【R18】君しか見えない部屋で、僕は君を創造する。

まつもとねここ

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 ドンドンドン!

 扉を激しく叩く音にキリトは跳ね起きた。
 昨夜はアンリの部屋のカーテンが閉まっていたことに安堵しながらも絶望し、ベッドに潜り込んだまま寝てしまったようだった。心身共に疲れ果てていたらしい。
 時計を見るとまだ朝早い時間だ。
 
──うるさいな。今日何曜日だっけ、アンリの授業は……

 瞬間的に考えてから窓の外を見る。カーテンは閉まったままだった。

──そうだ、もう、見ることもないんだ。

 ドンドン! と再び扉が叩かれる。

「……なに!?」

 普段はこんなふうにグイグイ踏み込んでくるタイプの親ではない。

──まさか、火事? どっちか倒れたとか!?

 キリトの部屋の扉には鍵を付けてある。死んでたら困るから、と言われて合鍵は父に預けてあるが、緊急時以外は使わないと約束してくれていた。
 慌てて "アンリ" の人形に毛布を被せていると。

「キリト起きた? 迎えに来たよ。学校行こっ!」

 扉の向こうから聞こえたのはアンリの声であった。

「は、え、え!? アンリ!?」
「開けてよ、キリト」

 あっさり言われたその言葉に一瞬で涙が込み上げてくる。
 その反応にキリトは自分で驚いた。

──オレは、アンリが迎えに来てくれるのをずっと待ってたのか……?

 キリトは込み上げてくる熱い気持ちをグッと押し込め、扉へ一歩踏み出した。
 しかし部屋の真ん中にある人型の毛布の山に血の気が引く。

──絶対、開けられない!

「ま、待って、今起きたとこだからっ。それに今日はオンラインで受けようと思って」
「今なら余裕で間に合うよ。一緒に行かない?」

 そんな甘い誘惑に逆らえるはずがない。

「……5分待って」
「やったー! 待ってるね!」

 アンリが階段を降りる弾んだ音がする。階下からは両親と話す明るい声が聞こえた。

──夢かも。でもどれが夢?

 不意に記憶が蘇りキリトの全身が浮き立つ。

──柔らかかったなあ……

 唇にそっと指を当てながら一瞬ぼうっとしたが、慌てて身支度を始める。

 下に降りると両親とアンリがリビングでコーヒーを飲んでいた。

「おはよう、キリト!」

 眩しい笑顔にキリトは倒れるかと思った。

──やっぱり昨夜のは夢だ。こんな完璧な存在がオレとキスなんてするはずない。あれだ、怒って頭突きしたのがちょっとズレたんだ。

「朝ごはん食べてく?」

 母がいつものように聞く。

──こ、この状態で食ってくわけないだろ!

「どっかで買ってくからいい」

 ぼそっと答えるとアンリがにこっと笑って立ち上がる。

「じゃ、行こっ。すみません、朝からご馳走様でした!」
「毎日来てくれてもいいよ」

 父が低いテンションのまま言うとアンリは笑った。
 行って来まーす、とアンリの明るい挨拶と共に2人は玄関を出る。
 秋の始まりの空気に金木犀の香りが微かに漂った。

──なんだこれ。意味わかんね……っ

 昨夜あんなに絶望したのにキリトの心はもう浮き立っている。

──結局、好きなんだ、オレは。もうどうしようもないな。

「ふふっ。やっぱキリトのお父さん、キリトにそっくり」
「そうかな」

 今日のアンリはキリトからほんの少し離れて歩いている。
 足取りはいつも通り軽い。

「あのね。謝ろうと思って来たんだ」
「え?」

 アンリは歩きながら上を向きキリトに視線を合わせる。

「同意もなくあんなことしてごめんなさい。なんかちょっと、昂っちゃって」
「え、あ、ああ……」

 アンリは真剣な顔をしている。

──やっぱり現実だった。

「こういうのは早く謝った方がいいと思って朝から突撃しちゃった」
「え、いや、別に、その」

──っていうか本当は全然大歓迎なんだけどちょっと意味わかんないっていうか突然すぎてどうせするならもうちょっと堪能したかったいやそうじゃなくて昂ってキスするってどういうこと!?

 ぐるぐると考えながら何を言って良いかわからずもごもごしているとアンリは更に真剣な声音で続ける。

「無理矢理引っ張り出してごめんね。今日は外出るの辛かった?」

 キリトは心を落ち着けてアンリの眼差しに集中する。

「いや、無理なら無理って言う」

 その言葉にアンリはホッとしたようだ。

「キリトのそういうとこ凄く安心する」
「そういうとこ?」
「ちゃんと嘘のない気持ちを言ってくれるとこ」
「そうか……?」

 特に意識していたわけではない。ぼかしたり誤魔化したりするのが苦手なだけだ。

──聞いてしまおうか。

 何故アンリが自分にキスしたのか。
 昨夜から散々考えたが、想像を巡らせたところでわかるわけが無いのだ。

──もし、万が一、好きって言われたら? 

 横を歩くアンリの存在にキリトの全身が興奮する。
 朝日に照らされふわりと揺れる髪が現実感を奪っていく。

──この娘が、オレを……

 好き、などと言われたら何もかも忘れて暴走してしまう。
 キリトはゾクゾクと悦ぶ自分の身体をぎゅっと抑えつけた。

──待て。落ち着け。そんなわけが無い。喜ぶな。

 煩悶しているうちに混雑した駅に着きキリトはタイミングを失った。
 2人は滑り込んできた電車に乗り並んで立つ。

「ねえ、サークル本気で入るつもり?」

 アンリに尋ねられてキリトは思い出す。

「ああ、今日子ども食堂行く日か」

 すっかり頭から抜けていた。

「私から謝っておくから、入部届取り消していいよ。庇ってくれてありがとう」

 アンリの素直な感謝の言葉にキリトは嬉しくなる。

「いいんだ。昨日あの後綾部先輩と話して、人手が足りないことはわかったし」

──そういえばアンリはなんであの時怒ったんだっけ。

 キスの衝撃ですっかり忘れていた。

「でも、外に出たばっかりでいきなり活動的になったらしんどくない? って引っ張り出した私が言うのもなんだけどぉ」

 アンリの優しさが身に染みる。
 たしかに外に出た2日間、キリトの心身にはかなりの負荷がかかっていた。

「ん、授業終わってあんまりキツかったら綾部先輩に連絡して帰るよ」

 電車の揺れに身を任せながら何気なく言った途端、アンリが驚いた顔でキリトを見上げる。

「……連絡? 連絡先、知ってるの」
「ああ、昨日LINE登録させられて」

 アンリの顔が思いっきり歪む。

──な、なんだ?

「なんで私とは繋がってくれないのよぉ!」
「え!? いや、アプリすら入れてなかったし」
「綾部先輩がいちばんってこと!?」
「そう、だな」
「…………貸して、スマホ」

 一瞬ギクリとするが今日は録音していないことを思い出した。

「はい」

 素直にロックを解除して差し出すとアンリは高速で自分のIDを連携させる。

「これで良し」

 満足したようである。
 にんまり笑う顔が電車の窓に映った。

──可愛すぎる。

 ぽうっとしながら見ていると、不意にアンリが自分の顔を掌で覆った。

「……っ、ごめん、また同意も無しに」
「え? いや別に」
「昨日から、ダメだ、私」
「嫌なら渡さないから」
「ん……」
 
 アンリはピタピタと頬を叩いている。

「あんまり、優しくしないでいいからね」

 アンリが小さく言った言葉にキリトは首を傾げる。

「誰が優しいって?」
「キリトだよ」
「何かしたっけ」
「めちゃめちゃしてるじゃん!」
「わかんね」

 アンリが下を向きながら嬉しそうに笑う顔が窓に映る。

──もしかして、本当に、アンリはオレを……?

 動悸が速くなる。
 そのときアンリが自分のスマホにふと目をやった。

「あ、ハルキからDM来てた」

──ハルキ……!?

 5年前に投げつけられた言葉が耳元で蘇り、ゾワッと背筋が寒くなった。


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