いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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対立

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Side:刃斬

 見ているこちらが心配になるほどガクン、と首を揺らしながら眠る子ども。隣に座るボスも心配なようで何度も様子を見ている。

 …早く休ませた方が良いな。

『今頃、犬飼が情報を整理しています。…今回の件にが絡んでいるとすれば』

『…ああ。ここ最近の騒がしさと事件続きなのが何よりの証拠だ。

 本格的な抗争に入る。…本来は、それを上手くこっちに乗せる為に引き入れたんだがなァ』

 ボスが手を伸ばすと、眠っていた子どもの頬に触れる。手の温度が気持ち良かったのか、ふにゃふにゃと笑ってから再び眠ってしまう。

。向こうもこちらの手札が揃って焦っているのでしょう』

『こうなることはわかってた。俺が潔く譲らねェ故の争いだからな』

 それでも、これだけは退けない戦いだ。

 グッとハンドルを握る力も込もる。この戦いに勝つか負けるかが生死を分つ。特にボスは。

 この方を失うことだけは出来ない。

『貴方あっての弐条会です。必ずや勝利を、約束します』

『約束、ねェ。テメェのは信用ならねェからなァ…』

 嘲笑あざわらうように肘をつくボスの姿に言葉を失う。とんだ失言だと自身を責めるが、言った本人に恐る恐る目を向ければ相変わらず子どもを構うのに飽きないようで思いの外、ダメージは無さそうに見える。

 …やはりまだ、この話題は避けるべきだな。

『申し訳ありません、ですが自分は』

『黙ってろ。この話はもう終わった。

 …終わったんだよ、全部な』

 痛恨のミスだと口を閉ざす。暫く重い空気が車内を占めたが、それを払ったのは子どもの寝言だった。

『んあ? 違う…魚じゃ、ない…お肉を。ちがう、それはマグロぉ…』

 思わずミラー越しに寝言を言う当人を見るが再び眠ってしまった。赤信号で止まっていたのでボスと目を合わせれば、声を上げて主人が笑う。

『お前っ、夢でもなんか作ってんのか?』

 ケラケラ笑いながら愛おしげに手を伸ばす姿が、あまりにも尊い。あのボスが他人を受け入れて愛す姿に思わず涙ぐむ。

 それを受け入れて、二人が共に居れないことを理解しているから自分の無力を嘆かずにはいられない。

 …神ってやつは、どれだけ非道な野郎なんだろうな。

『ボス。魚神以外は全員揃っています。先に辰見に宋平を診せましょう』

『ああ』

 アジトに到着すると部下たちが迎える。いつも通り平静を装っているが、どいつもこいつも子どもの身が心配なようでチラチラと車内に目を向けた。

『起きたか、宋平』

『ぁい…』

 寝起きの宋平を抱き上げて車から出てくるボスの姿に一気に喜びが伝染していく。兄貴分たちに気付いた子どもは困ったような、照れたような表情を浮かべて手を振るもんだから気付いた奴等は全員手を振り返す。

 医務室に辿り着くと、心配していた辰見が駆け寄る。怒られると思ってボスにしがみ付いていた子どもを見て、取り敢えず大丈夫だった事実に安堵している。

 が。キッチリと子どもを叱ってから手早く治療をして…再び松葉杖が渡される。

『そろそろコレに君の名前を掘らなければならないようだ』

 松葉杖に自身の名が刻まれそうになり、涙目になりながら謝罪する後ろ姿がなんとも言えない庇護欲を引き立て、治療が終わるとすぐにボスが抱えて俺が松葉杖を持って移動する。

『もうすぐ全員揃うから、それまで風呂入って来い』 

 着替えはしたがあまりよくない環境の廃墟にいて散々動き回った宋平は素直にそれに従う。フロアにいた覚を呼べば世話を快諾かいだくして一緒に風呂に入る。

 暫くすると何がそんなに楽しいのか、風呂場から子どもの笑い声がしてたまに覚のたしなめるような声も響く。仕事を終えた猿石など、あまりに楽しそうなもんだから自分も入ろうと血迷うほどに。

『大浴場じゃないんだから入るわけないだろ!! お前みたいな巨体、一人でも狭いわ!』

『俺もソーヘーと入りてぇ!』

『話聞いてた?! …はぁ。明日の朝にでも朝風呂に連れて行ってあげたら良いだろ。本人の許可取れよ? 無理矢理連れて行くなよ?』

 犬飼の言葉に納得出来ないまでも、大人しく風呂の出口で待つ猿石。やがて覚に抱かれて出て来た宋平に飛び付こうとして、慌てて手渡される。

『ソーヘー良い匂いするな!』

『ボスの高級シャンプー使わせてもらったからね。俺もこの匂い好き』

 俺がやったパジャマに着替えて猿石に匂いを嗅がれる宋平はされるがままで嫌がる様子もない。戯れ付く二人を呼び寄せると、丁度双子が帰って来たところだ。

 浮かない顔をする白澄に、退屈そうに肩を回す黒河だが宋平を見つけてすぐに機嫌が良くなりちょっかいを出そうとするが猿石がそれを阻止した。

『…はぁ。さっさと来い、お前ら…』

 全員を呼び出すと犬飼や覚が資料を取り出し、ソファに全員が揃うタイミングで話を始めた。これはこれからの弐条会が挑む、戦争のようなもの。

『先ず初めに、今回の件は弐条会にも関わりがある。前々から誘拐事件やクスリに関する製造、武器の密輸が多かったのも繋がってる。

 因みに今回ベータの人間が多く攫われたのも、そのベータがある程度優秀で何かしら秀でたタイプの人間だと調査された上で攫われてる』

 俺の説明に顔を上げた宋平は、まだ何のことかよくわかっていないようだった。

『アルファやオメガを攫うより、ベータは数も多く先祖を遡ればアルファかオメガだった場合も多数ある。特に学問や身体能力に秀でたベータはそれに該当したりする。

 …つまり。次にそいつが子どもを作れば、その子どもが優秀な遺伝子を引き継ぐ可能性は高い。相手がアルファかオメガならその確率は更に跳ね上がる。

 どこぞの下位のアルファやオメガの家系の人間や組織が優秀なベータを欲しがって、売り飛ばす…それが今回の事件だ』

 まぁよくある話だ。ベータが行方不明になったところでアルファやオメガより格段に捜索の手は緩むだろうし、ベータなら攫うのが楽だ。

 力では敵わないアルファ。警戒心の高いオメガ。自分はどちらでもないからと油断するベータ。

 …つまり、そういうことだ。

『そ、そんな…。じゃあ俺の家族が良いカモだって言ってたあの言葉の意味って…』

『ああ。長兄はベータにしては高い戦闘力に、双子は揃って成績優秀。

 そして、末のお前は体質こそ見抜かれてはいねぇだろぉが…重要なのが兄貴たち全員から大切にされている弟、って点だ。大人しくさせるのにこれ以上の餌はねぇよ』

 言葉を失う宋平に、猿石がすかさず抱きしめてやる。一般人にとってこれ程の絶望もないだろう。

『これは資金集めに過ぎねェ。あの場にいたのも大半は雇われの捨て石だろ』

 スッとこちらの双子に目を向ければ概ね間違いではないらしく、軽く手を振っている。白澄に至っては本当につまらなそうに足を組んでゲームをしているので、相当口の軽い連中だったのだろう。

『繁華街でも何人もやられててな。普通の店のオーナーからホストに嬢、客に黒服…果てには店ごと、なんてのもある。

 それらの原因はある一派によるモンだ』

『ある一派…? それは、一体…』

 部屋に沈黙が流れて全員が椅子に座るボスを見る。腕を組んで目を閉じていたボスはゆっくりと目を開けてから口を開く。

『弐条会だ』

 ポカン、とした表情を浮かべた宋平はその言葉を理解しようと努力していたが結局よくわからなかったようで全員と顔を見合わせる。

 全員が何かしら肯定のアクションを示すとサッと顔色が悪くなる。

『だが、俺たちじゃねェ。…まァ世間じゃだのだの言われてる。

 要は跡目争あとめあらそいだ。弐条会の正式な継承者を決める戦争だな。身内争いではあるが、これは後に国中に広がる問題だからな。

 弐条会はこの国で一番力を持つヤクザだ。だからこそ、その継承はあらゆるものに影響する』

 弐条会は大昔から繋がれてきたヤクザの一家。珍しいことにそれは現代でも規模を広げ、国中のあらゆる根幹に結び付くこともある。

 そんな弐条会の次期親分だ。向こうだって黙ってはいないし、こうして汚い手を使ってきた。

『あの、…その過激派? 正統派はボスじゃない人を推薦してるんですよね。それは一体…』

『ああ。俺の腹違いの弟だ』

 正統派にしてボスの弟は、正統派の名前通り先代と正妻の間に産まれた子どもでボスの一つ下だ。そしてボスは先代とめかけの間に産まれた子ども。

 珍しくもない話だった。ただ、珍しかったのがそれから影武者として世に出されたボスの方が圧倒的な上位アルファでありカリスマ性に溢れた方だった。

『正統なる血筋か、真にヤクザに相応しい人格か。二つに一つ、決める時が来たわけだ。

 …俺はもう、自分の手に入れたモンを失う気は更々ねェ。俺のシマを荒らす野郎は誰だろうと潰す』

 
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