いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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貴方の鼓動

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『弐条会には実行部隊ってのと、処理部隊が存在してね。実行部隊は作戦の実行役で…つまりは武闘派だね。処理部隊は掃除役。本当に掃除とかもするんだけど、うんまぁ…他にも色々?

 その処理部隊が昨夜の逃走した襲撃犯の大半を捕まえてね』

 捕まえた?!

 驚いて身を乗り出す俺と違い、猿石は特に驚いていない。むしろ急に動いたせいで離れたのが不満だったのかそっと元の位置に戻される。

『ボスにまで手を出されちゃね。全国総動員だよ。それで捕まえた奴等の中には上位アルファこそ確認はできたけど、それ以外に特異体質も発見されなかったわけなんだよね』

 捕まった中にあのバランサーの男がいたかはわからないが、彼は既に役を下ろされた。バランサーという存在が世に広まることはない。

 …元バランサーとはいえ、異国のヤクザに捕まった場合どうなるんだろう。

『ワタシたち捕らえた連中の中に、

 

 そう呼ばれる人間がいると考えている』

 世界が崩れるような、そんな衝撃を受けた。犬飼がなんと言ったのか頭が受け付けてくれない。聞き間違いかと思って絞り出すような声で、聞き返す。

 だけど返ってきた返答は無情なものだった。

『都市伝説みたいな者さ。世界各国が必死になって隠してるとか、世界の制御装置とかね。ワタシも文献でしか知らないけど、連中はどのバース性にも変異できる人間の上位互換

 昔は、神に等しいとすら祀り上げられた存在』

『そんな変な奴の気配しなかった』

 いぶかしげにそう呟く猿石に犬飼も頷く。そんな二人の会話には入れず、俺はずっと俯いている。

 落ち着け、落ち着くんだ…まだ俺がバランサーだとバレたわけじゃない。しっかりしろ。まだここにいたいなら、嘘を貫くんだ。

『だけど、状況的にそれくらいの怪存在がいないと説明がつかないわけ。

 あのボスを負かしたんだ。アルファでなければオメガでもなく、当然ベータでもない。あの人より上のランクなんて神に等しい存在くらいさ。

 バランサーはバース性を偽れるからね。捕らえた奴等は絶賛尋問中ってわけだ』

 バランサーの疑いがあるから、尋問…?

 バランサーだとわかったら一体彼らは何をするんだ。問い詰めて、暴いて、それから…

 それから?

『で。問題はここからよ』

 パチン、と両手を叩く音に大袈裟に肩を揺らして上を向く。仕切り直すように手を叩いた犬飼の表情は相変わらず何を考えているのかよくわからない。

『ボスですら敵わなかった敵を、倒せずとも追い払ったんだよね? 一体全体どうやって。生憎と通信機器も不具合で何も聞こえなくてさ。

 宋平くん。

 君は、どんな手を使って奴を追い払ったのかな?』

 そんなの決まってる。

 バランサーに対抗できるのは、バランサーだけ。昨夜の勝敗が決したのは運が良かったから。たまたま彼の制限時間のタイミングに居合わせただけ。

 それを、如何にして誤魔化すか。

『確かに君のバース性の感知力は鈍く、効かないこともあるけど…昨夜君は怪我をしていた。奴にやられたからだね。

 つまり。バランサーによる権能が君に無効化された。だから奴は実力で君を襲ったってことだよね。神にも等しい者の権能を打ち消すなんて…鈍いにしても中々じゃないかなぁ?』

 ダメだ。

 ダメだダメだ、ダメっ…


 疑われてるっ…!!

 ヤクザの世界は甘くない。一度でも黒と疑われたらもうお終いっ、どうしよう。こんなに疑り深く、自分より頭の回る人間をどうやって

 どうやって、誤魔化せる…?

『変な言い方すんな。その鈍さでボスは助かった』

『…はぁ。相変わらず残念な頭してるね。ワタシが言ってるのはそういう平和的な話じゃない。それで宋平くん? どうかな?』

 ああ。なんて軽率なことをしてしまったんだろう。こんなことになるなら、あの時…助けなんか呼ばないで足を引き摺ってでも逃げ出せば良かったのに。

 でも出来なかった。

 あの人を置いて逃げ出すなんて、頭になかったんだ。

『あれ? 宋平くん? …なんか顔色悪くない』

『ソーヘー?』

 どうする。

 やるなら、今…逃げ出すならこの瞬間だけ。まだ周囲に知られていない今しかない。

 だけど。

『お、れは』

 本当は。もう少し…此処にいたかった。

『っ俺、は…』

 バタンと勢いよく扉が開いた。

 突然のことに全員が驚いて扉の方を見れば、そこに立っていたのは

『ボス…?』

 ボスだ。顔は少し俯いていてよく見えないが紺色の着流しに下駄を履いた軽装で着流しの下には痛々しく包帯が巻かれている。

『ボス?!』

 犬飼の叫び声に漸く顔を上げたボスは、僅かに威嚇のフェロモンを放った。あまりの鋭さに犬飼はすぐに頭を下げて猿石も居心地が悪そうに首を回す。

『寄って集って弟分虐めとは感心しねェな。犬飼。テメェにいつコイツの尋問なんざ頼んだ』

『え。…いえ、すみません。疑問はすぐに解決したくなる悪癖でした』

 より深く頭を下げる姿に舌打ちをした後で、ボスは静かに歩き出す。

 生きてる。ボスが、ちゃんと…あんなに冷たくて血がたくさん出て。死んでしまうと何度も叫びたくて。

 そんな貴方が、ちゃんと立って目の前にいる。

『っ、ぼす…』

『よォ。…ったく、相変わらず人の言うことが聞けねェお転婆だなァ。待ってろって言ったろ。

 悪かった。謝るから、泣くんじゃねェ』

 ボスの言葉に不思議そうに俺の顔を覗き込む猿石がギョッとした顔で目を見開きその場から仰け反る。堪らず大粒の涙をボロボロと零す俺にどうしたら良いかわからずオロオロとしていた。

 そんな猿石を押し退けて来たボスは、傷だらけの身体で俺をヒョイと抱き上げると子どもを宥めるように優しくその身に抱いた。

『ぼ、ボス…! ダメです怪我してるのにっ』

『宋平もだ。そうなるから待っとけっつったのに、お前ときたら。なんだってこんなヤクザもんの為に傷付こうなんざ…、止めだ。

 何言ったって泣き止みやしねェな』

 仕方ないとばかりにギュッと胸に押し込まれると耳に届くのは心臓の鼓動。それに聴き入っていたらあの時の苦しさとか、怖さとか…色んなものが込み上げてきて思いっきり声を上げて泣いてしまった。

 見ない振りをして。気付かない振りをして。だけど、本当は…

 本当は怖くて仕方なかったんだ。

『あー…っとに、テメェは本当に泣き虫な…いや待て。責めてねェだろ。おい泣くなよ』

 酷い!! あんな人生最大の修羅場を乗り越えた俺に泣き虫だなんて、なんて暴言だ。

『そんなに泣いたら目ン玉溶けちまうだろ…。

 見ろ。お前さては特殊なフェロモンでも出しやがったな。来やがった』
 
 一体なんのこと? と思って目をぐしぐしと擦りながらボスの見つめる先を見る。他の二人も一緒になって入口の方に目を向ければなんということでしょう。

 般若のような顔をした刃斬が包帯ぐるぐる巻きの姿のまま立っていた。

『ッどっちだ?!』

 捲し立てるような剣幕で怒鳴る刃斬。すかさず猿石が犬飼を指差せばズン、ズンと大股で迫る刃斬。ビキビキに浮いた血管がその怒りを表している。

『宋平にバース性について気安く聞くなって忠告したはずだよなぁ…?! デリケートだってんだろ、すっこんでろ!!』

『ええっ!? だってこれだけ鈍かったら覚のこともなんとか協力してもらえないかなぁ、って…

 そんなに駄目でしたか?』

 え? 覚さん…?

 おかしいなぁ、良いアイディアだと思ったのに…等と呟く犬飼に周囲の空気が一変する。

『…お前宋平になんか詰め寄ってたんじゃねぇのか?』

『はい? いや、だからそんだけヤベー奴のフェロモンすら効かないならアイツのなんて余裕そうだしちょっと協力してくれないかって

 大人な取引を、今から言うところだったんですが』

 ズビ、と鼻を鳴らす音がやけに部屋に響く。すかさず刃斬が犬飼の足を蹴り上げると情け無い悲鳴が上がってすぐに被害者がうずくまる。

 なんて容赦の無い足払いだ…。

『紛らわしいことしてんじゃねぇよクソが』

『まァー顔が本気マジ過ぎてお願い、って雰囲気じゃねーよな。あ。でも確かに今回のヒートちょっと長ぇか?』

 ヒート?

 最近姿を見せない覚さんに、ヒート…。もしかして彼はオメガなのかな。

『…どっちにしても今は無理だ。宋平も本調子じゃねェのにヒート中のオメガの巣穴になんざ放り込めるか』

『ですよねぇ~。ごめんね、宋平くん! 元気になったら検討してほしいな!』

 手を合わせて謝罪する犬飼に頷けば、いつもは作りもののような笑顔なのに優しくしっかりと微笑んだような気がした。

 …ということは、俺の秘密はバレてない?

『紛らわしいんだよ、テメェは』

『つーか、日頃の行いだろ』

『酷くないですか? 同僚を救おうというワタシの清らかな心、お感じになられない?』

 ない。とキッパリ言い切った二人に流石の犬飼も肩を落とす。そんな三人を無視すると決めたらしいボスは俺を抱えたまま何処かへ向かう。

『…騒がしい。寝る』

 俺を連れて?! ちょ、俺もベッドに帰りたい!

 そう主張したかったがボスの顔色が悪いことに気が付いて大人しく腕の中に収まることにした。自分で歩けるのに頑なに下ろしてくれないし、無駄だろう。

 それに…、ちょっと…嬉しいし?

『なんだ。随分と大人しいな? 良い心がけだ、ちゃんと掴まってな』

『は、はい…』

 控えめに肩に手を置いてみればクスリと笑うボスの微笑にノックアウト。

 し、心臓が保たない!! 早く誰か来てくれー!


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