いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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君のいる新しい日々

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『…寝てる。寝顔までカッコイイってどーなってんだ』

 早朝。お弁当作りの為に早起きした俺は、目覚ましが鳴る前に起きてボスの安眠を無事に守れた。バスローブのまま眠るボスは俺をしっかりと抱きしめたまま微動だにせずに寝ていたので、脱出に手間取ってしまった。

『先に菜園に行って野菜貰おうかな~。いや先に冷蔵庫見に行くか』

 身支度を整えて、着替えは紺色のTシャツに灰色のハーフパンツ。自分が持って来たものをクローゼットから素早く出し、着替えてエレベーターに向かう。

 ボスの仕事フロアに向かってハガキを仕上げた後に簡易キッチンへ向かう。すると、作業台に何か包みが置いてあった。
 
『俺に? なんだろう…』

 というメッセージカードがあったので、包みを開いてみる。すると中から紫色のエプロンが出てきた。よく見ると裾には影になったワンコが走る姿が刺繍されている。しかも胸元には小さく弐条会の代紋まで刺繍されているではないか。

『やっば!! かわいーっ!』

 メッセージカードの下には小さく弐条、と書かれている。差出人を思い、笑みが溢れてしまう。早速付けてからカゴを持って屋上へと向かった。

『ふふ。ふんふんふーん』

『宋平。おはようさん、ご機嫌だなぁ』

『兄貴! おはようございます!』

 鼻歌混じりに歩いていたら刃斬が奥から歩いて来た。俺のあげた軍手をしていることに気付き、嬉しくなって駆け寄った。片膝をついて手を伸ばす彼に遠慮なく飛び付けばすぐに抱き上げられる。カゴを持ってもらうと、エプロンが似合っていると言われて照れながらもお礼を言った。

『兄貴。引っ越しするのに庭園はどうするんです?』

『ん? 春の収穫が終わったらここは閉める。残った植物は全部新しいアジトに移植だな。向こうにも温室があるから、もう育成は始めてる。今度見に行くか? お前から貰った花の種も植えたぞ』

『本当に?! やったー、見たい見たい!』

 腕の中で騒ぐ俺に微笑みながらカゴに野菜や果物を入れる手は止めない。リクエストを言いながら回っていると、お弁当だけでは消化し切れない量の野菜がカゴにずっしりと入っている。

『…兄貴入れ過ぎ』

『すまん…、ついな』

 気合いを入れてカゴを持とうとすると入口で音がする。振り返ると、髪の毛がピョンピョン跳ねた猿石が背中を丸めながら歩いて来た。

『荷物持ちが来たな。出発は二時間後だ、頼んだぞ。昼過ぎには戻る。そうだ。箸はボスの机…確か一番上の引き出しにあるから用意してやってくれ。

 後、もうボスの名を呼んでも良いぞ。今日で就任だからな』

 今日で…!

 喜びに震えていると、そっと刃斬が俺を抱きしめる。俺よりもずっとボスを隣で支えてきた彼はもっと嬉しいはずだ。

『ありがとう、宋平。今後もあの人を頼む』

『俺の方こそ…、不束者ですが頑張ります』

『…堅苦し』

 ボソッと呟いた猿石に刃斬が肥料をぶん投げた。

 ゲンコツされた頭を掻きながらカゴを持ってくれる猿石の手を引き、キッチンに向かう。野菜を洗ってお湯を沸かし始めると後ろで椅子を引き摺って来た猿石がそれに座って大人しく待っている。

『楽しみですね、お引っ越し。新しいアジトにもキッチンあるのかなー』

『ん。めっちゃ力入れてるって。オレが買ったキッチン用品も全部そこに置くから好きに使えよ』

『え~楽しみ過ぎるなぁ。唐揚げおにぎり、いっぱい作ってあげますからね』

 後ろでバタバタと何か音がする。相当喜んでるな、と笑いながら支度をするとすぐに作業に集中してしまう。ボスの好きな肉料理を中心におかずを作る。

 色々買ってもらっちゃったからな…、好物を沢山入れてあげたい!

『アニキー。味見して』

『任せろ得意だ!!』

 煮物の味見を任せて野菜を切ってサラダを作る。ドレッシングを作りながら静かになった後ろを振り返れば、ムシャムシャと煮物を食らう猿石。

『…アニキ。朝食もあるから味見多くしちゃダメ』

 こっち食べて、と刃斬印のキュウリを渡せば不満そうにボリボリと齧り始めた。

 静かになると碌なことになってないからな…。

『唐揚げもあるよ!』

『ソーヘー好き!』

 油で揚げる時は新しいエプロンが油臭くなるのが嫌で外していたら猿石が自分のシャツを上から着せてくれた。

『なんの為のエプロンだよ…』

『だってすぐに汚したくない!』

 ピンと来ないようで猿石は半裸のまま腕を組んで首を傾げる。その腰には、ちゃんと今日も目薬のケースがぶら下がっていて笑みが浮かぶ。

『出来た!!

 …うわヤバい! 時間ギリギリじゃんっ、ディーちゃーん!!』

 お弁当箱とおにぎりケースを包むと、もう約束の時間まで十五分もない。慌ててバースデイを呼ぶと相変わらず優秀な人工知能は既にエレベーターの扉を開けて待っていた。

『アニキ、行こう!』

『あいよ』

 エプロンを着たままお弁当を抱え、駐車場まで向かう。到着した途端に小走りで車を探すとエンジンの掛かった車の近くに皆が集まっていた。

『おはようございますっ! すみません、遅くなっちゃって!』

 今日は弐条会の大切な継承式。とは言っても書類を記入したりお酒を飲んだり、顔合わせだけで数時間で終わるらしい。

 今日だけは護衛は刃斬の他に魚神兄弟も出席する。正式に弐条会に入る双子も挨拶がてら出席するとのことだ。この三人ならもう何も心配は要らない。

慈策しさくさん…!!』

 弐条慈策。

 ずっと、ずっと呼びたかった愛する人の名前。

 呼び掛けた人は今日は和装で弐条会の代紋が入った紋付袴というものを着ている。そんな和装も大変似合っていて、振り返って微笑む姿は国宝レベルのイケメンで思わず足が止まりそうになる。

『宋平』

 甘く名前を呼ばれ、手が伸ばされるがお弁当を抱いたままブルブルと首を横に振る。

『だ、ダメだよっ! 俺、揚げ物したし…』

 大切な会合の前にそんな油臭い奴を抱きしめるなんて言語道断だろう。だけど立ち止まった俺の代わりに慈策が歩いて来て、しっかりと抱きしめられる。

『弁当作りに行く前に起こせ。…朝いなくなっててビビるだろォが』

『時間あるんだから寝てなきゃ。ゆっくり休んでて下さいよ…』

 嫌だ、とハッキリ告げるボスに苦笑いになりながらも取り敢えずお弁当を渡そうとした瞬間。

『…あ!!』

 お箸!! 忘れた!!

『お箸入れるの忘れちゃった…。

 で、でも兄貴! 割り箸とか車に…!』

 ちゃんと言われてたのにお箸を入れるのを忘れてしまった。バタバタ出てしまったからだ。

 しかし、我らが出来る右腕。そんな彼が割り箸くらい隠し持っていないわけがない。

『確かに割り箸やらスプーンやらは一通り揃ってはいるが…』

 そっと刃斬が慈策を見ると、無表情になった彼に目を向ける。どう見ても嫌だと目が全てを物語っているではないか。

『ですよねぇ! っしゃ、待ってろ旦那様!!』

 ダッシュで再びバースデイに助けを叫べば、もはやヒーローとも言える人工知能は扉を開いたまま待っている。

『やだ~。あの新妻めっちゃ心強いネ~』

『も~。慌てん坊な新妻さんなんだからしょーがないヨ~』

 巫山戯た台詞の後に鈍い音が二回した。可哀想に、朝から石頭を三回も殴るなんて拳が忙し過ぎる。

 すぐに箸を取って来ると、ゼーゼー言いながらそれを差し出す俺を慈策が優しく抱きしめた。

『ありがとな。

 行って来る。…お前ら、留守を頼んだぞ』

『いってらっしゃいませ、ボス』

 犬飼と覚、猿石の三人は留守番なので三人と残りの構成員たちが一斉に頭を下げる。俺もいってらっしゃい、と声を掛けてから用意しておいたハガキを渡す。

 ハガキが三枚しかなかったけど、まぁ良かろう?

『すぐに帰る。…良い子で待ってろ』

 慈策の顔が近付き、なんだろうと思っていたら不意に頬に唇が落とされる。ハッとして何か言おうとしたらすぐに彼が離れてしまい、そのまま車に乗り込んでしまう。

 っそれは不意打ちだ…!!

『全く…!

 …もう、仕方ない人だな…』

 車が発車して、手を振って見送る。今日は確か黒河が運転しているからか、応えるようにハザードランプをチカチカと点灯させてから行ってしまった。

 その後。

 帰って来た四人は、何故かグッタリとしていて何かあったのかと聞けば…実は慈策の嫁となる俺がバランサーの濃紫の君だと半信半疑だったらしく、ハガキを出した瞬間誰もが目の色を変えたらしい。

 真ん中に弐条会の代紋のハンコを入れて、周囲に去年の紫色の花のハンコを沢山入れてから一言を添えたハガキは大争奪戦になったそうだ。

 大したことは書いてないぞ。

 としか書いてない。普通の文だろ。…まぁまだ結婚はしてないけども。

 だが、何故かそれが奥ゆかしいとか何とか好評だったらしく次は是非に俺も呼んでほしいと向こうは超ご機嫌だったらしい。

『…猫武の野郎は何故かハガキを毎年分持ってるレジェンドだそォだ』

『あー…。なんか好きみたいですね、ハンコ』

 学園祭の時も欲しがってたもん間違いない。

 だが、慈策はそれに納得がいかない様子で若干嫌そうだった。大人って難しい。

『しかし、旦那とは…ウチの番は気が早ェなァ?』

『うっ…。だ、って…他に書き方がなかったし。ボスってのは変だし、慈策さんて書くのは…まだあんまり皆に知らせたくない。

 それに…間違っては、ないよね?』

 未来でそうなるなら、問題ない。恥ずかしく思いつつもそう言えばふと唇に指が添えられて優しく撫でられる。それだけで背筋がぞわぞわして、逸らしていた目をそっと上げた。

『宋平』

 名前を呼ばれて、もう片方の手で顎をクイっと上げられて思わず目を閉じてしまう。

 そっと触れるだけのキスの後に恐る恐る目を開けると再び唇が触れ合って驚いて目を見開く。

『んっ、…な、なにをっ?!』

『愛してる。だからお前が成長するのを、一番近くで待っててやる』

 これは待機料金な、と告げて俺の手を引き歩き出す人に…敵わないな、と思いつつもしっかりと頷く。

 いつか。

 いつか、来たる日に俺は全てを投げ出してこの人の番となる。新しくなった肉体も、尊い使命も、全部…全部を投げ出して。

 いつか、コントローラーを投げ出して…もう何者であっても隣にこの人がいれば幸せになれる。そんな夢のような未来を願って、この人について行くんだ。



 それからは…まぁ色々と大変なことになる。復学したら委員長には怒られ、噂には振り回されるが…何故か新任として赴任ふにんして来た猫武に出会って仰天したり、新しい幹部補佐が現れて一悶着ひともんちゃくあったり、これだけ警備を厳重にしても誘拐されたり、


 このコントローラーには、まだ少しだけ…お世話になりそうです。

 



end.

【残二ページ程、後日談有り】
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