純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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人族と冒険とキングオーク

再会と転機

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『…それで? 母親だと認知され、周りの目もあって後に引けず連れ帰ったと…

 本当にお前はどうしようもないお人好しだなぁ』

 オレは今、どんな顔をするべきだろうか。

『仕方、なかったんです…。この子ってば私にはすぐ懐いたくせにギルドの職員さんに会うと最初はニコニコしてるのに、私が離れるとギャン泣きするんです…』

 ギルドのギャン泣き事件の後、あまりにも懐いているから一日くらい一緒に過ごしてみてはどうかという職員さんの言葉に折れたダイダラはオレを連れて帰路に着いた。

 そうして辿り着いたのは、出逢った湖から程近い場所にある洞窟だ。

 なんとビックリ。彼らの住居は此処らしい。

 そして洞窟の奥で粗末なシーツの上で横になっていたのは、オレを光で跡形も無く消し炭にしてしまった…ジゼだった。

 だけど、様子が変だ。

『この状況で子どもなんか養えるわけあるか、馬鹿め。自分たちが暮らすだけでもやっとだっての。情に流されて子どもを不幸にする奴があるか』

 ダイダラの腕に抱かれたオレと、ジゼの目が合わない。相変わらずボロ切れを纏ったジゼ。しかもその身体は殆ど骨と皮、あの美しかった赤い眼もよく見ると濁っている。

 …もしかして…見えて、ない?

『っあれから三年…儂らは魔王軍に常に狙われている。その子どもを巻き込む気か? 下手に街にも出られず、食事も住居も衣服も最低限…いつか後悔するに決まってる。まだ子どもだからこの悲惨さがわからないだけだ。今すぐ、置いて来い!』

 グッとオレを抱く力が強くなり、ダイダラの頬に手を当ててみる。苦しそうに顔を歪めてオレを見るダイダラをジッと見つめた。

 やがてダイダラが歩き出すと、ジゼの元にオレを置いた。すぐにオレの気配に気付いて後ずさるジゼのすぐ側にくっ付き、身体を丸めて休ませてもらう。

『はっ…? っおい、ダイダラ…! 早く退けろ、置いて来い!』

 ふああ、と大きな欠伸をしてジゼに寄り添い眠るオレをダイダラは無言のまま見つめていた。ダイダラが動く気配がないとわかるとジゼも苛立ちを隠さず壁を殴り、オレとは反対の方向を向いて横になってしまう。

『殿下。きっと、神からの贈りものなんです』

 目を閉じて眠ってみたが周囲の音に敏感ですぐに目を覚ましてしまうが、寝たふりをする。

 変だなぁ。いつもならすぐに眠れるのに、全然眠れない。…まぁ、魔族は眠らなくても平気だけどな。

『どん底まで堕ちた我々に神がやっとお気付きになったのですよ。貴方が失いたくなかったあの子の代わりではありませんが、今度こそ

 今度こそ、一緒に自由になりましょう』

 眠りが浅いまま夢を見た。

 大好きな黄色い髪をしたキングオーク。その背中にずっと追い付けなくて、ずっと名前を呼びながら走る夢。涙を流しながら起きたオレの目の前には、横になったジゼがいた。

『…怖い夢でも見たのか』

 どうやら魘されていたオレのせいで起こしてしまったらしい。鼻を啜りながらジゼの懐に潜り込む。昨夜はあんなことを言っていたくせに、ジゼは少し迷ってからそっとオレを抱きしめて優しく背中を摩ってくれた。

 …三年、そうか…あれから三年。天界族でも消し炭にされたオレを復元するにはそれくらい掛かるもんか。

 オークの国はどうなったかな。

 まぁ、オレなんかいなくても戦力的には全く問題ないだろう。それが少し寂しくて、同時に申し訳ない。

『まだ早い。目だけでも閉じて、ゆっくり休め』

 その言葉の通り全く眠れなかったオレは朝になって、未だ眠るジゼの元を抜け出し洞窟の出口に向かう。出口のすぐ側にはダイダラがいて見張りをしていたようだが、今は寝ているようだ。座りながら眠るダイダラに自分の小さなローブを掛けてあげてから外に出る。

 良い感じの木は…、あれなんか良いな!

 背の高い木によじ登って周囲を確認する。ここは街外れの森の中…街は壁に覆われているが高くはない。だが街で暮らすには身分証らしきものは必要らしい。昨日もダイダラが慌てて街を出たのは、身分証がなければ捕まるから。

『…くんくん。そんなに強い魔族はいないな。でも、ちょっと離れたところに何体かいるか。この辺りは冒険者のお陰で守られてるんだな』

 ふと首に掛けたペンダントを取り、中を開く。綺麗な宝石にペンダントの内側に彫られたオークの紋章。堪らずそれを胸に抱きしめると下が少し騒がしい。

 やべ、二人共起きたんだ!

 急いでズルズルと木から降りると、なんと二人揃って言い合いをしながら出て来ていた。

『なんで肝心な時に寝ているかなお前はっ…!』

『申し訳ありません! ですがまさか眠りの浅い殿下が隣からいなくなったあの子に気が付かないなんて思いません!』

 ギャーギャー言いながら周囲を見渡す二人。ペンダントをシャツの中に隠したオレはサンダルで枯葉を思い切り踏み締め、音を出しながら走る。

『あっ!! で、殿下!』

 ダイダラが声を上げると杖を付きながら歩いていたジゼが早足になってオレの方に向かって来る。足元の石に躓くジゼを支えるように抱き着いたオレに、彼も同じように抱きしめてくれた。

『何処に行っていた?! 何も言わずに外に出たら危ないだろうっ…!』

 まさか木に登って周辺を見渡していたとは言えない。どうしようかと思って、取り敢えず口に出たのは…。

『…ごはん…』

 きゅるるる、と切なげに鳴く大変空気の読める腹。思わず固まったジゼとダイダラ。恥ずかしくて目線を地面に落とし、謝罪する。

『ごめんなさい…』

 本当にごめんなさい…。

 本来なら食事も睡眠も最低限の魔族だが、人化けを維持する為に魔力を常に消費し、キングオーク故に食欲や睡眠が最大のストレス軽減法になっているオレはご飯もベッドも欲しい。

 穀潰しにはなりたくないから、後で狩りに行こうと決心していると不意にダイダラの笑い声がして、それを追うようにジゼも吹き出した。

『…ぅ?』

 なぁに。どうして笑ってんの? オレ、なんか笑われることしちゃった?

『ふっ、そうですよね…! ふ、くくくっ…半日程何も口にしていないのですから、お腹が空いて彷徨っても、っ…あはははは!!』

『全く…。腹が減ったなら儂らを起こさんか。おいで、朝食にしよう。

 …お前はいつまでツボに入っている。とっとと何か食わせてやれ』

 大きな身体を曲げて笑い転げるダイダラを一瞥いちべつした後に、ジゼはオレの手を取って洞窟へと戻る。そっと見上げたジゼの顔はなんとも穏やかで…未だ、笑みが残っていた。

 こんな顔になるなら、笑われても良いかも。

 しかし笑ってばかりはいられない。なんと朝食はオレ一人分のものしか用意されなかった。明らかに栄養失調なジゼに、昨日から何か食べた形跡のない大食らいのダイダラ。

 …このお粥もかなり水分多めで具も少なめ。こんな感じで三年も過ごしていたのか…?

 オークの国は土地が広く、実りも多いが上位個体はあまり食事を必要としない。だからキングオークで唯一毎日食事を摂るオレの存在に民たちは喜んで田畑を耕し、より良い果物を収穫して城に納めてくれるのだと父さんから聞いた。


 これは…、早くどうにかして二人に食わせてやらねば…!

『…食べたらギルドに行く。ダイダラだけじゃまた丸め込まれるのがオチだ。儂も行くから支度をしておけ』

『え?! し、しかし…』

 ズズズ、とお粥を戴いていると二人の会話が聞こえて来た。どうやらまたギルドに行かねばならないようだが、ダイダラが気まずそうに何かを言い掛けてすぐに口を閉じる。

 早朝、街に入る為に検問を通る。杖を付いたジゼと手を繋ぎながら歩くオレは何やら人の目が多いことに気付く。街行く人間や検問所の役人など色んな人が…ジゼとダイダラの存在を認識した途端に早足で去って行く。

 ボロボロな衣服に杖を付いた目の焦点が合わない、肋骨もくっきり浮いた男にその後ろを着いて歩く長身だが前者よりも酷い服装に傷痕だらけの男。どうやら街では避けられているようで誰一人話しかけない。

 が。

『こんちは』

『あ、ああ…こんにちは…』

 その日は違った。

『天気、いーね。良い一日、を!』

『ありがとよ…』

 人間!

 人間! 人間!!

『むふぅー!』

 人間に好きなだけ話しかけられる喜びを知ったオレは、すれ違う商人や住民に次々と声を掛けたり手を振る。最初は止めたジゼも今ではもう諦めて好きにさせてくれているところ。

 それはギルドに着いてからも同じ。昨日の事件を知っている冒険者は次々とオレに声を掛けてきた。

『よぉ坊主! に連れてってもらえて良かったなー』

『あい』

『今度はパパも一緒かよ! 親子でギルドとか、本当に面白れぇの』

『いいでそー』

 大柄な男たちにも物怖じしないのが珍しかったのか、次々と親しげに声を掛けて来る冒険者たちに二人は慣れないのか一切声を上げなかった。

 まぁ、オレいつも彼ら以上の巨体に囲まれてたから…慣れっ子だよねぇ。



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