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ヘッドハンティング
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上映会が終わると俺はボスに連れられ、ボスのフロアへと向かう。皆も来るのかと振り返ったら後で行く、と刃斬に言われたので先に向かっていることに。
『…ボス、あの…シーツ、後で取り替えて下さい。そのまま寝転がって、すみません…』
『シーツ…? …ああ、わかった。別に構わねェよ』
良かった! あんまり嫌そうじゃない!
安心してボスの手を引いて歩いていると、ボスも少し楽しそうに表情を緩めて歩く。目が合って特に何を言うでもなく、どちらともなく笑い合うことが幸せで仕方ない。
こんな時間が、一生続いてほしい。
『疲れてるから、その内眠くなるだろ。何人か来るだろォが防音だから五月蝿くはなんねェはずだ。
さて。それまでのお前の時間を貰うとするか』
時間?
はて、と何のことだと不思議に思いつつ、ベッドに横にされてボスが一緒に入って来る。どうぞとばかりにスペースを空けると良い子だ、と優しく頭を撫でられた。
『お前の話を聞きてェんだ。なんでも良い。…常春宋平について知れるなら、なんでもな』
『俺の? えー…、そんな聞いて楽しいようなものはないと思うんですが…』
何でも良いと言うから昔話や最近の出来事を話す。学校は兄弟全員が同じだとか、体育祭が終わったらすぐに学園祭で準備が大変だとか。
『お前は卒業したらどォすんだ。長兄は中学出て就職、真ん中の双子は揃って大学だろ。
…お前は、どうしたいんだ?』
創一郎は家族の為に早々に就職し、優秀だった双子は特待生枠を貰って進学が叶った。俺についてはバランサーのこともあり、よくわからない。
夢…というのも、ピンと来ない。何がしたいか、何になりないか。全然わからないんだ。
『…まだよく、わからなくて。何も決めてないのに進学する余裕はないし俺は二人みたいに頭もそんなに良くないから就職かなって』
バランサーの力を返納するまで、ずっとバランサーのままでも良いかもしれない。稀に、政府からの要請でバース性に苦しむ人の調整を行うことがある。この力で誰かの苦しみを和らげることが出来るのは誇りだ。だけど世の中には猿石や覚のようにまだ、苦しんでいる人もいるから。
そういう人たちの力になれたら…、俺がまだバランサーである内に。
『そォかい』
卒業後、彼らはどうなるんだろう。この跡目争いに勝利したらまた今まで通り…この国一番のヤクザであり続けるんだろうか。
来年にはきっと、この場所に許嫁の羽魅がいるのだろう。今この場に俺がいるのもアレだと思うが…一番下の弟分ということで許してほしい。
『…おお。珍しい…』
寝息を立てるボスの姿に感動して近付く。間接照明だけが照らす部屋で珍しい寝顔に、手を伸ばす。
いつもは大抵、俺が先に寝ちゃうから…。
『ちゃんとした寝顔なんて見るの、あの時以来か?』
古城襲撃事件。あれも寝顔とは少し違うが、まぁ近いものだろう。あの時はただただ必死で…この人を護りたい一心だった。
今は、あの時よりずっと強い気持ちがある。
『…もう半年か。あっという間に寒くなって、一年が終わるんだろうなぁ』
無防備に眠るボスの姿を見ていると邪な気持ちが次々と出てくる。
冬になったら二人は婚約する。番になったら、あの私室のベッドに彼は…寝るんだろうか。オメガだし巣作りにボスの服を使って…、俺は一枚しか持ってない着物を、スーツを…好きなだけ使えるんだ。
…いいなぁ。羨ましい…。
『まぁ嘘吐きだけど! だって俺、あの夜にボスにずっとくっ付いてたし。誰もいなかった、よな…?』
取り敢えずボスが寝てしまったと刃斬に連絡を入れる。するとすぐに返事が返って来て、そのまま寝かせてやってくれとのこと。
やった…! 合法だ、一緒に寝れる!
『俺もボスのこと聞けば良かった。…でも、どこまで踏み込んで良いかわかんねーよ』
貴方はどこまで、俺のことを受け入れてくれるだろうか。
実は、政府からある一通の手紙が来ていた。極力バランサーとは不干渉の条約があるが一定の条件があるとそれが許される。それがこれ。
…婚約者の斡旋だ。俺の方にまで、こんな話が来ていた。バランサーとして自分の性別を隠して相手を見つけるのは勿論、政府側から歳の近い人間を斡旋することも出来ますよ、というもの。
将来何があるかわからないから、政府の…バランサーに理解のある口の固い人間を揃えるってこと。オメガの十八歳の縛りがあるから、こんな話もきた。
兄たちは少しこの話に乗り気だった。心配性な兄たちは政府側が用意した人間なら必ず身を守ってくれるはずだと。だけど決めるのは俺だし、まだ子どもだからとすぐにこの話はしなくなる。
『お互い大変ですねぇ』
まだよくわからないしお断りする予定だ。いつバランサーでなくなるかもわからない。それに、今は…。
『貴方のことしか考えたくない』
眠るボスの胸元に潜り込む。今だけはこの人を独り占めできることが嬉しいけど、こんなにくっ付いているのに寂しいのは何故だろう。
それから俺たちは朝までぐっすり。朝早く起きた俺はベッドを抜け出し、フロアにいた刃斬に迎えられ一緒に温室に行って朝食の材料を収穫に行った。
『昨日ボス寝ちゃって大丈夫でしたか?』
『ああ。急ぎの仕事でもねぇし、偶にはゆっくり疲れを取ってもらわねぇとな』
収穫したトマトやピーマン、オクラなどを持ってフロアへ戻る。洗濯に向かう刃斬と料理をする俺。相変わらず刃斬のぶかぶかエプロンをして和食中心の朝食を用意する。
『宋平。ボスを起こして来てくれ。あの人がこんなに長く寝てるなんて珍しいもんだ』
『はーい』
仮眠室に行くと未だにボスがベッドで寝ている。自分の寝ていたスペースに靴を脱いで乗り上げてボスを優しく揺らす。
『ボス。朝ですよ、ご飯食べれますか?』
『…宋平…?』
寝起きで状況が理解出来ていないボスに悪戯心が働いてニヤニヤしながら迫る。
『早く起きないとおはようのチュウをしてしまいますよー? ほらほら、味噌汁が冷めちゃう』
薄い布団越しに身体を揺らしてからベッドを降りる。最初は確かに俺の名前を呼んで起きたような気配があったのに、また静かになってしまった。
…あれ? また寝た?
『ボスってばまた寝ちゃ…、あれ?』
顔を覗き込むとボスはもうバッチリ起きていて着流しを着崩した色気ムンムンな姿で肘を付いている。すると、もう片方の手で自分の頬をとんとん、と指差す。
…あ、アンタまさか!!
『おああああっ!!』
『待て。おはようのチュウはどォした』
嫌がらせか?! 嫌がらせにしてはタチが悪ぃ!
バタバタと部屋から逃げ出すと刃斬の背中を掴んで、広いそこに隠れて顔を僅かに覗かせる。
『おはようございます、ボス』
『ああ。すまねェ。俺としたことが寝落ちした』
『問題ありません、ゆっくり眠れたようで何よりですよ。味噌汁を温め直すので支度をして来て下さい。…朝食は宋平が作ってくれましたよ』
刃斬の言葉に柔らかく笑って、すぐに来ると言ってから洗面所に向かうボス。
…朝から殺人級のスマイルしないでくれ。心停止しそうだ。
『…美味いな。毎日でも飲みてェ』
『ぅえ!? え、あ…その…っ、ありがとう、ございます…』
ボスの漏らした独り言のようなそれに反応してしまい、お礼を言ったは良いものの絶対に顔が赤くなっている気がして誤魔化すようにお茶を飲む。
…告白なわけないだろ、しっかりしろ俺ぇ…。ていうか何。なんなの、この人? 人を誑かしてそんなに楽しいか、蒼二にチクるぞ。
『今日は仕事入れてねぇから、猿と遊んでやってくれ。夕方頃に送って行くから勝手に帰るなよ?』
わかったな? という圧が強過ぎる。しっかりと返事をしてからフロアで待っていると起きた猿石がご機嫌でやって来て一緒に過ごす。
もう一度体育祭の動画を見たいというリクエストに応えて二人で見て、時に二人だけの体育祭と称して縄跳びをしたりタイヤ引きを真似た布団引きなるものをしたが、アッサリと負けてしまいただ引き摺られるだけの絵面になる。
体力差がエグい。
お昼を食べ、温室でロビーに飾る花を取って来たり一緒にお昼寝をしていれば、すぐに帰る時間だ。
『次は来週来ますから。またすぐ会えますよ』
『うー…。わかった、迎え行く…』
そう。
来週になってバイトの日は、猿石が迎えに来てくれることになっていた。だけど急用で少し遅れると連絡が来たから公園でマスクを付けて一人彼を待っていたら、出入り口に一台の外車が停まる。
そして中から出て来た人たちに驚く間もなく、開口一番にとんでもないことを言われた。
『ねぇ、君。ウチの子にならない?』
『…は?』
秋の初め。
月見山羽魅から突然の勧誘を受ける。
.
『…ボス、あの…シーツ、後で取り替えて下さい。そのまま寝転がって、すみません…』
『シーツ…? …ああ、わかった。別に構わねェよ』
良かった! あんまり嫌そうじゃない!
安心してボスの手を引いて歩いていると、ボスも少し楽しそうに表情を緩めて歩く。目が合って特に何を言うでもなく、どちらともなく笑い合うことが幸せで仕方ない。
こんな時間が、一生続いてほしい。
『疲れてるから、その内眠くなるだろ。何人か来るだろォが防音だから五月蝿くはなんねェはずだ。
さて。それまでのお前の時間を貰うとするか』
時間?
はて、と何のことだと不思議に思いつつ、ベッドに横にされてボスが一緒に入って来る。どうぞとばかりにスペースを空けると良い子だ、と優しく頭を撫でられた。
『お前の話を聞きてェんだ。なんでも良い。…常春宋平について知れるなら、なんでもな』
『俺の? えー…、そんな聞いて楽しいようなものはないと思うんですが…』
何でも良いと言うから昔話や最近の出来事を話す。学校は兄弟全員が同じだとか、体育祭が終わったらすぐに学園祭で準備が大変だとか。
『お前は卒業したらどォすんだ。長兄は中学出て就職、真ん中の双子は揃って大学だろ。
…お前は、どうしたいんだ?』
創一郎は家族の為に早々に就職し、優秀だった双子は特待生枠を貰って進学が叶った。俺についてはバランサーのこともあり、よくわからない。
夢…というのも、ピンと来ない。何がしたいか、何になりないか。全然わからないんだ。
『…まだよく、わからなくて。何も決めてないのに進学する余裕はないし俺は二人みたいに頭もそんなに良くないから就職かなって』
バランサーの力を返納するまで、ずっとバランサーのままでも良いかもしれない。稀に、政府からの要請でバース性に苦しむ人の調整を行うことがある。この力で誰かの苦しみを和らげることが出来るのは誇りだ。だけど世の中には猿石や覚のようにまだ、苦しんでいる人もいるから。
そういう人たちの力になれたら…、俺がまだバランサーである内に。
『そォかい』
卒業後、彼らはどうなるんだろう。この跡目争いに勝利したらまた今まで通り…この国一番のヤクザであり続けるんだろうか。
来年にはきっと、この場所に許嫁の羽魅がいるのだろう。今この場に俺がいるのもアレだと思うが…一番下の弟分ということで許してほしい。
『…おお。珍しい…』
寝息を立てるボスの姿に感動して近付く。間接照明だけが照らす部屋で珍しい寝顔に、手を伸ばす。
いつもは大抵、俺が先に寝ちゃうから…。
『ちゃんとした寝顔なんて見るの、あの時以来か?』
古城襲撃事件。あれも寝顔とは少し違うが、まぁ近いものだろう。あの時はただただ必死で…この人を護りたい一心だった。
今は、あの時よりずっと強い気持ちがある。
『…もう半年か。あっという間に寒くなって、一年が終わるんだろうなぁ』
無防備に眠るボスの姿を見ていると邪な気持ちが次々と出てくる。
冬になったら二人は婚約する。番になったら、あの私室のベッドに彼は…寝るんだろうか。オメガだし巣作りにボスの服を使って…、俺は一枚しか持ってない着物を、スーツを…好きなだけ使えるんだ。
…いいなぁ。羨ましい…。
『まぁ嘘吐きだけど! だって俺、あの夜にボスにずっとくっ付いてたし。誰もいなかった、よな…?』
取り敢えずボスが寝てしまったと刃斬に連絡を入れる。するとすぐに返事が返って来て、そのまま寝かせてやってくれとのこと。
やった…! 合法だ、一緒に寝れる!
『俺もボスのこと聞けば良かった。…でも、どこまで踏み込んで良いかわかんねーよ』
貴方はどこまで、俺のことを受け入れてくれるだろうか。
実は、政府からある一通の手紙が来ていた。極力バランサーとは不干渉の条約があるが一定の条件があるとそれが許される。それがこれ。
…婚約者の斡旋だ。俺の方にまで、こんな話が来ていた。バランサーとして自分の性別を隠して相手を見つけるのは勿論、政府側から歳の近い人間を斡旋することも出来ますよ、というもの。
将来何があるかわからないから、政府の…バランサーに理解のある口の固い人間を揃えるってこと。オメガの十八歳の縛りがあるから、こんな話もきた。
兄たちは少しこの話に乗り気だった。心配性な兄たちは政府側が用意した人間なら必ず身を守ってくれるはずだと。だけど決めるのは俺だし、まだ子どもだからとすぐにこの話はしなくなる。
『お互い大変ですねぇ』
まだよくわからないしお断りする予定だ。いつバランサーでなくなるかもわからない。それに、今は…。
『貴方のことしか考えたくない』
眠るボスの胸元に潜り込む。今だけはこの人を独り占めできることが嬉しいけど、こんなにくっ付いているのに寂しいのは何故だろう。
それから俺たちは朝までぐっすり。朝早く起きた俺はベッドを抜け出し、フロアにいた刃斬に迎えられ一緒に温室に行って朝食の材料を収穫に行った。
『昨日ボス寝ちゃって大丈夫でしたか?』
『ああ。急ぎの仕事でもねぇし、偶にはゆっくり疲れを取ってもらわねぇとな』
収穫したトマトやピーマン、オクラなどを持ってフロアへ戻る。洗濯に向かう刃斬と料理をする俺。相変わらず刃斬のぶかぶかエプロンをして和食中心の朝食を用意する。
『宋平。ボスを起こして来てくれ。あの人がこんなに長く寝てるなんて珍しいもんだ』
『はーい』
仮眠室に行くと未だにボスがベッドで寝ている。自分の寝ていたスペースに靴を脱いで乗り上げてボスを優しく揺らす。
『ボス。朝ですよ、ご飯食べれますか?』
『…宋平…?』
寝起きで状況が理解出来ていないボスに悪戯心が働いてニヤニヤしながら迫る。
『早く起きないとおはようのチュウをしてしまいますよー? ほらほら、味噌汁が冷めちゃう』
薄い布団越しに身体を揺らしてからベッドを降りる。最初は確かに俺の名前を呼んで起きたような気配があったのに、また静かになってしまった。
…あれ? また寝た?
『ボスってばまた寝ちゃ…、あれ?』
顔を覗き込むとボスはもうバッチリ起きていて着流しを着崩した色気ムンムンな姿で肘を付いている。すると、もう片方の手で自分の頬をとんとん、と指差す。
…あ、アンタまさか!!
『おああああっ!!』
『待て。おはようのチュウはどォした』
嫌がらせか?! 嫌がらせにしてはタチが悪ぃ!
バタバタと部屋から逃げ出すと刃斬の背中を掴んで、広いそこに隠れて顔を僅かに覗かせる。
『おはようございます、ボス』
『ああ。すまねェ。俺としたことが寝落ちした』
『問題ありません、ゆっくり眠れたようで何よりですよ。味噌汁を温め直すので支度をして来て下さい。…朝食は宋平が作ってくれましたよ』
刃斬の言葉に柔らかく笑って、すぐに来ると言ってから洗面所に向かうボス。
…朝から殺人級のスマイルしないでくれ。心停止しそうだ。
『…美味いな。毎日でも飲みてェ』
『ぅえ!? え、あ…その…っ、ありがとう、ございます…』
ボスの漏らした独り言のようなそれに反応してしまい、お礼を言ったは良いものの絶対に顔が赤くなっている気がして誤魔化すようにお茶を飲む。
…告白なわけないだろ、しっかりしろ俺ぇ…。ていうか何。なんなの、この人? 人を誑かしてそんなに楽しいか、蒼二にチクるぞ。
『今日は仕事入れてねぇから、猿と遊んでやってくれ。夕方頃に送って行くから勝手に帰るなよ?』
わかったな? という圧が強過ぎる。しっかりと返事をしてからフロアで待っていると起きた猿石がご機嫌でやって来て一緒に過ごす。
もう一度体育祭の動画を見たいというリクエストに応えて二人で見て、時に二人だけの体育祭と称して縄跳びをしたりタイヤ引きを真似た布団引きなるものをしたが、アッサリと負けてしまいただ引き摺られるだけの絵面になる。
体力差がエグい。
お昼を食べ、温室でロビーに飾る花を取って来たり一緒にお昼寝をしていれば、すぐに帰る時間だ。
『次は来週来ますから。またすぐ会えますよ』
『うー…。わかった、迎え行く…』
そう。
来週になってバイトの日は、猿石が迎えに来てくれることになっていた。だけど急用で少し遅れると連絡が来たから公園でマスクを付けて一人彼を待っていたら、出入り口に一台の外車が停まる。
そして中から出て来た人たちに驚く間もなく、開口一番にとんでもないことを言われた。
『ねぇ、君。ウチの子にならない?』
『…は?』
秋の初め。
月見山羽魅から突然の勧誘を受ける。
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