いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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味方

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『へー。なるほどねー。

 って、なるか!! はぁ?! じゃあ何! この人たちはヤクザで、しかもイッチーをボコってた奴等ってこと?! しかも、そこでバイトして借金を返してるって…待って待って! ヤバすぎる!』

『宋平。貴方のお兄さん、よく喋りますね』

 ああ。温和な覚さんが…ヤクザの顔してる。

 混乱と興奮が覚めない蒼二によって質問攻めにされてくったりとするのを覚がしっかりと支えて自分の方に寄り掛からせる。

『…酷いことは、されてない…よね?』

『たった今さっきされていましたが』

 ニコニコと笑顔で対応しているのに、なんだかその笑顔が恐ろしいのは気のせいだろうか。

『そう、だよね。ごめんね宋ちゃん…、俺のせいで無理させちゃって。他の人たちもこの人らの仲間? っぽい人たちに保護してもらえたよ。

 いや、本当にごめん…。俺、宋ちゃんに酷いこと言ったし』

『ううん。良いんだよ。俺の方こそフライング・ラリアットかましてごめんね』

 ブフォ、と犬飼が堪らずといったように噴き出し、俺を抱っこする覚さんも目を見開いてから頬を挟んでグリグリと回す。

 あああ、ぐりぐりしないでぇえ。

『…うん。あれは痛かったよ』

『ごめんて』

 二人で顔を合わせてから笑い合う。それから蒼二は真剣そうな面持ちになり、しっかりと目を合わせた後で犬飼と覚を見た。

『…なるほどね。最近、楽しそうなのは高校が合ってて、バイトが楽しいのかなって話してたけど…この人たちと一緒にいるのが楽しかったんだね。

 まぁ、色々複雑だけど…頭ごなしに否定するつもりもないよ。助けてもらってるし』

『うん。凄く楽しいよ…結構迷惑掛けてる、けど』

『普通は迷惑な奴のために、こんなとこまで来ないんだよ。宋ちゃん鈍チンだから』

 鈍チン?!

 蒼二に文句を言っても彼はずっと嬉しそうにそれを聞いていた。なんだか気味が悪くて俺が黙ると、彼は事の経緯を話してくれる。

『…大学のサークルで知り合った奴らがね、話しかけて来たのがきっかけだった。普通に話したりしてたんだけど何となく家族の話とか俺自身のことをよく聞いてきてさ。

 特に蒼士について。アイツは家じゃ宋ちゃんに甘々だけど、外じゃ結構ツンとしてるから近寄り難いんだ。だから俺に聞くのかなーって思ったんだけど』

 変化があったのは、今年の春から、らしい。

『しつこいくらいに遊びに誘って来たりさ。断っても何度も。んで、蒼士も連れて来いって…なんか変だと思って距離をとったわけ』

『そうだったんだ…』

 頷いた蒼二が当時を思い出すように遠くを見つめる。家ではいつも明るくて楽しげだったのに、そんなことになってたなんて気付けなかった。

『でもさ、同じ大学だし逃げ続けても向こうから来られるとキツくてさ。いよいよヤバいって気付いた時にはもうすっかり目を付けられてたってわけ』

 やれやれ、とばかりに肩を落とす蒼二。双子の兄を守りたくて彼も奔走していたのだ。

『で。…宋ちゃんたちに八つ当たりした後で向こうもなりふり構わず来てさ。此処に連れて来られて…アイツら言うんだよ。

 お前の家族は全員良いカモだ、って』

『…どういうこと?』

『わかんない…。でも、良くないことなのは確かだよ。アイツら俺たちのことって言ってたもん。人権無視かよ、って感じ』

 蒼士も俺も訳がわからない、と肩を落としていたが突然覚によってギュッと強く抱きしめられる。どうしたのかと彼の方を見れば、何やら犬飼と顔を合わせて確認を取り合っている。

『…どーやら、宋ちゃんのお仲間さんは心当たりがあるみたい』

 そうなの?

 犬飼がスマホを手に電話をしに行くのを見届ける。すると蒼二は俺についてニヤニヤしながら聞いて来るのだ。それはもう、楽しげに。

『で? あの人はどういう人なの? なんか一人だけ雰囲気違ったけど。なになにー? 宋ちゃんってば、危ない恋愛したい年頃?』

『なっ…?! そ、そんなわけないだろバカ! 蒼二のバカ!!』

『ちょっと?! せめてはつけてよ!』

 なんだよ危ない恋愛って!!

 覚にくっ付いて顔を隠すも、一番しつこいタイプの兄はぐいぐい来る。

『あのぉ。あの人って年齢は…』

『今年で二十三ですね』

 にじゅう、さん?!

 蒼二と覚の会話を聞いて思わず顔を上げる。この弐条会を纏めているのに、二十三?! 若過ぎるだろ。どんだけカリスマ性が特出してんだ。

 八歳差かー、としみじみと呟く蒼二に何かぶつけたかったが手元に何もないので諦める。

 …ちっ。

『そういうんじゃないッ!!』

『なんでさ。可愛い弟が、今まで初恋すら知らなかったのにいきなり本命っぽい人が出て来て喜ばしいよ、お兄ちゃんは』

『あの人には許嫁がいるからっ、違う!』

 広い廃墟に響く俺の声。自分に言い聞かせるように叫んだ言葉。自分で言って、自分で傷付いた。涙をグッと堪えると笑顔のままだった蒼二が地を這うような低い声を出す。

『は?』

 今まで蒼二と向き合っていた覚が、初めて一歩退いた瞬間でもあった。

『え。何? じゃあ、何。あの…あのクソ野郎は、ウチの可愛い弟をたぶらかしてる、って…そういう認識で良い感じ?

 …ナメてんのかコラァ!! ただでさえ未成年の子どもだってのに、そこに誠実さもない? 逮捕逮捕! はい、ウチの子を返して!!』

 ブチ切れる蒼二が覚から俺を奪い返そうとするが、ボスに頼まれた仕事を途中放棄するわけにもいかないので逃げ回る覚。

『ふざけんな、弟の純情をもてあそびやがって! 待てこの反社はんしゃ!!』

『くっ…、一言も反論出来ないのが痛いですね』

 いや。最初の純情辺りは反論したいよ、俺…。

『はぁ、はぁ…っクソ。ちょこまかと…!』

 廃材の上に登って俺を抱き直す覚と、その下で息を乱す蒼二。現役の弐条会の幹部相手に体力勝負は流石に分が悪い。

『…別にそういうんじゃないから。あの人は、まぁ…一番小さい弟分を可愛がってるだけだよ、きっと』

『宋ちゃんは、それで良いの? 本当に?』

 良いも悪いもない。

 …俺の恋は、もうとっくに死んでいる。

『本当にそういうんじゃないから…。だから覚さんに迷惑掛けないでよ、恥ずかしい』

『あのねー? 俺だからこれくらいで済んでるんだからね。此処にいたのがイッチーか蒼士だったら血の海だよ』

 腰に手を当てながら呆れたように叫ぶ蒼二に、確かにと思う。あの二人が知ったらまぁ暴れ倒すだろうと想像が付く。特に兄ちゃんは昔はヤンチャだったらしいから。

『ごめんお兄ちゃん、二人には言わないでー』

『手のひら返し早いなぁ。チキショウ…そういう時だけ俺が弱い呼び方をっ』

 ぶつぶつ言いながら頭を掻く蒼二はやがて顔を上げてから覚へと話し掛ける。

『…話だと三年後には絶対に弟を返してくれるんだよね』

『ええ。三年以内には必ず。それが我々のボスと宋平の間に交わされた契約。

 契約書が存在する限り、必ず約束は果たしますよ』

 そうそう。弐条会はちゃんと約束は守ってくれるもんね。だから俺は頑張って稼がないといけないんだ。

『三年ねぇ。隠し通せるか不安だけど、まぁ家族に一人くらいはこのことを知ってる方が宋ちゃんも安心か。

 言っておくけど! 俺はアンタらは信用しないからね、信じるのは弟だから』

『ご自由に。こちらとしても契約書が存在する限り、宋平はウチに来て働いてもらわないと困りますから』

 バチバチと火花が散る二人。どうしてこうなってしまったのかと二人を交互に見て、早く犬飼に帰って来てほしいと切に願う。

 それから蒼二はもう少し話を聞いてから家まで送ってもらうことになり、俺はアジトに一泊して明日辰見と一緒に帰ることになった。

 何度も俺を心配する蒼二を見送り、また明日と言えば改めてお礼を言ってから車へと入る。

『待ちなさい、ちょっ…あ。これ言うこと聞かない時のですね!』

『……』

 その後…未だ廃墟の近くに待機していると、いつの間にか覚の足元に一人の男がしゃがんでいた。発見から一言も発さずにこちらをガン見する男が何をしたいのか気付き、慌てて覚が俺を組み立て式の椅子に座らせて離れる。

『…どうぞ』

『いや、どうぞって…俺を差し出す

 のォっ?!!』

 ピョン、と男が俺に向かって跳ねる。ガン。と肘置きに両足を乗せて絶妙なバランスを保ちながらしゃがむと、至近距離で顔を覗き込まれる。

『…なんで呼んでくれなかったんだよぉっ、ソーヘー!! ボロボロだし! 怪我してるし! 怪我悪化してるし!! バカー! ソーヘーのバカー!』

『うん…、ごめんね。俺バカだし臆病だから、アニキたちにすぐ頼れなかった。来てくれて、ありがとう』

『ソーヘーはバカじゃねーし! どーいたしましてーッ! 次やったら一生背中に貼り付く!

 …約束のハグして、ソーヘー…』

 いや。どっちだよ…とツッコミたかったが、サングラスをズラして今にも泣きそうな顔で懇願こんがんされては敵わない。背中に貼り付かれるのは困るので腕を広げると片手を脇の下に、もう片方の手を膝下に差し込んで持ち上げると、とんでもないところで抱きしめられる。

 怖っ! 椅子っ、椅子の上!!

 怖かったけど、何かあっても猿石がなんとかするだろうと、しっかりとその身を抱く。猿石も頬を擦り寄せて嬉しそうにすると満足したのか椅子から降りて歩き出す。

『なぁ、ソーヘー』

『んー?』

 自分の手をブランコみたいにして俺のお尻を置き、顔を覗き込む猿石。

『ソーヘーさぁ。さっきボスとチューしてたけど、アレってつまりデキてるってことか?』

 そうなのか? と心なしかワクワクした顔で尋ねる猿石に俺は石のようにピシッと固まる。

 あ、ぁ…ぁああああーっ?!

 見られてる!? そうだ、アレって普通に皆周りにいたじゃん!! え…つまりなに? 俺がほっぺにキスされたのは蒼二兄だけじゃなく全員に見られてたってこと?!

 ハッと覚の方を振り向けば凄く良い笑顔でスマホの画面を見せてきた。

 そこには、何者かの盗撮によるキスシーンがしっかりと記録されていて、俺はぶっ倒れた。


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