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限界離婚≪再≫

再会できない中庭

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麗奈がどこにいるのか拓也は知っていた。

医師をしている父が、学会で麗奈と会ったらしい。

父は自慢げに麗奈の事を話していた。

真新しい建物が並ぶ未来都市にたどり着いた拓也は麗奈の職場に向かった。

麗奈は高齢者専用住宅の施設管理者をしているらしい。

その高齢者専用住宅は白と青を基調とした清潔感が溢れる建物だった。

受付で確認すると、麗奈は中庭で休憩をしていると言われた。

拓也は、掲示されている地図を頼りに中庭に向かった。

建物の外は、緑の葉が生い茂る木々に、歩きやすいように舗装された歩道。白い花が所々に咲き誇っている。

青空が広がり、白い建物の囲まれた中庭は、雲の中の楽園のように輝いていた。

中央にあるテーブルで、二人の男女が手を握り合いながら談笑している。

拓也はその光景を見て呆然とした。

元妻の麗奈は、朗らかに笑っている。

麗奈の目の前にいる男性との距離が明らかに近く、二人が親密な関係である事がすぐに分かった。





(ああ、間違えた。)





(また、うまく行かなかった。)





拓也は、幸せそうな麗奈の姿を目に焼き付けて、一言も発せずに、光り輝く空間を後にした。





(母さんが、僕と麗奈の事を反対しなければ、、、、)




(もし、あの時麗奈に離婚を告げなければ、、、)





拓也は何度も頭の中で問いを繰り返しながら自宅へ帰った。


妻がいなくなった自宅はガランとしていた。


自分のベッドへ行き横になる。


体は重たく、疲れているはずなのに、目が覚め眠れそうにない。


どうすれば、、、、


どうすれば、、、


同じような考えが頭の中を巡り、どうしても眠れそうにない。





レポートがある。




研修医の仕事がある。




母にも伝えなければならない。



上手くいかなかったと伝えなければ、、、、



だけど、母の怒鳴り声を聞くのはもう嫌だった。



逃げたくて仕方がない。



何もかもを投げ出して逃げ出したい。




僕ができるはずが無かったのだ。



今回のレポートが上手く出来なければ、後がない。



どうしてできないのか分からないが、どうしてもうまく行かない。



最近は夜眠れず、食欲もない為食事を抜く事が増えた。



手足がしびれ、頭が重い。



体は動くが、怪我をしていないにも関わらず、肩や腰、いろんな所に痛みがある。



こんな状態なら、、、、






いっその事、、、、




僕なんて、、、、




死ねばいいのに、、、、




楽になりたい、、、、、




真っ暗闇の部屋で拓也は一人自問する。


なにもかも終わらせたかった。



















翌日は出勤日だったが、朝起きたら、体が鉛のように重たく動けなかった。結局昨日は眠れていない。

起きて、いかなければならない。

だけど、体が動かない。

電話をかけなければならない。

なのに腕も動かない。

・・・・・










拓也の電話が、大きな音を立てた。

その音を止めたい一心で、拓也は電話に出た。

電話は研修先から、かかってきていた。

事情を説明すると心療内科受診を勧められた。

正午をすぎて、やっと動けなようになった拓也は心療内科を受診した。



十数個のチェックリストを選択し、提出すると医師が言った。


「うつ状態ですね。しばらく休んだ方がいい。」


拓也は呆然と言う。


「うつですか?」


医師は拓也に言う。


「診断書を書きます。勤務先に提出してください。それから薬を飲んでいきましょう。」


拓也は医師へ言った。


「薬は飲みたくありません。体が動かなくなる。」


医師は拓也を訝し気に見て言う。


「そうですか。ではカウンセリングをしていきましょう。そこで心理・知能検査も進めていきます。」


拓也は頷くしかなかった。








意図しない形で、逃げ出したくて仕方がない状況から逃げ出した。


でもそれは、拓也が望んだ事ではなかった。


研修医として働き、医師になって瑠蛇総合病院を継ぐはずだった。




出来ると思っていた未来がガラガラと崩れ落ちる。




現実的と考えていた将来が、ただの夢の残骸となって消えていく。



診断された。




だけど、納得できない自分がいる。




あれは鬱のチェックリストだ。もちろん拓也も知っている。


だけど、眠れなくなる事も、食事が取れなくなる事も、死にたいと考える事も拓也にとっては日常だった。


物心ついた時から、毎月のように繰り返してきたその状態が鬱と診断されるほどの状態だなんて信じられない。


それなら、今までの拓也はなんだったのか?


不出来だと言われながら、周囲に心配されながらも結果を残してきた。


医師試験にも合格した。


何かが可笑しい。


拓也は、濁って灰色になった世界を見渡した。


僅かな光を求めて、目を凝らす。


だけど、目の前には、どす黒い道路、虫食いのように緑と影が混ざり合った木々、今にも崩壊しそうな灰色のマンション。天気がいいはずなのに、薄暗く見える空が広がっている。







(ああ、もう嫌だ。だれか助けてくれ、、、、)









自分が正しいと思っていた常識が崩れ落ちる。







別れたばかりの妻、真理が、拓也が可笑しいと言ってきたいろんな人が、父や叔母がやはり正しかったのかもしれない。






拓也は、一人自宅へ向かった。





もう何もしたくない。



誰にも会いたくない。




もうなにも、、、、、、
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