いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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全てを君に教えてあげる

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『着れないって言うか…、これは…』

 現代的な黒で統一された綺麗なお風呂をお借りして、ほくほくで上がった俺がぶつかった問題。それがボスから借りた甚平だ。

 ボスの物だから当然体格が違うし、サイズも違う。でもこれならイケるだろうと思ったのだろう。だがしかし現実は悲しかった。

 ストン、と綺麗に落ちる半ズボンに俺は涙目状態だ。これは限界まで紐を縛ってこの状態である。

『もう良いや…。ていうかパンツもねーし、どーしよっかなぁ…』

 いつまでも素っ裸でいるわけにもいかない。取り敢えず甚平の上だけ借りると良い感じに尻は隠れてくれた。太もも辺りまである丈に、どれだけの差があるか痛感しながら移動する。

 ボスの寝室は、広くて入って真ん中にデカいベッドが設置されていて近くには小さめの本棚に、寝酒を楽しむ為かワインセラーまである。勿論ワイン以外にも日本酒やウイスキーなんかも揃っていて大変お高そうなので手を触れないようにする。

 後は近くに灰皿と煙管。もう用意されている物の全てが大人っぽく、洗練された逸品ばかり。
 
 か、カッコいい~!

 調度品を見ていたら、盛大なクシャミをして部屋にクーラーのスイッチがないか見渡すが見つからない。恐らく違う場所で部屋全体の温度を設定されているのだろう。

『…でも…、俺いまパンツ…ないしなぁ』

 色んな意味でベッドに入りたい。

 …ベッドに入りたい、凄く。

『…ええい! 後でシーツ替えるから許してボス!』

 真っ黒なシーツの中に潜り込むと煙草にボス自身の匂いが混じったものがダイレクトに鼻に届く。仮眠室のベッドよりもずっと強い匂いに身体の芯から甘い痺れが走る。

 …はぁ。仮眠室より、こっちのベッドに羽織り突っ込みたい…。

『何このシーツの肌触り…最高過ぎる。サラサラじゃんかぁ…』

 肌触りの良いシーツに好みの匂い、メロメロになった俺は暫く一人でベッドで好き勝手。枕の位置を調整しつつ足をパタパタと動かして、ご機嫌にキミチキ!の代表曲を口ずさんでいたら…ふとバランサーの五感が働きパッと後ろを振り返る。

 そこには真顔のままこちらを向き、スマホで誰かに電話を掛けるボスの姿が…。

『…俺だ。今すぐ宋平の下着とズボンを持って来い』

 いやぁああああああーっ!!

 俺の絶叫が防音対策抜群のアジトに響く。泣きべそをかきながらベッドに閉じ籠ると、すぐ横にボスが座って笑いながら俺を撫でる。

『バカ! 変態! スケベ!! ちょ、下着要求したってことは…ぁ、あぁあああ~!!』

 こんもりと丸くなった俺を声を上げて笑うボス。

 いや笑えないよ! その辺が恥ずかしいからわざわざ別に入ったのにっ…更に恥ずかしいことしてんじゃねーか!

 ピーンポーン、という呼び鈴が鳴りボスが撫でていた手を止める。

 パンツ来た!!

『あにぎぃいい!!』

『おい。待てこら』

 ベッドから抜け出して玄関まで駆ける。すると、丁度入ってきたばかりの刃斬がいて走って来た俺に仰天して上体を逸らす。

 しかし反射神経の賜物だろうか。咄嗟に手を伸ばした彼に飛び付いてぶら下がる。

『…色々と言いたいことはある、が! 取り敢えずボスに心配を掛けるな。全くお前は本当にジッとしてらんねぇ性分で』

『あうあう』

 ほっぺを摘まれ、痛みで半泣き状態になる。しかし何も言えない立場なので黙ってそれを受け入れることに。刃斬は予想よりも早く俺を許してくれると、そのまま抱えて連れて行かれてボスの寝室へと入る。

『…大変な荒れ様ですね』

『どっかの子猫が興奮しちまってなァ』

『ああ。荒らしたのお前か』

 ベッドの荒れ様に驚く刃斬だがボスの言葉にすぐに納得して俺をベッドに置くとビニール袋から新品のパンツと短めの紺のズボンを取り出した。

『自分で穿けるのに…』

『黙ってろ。また勝手に包帯取りやがって…、今日くらいはちゃんとしろ』

 小さな子どものように刃斬の肩に手を置くと、しゃがんだ彼によって素早くパンツを穿かされる。一体何の拷問かと思っていたら今度はズボンだと足を上げる様に指示を受けた。

『よし、と。…良いな。流石はボスの見立てだ。似合ってるぞ』

『本当ですか?! …ボス!』

 ボスを呼べば当然のように頷く姿に嬉しくて思わず笑みが溢れる。

 刃斬曰く間もなく夕食だが、時間があるらしい。だからボスの計らいでそれまでアジトの本格ツアーをしてくれるらしく、俺のテンションはマックスだ。

 二人と一緒に近場の知らない所を回る。脱走癖を指摘されたせいで、空いてる手を常にボスに繋がれて歩く羽目になった。

『…行くとするか』

 それから俺は知らなかったアジトの中を巡り、改めてこのアジトの凄さを痛感する。普段は溜まり部屋やボスのフロア、地下の大浴場や個人住居区しか知らなかったが実際には様々な設備を兼ねた場所がある。

 防衛システム室に武器庫、金庫に修行場まであるらしい。ジムと違って対人戦闘専用だ。他にもラボや実験場まであった。

 …そうだよな、外から見たらこのアジト、バカでかいし高いビルだもんな…。

『お前が行った地下には捕虜の収容所に尋問部屋がある。まぁ、どっちもセキュリティがガチガチだからな。階層までは楽に行けるが、それ以降は幹部クラスが一緒じゃねぇと入れねェ。または許可を得た奴のみだ。

 …後はテメェの分野だぞ』

 ボスにそう言われたのは刃斬だ。そこからは刃斬の案内である場所に連れて行ってもらう。

 案内されたのは屋上にある、温室だ。専用のコードで開かれた場所には様々な草花や果物、野菜が栽培されていて思わず感嘆の声を漏らした。

 スゲー! さっきの物々しい雰囲気から楽園みたいな空気だ!

『凄い! 刃斬の兄貴が育ててるんですか? わーっ…、あ! トマト! ボス、トマトの方に行きたいです!』

『仰せのままに』

 瑞々みずみずしいプチトマトが沢山実り、キラキラと赤い実を輝かせる。いつも貰うやつかと聞けば、そうだと返事が返ってきて再びプチトマトを見る。

 へー…スゲェ。何種類あるんだコレ。

『此処は刃斬の管轄だ。むしろコイツしか入らねェ』

『そうなんですか。でも兄貴って面倒見が良いから納得です、育てるのも上手なんですね』

 しゃがんで植物を観察していたから、ボスも一緒になってしゃがんでいたので顔が近い。ボスは何か言いたげに刃斬の方を向くので俺も一緒になって見上げる。

 そこには、少し照れたような顔をしてそっぽを向く刃斬がいてボスと一緒になってガン見だ。

『…ちょっと待ってろ』

 席を外す刃斬に照れた? とボスに聞けば、照れたな。という確信を貰う。なんとも言えないこの勝利の悦に浸りながらボスとお喋りをして庭園を回っていたら何やら色々抱えた刃斬が帰って来た。

『やる。帰る時に持ってけ』

『えっ?!』

 ドサッと紙袋に入った野菜や、ブーケにされた花を差し出されて困惑しつつ受け取る。ボスが手伝ってくれて俺の手元には小ぶりな花束が残った。

『あ、兄貴?! 嬉しいけどこれっ、ボスの為に育ててるんじゃ…』

『お前よくわかったな』

 いや普通わかるでしょ。普段からボスの健康や安全に配慮する人が野菜やら育ててるんだから、それは全てボスに安全な食事をしてほしいからだろう。

 当の本人に料理のスキルがあまりなかったのが唯一の欠点ではないだろうか。

『普段は馴染みの料亭なんかに渡してるが、それでも他人の手が加わるから毒味は必須だ。

 …宋平。お前さえ良ければ此処の食材を好きに使ってくれ。ほら、これが入る為のコードだ』 

 スマホにコードとなる数字が送られ、いつでも入れるようになった。とんとん拍子で進む話に待ったをかけるも、刃斬はそれを許さず笑顔を向けた。

『お前が此処の食材を使って、アジトで料理をしてくれたら完璧だろ。頼む、俺ぁ料理だけはイマイチ腕が上がらねぇんだ。

 やってくれるか? お前さえいるなら、荷物持ちに誰かしら連れて来ても良い。…猿は暴れさすなよ』

 どうして、と聞きたかったのに…それは彼の笑顔がもう答えみたいなものだった。たったさっき、迷惑を掛けたばかりだというのにどうしてこんなに大切な部屋の鍵を預けるのか。

 …この人たちの信頼に応えたい、そう心から願った瞬間だった。

『わかりました…。でも見分けとか心配だから、なるべく兄貴が一緒にいて教えて下さいね? 絶対に約束ですよ?』

『わかったわかった。約束するから』

『ボスも! 野菜とか果物の好み、教えて下さい!』

『俺ァお前が作ったモンなら一通り食うが』

 え。何それ嬉し過ぎるんだが?

 それから暫く俺たちは温室で過ごし、下に降りてから皆で夕飯を囲んでから…何故か双子による今日の体育祭の上映会が始まり大盛り上がり。その場にいなかった者も見ていた者も酒を片手に盛り上がり、無駄に良い映像にアップで映る自分の姿に思わず双子を追い掛け回す。

 部下を! 変なことに使わない!!

 しかし意外とボスや刃斬、猿石なんかも出場しているので皆が興味津々で見ていたし本格的な動画編集で無駄がなくスムーズな運びで終わったから満足感も高い。

 弐条会の技術力を変なところで使うの止めてくれないか…。

『普通に楽しんでしまった』

『ああ。中々良かったな』

 猿石なんて最初はいなかったもんだから、スクリーンの真ん前を陣取って離れなかった。

『来年も一緒に出れたら良いね!』

 励ますつもりで言った俺の言葉に、猿石は落ち込んでしまって小さく…小さく頷いた。

 ふふ。さては来年まで待てないな? 来年は兄ちゃんたちが来るかもだし、難しいかなぁ。

 猿石や他のメンバーが違う理由で感傷に浸っているなんて知らない俺は、同じように少し口数の少なくなったボスにソファの上でそっと抱き寄せられるのだった。


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