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勇者の証

好きを自覚せよ

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 番。

 魔族にとってそれは、結婚以上の強い結び付きを示し生涯他に相手は作らないという誓いだ。誓いを立てると相手の匂いを纏い、番が何処にいるかよくわかるようになる。

 それが面白くて最近は見つかりにくい場所に隠れてランが迎えに来るのを待つのが密かな楽しみだ。

 …なの、だが。

『早いよ、早過ぎる!! あまりにもオレを見つけるスピードが早いっ』

『ナラの匂いがしたから…』

『さっきお風呂入ったばっかりなのに?!』

 自分の部屋なら匂いに溢れてわからないのでは、と考えカーテンの裏に隠れて十数秒後にはランによってそれを捲られた。呆気なく終わった隠れんぼにギャーギャー文句を言うも幸せそうにオレを抱き上げる奴を前にすると何も言えなくなる。

『そもそもエルフが部屋の前に立ってたから、半分教えてるようなもんだ』

『…はっ!!』

 そうだった! ランが来そうな時は大体、部屋に入らないで待機してるんだ!

『…もう一回やろう?』

『ダメだ。一回見つけたら一時間はくっ付く、そういう約束だろ?』

 ひぇっ。

 大きな身体に包まれ、ドキドキして堪らない。番になったら少しは慣れるかと思ったのに以前よりもなんだかそわそわするのは何故か。

 相手は超年上にして同性、しかも産まれた時から己を知ると同時に…あのオーク。そう、オレたちはオークだ。しかも生涯に二度とお互い以外の繋がりを持たないと誓った仲。

『エルフの気配が邪魔だな…。ナラ、俺様の部屋まで行くから掴まってろ』

 意外にもしっかり責務を果たすサネ。律儀に部屋の前で待機しているのにそれすらも嫌がる魔王様の転移魔法によってランの部屋へと移動した。

 明るい陽射しがよく入るオレの部屋と異なり、ランの部屋は薄暗く厚いカーテンがあるが一人の時はこのくらいの暗さが丁度良いらしい。魔王らしいものなど一つもないシンプルで物が少ない部屋。唯一ベッドは長身なランに合わせて豪華で大きいものの、それも紺色で統一されている。

 ただ、少し浮いているのが部屋の一番目立つ場所に置かれた厳重に鍵がかけられ、防御魔法まで施されたチェストだ。

 なんてことはない。そこに入っているのは大金でも高価な宝石でも魔石でもない。幼いオレがランに渡した木の実やら手紙やら、花束やら。丁寧に空間魔法で時を止めて永久保存しているらしい。

 そこらの森に転がっているドングリや草花を、オレが渡したからという理由だけで。

『…もっと良い物、あげるから』

 花だってもっと豪華で華やかなものを贈れる。何が良いかと考えていたらランがオレの手を取り、真っ直ぐ目を合わせながらどんどん顔を近付けてきた。

 キスされる、そう思ってギュッと目を瞑ると耳に吐息がかかって変な声を出すと揶揄っているのかランが小さく笑う。

『別に物はなんだって構わねぇんだ。

 アレらはナラが俺様に渡した品だ。俺様が好意を持つ相手から貰ったなら、つまり求愛だと解釈しても仕方ねぇよな? ナラは昔から俺様には特別よく色んなものを渡してきたもんだ』

 きゅ、求愛…?!

 確かにランには小さい頃はよく懐いてたから、形の良いドングリだの綺麗に咲いた花だのよく渡した気がするが…それは誰よりも反応が良くてオレもあげるのが楽しくなっていただけ…!!

『食事もよく手渡しで食べさせてくれた』

『ランがそうしろってお願いしたからだろ?!』

『願っても実行するオークはそうはいねぇぞ? 独占欲が強いからな、オークは』

 それではまるで…オレも、ランのことをずっと意識していたみたいじゃないか。いやいや断じて違う、違うぞ…そもそも男同士だし! 雄だし!
 
 …なんで男なのに、好きになったんだろう?

『ナラ?』

 強くて、優しくて…オレの名前をたくさん呼んでくれて触れ合ってくれる。ちょっぴり怖いところも、残酷な一面もあるんだけど、それ以上にオレを大事にしてくれるのが何よりよくわかる…仕方ない奴。

 愛しているのだと伝えた時の、子どもみたいな無邪気な顔が今も目に焼き付いて離れない。

 ああ、なんだ。

 オレだってランが、物凄く好きで堪らないんだ。名前を呼べば必ず助けに来てくれるオレだけの魔王。こんなにも心が安らぐのは、君の腕の中だけだ。

『…どうしよう』

『ナラ? どうした?』

 顔を覆って立ち尽くすオレを心配したランが慌ててしゃがみ、心配そうに背中に手を回しながらどうしたのかと尋ねてくる。

『っ、ランのことが好きで胸が張り裂けそうなんだけど…。うぅ…どうすんだよ、どうしたら良い?』

『…は、え…っナラ…おまえ、それは反則だ…』

 好きって凄いな、胸が爆発しちゃう。顔を覆ったままランに寄り掛かればランもまた片手で顔を覆いながら俯いている。けれど先に回復したらしいランが顔を真っ赤にしながらオレの手を引くと、自身のベッドにオレを運ぶ。

『あー、くそっ…待て。待ってろ…すぐ治まるからな』

 ナニが? とは流石に言えない。ベッドに座りながら必死に頷いているとまたしても意味不明は唸り声を上げながらランが悶える。
 
『ラン、ナラとイチャイチャしたいのか?』

『どこで覚えてきた?! っ…、あー…そうだ。だが、流石にもう少し成長しねぇとな。子どもを授かるにも今の身体じゃ、ちと不安だ』

 …子ども?!?

『だから後十年くらい…、って。ナラ? どうした、口なんか押さえて…』

『お、オレ…雄だけど…』

『知ってるが? 確かにナラは少し特殊だが、子は授かれる。負担もあるだろうから俺様が身籠れたら良いんだが…その、受け入れる側が母体になる必要があるからな。

 …いつかランとナラの子を産んでほしいんだが、ダメか…? ナラが怖いなら諦める』

 交わるのは子を宿す為だけじゃないからな、と甘く囁く番に再び赤顔していると笑われてしまった。愛おしくて仕方ないとばかりに優しく抱き寄せられ、遠慮なく大きな身体に引っ付く。

『と、父さんは…? 父さんはどうやって、その…オレを産んだの?』

 そうだ。

 親は一人しかいないのに、オレは自然と彼を父さんと呼んでいた。産んでくれたなら母さんなのに父さん自身も否定しない。

『カシーニの遺伝子と前魔王の血肉から創られたお前は殆ど前魔王の力で産まれてるからな。肉体関係は当然ないし、元天界族の成せる技だ』

 な、なるほど…。

 ベッドに二人で寝転んでいるとふとランの身体をまじまじと見れる。身長二メートル以上の筋肉質な、引き締まった身体…何度かお風呂で見たアレも当然デカい。だってオークだもの、キングオークだもの。

 なる、ほど…。

 すぐに返事が出来なかったのは完全に怖気付いたせい。その時はランが返事を強請らなかったから有耶無耶になって安心したけど、

 オレはすぐにその時に返事をしなかったのを後悔した。毎日毎日、頭にその時のことが過ぎるのだ。

 そんなある日。悩みを打ち明けたオレにサーネストの無慈悲な言葉が追い打ちをかける。

『まぁ番に性的な接触拒まれたら、ダメージ結構デカいんじゃね? お前キスだって殆ど自分からしたことないだろ』

『図星ぃ!!』

 こ、このままでは捨てられる…! オレみたいなちんちくりん、十年を待たずに飽きられてポイ、なんて…いやランに限ってんなことあるわけ!

『でもキングオークって性欲強ぇんだろ? どっかの例外はさておき』

 幸せと絶望が一気に押し寄せたある日の午後、

 オレの情けない泣き声が静かに響き渡った。


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