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しおりを挟むその日、キリトは朝から大学に来て授業を受けた。
あんなにつまらなかった義務教育と違い、大学の授業は面白い。
──教授になるような人は基本的に皆オタクなんだろうな。
検索するだけでは知り得なかった深い知識や見識を教えてもらえるのは楽しかった。オンラインでももちろん内容は同じだが、臨場感を感じて少し興奮気味である。
いちばん後ろの席で受講していたキリトは他の学生が席を立つ前に慌てて教室を出ると、アンリが学んでいる心理学部の授業棟に向かう。
──アンリも4限までだ。
直接声をかけるか、こっそり覗くだけにするか、キリトは決めかねていた。
先日は気さくに話してくれたが、今日もそうとは限らない。あんなに和らいだ恐怖感がまた湧き上がってくる。
──ちょうど暇だったし、久しぶりの再会でテンションが上がっただけだよな。オレは面白いことのひとつも言えないし、ほとんどアンリが話してた気がする。こんな頻繁に偶然会うとかキモすぎるし!
1ヶ月くらい開ければ良かったな、などと思いながら、心理学部の近くのベンチに身を縮めて座る。まだ授業は終わっていないようで人影はまばらだ。
──やっぱ声かけるのはやめよう。データさえ取れれば良いんだ。
そう思いながらもあの完璧に可愛らしいアンリが脳裏をよぎってキリトは唸った。
──…………会いたい……。
しばらく頭を抱えていたが、意を決して顔を上げる。
──よし。友達と一緒なら声かけない。1人なら声かけてみるのも、悪くない、かもしれない、けど。
緊張でじんわりと汗が滲む。
なんとなくスマホを弄んでいると授業を終えた学生たちが一斉に建物から出てきた。キリトは全神経を尖らせつつスマホに没頭しているフリをする。
下を向きながらチラチラと視線だけを人混みに走らせていると、その中からスラリとした脚の娘が飛び出した。
「キリト!」
──ひえっ。
満面の笑みのアンリが一直線にキリトに向かって走ってくる。
キリトは思わず身体を引いた。
「なーにーその反応! めっちゃ失礼じゃんっ」
笑いながらアンリはキリトの顔を覗き込む。
──なんだこれなんだこれなんだこれ!
まるで太陽が自分に向かってきたかのようである。
キリトは言葉が出ないままアンリをじっと見返すしかできない。
「あ、ごめん。グイグイ行き過ぎた」
アンリはそう言いながら当然のようにキリトの隣に座る。ふわりと甘い香りが鼻をついた。
「アンリー、先帰ってるよ!」
「うんバイバーイ!」
見た顔の友人たちはやはり興味津々な顔で会釈してきて、キリトは深く頭を下げた。
「だから武士かって!」
アンリはケラケラ笑っている。
「……こんな姿勢の悪い武士いないだろ」
キリトは少しずつ身体の緊張を解いた。
「いいのかよ、一緒に行かなくて」
「うん、どうせサークルの部室に寄るつもりだったし。ああっ、でもキリトもう授業終わり?」
「うん」
「せっかく一緒に帰れるのに。まあいっか、部室は明日でも」
──用事を後回しにしてもオレと居たいのか?
驚くキリトを他所に、でもなあ、などとアンリはぶつぶつ言っている。
「べ、別に、待っててやっても、いいけど」
「ほんと!? 最高じゃんキリト」
アンリはキリトの腕を掴み顔を近づける。
──ヤバいヤバいヤバい!
キリトはまた身体を引いた。
「近い」
「ごめんごめん! やばっ、テンション上がって距離感バグってる」
──勘弁してくれっ。心臓の音が聞こえちゃうじゃないか。
そう思いながらもニヤつきそうになるのを必死に押さえる。
「じゃ、いこっ」
「ここで待ってる」
「戻ってくるの面倒だよ。一緒に来てくれない?」
アンリのお願いを断れるわけがない。
「はい」
「こっちこっち」
キリトはまたアンリに腕を取られて引っ張られていく。
「お、お前、ボディタッチが多いって言われないか!?」
「誰でもかまわず触りまくってるみたいに言わないでよぉ。昔からこんなだったじゃん。でも不快ならやめる」
「不快ってわけじゃ」
「ほんと?」
見上げられてキリトの脈拍はまた速くなる。
「アンリが不快なわけ、ない……」
「んふっ!」
アンリはスルッとキリトの手を握った。
「えええ!?」
生の感触にキリトの全身がぶわっと悦んだ。
「不快?」
「いやいやいや!?」
「子供の頃を思い出すねえ」
「小学生かよ!」
「ふふっ。毎日学校の帰りは手、繋いでたもんね」
「それは危ないからそうしろって」
「ほんと、親の言うことを素直に聞く良い子たちでしたねえ」
──てっ、手汗が……
手汗どころかキリトは全身に意味のわからない汗が出ている。
無言のまま引っ張られるキリトにアンリは少し落ち着いた声で言った。
「ごめん。キリトめっちゃ緊張状態だね。離すよ」
「待って」
離されそうになって思わずぎゅっと手を握る。
アンリはびっくりしたように大きな目でキリトを見上げた。
「あ、ええと!」
「ふふっ。じゃ、このままで」
「…………」
キリトは無言で肯定する。
「遠慮なく踏み込んでごめんね。ほんと私、キリトだとなんでも許してもらえる気がしちゃってダメだあ。幼馴染だからってちょっと甘えすぎだよね、気をつけないと」
「……甘えてる? オレに?」
「だってキリト、私のことなんでも知ってるからもう隠すことないっていうかさ」
──え。
背筋が寒くなる。
そう、キリトは本当に、アンリのことは大体なんでも知っているのだ。
アンリは懐かしそうに続ける。
「側溝に落ちて泥まみれになった時もシャワー貸して隠蔽してくれたよねえ」
「……だってお前、毎日泥だらけでおばさんに怒られまくってたから」
「あはっ。結局キリトの服着て帰って一発でバレたけど、キリトの心意気に免じてあの日は怒られなかったんだ」
「そうだっけ」
ぼんやりと思い出しながら、キリトはアンリへの罪悪感を一気に募らせる。
5年間覗いてきたことが、自分を信用しているアンリに対する大きな裏切りだと感じた。
──もうやめないと。でも、やめられるのか、オレは。
突如としてキリトの中に激しい衝動が湧き上がる。
このままアンリを離したくない。ずっと近くに置いて、24時間見ていたい。
──オレのものに、したい……
握った手に力を込めると、アンリがきゅっと握り返した。
「アンリ」
「ここだよ。今日は誰もいないと思うから、入って」
ハッと顔を上げるとその古い建物はサークル棟のようで、物が沢山置かれた薄暗い廊下をアンリは慣れた様子で進んでいく。
アンリはボランティアサークルと書かれた扉に鍵を刺し、ギイっと開けた。
「週に2回、子ども食堂にボランティアに行ってるんだ。明日持ってくものの確認するからちょっと待っててくれる?」
「うん」
アンリはあっさり手を離すと食材をチェックし始めた。
キリトは手持ち無沙汰で雑然とした部屋の中を見回す。
──アンリがサークルに入ってるのは知ってたけど、こんな場所で活動してたのか。一気に現実感湧く……
薄暗い部屋と独特の埃っぽい空気の中で、アンリだけが鮮やかだ。
「あれ、カレールー足りないかな。買って帰らなきゃ」
「料理するのか?」
「うん、簡単なのばっかりだけどね。手作りの方が喜んでもらえるし」
よしオッケー、と言うとアンリはキリトのそばに戻ってきて嬉しそうに笑った。
「また、繋ぐ?」
アンリがパッと手を開いて見せる。
キリトは衝動的にその手を掴み、強く引き寄せた。
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