純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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人族と冒険とキングオーク

三年後の世界にて

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 深い眠りから覚めると、何もかもが夢だったのかと疑うほど清々しい朝日が自分を照らしていた。高い木々の隙間から注ぐ朝日と爽やかな風に花の香り。

 一面の花畑でお姫様の如く目を覚ましたオレは、天界族から貰ったシーツがまるで魔法使いが着るローブみたいなものに変わっていてその場でクルクルと新しい服を堪能する。

『ふぁー…、なぁんか身体が凝ってる。バラバラだったのを繋ぎ合わせたんだから無理もないか』

 勿論身体には何の傷痕もない。ただ、なんだか少しだけ違和感がある。

『…なんか目線が低いような』

 恐る恐る辺りを歩き、丁度良い湖を見付けて顔でも洗おうかと近付いた。

 綺麗な湖の水面に手を伸ばした瞬間、そこに写り込んだ者の姿に仰天して声を上げる。それに驚いた鳥たちがバサバサと飛び立つが、申し訳ないがそれどころじゃない!

『だれだーっ?!?』

 黒髪にエメラルドグリーンの瞳をした、男児が…そこにいた。

 オレの容姿は瞳ではなく髪がエメラルドグリーンで、瞳は金と銀が入り混じった感じだったのに!

『…あ、れ…? ちょっと待てよ…まさか』

 改めて自分の中に意識を集中すると、なんと魔力が現在進行形で消費されている。それに雑魚キングオークとはいえ、それなりに身体能力なんかも高かったはずが今は全然力が入らない。

 何より、意識を集中することにより何故か脳裏に浮かぶこの言葉。

[進化完了:人化ひとばけのキングオーク]

 進化。

 年齢に関わらず種族に関わらず、誰もが可能とされる進化。これにより成体になったと判断される場合も多い。

『オレ…、人間になったんだ…人間に化られる!!』

 人間!!

 オレも人間になれる! もっともっと、人間とも仲良くなれる!!

『やったぁーっ!』

 感極まってピョンピョン飛び跳ねる。恐らくこんな五歳児くらいな見た目は人化けがまだ未熟なせいだ。でも関係ない!

 これなら、誰がどう見たってオレは人間!!

『へあ?!』

 なんて浮かれていたのが悪かった。足場の悪い水場でピョンピョン飛び跳ねていたから、足を滑らせて湖へと落ちてしまった。小さな身体で泳ぐのが慣れず水の中で無駄に騒いでしまう。

 やっべ、生き返って早々から溺れたなんて…またあの天界族に笑われるのは御免だ!

『ぁ、頑張れば足届くじゃん…』

 なんとか底に足をつけようとするが、爪先が軽く触れる程度。取り敢えず落ち着こうとした時…遠くから足音がして水面が再び大きく波打つ。

『子ども…?! 今助ける!!』

 波でまたバランスを崩して溺れてしまう。湖の中で目を瞑り、急いで鼻を摘んだ時に両脇に手が差し込まれてそのまま一気に引き上げられた。

『ぷはーっ』

 まるで太陽に掲げるように抱っこされたオレ。ゴシゴシと目を擦ってから助けてくれた人の顔を改めて確認して、時が…止まったようだ。

 何故かあの時より随分とやさぐれた、というか無精髭とか隈とかたくさん付属されたその人の姿。でも間違いなく、彼だ。

 初めてオレと言葉を交わした人間…金色の騎士。

『だい、じょうぶ…だな?』

『あい』

 ぶぇくし、という可愛げのないクシャミに彼…ダイダラが慌ててオレをその胸に抱く。久しぶりの人肌が暖かくて、安心して…なんの躊躇いもなく引っ付いてニコニコしてしまう。

 なんて運命なんだ! またダイダラに、しかもこんなに早く出逢えるなんて!

『…随分と警戒心の薄い子だ。君、保護者は何処にいる? こんな水場に一人でいたら危ないだろう』

 とんでもなく発育の良い雄っぱ…、いや胸に窒息しかけていると顔に引っ付いた髪を退かしながらダイダラが尋ねる。

『ない』

 多分ずっとずっと遠くにいるから。

 ふるふる、と首を振るとダイダラは眉間に皺を寄せて辺りを見渡す。だけどどんなに探してもオレの保護者なんて目視できる範囲にいるはずもない。もう離さない、とばかりにダイダラにくっ付くオレを彼は…遠慮がちにそっと抱きしめた。

『これも巡り合わせ、だろうか…再び子どもを拾うことになるとは…』

 ダイダラは暫くオレを抱きしめたまま何かを考えるように空を仰いだ。だけどオレを見つめてくる度に置いて行かれたくなくてダイダラの肌にピッタリくっ付き、自分の子ども体温をアピール。

 だってダイダラ、あの時よりボロクソな服着てるんだもん…。

『…あたたかい』

 そうだろう? そうだろう?

 唯一のアピールポイントが響いているらしい、これは最大のチャンスだ。最後のダメ押しとばかりにニコーッと笑ってみせれば彼は今にも泣きそうな顔になってしまう。

 あ、あれ…? 少しは喜んでくれるかと思ったけど、逆効果だったかな。

『私なんかで良いのかい? …金欲しさに奴隷として働き、主人すら護れないような私が、君のような子どもを拾ったりして…』

『んー』

 グリグリとその身に擦り寄る。それだけで十分な答えだった。ダイダラはオレを抱え直すと湖から上がり、歩き出す。

 連れて行ってくれるのかな? やった、嬉しいなぁ。またダイダラたちと過ごせるんだ!

 なんて思っていたのも束の間。

『びぇええええん!! びゃぁあああ!!』

『まぁ凄い泣き声』

 ダイダラに抱っこされて着いた建物は、大変立派だったが中がなんとも汗臭い。周りはダイダラに負けず劣らずの肉体派から、杖を持った華奢な人間など様々な人が行き交う。

 受け付けらしき場所にて口を開いたダイダラは、そこで見事にオレを裏切った。

『迷子の捜索クエストは幾つか発行されていますけど、この子の容姿に合致するものはありませんね』

 受け付けの綺麗な女性に手渡されたオレは瞬時に状況を理解して一気に泣き出した。

 ここはつまり、ファンタジー王道のギルドというやつだ。様々な依頼を依頼主から受注し、クエストとして張り出して所属する冒険者たちがそれをこなす場所。

『うわぁああんっ』

 ピーピー泣き叫びながら必死にダイダラに手を伸ばすオレの姿に、ダイダラも若干気まずいのか眉を八の字にしてしまう。

『拾った場所から推測すると、…恐らく捨て子かと。この子には奴隷の証はないようですし暴力を受けた傷もなければ人間を怖がる様子もないですから』

『捨て子…』

『訳ありだったんでしょうね。着ているローブは結構良いものですし、何よりこの容姿です。これは…少し苦労しそうですね色んな意味で』

 黒髪にエメラルドグリーンの容姿をしたオレは、かなり目立っていた。道行く人々の中にも黒髪はたまにいるが瞳は大半が茶色とか橙色とか、たまに金色。

 時々オレを見る冒険者が物珍しそうに指差してヒソヒソと囁くのだ。

『ギルドで一旦預かって孤児院か、里親を募ることも出来ます。…この容姿ですから下手に捜索願いも出せませんから暫くは様子見してからですけどね。下手にこの子の容姿を触れ回れば、よくない方々が沢山来てしまいます』

 そ、それは困る! オレはダイダラと一緒が良いんだ…それに親は父さんがいるから里親は必要ない!

『やっ、いやぁ!!』

『…随分と好かれているみたいですけど、本当に良いんですね?』

『溺れそうになったのを、助けたので…それで一時的に懐いているだけでしょう…。

 私は、身分証もなくした奴隷崩れですし…子どもを養うなんてっとても…』

 違うよ!!

 君が良いんだ、君たちだから一緒に行きたいんだ!

 そんなオレの想いとは裏腹にダイダラは後を任せる、と行って踵を返してしまう。出口に向かって歩くダイダラは小汚くて、ボロボロだから…周りの人に悪態を突かれて肩身を狭くして足早に去って行く。

 受け付けのお姉さんに抱っこされていたオレは、泣きながらダイダラに向かって叫んだ。

『ままぁっ!!』

 時が止まった。

 あまりの衝撃に受け付けのお姉さんの腕の力が緩んだので、その隙を逃さず暴れて無事に拘束を抜け出した。みんながギョッとしてダイダラを見るが、ダイダラもポカンとしている。

 後にわかったことだが、この世界でも人間の男性は妊娠できるそうだがかなり特殊な技法でクソ金が掛かるから殆どない自例だ。だから平民の男が…いや、奴隷の男が子どもを産むなんて不可能なことらしい。

『びゃぁああああっ、ママぁーっ!!!』

 誰もが女性かと淡い期待を持つが、置いて行かれたくない一心でとんでもないことを口走ったオレは真っ直ぐにダイダラの前に止まる。

 名前も呼べず、自分には父さんがいる。よって最終的に呼べる名前がそれしかなかった。いや今考えたらお兄ちゃんでも良かったのかもしれないが、全く頭になかった…何故かな、雄っぱいのせいか?

 呆然と立ち尽くすダイダラの足にギュッとしがみ付き、すんすんと泣き出すオレたちの姿が後にギルドの最高の笑い話となる日は…存外近い。


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