【R18】君しか見えない部屋で、僕は君を創造する。

まつもとねここ

文字の大きさ
8 / 11

8.

しおりを挟む


「こんなとこにいた」

 公園のベンチで思考停止していたキリトはハッとして顔を上げる。
 サンダルを履いた父親が立っていた。ヒョロリと背が高く、自分に良く似ている。

「あんまりアイスが遅いから迎えに来ちゃったよ」

 キリトはぼんやりと父の手元に視線を移す。
 小さな買い物袋が下げられていた。

「来るときアンリちゃんに会ったよ。ボディガードするなら家まで送ってあげないと駄目だろ」

──アンリ。そうだ、アンリ……

 キリトはバッと口元を押さえる。

「何かあったのか?」

 心配そうな父にキリトはぶんぶんと勢いよく首を振った。

「まあいいけど」

 父はさっきまでアンリが座っていた場所に座るとアイスを食べ始めた。
 キリトの分は無い。昔から、欲しいと言えば何でもくれるが言わなければ何もくれない父だ。

「アンリちゃん、お前が外に出て来て喜んでたろ」
「……そ、んなようなことは、言ってた……」
「お母さんに会うたびにお前のこと聞いてたみたいだ。オレたちはお前のことは放ったらかしだったから大した情報はあげられなかったけど」

 そこまで言って父はアイスを一口齧る。

「ああ、でも、お前のこと信用してたから放っといたんだぞ」
「わかってる」

 キリトはその点で親に本当に感謝している。
 2人とも学校に行けとは一言も言わなかった。助けが必要なときは言え、と言われただけで余計なことは何も聞かれなかった。

「お母さんは最初めちゃくちゃ心配してたけどなあ。まあ、お前元々勉強好きだし、飯も食って昼夜逆転もしてなかったから安心したみたいだ。金は自分で稼いじゃうしさあ。小遣いすらいらないってどんだけ親孝行だよ」
「アルゴリズム投資なんて上手くやれば簡単だから」
「今度教えてくれ」
「気が向いたら」
「向いてくれ」

 キリトは上の空で適当に返事をしていた。
 誰も乗っていないブランコが風で微かに揺れる。


「まあ、犯罪さえ犯さなければ自由に生きたらいいよ」


──犯罪さえ……

 キリトの全身がすうっと冷えた。

 アンリのキスは激しかったが、甘かった。
 柔らかな唇の感触がまだ残っている。

──アンリはオレを好きなのか。ずっと引きこもってた男への同情か。

 やはりアンリの気持ちは良くわからぬままだった。
 それでも、好意を持っていなければあんなことは絶対にしないだろう、と思う。
 それはずっと欲していた、喜ぶべきことなのに。


──罪を犯してるオレを、アンリが受け入れるわけがない!


 キリトはただひたすらに、アンリのことを知りたいだけだったのだ。
 絶対に手に入らないと思っていたから。
 自分はあの部屋から出ることは無いと思っていたから。
 アンリを覗き見ることで誰かに迷惑をかけることなど無いと、無意識のうちに思い込んでいたのではないか。


──オレの言葉がアンリを傷付けるどころじゃない。オレは、とんでもないことをアンリにしてたんだ。


「さあ、帰ろう。ご飯温め直してくれてるよ」

 あっさりと言われた温かい言葉にキリトの胸が痛む。

──オレは両親のことも裏切ってる。

 父に促されてキリトはフラフラと立ち上がる。

──オレは、アンリに好かれる資格が、無い……

 激しい後悔に苛まれながらキリトは父親と並んで歩いた。



◇◇◇



 アンリは自分の部屋に戻ると電気も点けずにベッドに突っ伏した。

──カーテン、閉めたい。

 それはこの5年で初めて思ったことだった。


 キリトが引きこもったのは本当に突然で、アンリはすぐに出て来るだろうと思っていた。風邪みたいなものだろう、と。
 しかしいつまでたってもキリトは出て来なかった。アンリはずっとキリトの部屋の窓を見ていたが、カーテンが開くことは無かった。

──開いたらすぐ気がつくように、私の部屋のカーテンはずっと開けておこう。

 アンリは着替えるとき以外はずっとカーテンを開けていた。
 毎晩ベッドに入るとキリトの部屋の窓を見ながら眠りにつくようになった。

──キリト。一度でいいから窓を開けて。私にも会いたくないの? ねえ、どうして突然引きこもったのか、教えてよ……


 ある日学校から帰ってアンリは驚いた。
 キリトの部屋のカーテンが変わっていたのである。

──え、何!? っていうか、開けたんだ、今日!

 自分がいない間だったのが悔しくて堪らなかった。
 そわそわして外を見ていると、ちょうどキリトの母が玄関を出て行くのが見えてアンリは階下にダッシュした。

「おばさん!」
「あら、アンリちゃん。おかえりなさい」

 キリトの母はいつもと変わらぬ穏やかな笑顔でアンリに挨拶した。

「あのっ……キリトの部屋のカーテン」
「あらっ。すぐ気付いたのね。なんだかね、部屋が暗いって言って、外が見える生地に変えたのよ」

──外が、見える……!

 ぞくりとする。

「アンリちゃんのお部屋も見えちゃうから、しっかり閉めておいてね」
「あ、あのっ。キリトの様子は」
「しばらくベッドから出られなかったみたい。でも食欲も戻って来たから、大丈夫だと思うわ。心配してくれてありがとうね」

 アンリはドキドキしながらキリトの部屋の窓を見上げた。

──見えるんだ。私の部屋の中。

 今のキリトが外界と繋がる唯一の窓である。

──キリトの世界から見えるのは、私だけ……?


 そしてアンリはカーテンを開け放して過ごした。
 キリトが自分を見てくれていると信じながら。


──私がキリトの唯一の存在になりたい。


 しかし、何年経ってもカーテンが開くことは無い。キリトは沈黙したままだ。
 季節が過ぎるたびにアンリの自信は消失していく。

──どうしよう、部屋の中でアイドルとかに夢中になってたら。やだ、めっちゃありえる!

 それでも自分はキリトを好きなんだろうか、とアンリは悶々とする。
 普通に楽しい学生生活を送りながらいつまでもキリトに囚われているのがバカバカしくなり、告白されるがままに何人かの男子と付き合った。

──ぜんぜんダメ。ぜんぜん違う!

 そのたびにアンリはキリトへの想いを膨らませた。
 キリトの母に、何度かキリトの部屋を訪ねさせて貰えないかと頼んだことがある。
 だがキリトの両親は全てをキリトの好きにさせることにしていたようであった。

「助けが必要ならきちんと言う子だから。何も言わないってことは、要らないのよ」

──その通りかもしれない。

 そのドライな考え方はキリトの家族全員に共通しているもののように感じた。
 でも、キリトがアンリを必要としていなくても、アンリはキリトに会いたくて堪らないのだ。

 またおばさんにお願いしよう、と考えていた矢先、キリトは突然部屋を出て来た。
 アンリは嬉しくて堪らなかった。キリトと話したいことがたくさんあったし、キリトに伝えたいこともたくさんあった。
 それなのに。

──ぜんぜん眼中に無かった。寄り添うことすら拒否された。キリトにはキリトの世界があった。私のことなんて別に、見てなかったんだ……


 窓の外の真っ暗な空には糸のような心細い月が浮かんでいる。
 アンリはその日、カーテンを閉めた。
 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

幼馴染みのアイツとようやく○○○をした、僕と私の夏の話

こうしき
恋愛
クールなツンツン女子のあかねと真面目な眼鏡男子の亮汰は幼馴染み。 両思いにも関わらず、お互い片想いだと思い込んでいた二人が初めて互いの気持ちを知った、ある夏の日。 戸惑いながらも初めてその身を重ねた二人は夢中で何度も愛し合う。何度も、何度も、何度も── ※ムーンライトにも掲載しています

処理中です...