【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)

文字の大きさ
7 / 11

A 忘れてください

しおりを挟む
アーバン商会会長は決心した。

姪のラミアを父親に会わせてやろう。

例えそれが、異母妹であるルナリーの意向と違ったとしても。











マイク・アーバンは、アーバン商家の跡取りとして生を受けた。

母親は、マイクが2歳の時に家を出て行った。マイクを産んだのも、夫に強請られたからで、母は子供が欲しくなかったと周囲へ漏らしていたらしい。

マイク・アーバンは母親に捨てられたのだ。

マイクは、父やアーバン商会で働く多くの人達に育てられた。父は穏やかな人物で、マイクにとても優しかった。多忙な父は外出する事が多かったが、休みの日はマイクとよく遊んでくれた。マイクにとって親と言う存在は父親の事を示していた。

父は、マイクが8歳になり、学業やスポーツクラブに忙しくしている時、よく外出するようになった。父が言うには恋人ができたから、マイクに新しい母親ができるかもしれないと言うのだ。

マイクは、新しい母親が欲しいとは思わなかった。母という存在がいた事が無く父さえいれば十分だと思っていた。

結局、父は結婚しなかった。時折、外出し恋人と会ってきたと言う事があったが、一向にアーバン商会へ連れてくる気配がない。父に確認すると、プロポーズをしたが断られたと悲しそうに言った。マイクの異母妹になる娘を恋人が産んだらしい。父さえも一度も会った事がない異母妹の名前はルナリーと言うと父は話していた。

マイクは、父の発言を疑った。アーバン商会は国内で最大の商会だ。その商会長となると資産は貴族をも上回る程の額を持つ。そんなアーバン商会長の妻になる事を断る女性が存在するとは思わなかった。

父は、マイクの母が家から出て行った時は、数日落ち込んでいたらしい。妄想の妻と娘を作るほど寂しかったのかと、マイクは父に同情した。

そんな、マイクが18歳の時、父の恋人と異母妹が実在する事を知った。表のアーバン商会の跡取りとして、父と共に裏ギルドを尋ねた時だった。案内された裏ギルドの部屋で会ったのは、父の恋人と異母妹だった。

父の恋人は裏ギルド長の跡取り娘で、表のアーバン商会へ嫁ぐことができない存在だったらしい。仲睦まじい父と恋人の姿は、長い年月を感じさせた。

異母妹は父にそっくりだった。黒髪で茶髪の娘は、素朴な顔立ちをしている。美人でも不細工でもなく、特徴がはっきりとしない顔立ちだが、眼や耳の形、髪の色等要所要所で父の遺伝子を引き継いでいる事がはっきりと分かる。

マイクは本当に、父の恋人と異母妹が存在した事に驚いた。

それから、裏ギルドへ定期的に訪れる度に、異母妹と会った。

異母妹のルナリーは凄腕の裏ギルド員らしく、成人前には実母の実力を抜いており、次期ギルド長になるとも言われていた。

マイク・アーバンは、20歳半ば頃から、父親に変わってアーバン商会の仕事を引き継いでいた。

商会で知り合った妻とも結婚し、子供も産まれた。

マイクは、自分が与えられなかった揃った両親の愛情を我が子に与えてやりたいと思っていた。幸いな事に妻とは仲が良い。

マイクは子供が出来て初めて、幼い時、母親がいなくて寂しかったと気がついた。我が子は、よく笑い元気に大きくなっている。

ふと、異母妹を思い出す。異母妹のルナリーは、マイクとは逆で父親にずっと会えなかった。
いくら裏ギルド長の跡取りと言っても、なんとかならなかったのかとマイクは思っていた。




そんなある日、異母妹から連絡があった。

ライル・オーガンジス侯爵と結婚したいから手伝って欲しいと言うのだ。病で伏せる事が多くなっていた父は喜んだ。一生表に出てこないと思っていた娘が侯爵と結婚するというのだ。式や披露宴も上げ、侯爵夫人になるらしい。

マイクも、ほっとした。異母妹の子供は、両親が揃った侯爵家で大事に育てられる事になるだろう。自分や異母妹のように片親で寂しい幼少期を過ごさなくていいはずだ。

異母妹やこれから生まれてくる子供の為に、マイクは、できるだけの事をしようと心に決めた。


だが、異母妹が結婚した後、しばらくして父が亡くなり、父の恋人が後を追うようになくなってから雲行きが怪しくなった。

裏ギルド長は、高齢だ。情報を取りまとめる裏ギルドが機能していないのか、正確な情報が回ってこない事が多くなった。

奔放な第一王子の行動を把握しきれず、隣国との関係が怪しくなっている時に、情報の不全は致命的だった。

遂に裏ギルド長は、ルナリーを呼び戻す事にしたらしい。

ルナリーがライル・オーガンジス侯爵と結婚してからも、メアリージェンという女がライルと恋人関係を続け、オーガンジス侯爵家をマクベラ夫人と共に支配しているのは周知の事実だった。

異母妹が上手くいかない結婚生活に見切りをつける事も必要だろうと、マイクは思っていた。





ライル・オーガンジス侯爵と離婚し、下町へ帰った異母妹は妊娠していた。

異母妹が裏ギルド長を継ぎ、すぐに隣国との問題は解決した。オーガンジス侯爵家に居座るメアリージェンとマクベラ夫人を追い出す確実な情報を渡してきた異母妹の能力にマイクは感心した。

異母妹は、裏ギルド長を名乗りながらライルとの子供をひっそりと産んだ。


マイクは姪を見るたびに、後悔が押し寄せてくる。

ルナリーが離婚した時は、それが最善だと思ったが、父親に一度も会う事ができない姪はとても可愛く、不憫だ。

姪が泣く度に、父親がいなくて寂しがっているのかもしれないと、マイクはふと思う。

マイクは自分の子供がとても可愛い。今では子供がいない生活なんて考えられない。

だが、ルナリーを必死に探しているライル・オーガンジス侯爵は自分の子供がいる事さえ知らないのだ。





相変わらず何度も尋ねてくるライル・オーガンジス侯爵と話をしていた時に、異母妹の事を忘れた方がいいと助言した。


何が琴線に触れたのか、ライル・オーガンジス侯爵は裏ギルド長がルナリーに関係ある事に気が付いてしまったらしい。



その後、問い詰められたマイク・アーバン商会会長は、決心した。


強情な異母妹を説得しようと。


異母妹のルナリーが何故あそこまで頑ななのかは分からない。ルナリーが希望した結婚は呆気なく破綻した。まるで、初めから妊娠さえすれば離婚するつもりだったかのように。


両親が揃う家庭はマイクの夢だった。姪に辛い思いはしてほしくない。


ライル・オーガンジス侯爵は、頼んでくる。
「お願いです。ルナリーと合わせてください。」

マイク・アーバン商会会長は言った。
「ええ、私もそれがいいと思います。それに異母妹には娘がいます。貴方との子供です。」

ライルは驚き、マイクを見る。
「まさか。なぜ、、、、、、、裏ギルドとの取引か!」

どうやら、身に覚えがあるらしい。
マイクは言った。
「異母妹は一筋縄ではいきません。だが、私にも伝がある。先に姪に会ってみますか?」

ライル・オーガンジス侯爵は頷いた。









マイクは、前裏ギルド長に相談した。

ルナリーの祖母も、離婚の事について罪悪感を持っていたらしい。ルナリーは、ライルを愛していた。離婚してもルナリーはライルに会いに行くだろうと思っていたらしい。

だが、離婚後ルナリーは頑なにライルを避けている。ルナリーの祖母も困惑していた。

ルナリーの祖母が連れてきた、もうすぐ3歳になるラミアとライル・オーガンジス侯爵は秘密裏に対面した。

輝く金髪、整った顔立ち。二人はとても良く似ていた。

ラミアは、何かを感じたのかライルに近づき、笑っている。

ライル・オーガンジス侯爵は涙ぐんでいた。

ラミアはライルに近づき、その手を撫でながら声をかけた。
「いたーい。いたーい。ないないの。」

ライルは言う。
「ありがとう。ありがとう。ラミア。」



数十分だけの対面だったが、マイクは自分の事のように満足感を感じていた。

物心がついた時から1度も会った記憶がないマイクの母は、10年前に亡くなっている。もし、母が死ぬ前に会えたなら、マイクから歩み寄る事ができただろうか?もうマイクの母の事はいい。だが、異母妹や姪には、後悔がないように生きて欲しい。


前ギルド長に手を引かれ帰ろうとする異母妹へマイクは声をかけた。
「ラミア。今日はどうだった。」

ラミアは笑って言った。
「たのちかった。またあいたい。」

マイクは姪へ言った。
「そうだね。また会えるといいな。でも、今日の事は秘密だから誰にも言ったら駄目だよ。」



ラミアは言う。
「ひみつってなあに?」





マイクは言った。
「ひみつは難しいね。

じゃあ、ラミア。

忘れてくれ。

もっと遊べるようになるからね。」





ラミアは不思議そうに笑って言った。

「ラミア。わすれたよ。」




そうだ。いい子だ。ラミア。異母妹のルナリーに、今は知られるわけにはいかない。

だからラミア。

今日の事は忘れてください。


マイクは、姪のラミアの金髪をそっと撫でた。







しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

あなたの幸せを、心からお祈りしています

たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」 宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。 傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。 「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」 革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。 才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。 一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

処理中です...