリがいた。
ハッと我に返る。
「嘘です! 申し訳ありません!」
キリトはアンリに向かって土下座した。
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