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勇者の証
二人の魔王
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オークの城から出て広い原っぱに出ると、柔らかい草の上でピョンピョン飛び跳ねる黒い物体を追いかけて回る。たまに草の間から飛び出してヒョコヒョコと動く耳を堪能したい、そんな思いから手を伸ばす。
『ヨイド、待って!』
名前を呼ばれて立ち止まった黒猫が尻尾をピンと伸ばして踵を返す。ピョンと飛び上がったヨイドがお腹に突進して来たからすぐにその小さな身体を抱きしめる。
『捕まえたー!』
「君が吾輩の名を呼ぶから…つい」
原っぱに腰を下ろして膝の上で丸くなる黒猫、元魔王であるヨイドを撫でる。
『だって魔王様が名前教えてくれたから…』
「君が事ある毎に吾輩を魔王様だなんて呼ぶからである。全く本当に困った子だ」
仕方ない。
ランは魔王と呼ぶより名前で呼ぶ方が喜ぶし、オレにとってランは魔王ではなく大好きなランなのだ。そして魔王様は昔から魔王様だし。
「君の番に敗れて今ではただの下級魔族なんだがな」
『魔王様もう元の人型にはなれないんです?』
「…一時的なら可能だが、いや待て。また魔王と呼んだな…。はぁー…」
丸くなったまま溜息を吐く黒猫をホクホクで撫でるオレ。やはりこの毛並みは癒される。ネコ、最高。これぞアニマルセラピー!
『気にしてるのヨイドだけですよ?』
「それがまた悩みの種だ。ナラの周りは甘い奴等ばかりで…、君を失って更に甘やかすばかりである…本人がしっかりしているのが唯一の救いだが」
そればっかりは仕方ない。向こう数年はこうだとオレ自身も覚悟している。
魔王から創られた純血の魔族…、例えアホみたいに弱くてもその血には抗えない。そしてそれを与えられたとなれば最高の名誉だっただろうから。
『甘いと言えば、魔王様って美しい魔族が好きだって聞いたんですけどマジなんです?』
「…間違ってはいない。
本当は、堕ちた天界族を探していたのである。天界より翼を奪われ地上に堕とされた天界族は美しい容姿をしている。天界族は皆が美しい美貌を持つ。故に魔族でも美しい者は弱かろうが殺さない。
吾輩は、同族を探していたのである」
ヨイドは膝に座りながら遠い空を見上げていた。
地上に憧れ、翼を失ってまで辿り着いたそこで、彼は結局同じ種族を探していた。
…いや、違う。彼は本当に同じ者を探していた。自分と同じように地上に憧れて翼を捨てた者を…待っていたけど、見つからなかったんだろう。
「滑稽である。何千と待ち飽き、キングオークの快進撃の恐怖に耐え切れず吾輩は天界族として唯一残っていた力を使って君を生み出したのである。
故に全て失った。弱くとも、何よりも美しく身内に大切にされていた君を切り捨てることが出来なかった。それがどれだけ魔族に益をなさなくとも、ただ見ているだけで吾輩の心は満たされていた」
最初はオークに弱点を与える為に創り出し、与えたにも関わらずいつしかナラという存在は魔王様にとっての理想を生み出してしまった。
そして理想が失われると共に新たな魔王を誕生させてしまう。
「ラン・カーンは強いキングオークだった。だが野心がなかったのである。なんでも破壊し、滅ぼせる巨大な力に見合うだけの心がなかった。
そしてあの男はやっと自分の心を見つけた。君だ、ナラ。心を手に入れたラン・カーンは魔王になるのに一番必要なものを身に付けた…感情だ。怒り、激しい怒りがあの男を魔王へと至らせた」
まん丸の瞳に、オレが写る。
あまりに激しい戦いの後遺症か、魔王様は未だに土に潜ったまま暫く出てこない日も少なくない。
小さな身体を優しく撫で続けると可愛らしい頭がオレの手に押し付けられてキュンとする。頭を撫でてから喉の辺りをくすぐってあげると小さく喉を鳴らす。
「だからもう吾輩は魔王ではない」
タン、と膝から降りてしまった黒猫。慌てて名前を呼ぶも振り返らずに草の中に隠れてしまう彼を追い掛けるべくお尻についた草を払ってから立ち上がる。
すると、何か良くない気配を感じ取ってその場に留まると首から下げたペンダントを握りしめた。
…なんだろう。変な感じ…、見られてる? 早くランを呼ばないと…。
まだ朝早いし城からすぐ近くだからと油断していた。城にはランやデンデニアがいるはずだからなんとか戻ろうと身を屈めた瞬間、突然辺りが暗くなる。
『ひっ…?!』
空を見上げれば見たことのない巨大なドラゴンが鋭い牙を剥き出しにこちらを見つめているではないか。真っ黒なボディに尻尾に灯された紫色の炎…そして、よく見れば何者かがドラゴンに乗って剣を掲げている。
ドラゴンを操る魔族…、ドラゴンライダーってとこか…! ってことはこの巨体よりあっちのライダーの方が強い?!
どうするべきか、右往左往している間にドラゴンの腹が膨れ上がり徐々に体が仰け反る。
あ。やっべ…!! これドラゴンブレスくる!
「ナラ…!!」
草むらから現れた黒い布を身体に巻き付けた青年が、オレを抱えて地面に倒れる。いつかの優男に似た雰囲気にやはり兄弟なんだ、と暢気な感想を抱いていればドラゴンがブレスを吐き出した。
しかし、紫色の炎を纏う高密度な魔力砲撃…ブレスはオレたちに向けられたものではなかった。
『…え? なにあれ…』
狂ったように何度もドラゴンがブレスを放って攻撃していたのは、空中に浮かぶ魔力障壁。ブレスを受ける度に透明化していたそれに色が乗って響くが、ヒビ一つも入らない。
「…デンデニア・ローグの最高位防御魔法か…」
人型に変化した魔王様に抱えられていると、突然ドラゴンが怯え始め弱々しい声を上げる。
その視線を辿れば、二体のキングオークが城から歩いて来ているところだった。少し崩れた髪を後ろに流しながらこちらに真っ直ぐ向かうランは、チラッとドラゴンを確認するも一瞬で目を逸らしてオレを捉えた。
『ラン…!』
魔王様に下ろしてもらうとランの元へ走り出す。すぐにしゃがんでオレを抱き留めたランに抱き上げられるとギュッと首に腕を回してくっ付く。
『ナラ。すまない、怖い思いをさせたな。…虫の息のくせにしぶといトカゲだ』
虫の息…?
何のことかと再びドラゴンを見れば、黒い身体のせいで気付かなかった。その身には既にランからの呪いを受けていたし…なんなら、そう
ドラゴンに乗っていたライダーは、剣を掲げたまま絶命していた。
『俺様の領域に入った時点で死の呪いは発動し、簡単に命を落とす。デンデニアの魔力障壁は年中無休だ。
因みに、オーク領に入った時から既に居場所は特定されてんだ。カシーニの部隊が常に目を光らせてる。侵入者は全て排除せよ、それが俺様の方針だ』
無慈悲にして冷酷なる新たな魔王は、天上より出現した巨大な二振りの剣をドラゴンの頭上にて止める。最後の足掻きとばかりに再びブレスの魔力を溜めるドラゴンに、ランは何の躊躇いもなく手を振り下ろすのを合図に…勝敗は決した。
巨大なドラゴンの首を呆気なく刎ねた…シーンはランの目隠しにより見えなかった。しかも手が退けられるとそこにはドラゴンの死体すらない。
…夢、だった…?
『あんなもん放置しといたら臭くて敵わねぇ。デンデニアが適当な火口にでも捨てたんだろ』
『おう、残念だったなぁ。今日は敵対してる勢力の街に投げ飛ばしておいてやったぜ。嫌がらせも出来て万々歳だなぁ、多分三日以内に降伏決定』
ゲラゲラ笑うデンデニアはオレの頬をムニムニと摘んでからいつものように背中を丸めて気怠げに城に向かって歩き出す。
それに続いてオレたちも城に帰ろうとしたが、ヨイドがいなくて名前を呼ぶ。ネコちゃんに戻ったヨイドは原っぱでお行儀良く座って動かない。
『俺様は前魔王を許すつもりはない』
ション、と垂れた尻尾に思わず口を覆ってランを見れば…やれやれとばかりに彼はオレを抱き直してからヨイドに背を向ける。
『…それでも、ナラを守るネコのヨイドとやらは…認めてやっても良い。
帰るぞ』
『うん! ヨイド、早く早く!』
小さなネコが地面を走り、オレの腕の中に飛び込んで来ると丸くなって目を閉じてしまう。
あなたの夢は、少しは叶っただろうか。
憧れの地上で走り回り…同族かはわからないがオレたちと過ごすようになったヨイドは、必ずオレの後を着いて回るようになり…それに悶えるオレと嫉妬に身を焦がすランで、城は暫く騒がしかった。
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『ヨイド、待って!』
名前を呼ばれて立ち止まった黒猫が尻尾をピンと伸ばして踵を返す。ピョンと飛び上がったヨイドがお腹に突進して来たからすぐにその小さな身体を抱きしめる。
『捕まえたー!』
「君が吾輩の名を呼ぶから…つい」
原っぱに腰を下ろして膝の上で丸くなる黒猫、元魔王であるヨイドを撫でる。
『だって魔王様が名前教えてくれたから…』
「君が事ある毎に吾輩を魔王様だなんて呼ぶからである。全く本当に困った子だ」
仕方ない。
ランは魔王と呼ぶより名前で呼ぶ方が喜ぶし、オレにとってランは魔王ではなく大好きなランなのだ。そして魔王様は昔から魔王様だし。
「君の番に敗れて今ではただの下級魔族なんだがな」
『魔王様もう元の人型にはなれないんです?』
「…一時的なら可能だが、いや待て。また魔王と呼んだな…。はぁー…」
丸くなったまま溜息を吐く黒猫をホクホクで撫でるオレ。やはりこの毛並みは癒される。ネコ、最高。これぞアニマルセラピー!
『気にしてるのヨイドだけですよ?』
「それがまた悩みの種だ。ナラの周りは甘い奴等ばかりで…、君を失って更に甘やかすばかりである…本人がしっかりしているのが唯一の救いだが」
そればっかりは仕方ない。向こう数年はこうだとオレ自身も覚悟している。
魔王から創られた純血の魔族…、例えアホみたいに弱くてもその血には抗えない。そしてそれを与えられたとなれば最高の名誉だっただろうから。
『甘いと言えば、魔王様って美しい魔族が好きだって聞いたんですけどマジなんです?』
「…間違ってはいない。
本当は、堕ちた天界族を探していたのである。天界より翼を奪われ地上に堕とされた天界族は美しい容姿をしている。天界族は皆が美しい美貌を持つ。故に魔族でも美しい者は弱かろうが殺さない。
吾輩は、同族を探していたのである」
ヨイドは膝に座りながら遠い空を見上げていた。
地上に憧れ、翼を失ってまで辿り着いたそこで、彼は結局同じ種族を探していた。
…いや、違う。彼は本当に同じ者を探していた。自分と同じように地上に憧れて翼を捨てた者を…待っていたけど、見つからなかったんだろう。
「滑稽である。何千と待ち飽き、キングオークの快進撃の恐怖に耐え切れず吾輩は天界族として唯一残っていた力を使って君を生み出したのである。
故に全て失った。弱くとも、何よりも美しく身内に大切にされていた君を切り捨てることが出来なかった。それがどれだけ魔族に益をなさなくとも、ただ見ているだけで吾輩の心は満たされていた」
最初はオークに弱点を与える為に創り出し、与えたにも関わらずいつしかナラという存在は魔王様にとっての理想を生み出してしまった。
そして理想が失われると共に新たな魔王を誕生させてしまう。
「ラン・カーンは強いキングオークだった。だが野心がなかったのである。なんでも破壊し、滅ぼせる巨大な力に見合うだけの心がなかった。
そしてあの男はやっと自分の心を見つけた。君だ、ナラ。心を手に入れたラン・カーンは魔王になるのに一番必要なものを身に付けた…感情だ。怒り、激しい怒りがあの男を魔王へと至らせた」
まん丸の瞳に、オレが写る。
あまりに激しい戦いの後遺症か、魔王様は未だに土に潜ったまま暫く出てこない日も少なくない。
小さな身体を優しく撫で続けると可愛らしい頭がオレの手に押し付けられてキュンとする。頭を撫でてから喉の辺りをくすぐってあげると小さく喉を鳴らす。
「だからもう吾輩は魔王ではない」
タン、と膝から降りてしまった黒猫。慌てて名前を呼ぶも振り返らずに草の中に隠れてしまう彼を追い掛けるべくお尻についた草を払ってから立ち上がる。
すると、何か良くない気配を感じ取ってその場に留まると首から下げたペンダントを握りしめた。
…なんだろう。変な感じ…、見られてる? 早くランを呼ばないと…。
まだ朝早いし城からすぐ近くだからと油断していた。城にはランやデンデニアがいるはずだからなんとか戻ろうと身を屈めた瞬間、突然辺りが暗くなる。
『ひっ…?!』
空を見上げれば見たことのない巨大なドラゴンが鋭い牙を剥き出しにこちらを見つめているではないか。真っ黒なボディに尻尾に灯された紫色の炎…そして、よく見れば何者かがドラゴンに乗って剣を掲げている。
ドラゴンを操る魔族…、ドラゴンライダーってとこか…! ってことはこの巨体よりあっちのライダーの方が強い?!
どうするべきか、右往左往している間にドラゴンの腹が膨れ上がり徐々に体が仰け反る。
あ。やっべ…!! これドラゴンブレスくる!
「ナラ…!!」
草むらから現れた黒い布を身体に巻き付けた青年が、オレを抱えて地面に倒れる。いつかの優男に似た雰囲気にやはり兄弟なんだ、と暢気な感想を抱いていればドラゴンがブレスを吐き出した。
しかし、紫色の炎を纏う高密度な魔力砲撃…ブレスはオレたちに向けられたものではなかった。
『…え? なにあれ…』
狂ったように何度もドラゴンがブレスを放って攻撃していたのは、空中に浮かぶ魔力障壁。ブレスを受ける度に透明化していたそれに色が乗って響くが、ヒビ一つも入らない。
「…デンデニア・ローグの最高位防御魔法か…」
人型に変化した魔王様に抱えられていると、突然ドラゴンが怯え始め弱々しい声を上げる。
その視線を辿れば、二体のキングオークが城から歩いて来ているところだった。少し崩れた髪を後ろに流しながらこちらに真っ直ぐ向かうランは、チラッとドラゴンを確認するも一瞬で目を逸らしてオレを捉えた。
『ラン…!』
魔王様に下ろしてもらうとランの元へ走り出す。すぐにしゃがんでオレを抱き留めたランに抱き上げられるとギュッと首に腕を回してくっ付く。
『ナラ。すまない、怖い思いをさせたな。…虫の息のくせにしぶといトカゲだ』
虫の息…?
何のことかと再びドラゴンを見れば、黒い身体のせいで気付かなかった。その身には既にランからの呪いを受けていたし…なんなら、そう
ドラゴンに乗っていたライダーは、剣を掲げたまま絶命していた。
『俺様の領域に入った時点で死の呪いは発動し、簡単に命を落とす。デンデニアの魔力障壁は年中無休だ。
因みに、オーク領に入った時から既に居場所は特定されてんだ。カシーニの部隊が常に目を光らせてる。侵入者は全て排除せよ、それが俺様の方針だ』
無慈悲にして冷酷なる新たな魔王は、天上より出現した巨大な二振りの剣をドラゴンの頭上にて止める。最後の足掻きとばかりに再びブレスの魔力を溜めるドラゴンに、ランは何の躊躇いもなく手を振り下ろすのを合図に…勝敗は決した。
巨大なドラゴンの首を呆気なく刎ねた…シーンはランの目隠しにより見えなかった。しかも手が退けられるとそこにはドラゴンの死体すらない。
…夢、だった…?
『あんなもん放置しといたら臭くて敵わねぇ。デンデニアが適当な火口にでも捨てたんだろ』
『おう、残念だったなぁ。今日は敵対してる勢力の街に投げ飛ばしておいてやったぜ。嫌がらせも出来て万々歳だなぁ、多分三日以内に降伏決定』
ゲラゲラ笑うデンデニアはオレの頬をムニムニと摘んでからいつものように背中を丸めて気怠げに城に向かって歩き出す。
それに続いてオレたちも城に帰ろうとしたが、ヨイドがいなくて名前を呼ぶ。ネコちゃんに戻ったヨイドは原っぱでお行儀良く座って動かない。
『俺様は前魔王を許すつもりはない』
ション、と垂れた尻尾に思わず口を覆ってランを見れば…やれやれとばかりに彼はオレを抱き直してからヨイドに背を向ける。
『…それでも、ナラを守るネコのヨイドとやらは…認めてやっても良い。
帰るぞ』
『うん! ヨイド、早く早く!』
小さなネコが地面を走り、オレの腕の中に飛び込んで来ると丸くなって目を閉じてしまう。
あなたの夢は、少しは叶っただろうか。
憧れの地上で走り回り…同族かはわからないがオレたちと過ごすようになったヨイドは、必ずオレの後を着いて回るようになり…それに悶えるオレと嫉妬に身を焦がすランで、城は暫く騒がしかった。
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