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第十一王子と、その守護者
真意
四人でも座れる場所を求めて移動してみたが、みんな椅子やソファーが置かれた場所に集まっているので必然的にその輪に近付くことになる。原っぱに座るのも良いがオレとノルエフリンだけではないので、出来るだけ離れた場所に置かれたクリーム色の原っぱには不釣り合いなデカデカとしたソファーに腰掛けた。
『シュラマたちは他に仲の良い守護者とかいないのか?』
『ウチの王子が滅多に外に出ることがねぇからな。部屋で研究三昧だから俺も外で他の守護者とは中々会わねーが、ギルドじゃ偶に話す程度よ』
左にはノルエフリン、右にはシュラマが座り三人でオルタンジーが帰るまで雑談を交わす。他の守護者について聞いてみれば、シュラマから出てきたのは意外なワードだった。
『守護者が何名か在籍するところでは、手の空いた守護者が登録したギルドにてクエストを熟すのですよ。守護者は誰もが何かに秀でた者が多いので、ギルドでは重宝されますね。
そうそう、守護者が稼いだお金はそのまま仕える王子か王女の活動資金にされますから……国民には守護者はかなりの人気者です』
『人気者? 強いからか?』
確かに魔法に秀でていたり、剣術の腕が立つ者ばかりだから国民に人気が出るのかと思ってノルエフリンに聞くも返ってきた答えは違った。
『それもあります。ですが、それ以上に税が関わっているからなんです。
守護魔導師や守護騎士が偶々難易度の高く、緊急性もあるクエストを受けた例があります。無事にクエストは果たされ、予想以上の報酬が出たのです。報酬が多く、国民から徴収したその王族への税が不要になるほどで、次の年に税が下げられたりするなどの動きがありました。
国民からすれば、守護者は王族の盾となり、ギルドにて高難易度なクエストすらも受けて国民を守る矛であり生活すらも豊かにしてくれる有難い存在なのですよ』
『んで、王族はこうして王都を包み込むほどデケー結界を生み出してるってわけよ。持ちつ持たれつ、だな。この結界だけは代々王族の魔力しか受け付けない面倒な代物なんだよ』
王族にしか維持出来ない、結界。
大昔から続く歴史。一体どれだけ前からそんなことをしていたのか想像すら出来ない。こうして手前の部屋が丸々一つ魔法による別空間に成り果ててしまうほど続けられた儀式。
『へー……じゃあ、シュラマもギルドで?』
『おうよ。さっき言った通り、うちのは研究熱心だからな。むしろどんどんギルドで稼いで研究道具のためにも稼げ~ってウルセーんだわ。んなことしてたら本末転倒だろーがよ』
確かに、守護者が王子を放っといてギルドで働いていたらマズすぎる。そんなシュラマの姿を思い浮かべて笑っていれば、背後から頬に冷たい何かが押し付けられた。
『ひょあっ!!』
『ちょっとー? 私を差し置いて仲良くお喋りなんて、良い度胸してるわね。ほら、欲しがってたの取って来てあげたわよ。冷たい内に飲んじゃいなさいよねー』
はい。と差し出されたのは硝子のコップに注がれた赤い飲み物、キャシャのジュースだ。城ではお高いこの硝子のコップが使われていて、これも魔法によって凝った技法で作られた貴重なものらしい。
思わずそーっとオルタンジーからそれを受け取り、真っ赤なジュースが硝子によって更にキラキラとした飲み物に見えてしまう。飲めば冷たく、あの酸味が広がり後を追うように甘味がやって来る。
懐かしさを感じながらご機嫌のまま飲み進めていると、すぐ後ろの背凭れに寄り掛かっていたオルタンジーがオレの頭を撫でた。
『美味しい! ありがとう、オルタンジー』
『はーい、どういたしまして。
……果実水一つで単純だこと。新しい守護者がみーんなアンタみたいに素直な子だったらどれだけ良かったのかしらね……』
はぁ。と項垂れるオルタンジーに、どうしたどうしたと体を反転させる。彼女の姿に何か思い当たる節があったのかシュラマが同情の目を向ける。
まさかと振り返ればノルエフリンも節目がちに視線を逸らしていた。
『あー……新規守護者か。お前んとこはコペリア王女だからなぁ』
『……心中お察し致します』
またオレの知らない話が始まってしまった。しかし、今度はそんなオレの様子を見てオルタンジーが説明してくれた。
『もうすぐあの魔導師学園は卒業式を迎えるのよ……。この前の演習は卒業には必須の項目でねー、王族全員を纏めて行かせたらああなったってわけなのよー。それも貴方の活躍で無事に終わって、いよいよ卒業も間近ってこと。
そして!! リベラベンジを卒業する魔導師の花形とも言える就職先が! この守護魔導師の地位ってわけよ、わかるかしらー?』
わからん。
『アンタみたいに素直に話を聞いて、守護魔導師としてもキチンと働くなら全然問題ないわよ。だーけーどーっ!! 必ずと言っても良いくらいこの時期には新規守護者が問題を起こすのよ、もう恒例みたいなものかしら?』
『だな。乱闘に色恋沙汰に御家問題なんかもあったな。いや~若いって素晴らしいよなぁ』
目が、死んでいる。二人とも毎年どれだけの騒ぎを見て来たのか遠くを見つめたままだ。騎士のノルエフリンも思うところがあるのか、会話の最中、何度も深く頷くシーンがあった。
そしてオルタンジーがそっとオレにあることを耳打ちして来た。その内容は……。
『派閥……?』
『そうよ。ハルジオン殿下の守護者であるアンタたちにはあまり関係ないかもしれないけどね。
王権を使ってハルジオン殿下が制裁を加えようとした事件については聞いたわよ。なら、王権のことも知ってるわね。あれを持つ四人だけが、実際の王位継承権を持つわけ……だけど』
オイ、と話を制止しようとしたシュラマだったがオルタンジーは構わず話を続けた。彼女はきっと話しておかなければならないと判断したんだろう。
『実際、十三人も王子と王女がいるなんて歴史上でも中々ないわ。だからこそ、王位継承権を持たない者も諦めが付かずに虎視眈々とそれを狙おうと我策してるって噂よ。
派閥を組んで如何に王権を持つ四人をその地位から落とそうか狙ってる。……だから王権持ちのコペリア様とアンタのところのハルジオン殿下はいつだって気が抜けない。……正直、ハルジオン殿下がいつまでも守護者がいなくても無事でいられたのは王権とあの冷酷な性格があってこそよ。
お互い気を付けましょー? ハルジオン殿下はこれ以上守護者は増やさないでしょうけどね。コペリア様は今年も何人か召し抱えるつもりだし』
王権を持つ四人にだけ与えられた王位継承権。
だけど変だ。ハルジオン王子はその王位を一切求めない代わりにクロポルド団長殿との結婚を求めた。それなのに未だにそんなことに巻き込まれるなんて、変じゃないか。
『ハルジオン殿下は……先代の王と、とても良く似ていらっしゃるそうです。見た目も性格も……先代は自分にも周りにも厳しく冷酷とも言われたそうです。しかし、政治の手腕は大変素晴らしく国民たちには最たる王と呼ばれ愛された御方です。
……現王が、ハルジオン殿下をお嫌いだという話は有名です。そのため殿下は王位継承権を捨てた今もその話を信用されず、不遇な立場にあったのです』
『……ぁ』
思い出される、不可解な記憶。ハルジオン王子をまともに守れなかった騎士たち。守護者のいない王子。身の回りの世話をする特定の人物がいない現状。
【お前が髪を整えろ、好きにして構わぬ】
【えーっ。それって側付きの侍女とか、そういう役目があるメイドさんがやるんじゃないんです? ……変になっても知りませんからね】
そう言って櫛を持った時、優しく……柔らかに笑った彼は、何を思ったんだろう。
いつか。
いつか、終わりの時は来る。それこそ間もなくやって来る新規守護者たちがオレの守護者としての終わりを意味する。存在そのものが汚点になるんだ、どれだけ足掻いてもこれだけは変わらない。
それなのに、どうしてだろう。わかっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。
『……オレ、魔人を撃退したとか、全然そんなんじゃないんだけど……か、借りを作ったと思ってるなら一個だけ二人にお願いがあるんだ』
『はぁー? アンタ、果実水持って来たら良いって言ったじゃないの。……まぁそれだけで終わったなんて虫の良いこと思ってないけどぉ。
それで? なんなの、話くらいなら聞いてあげても良いわよー』
膝の上に置いた手が震える。しかし、オルタンジーも聞いてくれるし隣に座るシュラマも勿論だ、と言って受け入れてくれた。乾いた唇から、頼りになる先輩たちに縋る言葉を紡いでいく。
『……もうすぐ、日の輪騎士団の団長殿とハルジオン殿下が結婚する。そうしたら殿下も団長殿に護ってもらえるようになるし、ノルエフリンも騎士の出だからな……上手くやれると思う。
オレは、……それまでの繋ぎで守護者の地位にいるに過ぎない。下民の、加えてスラムから来た魔導師なんて体裁的にも宜しくないからさ。殿下もわかってるし、今はノルエフリンもいるから大丈夫って思うんだけど……ハルジオン殿下に、もしも何かあったらオレはもう助けられないから。手が空いていたらで良いんだ。
どうか、手助けしてもらえたら……助かる。良くしてもらったんだ。確かに酷いところも悪いところもたくさんだ、本当……。でも、オレは……王子が死んじゃうのは、凄く、嫌だ……』
まだ会って間もない彼らに、こんなことを頼むなんてどうかしている。だけどこれも修羅場を共に潜り抜けた縁。よっぽど頼りになる先輩たちだ。
頼む、と最後に絞り出した声に最初に動きを表したのは意外にもオルタンジーだった。
『健気ぇ……。え? 本当にハルジオン殿下ってば、アンタのこと解雇するの? 本当に? やだー棚ぼたじゃない、ウチに来る?』
『バーカ。同じ王権持ちのお前んとこ行っても同じだろーが。ウチだ、ウチ! ウチの王子なんて日がなずーっと研究研究! 仕事楽だし、アイツも王位なんざ全然興味ないぞ! ウチに来い!』
『タタラ様!! 僭越ながらこのノルエフリンの家に来ていただければ、必ず私めが生涯養い続けると誓えます! 勿論三食食事付きの、オヤツ付きです!』
おぅ。
コイツら、人の覚悟をなんだと思ってやがる?
だけど……わかっている。なんでもないように頭を撫でてくれるオルタンジーも、そのノリにきちんと応えて笑ってくれるシュラマも。
『アンタが辞めるなんて信じられないけど……まぁ任せなさい。この仕事やってる限り、王族の噂話なんてすーぐ耳に入るからねー。変な動きがあれば、それとなく探ってあげるわよ』
『可愛い後輩にこーんなお願いされちゃーなぁ? 無慈悲光魔導師様も素直な後輩には弱ぇな!』
『あら。私、今なら生涯最高傑作の結界を作れる自信あるわよ。アンタ入っていく?』
ここに来てから、人の優しさに触れてばかりで慣れていないオレは溶けてしまいそうだ。
戯れ合う二人が面白くて笑えば、そっとノルエフリンにハンカチを手渡された。改めて自分が泣きそうになっていたことに気付いて慌てて袖で拭おうとしたところで思わぬミス。
『あてっ』
『やだ、アンタ大丈夫ー? まぁ……そんなレースの素材で目を擦ろうとするから。真っ赤になってるじゃない、見せて』
そうだ、忘れてた。今日はあの変なレースのアームカバーみたいなのをしていたんだった。頬を両手で挟まれ、オルタンジーの方に強制的に顔が向けられる。擦ってしまった目を無意識に触ろうとしたところ、その手をシュラマに掴まれる。
『言わんこっちゃねーな、この手は大人しく……ん?』
『あっ!! しゅ、シュラマ殿! お待ち下さい、その手はっ』
シャラン。
小さく鳴った、腕輪の鎖。それはその空間にやけに大きく響き渡り元々騒がしかったオレたちの周りに多くの視線を集めることとなる。そして、腕輪から放たれる輝きに誰かの小さな小さな悲鳴と声が溢れたのだ。
『おい、おいアレって……』
『冗談じゃない……何故、あの子どもが』
『……チッ。あの王子はやはり、……』
ザワザワと広がる響めきに、その原因と思われる腕輪を見る。お高そうだから注目を浴びるのかと思えば、横から現れたノルエフリンがすぐにオレの腕を下ろした後で、いつかのように背中の後ろに仕舞われてしまった。
お前本当によくオレを仕舞うよねぇ……。
『ちょっとアンタ!! 嘘でしょ、あのハルジオン殿下がそれあげたの?!』
『落ち着け、普通に考えて流石にヒョイヒョイあげられるか! ……今日のための牽制か、本当にあの王子ってやること大胆だわ……』
ノルエフリンの左右からグッと覗き込んで来た二人の勢いに、思わず大袈裟に体が揺れてしまう。腕輪をした腕を抱えながら頷けばシュラマは納得したように身を引いた。
『なるほど、ガキんちょはコレが何か知らないわけだな。お前は勿論知ってるな?』
『……噂程度なら。実物も今日初めて見ました。まぁ、見た瞬間わかりましたが』
なんだ? コレ、そんなに高い? 家とか買えちゃうくらい高かったらどうしよ……。
『なぁ。ただの腕輪じゃないのか? 王子には今日のお前には必要だからってつけられたんだけど』
『お馬鹿! アンタそれはね、その目が刻まれた装飾は最も優れた王権を持つ者に与えられる印なの。わかる? どれだけハルジオン殿下が王位継承権を捨てたと自分で言っても、その王権は四人の中でも特に優れていると判断されてるの!
……ハルジオン殿下は王位継承権を捨ててるから腕輪は滅多にしないわ。だけど、それをわざわざ引っ張り出してアンタにつけるってことは、それを預けるだけの価値があるって宣言してるよーなもんよ。この間は騒ぎの途中にハルジオン殿下が現れて審眼の力を見せつけた。だから、今日は何かあっても来れないから……その腕輪を預けたのよ』
名を廻之輪。
楽しそうに笑いを堪える王子の姿が目に浮かぶ。なんだアイツ、今日はオレに対して一段と意地悪だな!!
『……外したい』
『恐らく、外したら外したで後で機嫌を損ねるかと。今は辛抱の時です!』
『お前ほんっとーに、それしか言わないよね!』
ギャーギャーと外す外さないで叫びながらノルエフリンと騒いでいる。その内また高い高いをされてアッサリ敗北したオレは唯一の声を武器に勝負を挑み続ける!
あのバカ王子!! 帰って来たらどうしてやろうか!!
『……廻之輪まで預けるくらい大切にしてるのに、それでもハルジオン殿下は日の輪の団長を取るのかしら? 矛盾してるわよ』
『……恋ってのは、いつの時代も人を盲目にさせるらしーからな。
俺には、あの子どもの愛の方がよっぽど眩しくて仕方ないがね。あーあ……アイツいなくなるのか、寂しいなー』
.
『シュラマたちは他に仲の良い守護者とかいないのか?』
『ウチの王子が滅多に外に出ることがねぇからな。部屋で研究三昧だから俺も外で他の守護者とは中々会わねーが、ギルドじゃ偶に話す程度よ』
左にはノルエフリン、右にはシュラマが座り三人でオルタンジーが帰るまで雑談を交わす。他の守護者について聞いてみれば、シュラマから出てきたのは意外なワードだった。
『守護者が何名か在籍するところでは、手の空いた守護者が登録したギルドにてクエストを熟すのですよ。守護者は誰もが何かに秀でた者が多いので、ギルドでは重宝されますね。
そうそう、守護者が稼いだお金はそのまま仕える王子か王女の活動資金にされますから……国民には守護者はかなりの人気者です』
『人気者? 強いからか?』
確かに魔法に秀でていたり、剣術の腕が立つ者ばかりだから国民に人気が出るのかと思ってノルエフリンに聞くも返ってきた答えは違った。
『それもあります。ですが、それ以上に税が関わっているからなんです。
守護魔導師や守護騎士が偶々難易度の高く、緊急性もあるクエストを受けた例があります。無事にクエストは果たされ、予想以上の報酬が出たのです。報酬が多く、国民から徴収したその王族への税が不要になるほどで、次の年に税が下げられたりするなどの動きがありました。
国民からすれば、守護者は王族の盾となり、ギルドにて高難易度なクエストすらも受けて国民を守る矛であり生活すらも豊かにしてくれる有難い存在なのですよ』
『んで、王族はこうして王都を包み込むほどデケー結界を生み出してるってわけよ。持ちつ持たれつ、だな。この結界だけは代々王族の魔力しか受け付けない面倒な代物なんだよ』
王族にしか維持出来ない、結界。
大昔から続く歴史。一体どれだけ前からそんなことをしていたのか想像すら出来ない。こうして手前の部屋が丸々一つ魔法による別空間に成り果ててしまうほど続けられた儀式。
『へー……じゃあ、シュラマもギルドで?』
『おうよ。さっき言った通り、うちのは研究熱心だからな。むしろどんどんギルドで稼いで研究道具のためにも稼げ~ってウルセーんだわ。んなことしてたら本末転倒だろーがよ』
確かに、守護者が王子を放っといてギルドで働いていたらマズすぎる。そんなシュラマの姿を思い浮かべて笑っていれば、背後から頬に冷たい何かが押し付けられた。
『ひょあっ!!』
『ちょっとー? 私を差し置いて仲良くお喋りなんて、良い度胸してるわね。ほら、欲しがってたの取って来てあげたわよ。冷たい内に飲んじゃいなさいよねー』
はい。と差し出されたのは硝子のコップに注がれた赤い飲み物、キャシャのジュースだ。城ではお高いこの硝子のコップが使われていて、これも魔法によって凝った技法で作られた貴重なものらしい。
思わずそーっとオルタンジーからそれを受け取り、真っ赤なジュースが硝子によって更にキラキラとした飲み物に見えてしまう。飲めば冷たく、あの酸味が広がり後を追うように甘味がやって来る。
懐かしさを感じながらご機嫌のまま飲み進めていると、すぐ後ろの背凭れに寄り掛かっていたオルタンジーがオレの頭を撫でた。
『美味しい! ありがとう、オルタンジー』
『はーい、どういたしまして。
……果実水一つで単純だこと。新しい守護者がみーんなアンタみたいに素直な子だったらどれだけ良かったのかしらね……』
はぁ。と項垂れるオルタンジーに、どうしたどうしたと体を反転させる。彼女の姿に何か思い当たる節があったのかシュラマが同情の目を向ける。
まさかと振り返ればノルエフリンも節目がちに視線を逸らしていた。
『あー……新規守護者か。お前んとこはコペリア王女だからなぁ』
『……心中お察し致します』
またオレの知らない話が始まってしまった。しかし、今度はそんなオレの様子を見てオルタンジーが説明してくれた。
『もうすぐあの魔導師学園は卒業式を迎えるのよ……。この前の演習は卒業には必須の項目でねー、王族全員を纏めて行かせたらああなったってわけなのよー。それも貴方の活躍で無事に終わって、いよいよ卒業も間近ってこと。
そして!! リベラベンジを卒業する魔導師の花形とも言える就職先が! この守護魔導師の地位ってわけよ、わかるかしらー?』
わからん。
『アンタみたいに素直に話を聞いて、守護魔導師としてもキチンと働くなら全然問題ないわよ。だーけーどーっ!! 必ずと言っても良いくらいこの時期には新規守護者が問題を起こすのよ、もう恒例みたいなものかしら?』
『だな。乱闘に色恋沙汰に御家問題なんかもあったな。いや~若いって素晴らしいよなぁ』
目が、死んでいる。二人とも毎年どれだけの騒ぎを見て来たのか遠くを見つめたままだ。騎士のノルエフリンも思うところがあるのか、会話の最中、何度も深く頷くシーンがあった。
そしてオルタンジーがそっとオレにあることを耳打ちして来た。その内容は……。
『派閥……?』
『そうよ。ハルジオン殿下の守護者であるアンタたちにはあまり関係ないかもしれないけどね。
王権を使ってハルジオン殿下が制裁を加えようとした事件については聞いたわよ。なら、王権のことも知ってるわね。あれを持つ四人だけが、実際の王位継承権を持つわけ……だけど』
オイ、と話を制止しようとしたシュラマだったがオルタンジーは構わず話を続けた。彼女はきっと話しておかなければならないと判断したんだろう。
『実際、十三人も王子と王女がいるなんて歴史上でも中々ないわ。だからこそ、王位継承権を持たない者も諦めが付かずに虎視眈々とそれを狙おうと我策してるって噂よ。
派閥を組んで如何に王権を持つ四人をその地位から落とそうか狙ってる。……だから王権持ちのコペリア様とアンタのところのハルジオン殿下はいつだって気が抜けない。……正直、ハルジオン殿下がいつまでも守護者がいなくても無事でいられたのは王権とあの冷酷な性格があってこそよ。
お互い気を付けましょー? ハルジオン殿下はこれ以上守護者は増やさないでしょうけどね。コペリア様は今年も何人か召し抱えるつもりだし』
王権を持つ四人にだけ与えられた王位継承権。
だけど変だ。ハルジオン王子はその王位を一切求めない代わりにクロポルド団長殿との結婚を求めた。それなのに未だにそんなことに巻き込まれるなんて、変じゃないか。
『ハルジオン殿下は……先代の王と、とても良く似ていらっしゃるそうです。見た目も性格も……先代は自分にも周りにも厳しく冷酷とも言われたそうです。しかし、政治の手腕は大変素晴らしく国民たちには最たる王と呼ばれ愛された御方です。
……現王が、ハルジオン殿下をお嫌いだという話は有名です。そのため殿下は王位継承権を捨てた今もその話を信用されず、不遇な立場にあったのです』
『……ぁ』
思い出される、不可解な記憶。ハルジオン王子をまともに守れなかった騎士たち。守護者のいない王子。身の回りの世話をする特定の人物がいない現状。
【お前が髪を整えろ、好きにして構わぬ】
【えーっ。それって側付きの侍女とか、そういう役目があるメイドさんがやるんじゃないんです? ……変になっても知りませんからね】
そう言って櫛を持った時、優しく……柔らかに笑った彼は、何を思ったんだろう。
いつか。
いつか、終わりの時は来る。それこそ間もなくやって来る新規守護者たちがオレの守護者としての終わりを意味する。存在そのものが汚点になるんだ、どれだけ足掻いてもこれだけは変わらない。
それなのに、どうしてだろう。わかっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。
『……オレ、魔人を撃退したとか、全然そんなんじゃないんだけど……か、借りを作ったと思ってるなら一個だけ二人にお願いがあるんだ』
『はぁー? アンタ、果実水持って来たら良いって言ったじゃないの。……まぁそれだけで終わったなんて虫の良いこと思ってないけどぉ。
それで? なんなの、話くらいなら聞いてあげても良いわよー』
膝の上に置いた手が震える。しかし、オルタンジーも聞いてくれるし隣に座るシュラマも勿論だ、と言って受け入れてくれた。乾いた唇から、頼りになる先輩たちに縋る言葉を紡いでいく。
『……もうすぐ、日の輪騎士団の団長殿とハルジオン殿下が結婚する。そうしたら殿下も団長殿に護ってもらえるようになるし、ノルエフリンも騎士の出だからな……上手くやれると思う。
オレは、……それまでの繋ぎで守護者の地位にいるに過ぎない。下民の、加えてスラムから来た魔導師なんて体裁的にも宜しくないからさ。殿下もわかってるし、今はノルエフリンもいるから大丈夫って思うんだけど……ハルジオン殿下に、もしも何かあったらオレはもう助けられないから。手が空いていたらで良いんだ。
どうか、手助けしてもらえたら……助かる。良くしてもらったんだ。確かに酷いところも悪いところもたくさんだ、本当……。でも、オレは……王子が死んじゃうのは、凄く、嫌だ……』
まだ会って間もない彼らに、こんなことを頼むなんてどうかしている。だけどこれも修羅場を共に潜り抜けた縁。よっぽど頼りになる先輩たちだ。
頼む、と最後に絞り出した声に最初に動きを表したのは意外にもオルタンジーだった。
『健気ぇ……。え? 本当にハルジオン殿下ってば、アンタのこと解雇するの? 本当に? やだー棚ぼたじゃない、ウチに来る?』
『バーカ。同じ王権持ちのお前んとこ行っても同じだろーが。ウチだ、ウチ! ウチの王子なんて日がなずーっと研究研究! 仕事楽だし、アイツも王位なんざ全然興味ないぞ! ウチに来い!』
『タタラ様!! 僭越ながらこのノルエフリンの家に来ていただければ、必ず私めが生涯養い続けると誓えます! 勿論三食食事付きの、オヤツ付きです!』
おぅ。
コイツら、人の覚悟をなんだと思ってやがる?
だけど……わかっている。なんでもないように頭を撫でてくれるオルタンジーも、そのノリにきちんと応えて笑ってくれるシュラマも。
『アンタが辞めるなんて信じられないけど……まぁ任せなさい。この仕事やってる限り、王族の噂話なんてすーぐ耳に入るからねー。変な動きがあれば、それとなく探ってあげるわよ』
『可愛い後輩にこーんなお願いされちゃーなぁ? 無慈悲光魔導師様も素直な後輩には弱ぇな!』
『あら。私、今なら生涯最高傑作の結界を作れる自信あるわよ。アンタ入っていく?』
ここに来てから、人の優しさに触れてばかりで慣れていないオレは溶けてしまいそうだ。
戯れ合う二人が面白くて笑えば、そっとノルエフリンにハンカチを手渡された。改めて自分が泣きそうになっていたことに気付いて慌てて袖で拭おうとしたところで思わぬミス。
『あてっ』
『やだ、アンタ大丈夫ー? まぁ……そんなレースの素材で目を擦ろうとするから。真っ赤になってるじゃない、見せて』
そうだ、忘れてた。今日はあの変なレースのアームカバーみたいなのをしていたんだった。頬を両手で挟まれ、オルタンジーの方に強制的に顔が向けられる。擦ってしまった目を無意識に触ろうとしたところ、その手をシュラマに掴まれる。
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『ちょっとアンタ!! 嘘でしょ、あのハルジオン殿下がそれあげたの?!』
『落ち着け、普通に考えて流石にヒョイヒョイあげられるか! ……今日のための牽制か、本当にあの王子ってやること大胆だわ……』
ノルエフリンの左右からグッと覗き込んで来た二人の勢いに、思わず大袈裟に体が揺れてしまう。腕輪をした腕を抱えながら頷けばシュラマは納得したように身を引いた。
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『お馬鹿! アンタそれはね、その目が刻まれた装飾は最も優れた王権を持つ者に与えられる印なの。わかる? どれだけハルジオン殿下が王位継承権を捨てたと自分で言っても、その王権は四人の中でも特に優れていると判断されてるの!
……ハルジオン殿下は王位継承権を捨ててるから腕輪は滅多にしないわ。だけど、それをわざわざ引っ張り出してアンタにつけるってことは、それを預けるだけの価値があるって宣言してるよーなもんよ。この間は騒ぎの途中にハルジオン殿下が現れて審眼の力を見せつけた。だから、今日は何かあっても来れないから……その腕輪を預けたのよ』
名を廻之輪。
楽しそうに笑いを堪える王子の姿が目に浮かぶ。なんだアイツ、今日はオレに対して一段と意地悪だな!!
『……外したい』
『恐らく、外したら外したで後で機嫌を損ねるかと。今は辛抱の時です!』
『お前ほんっとーに、それしか言わないよね!』
ギャーギャーと外す外さないで叫びながらノルエフリンと騒いでいる。その内また高い高いをされてアッサリ敗北したオレは唯一の声を武器に勝負を挑み続ける!
あのバカ王子!! 帰って来たらどうしてやろうか!!
『……廻之輪まで預けるくらい大切にしてるのに、それでもハルジオン殿下は日の輪の団長を取るのかしら? 矛盾してるわよ』
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僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
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【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
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【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
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素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
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2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
天使の声と魔女の呪い
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長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。
ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。
『も、もぉやら・・・・・・』
『っ!!?』
果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?