いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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未来の掃除と、横流し

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Side:犬飼

『あは! 寝てる寝てる! 可愛いネ~』

『秒で寝たヨ。まるで幼子みたい』

 寝てしまった宋平くんの寝顔を観察する双子が騒がしい。猿石も宋平くんを抱えているため、下手なことが出来ないらしい。

 やだなぁ。取り仕切るのワタシ? あの双子のが立場は上なんだけど…。

 そもそもこんな事態になったのは三十分程前に入った一本の電話から。覚からの緊急要請に従って来た。ボスと刃斬サンは不在だったけど、実行部隊と処理部隊の隊長である二人と猿石が既に外にいたのが良かった。

 そして何より今日、覚と共に彼がいてくれたのが幸運だ。

『大丈夫そ?』

『ええ。…彼がいなければ、どうなっていたかわかりません。ヒート周期の乱れはわかっていましたが抑制剤の過剰摂取になると服用は医師に注意されていて兆候があるまで飲んでなかったので…。

 そんな中で周期が近かったのに気付けなかった。自分の見落としを、あの子が丁寧に拾ってくれたから助かったんです』

 普段なら顔馴染みの修理場くらいなら一人で行って、何の問題もなかった。実際覚が一人で来ると踏んで情報を流され待ち伏せされたんだろう。

 ヒート周期が乱れた覚が三十もの男に囲まれたら…、本人もどうなるかなんてすぐに想像が付いているようでスヤスヤと眠る宋平くんの頭を撫でる。

『無事で良かった、って…話がこれで終わりなら平和で良いんだけど…』

 倉庫で重たい沈黙が過ぎる。幹部連中は誰も互いに目を合わさないようにしているし、周りで作業している連中は一切声を出さずに黙々と手を動かす。

『…誰が連絡するよ…』

 腰に手を当てながら溜め息を吐き出すようにそう言えば、誰もが顔を背ける。

『俺は手が塞がってる! ソーヘーを抱っこするのは一番大事な仕事だ!』

『は? 我々の目がこれ以上塞がったらどーしてくれるんでしょうネ?』

 なすり付け合いが始まって、やれやれと首を振る。

 いや…ヤダよ。ボスになんて言うんだよ。専属の運転手が襲われかけた上に、貴方の大のお気に入りである宋平くんがいたから助かりました、

 怪我を負って…なんて、絶対キレるよ。

『…自分がします。そもそもの不注意から始まったこと』

『いや、ワタシがするよ…。詳細も聞いたし。どーせ防衛担当のワタシに火の粉が飛んでくるのは明らかだしね』

 ボスと刃斬サンは現在、ちょっとした会食に出掛けている。兄弟分の組織のところで昔からの馴染みな上に迎えまで来ていたから、今回は二人で出ている。

 取り敢えず先に刃斬サンか…。

 電話を掛けて数秒の後、刃斬サンが出てワタシはもう覚悟を決めて声を出す。

『お疲れ様です、刃斬サン。すみません…少し問題が発生していたのでお時間宜しいでしょうか』

【ああ。こっちも大体終わった。なんかあったか】

『…その。三十分程前に、修理が終わった車を回収に行った覚が襲われました』

【…は?】

 先ずはスピーカーにして全員に情報を共有すると、それから刃斬サンに報告を続ける。段々と声がしなくなる様子にワタシは内心半泣き状態で口を動かした。つつがなく報告を終えると以上です、という声も我ながら覇気がない。

【わかった。…全員そこにいるのか?】

『残った幹部は全ています。アジトの守りも万全ですが、奇襲の恐れはないと判断してこちらに来ています』

【そうか。…じゃ、替わるぞ】

 ん? 替わる??

 カタ、という微かな物音の後で暫くの沈黙が続くとその後に響いた声に全員が背筋を伸ばす。

【テメェの防衛態勢はどうなってやがる、犬飼】

 …ですよねぇ。

 ガックリと肩を落とすもすぐに姿勢を正してから謝罪を述べる。かなり苛立った様子だが、無理もない。贔屓ひいきの店は裏切り、弐条会のアジトのすぐ近くでの襲撃となればお叱りは最もだろう。

【覚。テメェは戻ったらすぐ辰見ンとこ行け】

『承知しました。…申し訳ありません、自分の不注意による失態です』

【たりめェだ。周期の修正と抑制剤の調整、治る見通しが出るまで仕事にも出るな】

 肩を縮こませた覚が見てもいないのに頭を下げる。自分たちも怒られるのかと若干身構えていた双子だが、双子には特になんのお咎めもなし。

 むしろ怒られたのは…。

【で。なんだってテメェは外をブラブラほっつき歩いてやがンだ?】

『で、でも俺が近くにいたから…間に合ったしぃ…』

 コイツだ。

 最近アジトからよく脱走する、この猿。言い訳を述べるもボスに呆気なく切り捨てられる。

【はァ? 最初からアジトにいりゃ、宋平にくっ付いてただろォが。そもそも宋平が機転を効かせてなきゃテメェの到着なんざ最後だろォがよ】

 確かに。宋平くんが一番に、と言ったから覚は猿石に連絡をした。昼時なら近くの店だろうからと。その会話がなければ覚はアジトにいる俺たちに真っ先に連絡を寄越しただろう。

『うー…、だってよぉ』

【そんなに外にいてェなら一生外飼いにしてやる】

 だってだってと文句を連ねる猿石だが、ボスも容赦はしない。暫く猿石を罵った後、ボスはまた無言になってから本人が一番聞きたかったであろうことを尋ねる。

【宋平の様子は】

『実は、あれから疲れてしまったのか寝てしまいまして。今は猿石が抱えてそこで寝てま…あ!』

 モゾ、と動いた子どもは猿石の首元から顔を離して眠たそうな顔をしてぼんやりとしている。

『今起きたみたいです!』

【…テメェがスピーカーにするからだろ】

 あ。そういうことか…!

 ごめーん、と言いながらスピーカーをオフにしようとしたら未だ寝惚けた子どもが首を傾げる。

『…ぼす? ボス、どこ?』

 ぼす? と若干舌ったらずな口調でキョロキョロと辺りを見渡す宋平くん。スピーカーにしていたせいで本人が近くにいると勘違いしているらしい。

『ソーヘー。ボスまだ仕事から戻ってねーよ』

『…え』

 猿石の言葉にあからさまに落ち込む宋平くん。そんな姿を見てピンときたワタシはすかさず彼にスマホを近付ける。

『宋平くん! ボスとお電話繋がってるよ! なんかお喋りしとく?!』

 一刻も早くこの地獄の審判から抜け出したいワタシは禁じ手を取る。

 ボーっとスマホを見つめる宋平くんは、ふとワタシを見上げるものだから笑顔で頷く。するとフニャっと笑った彼が本当に嬉しそうに声を出すのだ。

『ぼーすー?』

 なんだその気の抜ける可愛い呼び方。ウチにそんな可愛い呼ばれ方して返事する親はいな、

【なんだ】

 いたよ。早ぇよ。返答鬼早いじゃん、なんなの? ラブラブかよイチャイチャしやがって。もっとやれ。

 返答が早くて喜んでいたのはこっちもだった。ボスの声に喜んで猿石にギューっとくっ付くものだから猿石も嬉しそうに彼を抱き返す。

『ぼす、まだー?』

【ああ。直に帰れるが、帰ってからも仕事があってな…。後で顔だけ見に行く。ゆっくり休め】

 顔だけ見に行く…? あまりのデロ甘さ加減にこれは本当に自分たちのボスかと疑いすらしてしまう。そう思っていたのは何人かいたようで皆が皆、凄い顔をしていた。

『ん。ぼすー』

【どォした? お前声が萎んできてんぞ】

 今にも寝落ちしそうな少年が必死に目を擦って睡魔に抵抗する。その手は痛々しく皮が捲れ、鉄パイプを振り回していたせいか未だ赤く傷付いている。

 痛がる素振りを一切見せず、彼は笑った。

『早く、帰ってきてね…頑張って、ぼす…っ、ぅ』

 ガクンと電池が切れたように寝てしまった宋平に猿石が慌ててその身体を掴んで自分の方に倒れさせた。傷だらけのまま、どこか幸せそうに眠る姿に思わずこっちまで笑顔にされる。

『すみません、ボス…あの。宋平くん、寝てしまいまして』

【ああ。そいつよく突然寝るからな】

 これがつねなのか…? あまりにも心臓に悪過ぎる入眠だ。

【襲撃者はどォした】

『持ち物の調査をしてスマホの履歴を辿りましたが、どうやら雇われのようです。指示者を中心に二、三人連れて行こうかと』

『ダメだヨ』

 突然会話に割って入ったのは処理部隊隊長の、白澄。兄である黒河と並び立つ彼は淡々と話し出す。

『ダメだヨ。コイツら全員、宋平くんの素顔を見たヨ。顔を隠した相手に顔を攻撃するってことは顔を見るっていう明確な理由があるからだヨ。

 顔を見せろ、覚えてやる…ってことだヨ』

【…顔を攻撃?】

 あ。やべ。

 急いで宋平くんの怪我の詳細を語れば、軽傷と聞いていたボスは黙ってしまう。

 無言やめてください、怖いんですって。

『疑わしきは罰せヨ。これ常識だヨ? 可愛い弟分の顔を傷付けられた上に不安要素を残すなんて愚の骨頂』

 実行部隊として最前線に立つ黒河の狂気的な面が注目されがちだが、弟の白澄も同列にイカれてる。なんたって仕事の内容だけならエグいのは処理部隊の方だ。

【白。をしておけ】

『はぁい。綺麗にしておくヨー』

 白澄の返事と共に処理部隊が倉庫に入って来る。全員拘束してから夜に運び出すようで次々とその作業に当たる。

【黒、犬飼。修理屋全員見つけ出して俺の前に連れて来な】

『御意』

『追いかけっこネ。了解だネ』

 覚は療養なので呼ばれないとして…、未だ指示のない猿石は宋平くんを抱っこしながら不思議そうな顔をして待機している。

【猿。テメェは腕の中のモンを大事に抱えてろ】

『…! わかった!!』

【声がデケェ。殺すぞ】

 倉庫中が静かになって眠る子どもを見る。未だ夢の中にいる宋平は、猿石にしっかりと掴まってたまに服に顔を擦り付けていた。

 …ちょっと羨ましいんだけど。ワタシも抱っこしたい。

『では、ボス。それぞれ配置に着きます。お忙しい中ありがとうございました』

【…ああ。すぐ戻る、任せたぞ】

 ブツ、と切れた通話に顔を上げると誰もが目を閉じたり、ニヤけた顔やらしている。

 やれやれ。前までは任せる、なんて言わなかったじゃないですか。

『これはやる気も上がるってもんだよね』

 原因となったであろう弟分を見れば大勢にパシャパシャと写真を撮られている。曰く、刃斬サンに横流しすると褒められるらしい。

 …それもうボスに流した方が早いよね?


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