いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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それの行く先

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『…何してんだ』

 猿石の背中にしがみ付いて一切顔を上げない俺。オロオロする猿石と苦笑い気味に背中を摩る覚を見て帰って来たボスは首を傾げる。
 
『貸せ、猿石』

『ほーい』

 背中の俺を差し出す猿石。もはや抵抗する気力すら失った俺は大人しくボスの元へ移動して抱っこされる。そうしたらまた猿石や覚がニヤニヤするもんだから堪らずボスの肩に顔を突っ込む。

 くそぉ…! 揶揄いやがって!!

『ボスー!! 此処、スゲー電波状況悪くてストレスなんですけど! 色々照合したいのに全然作業進まなくて進まなくて!』

 犬飼がパソコンを抱えながら走って来ると大体の幹部が揃う。それを見たボスは俺を抱えたまま羽織をひるがえす。

『なら撤収だ。欲しい資料も情報も、大体揃った。

 黒、追加徴収ついかちょうしゅうだ。白、吐かせて来い』

 御意。と放って黒河はボスから受け取った書類に軽く目を通してからすぐに処分して出掛ける。白澄も部下を引き連れて裏口の方から出て行く。

『覚。宋平の家に何人か張らせる。人選はお前に任せる、そのまま置いて来い』 

『御意。…コレはどうしましょう』

 覚は地面に座ってパソコンを弄る犬飼を指差す。どうやら作業に夢中になって聞いていないらしい。

『…そのまま車に詰めて連れてけ。こっちは刃斬に運転と護衛をさせる。念の為に猿石もそっちにいた方が良いだろォよ。

 猿。まだ連中の残党が残ってる場合もある。覚と犬飼に付いて、その後はアジトまで全員で戻れ』

『わかったー』
 
 ボスの合図で全員が指示通りに動き出す。構成員も撤収作業を進めて速やかに移動を開始した。

 俺はボスに抱えられたまま刃斬と共に車まで移動する。汚れた服を着替えた後、軽く治療された足を気遣いながら座らせてもらい、刃斬の運転で発車した。

 後部座席でボスと隣り合って座る。時刻はもう夜七時を過ぎて流石に暗い。無音の車に座って窓から景色を眺めていると、ある物が目に入る。

『…あ』

 思っていたよりも大きな声を出してしまい、咄嗟に口を塞ぐ。すぐに窓から目を離して真っ直ぐ前を向いて座り直すが突然横から顎の下辺りを指で撫でられる。驚いて横を向くと、ボスがこっちを見ていた。

『なんだ』

『い、え…大したことでは…。ただ、家の前で襲われた時…あそこに買い物に行こうと出掛けたんだって、思い出して』

 指を差したのは昔から駅の近くにある商業ビル。大きなビルで上の階にはカフェや服屋なんかも入っているが書店はその中でも力が入っていて一階から三階、更には地下まで書店のスペースだ。

 俺はあそこに行きたかった。

『…まだやってンのか』

『カフェは夜八時、書店関連は夜九時まで開いています』

『何処に行きたかったんだ』

 書店だと答えると、何も言ってないのに車が右折してアジトへの帰路から逸れる。何処に向かっているのかすぐにわかってワタワタしていたらボスが口を開く。

『買うモン買ったらすぐ帰るからな』

『え。…っ、はい。ありがとう、ボス…』

 や、優しいんだが…!!

 車がビルの前に停まると、刃斬は駐車場に停めて来るとそのまま行ってしまう。再びボスに抱っこされた俺はそのまま入店した。

 いや恥ずかしいな、これ。

 閉店近い時間とはいえ、夏休みの時期もあってそこそこ人がいる上にボスの容姿が何より目立つ。息を呑むほどのイケメン、しかも和装。ついでになんかコブ付きで抱っこをしての入店だ。

 死ぬほど目立つ。

『で? 何を買いに来たわけだ』

『文房具コーナーです。確か地下に…』

 近くのエレベーターを指差すと、ボスが歩き出す。そこに店員さんが現れた。

『お客様。宜しければお連れ様に車椅子をご用意致しましょうか?』

 怪我をした俺の足の包帯を見て気を利かせてくれたらしい。ベテラン感のある男性従業員の言葉をボスは断った。

『長居はしねェから、要らねェよ。気遣いだけ貰っとくがな。…丁度荷物持ちも来たところだ』

 そこへ自動ドアを抜けて現れた刃斬に売り場は更なるどよめきを産む。和装のイケメンの次はガタイの良いスーツ姿の違うタイプのイケメンだ。

 向かって来るだけで圧がある男に、店員さんも言葉を失っている。

『アニキおかえりー』

『すまん、少し混んでいた。…何かあったか』

 刃斬が店員に目を向けると、すっかり萎縮いしゅくしてしまった店員さんに代わってボスが事情を話してくれる。

『何もねェよ。宋平を気遣ってくれただけだ。な?』

『うん。早く行こう、アニキ』

 そうか、と言って店員さんに一礼した後でさり気なくカゴを持ってからエレベーターへと向かう刃斬。俺たちも続くと地下へ降り、目当ての物を探す。

『…消しゴム?』

『そう。普通のじゃなくて、大きいのがあるの近くじゃ此処くらいなんです。毎年…えっと、親戚。そう、親戚に消しゴム判子はんこのハガキを出してるから材料の消しゴムが欲しかったんです』

 本当は親戚ではなく、昔からバランサーを支援するところや政府のバランサー部門の人に贈るのだ。これを最低限の交流とし、年に一回だけこちらから出す挨拶のようなもの。

 五歳の時は手形で、六歳の時にテレビで見た消しゴム判子にしたら大好評だったようで恒例になり…完全に辞め時を見失っている状態だ。

 まぁ、大した労力でもないし楽しいから…良いんだけどさ。

『最近はブームになってるみたいで、…ほら! 特設コーナーもあるんですから!』

 テレビで紹介していたりと需要が増えてきているのだ。毎年色んなテーマで判子を作るから同じ判子はあまり使えない。

 今年は海に行ったのが楽しかったから、テーマは海だ。

『あ! 新しい色のやつ出てんじゃん、良いなぁ。今年はこれも使いたいし…』

 商品に手を伸ばすと、すぐにボスが屈んで取りやすいようにしてくれる。一人で新商品にテンションを上げるも予算があるので真剣に吟味ぎんみしてから買う。

 ああ。あれもこれも欲しくなるな、この時にしか使わないのに…!

『こっちかな…、いや確かもうちょっと濃かったような』

『もう全部買っちまえ』

 ほら、とカゴを差し出す刃斬にノーと言ってカゴを押し除ける。無駄遣いダメ、絶対。

『決めました! これで大丈夫です』

 しっかりと電卓で計算してから商品をカゴに入れていく。消しゴムと、新しい紫色のインク二色と、あとは宛名書きに使うペン。レジまで移動してポケットからカードケースを出してある物を出す。

『これ使えますか?』

『はい。図書カードですね、使えますよ』

 レジをするお姉さんの言葉にホッとしてから図書カード千円のものを二枚出す。袋に入れてもらった商品を受け取ると無事に買い物は終了。

 後は帰るだけだね、とボスと刃斬の方を見るとボスは何故か手で顔を覆っているし…刃斬は明後日の方向を見つめている。

『ふっ、…図書、図書カードってお前…く、』

『ツボるとこ、そこですか?!』

 図書カードの何が悪いんだよ、立派な金券だろアレは!!

 何がそんなに面白かったのかボスは車に戻るまでずっと笑っていたし、刃斬も心なしか口元が歪んでいた気がする。俺はといえば、大事な図書カードをバカにされてご立腹だ。

 仕方ないだろ! お小遣いは服とか飲み物に使うし、バイトしてるけどバイト代ないんだから!

 まぁ、日頃から大金を動かすようなヤクザにしてみれば図書カードなんて…いや、もしかしたら初めて見たのかもしれない。

『悪かった。ほら、そんなに膨らますな。…食っちまうぞ』

 むぐ、と膨らませていた頬をボスに指で突かれてプスーっと空気が抜ける。懲りずにまた膨らましたら本当に頬を食べるようにボスが身を乗り出したのでワーキャー言って身体を逸らした。

 そっと頬に優しく手を当てられ、どうしたのかと様子を見ていたら外からの光で照らされたボスは難しい顔をして何か呟く。

『…ああいう泣かせ方をするつもりじゃ、なかったンだがなァ』

 なんだなんだ?

『少し休んでろ。すぐに着くから、起こしてやる。お前さっきから目が…そういや、随分とよく光るな』

 何度も頬や顎を撫でられて気持ち良くて仕方ない。ふあ、と欠伸を漏らすとボスが刃斬からブランケットを受け取って俺の膝に掛けてくれる。車内の涼しい冷房と膝元が良い感じに暖められて最高だ。

 やがて俺は、車内での二人の会話を子守唄にグラグラと首を揺らして…疲れた身体を休めるように眠りについた。

 …蒼二兄も今頃、家に帰れたかな。良かった。これで事件は解決して…

ようやく尻尾が掴めたか』

 あれ。

『はい。此処からが正念場です』

 …マジで?


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