9 / 11
9.
しおりを挟むドンドンドン!
扉を激しく叩く音にキリトは跳ね起きた。
昨夜はアンリの部屋のカーテンが閉まっていたことに安堵しながらも絶望し、ベッドに潜り込んだまま寝てしまったようだった。心身共に疲れ果てていたらしい。
時計を見るとまだ朝早い時間だ。
──うるさいな。今日何曜日だっけ、アンリの授業は……
瞬間的に考えてから窓の外を見る。カーテンは閉まったままだった。
──そうだ、もう、見ることもないんだ。
ドンドン! と再び扉が叩かれる。
「……なに!?」
普段はこんなふうにグイグイ踏み込んでくるタイプの親ではない。
──まさか、火事? どっちか倒れたとか!?
キリトの部屋の扉には鍵を付けてある。死んでたら困るから、と言われて合鍵は父に預けてあるが、緊急時以外は使わないと約束してくれていた。
慌てて "アンリ" の人形に毛布を被せていると。
「キリト起きた? 迎えに来たよ。学校行こっ!」
扉の向こうから聞こえたのはアンリの声であった。
「は、え、え!? アンリ!?」
「開けてよ、キリト」
あっさり言われたその言葉に一瞬で涙が込み上げてくる。
その反応にキリトは自分で驚いた。
──オレは、アンリが迎えに来てくれるのをずっと待ってたのか……?
キリトは込み上げてくる熱い気持ちをグッと押し込め、扉へ一歩踏み出した。
しかし部屋の真ん中にある人型の毛布の山に血の気が引く。
──絶対、開けられない!
「ま、待って、今起きたとこだからっ。それに今日はオンラインで受けようと思って」
「今なら余裕で間に合うよ。一緒に行かない?」
そんな甘い誘惑に逆らえるはずがない。
「……5分待って」
「やったー! 待ってるね!」
アンリが階段を降りる弾んだ音がする。階下からは両親と話す明るい声が聞こえた。
──夢かも。でもどれが夢?
不意に記憶が蘇りキリトの全身が浮き立つ。
──柔らかかったなあ……
唇にそっと指を当てながら一瞬ぼうっとしたが、慌てて身支度を始める。
下に降りると両親とアンリがリビングでコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、キリト!」
眩しい笑顔にキリトは倒れるかと思った。
──やっぱり昨夜のは夢だ。こんな完璧な存在がオレとキスなんてするはずない。あれだ、怒って頭突きしたのがちょっとズレたんだ。
「朝ごはん食べてく?」
母がいつものように聞く。
──こ、この状態で食ってくわけないだろ!
「どっかで買ってくからいい」
ぼそっと答えるとアンリがにこっと笑って立ち上がる。
「じゃ、行こっ。すみません、朝からご馳走様でした!」
「毎日来てくれてもいいよ」
父が低いテンションのまま言うとアンリは笑った。
行って来まーす、とアンリの明るい挨拶と共に2人は玄関を出る。
秋の始まりの空気に金木犀の香りが微かに漂った。
──なんだこれ。意味わかんね……っ
昨夜あんなに絶望したのにキリトの心はもう浮き立っている。
──結局、好きなんだ、オレは。もうどうしようもないな。
「ふふっ。やっぱキリトのお父さん、キリトにそっくり」
「そうかな」
今日のアンリはキリトからほんの少し離れて歩いている。
足取りはいつも通り軽い。
「あのね。謝ろうと思って来たんだ」
「え?」
アンリは歩きながら上を向きキリトに視線を合わせる。
「同意もなくあんなことしてごめんなさい。なんかちょっと、昂っちゃって」
「え、あ、ああ……」
アンリは真剣な顔をしている。
──やっぱり現実だった。
「こういうのは早く謝った方がいいと思って朝から突撃しちゃった」
「え、いや、別に、その」
──っていうか本当は全然大歓迎なんだけどちょっと意味わかんないっていうか突然すぎてどうせするならもうちょっと堪能したかったいやそうじゃなくて昂ってキスするってどういうこと!?
ぐるぐると考えながら何を言って良いかわからずもごもごしているとアンリは更に真剣な声音で続ける。
「無理矢理引っ張り出してごめんね。今日は外出るの辛かった?」
キリトは心を落ち着けてアンリの眼差しに集中する。
「いや、無理なら無理って言う」
その言葉にアンリはホッとしたようだ。
「キリトのそういうとこ凄く安心する」
「そういうとこ?」
「ちゃんと嘘のない気持ちを言ってくれるとこ」
「そうか……?」
特に意識していたわけではない。ぼかしたり誤魔化したりするのが苦手なだけだ。
──聞いてしまおうか。
何故アンリが自分にキスしたのか。
昨夜から散々考えたが、想像を巡らせたところでわかるわけが無いのだ。
──もし、万が一、好きって言われたら?
横を歩くアンリの存在にキリトの全身が興奮する。
朝日に照らされふわりと揺れる髪が現実感を奪っていく。
──この娘が、オレを……
好き、などと言われたら何もかも忘れて暴走してしまう。
キリトはゾクゾクと悦ぶ自分の身体をぎゅっと抑えつけた。
──待て。落ち着け。そんなわけが無い。喜ぶな。
煩悶しているうちに混雑した駅に着きキリトはタイミングを失った。
2人は滑り込んできた電車に乗り並んで立つ。
「ねえ、サークル本気で入るつもり?」
アンリに尋ねられてキリトは思い出す。
「ああ、今日子ども食堂行く日か」
すっかり頭から抜けていた。
「私から謝っておくから、入部届取り消していいよ。庇ってくれてありがとう」
アンリの素直な感謝の言葉にキリトは嬉しくなる。
「いいんだ。昨日あの後綾部先輩と話して、人手が足りないことはわかったし」
──そういえばアンリはなんであの時怒ったんだっけ。
キスの衝撃ですっかり忘れていた。
「でも、外に出たばっかりでいきなり活動的になったらしんどくない? って引っ張り出した私が言うのもなんだけどぉ」
アンリの優しさが身に染みる。
たしかに外に出た2日間、キリトの心身にはかなりの負荷がかかっていた。
「ん、授業終わってあんまりキツかったら綾部先輩に連絡して帰るよ」
電車の揺れに身を任せながら何気なく言った途端、アンリが驚いた顔でキリトを見上げる。
「……連絡? 連絡先、知ってるの」
「ああ、昨日LINE登録させられて」
アンリの顔が思いっきり歪む。
──な、なんだ?
「なんで私とは繋がってくれないのよぉ!」
「え!? いや、アプリすら入れてなかったし」
「綾部先輩がいちばんってこと!?」
「そう、だな」
「…………貸して、スマホ」
一瞬ギクリとするが今日は録音していないことを思い出した。
「はい」
素直にロックを解除して差し出すとアンリは高速で自分のIDを連携させる。
「これで良し」
満足したようである。
にんまり笑う顔が電車の窓に映った。
──可愛すぎる。
ぽうっとしながら見ていると、不意にアンリが自分の顔を掌で覆った。
「……っ、ごめん、また同意も無しに」
「え? いや別に」
「昨日から、ダメだ、私」
「嫌なら渡さないから」
「ん……」
アンリはピタピタと頬を叩いている。
「あんまり、優しくしないでいいからね」
アンリが小さく言った言葉にキリトは首を傾げる。
「誰が優しいって?」
「キリトだよ」
「何かしたっけ」
「めちゃめちゃしてるじゃん!」
「わかんね」
アンリが下を向きながら嬉しそうに笑う顔が窓に映る。
──もしかして、本当に、アンリはオレを……?
動悸が速くなる。
そのときアンリが自分のスマホにふと目をやった。
「あ、ハルキからDM来てた」
──ハルキ……!?
5年前に投げつけられた言葉が耳元で蘇り、ゾワッと背筋が寒くなった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
幼馴染みのアイツとようやく○○○をした、僕と私の夏の話
こうしき
恋愛
クールなツンツン女子のあかねと真面目な眼鏡男子の亮汰は幼馴染み。
両思いにも関わらず、お互い片想いだと思い込んでいた二人が初めて互いの気持ちを知った、ある夏の日。
戸惑いながらも初めてその身を重ねた二人は夢中で何度も愛し合う。何度も、何度も、何度も──
※ムーンライトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる