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エンド
1.菖蒲
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アヤメは悩んでいた。土曜日の早朝警察に連れて行かれて取り調べが始まってからも、ずっと考え続けていた。
どうして、私は夫を殺めようとしてしまったのだろう。
彼の首に手を当てて、衝動的に力を入れようとしてしまった。
彼の事を愛しているのに。
酷く思い詰めてしまったように思う。
彼は、アヤメの事を信じている。アヤメは誰かを殺そうと思ったことがない人だと警察官へ告げた。
彼は知らない。アヤメが彼に殺意を抱いたことも、彼の首に手をかけようとしたことも。
アヤメを信じている彼に伝えることができない。
アヤメは、鬼柳ウメを殺そうとしていない。
でも、アヤメは彼を、、、
俯き何も話さないアヤメに根負けしたのか、取り調べの警察官が、取調室を出ていった。
椅子に座り、冷たい机に凭れ掛かる。
昨晩は、ボタンの家に泊めてもらったけど、ずっと眠れなかった。
家に帰ってから、すぐに警察が来た。鬼柳ウメの殺人未遂容疑で連れて行かれた。
窓の外は日が昇り明るくなっている。
アヤメは、誰もいない取調室で、うとうとと微睡だした。
「アヤメ!!」
夢の中で、夫の叫び声が聞こえた気がしてアヤメは目を覚ました。
目を見開き、胸を押さえる。
カエデと一生一緒にいると誓った。
彼はずっとアヤメに優しかった。
義姉のエリカに盗られてもいいのだろうか。
絶対に嫌だ。彼を渡したくない。
もしカエデが、エリカを愛していたとしても、触れ合ったとしても、、、
もういい。
カエデと一緒にいよう。
彼の妻は私だけだ。
彼と別れるなんて考えられない。
ガチャリ。
取調室のドアが開き、中年の警察官が入ってきた。
「話す気になったかな。阿地アヤメさん」
アヤメは、ゆっくりと頷いた。
「金曜日の夜、家に帰ったら夫と女がベッドにいました。彼らはとても親密そうでした。私は、その場にいる事ができなくて、離れたのです。駅まで歩いて、電車に乗り友人の草陰ボタンの家に行き泊めてもらいました。早朝、彼と別れる決心ができなくて電車と徒歩で家に帰りました。電車を待つ間ホームでもずっと夫の事を考えて…」
「なるほど、今朝言っていた草陰ボタンだね。彼女の事を調べたのだが、鬼柳第一病院に入院中だそうだ。君の言っている人物だろうか?」
「え?ええ、ボタンから退院したから尋ねて来てと連絡がありました。ボタンは確かに鬼柳第一病院に入院していました。何度か見舞いに行った事があります」
「ふむ。そうだね。鬼柳ウメは目を覚ましたそうだ。彼女の夫の話では、鬼柳ウメを襲撃したのは君と言っていたが、どうもおかしい。警察官が鬼柳ウメを尋ねて行ったが、彼女は長い黒髪の青白い顔をした若い娘に襲撃されたと言っていたそうだよ。息子の嫁と違う人物と思ったと」
(青白い顔?ボタン?まさかね)
「鬼柳ウメさんが襲撃されたのは、早朝なのですよね。もしかしたら駅の防犯カメラに私の姿が映っているかもしれません。昨日着ていたアヤメ色のワンピースはボタンの家に置いてきたのですが、ボタンから借りた今の服を来て自宅に向かったので」
「草陰ボタンねえ。彼女にも話を聞かないといけないな。とりあえず防犯カメラを確認をしてみよう。あまり思い詰めるなよ。不倫する奴は何度でも繰り返す。別れた方がいいと思うけどね。」
「そう・・・ですよね。ボタンにも言われました」
アヤメは、警察官の助言に少しだけ笑みを返した。
夜が明け、日曜日の早朝にアヤメは警察署から解放された。
駅の防犯カメラに、鬼柳ウメが襲撃された時刻に電車を待つアヤメの姿がはっきりと映っていたみたいだ。
解放され、アヤメは清々しい朝の道を歩いていた。
昨日は、かなり追い詰められていた。夫に裏切られ、義姉に貶められた気がしていた。義姉エリカとは、嫌な思い出しかない。彼女とは関わり合いになりたくない。
でも、カエデの事を思い出すと、楽しかった事、嬉しかった事を何度も思い出す。
彼と生きていきたい。
何があっても、
どんなことがあっても、
薄暗い空に急に光が差し込んだ。
ビルの谷間から朝日が顔を出す。
世界が光に包み込まれる。
アヤメの想いを、選択を肯定しているかのようだ。
朝日に向かってアヤメは歩いて行った。
自宅マンションに着き、部屋に入る。
部屋の中は静まり返っていた。
カエデがいない。訝しく思っていると部屋に着信音が鳴り響いた。
ティコティコティン。ティコティコティン。
アヤメは夫からの電話だと思って、慌ててスマホを手に取る。
【鬼柳第一病院】
なぜか病院名が画面に現れ、アヤメは指でスライドさせて電話に出た。
「阿地アヤメ様の携帯電話でしょうか?」
「はい。阿地アヤメです」
「私、鬼柳第一病院3階病棟風姿と申します。こちらに入院されている草陰ボタンさんの事で連絡させていただきました。第3連絡先に登録されている方で間違いないでしょうか?」
(やっぱりボタンは入院していた。確かに昨日会ったはずなのにどうなっているのだろう。何年も前だけどボタンに頼まれて連絡先に登録した記憶がある)
「間違いありません。ボタンがどうかしたのでしょうか?」
「草陰ボタン様の死亡が確認されました。すぐに病院にお越しいただいてもよろしいでしょうか?第一連絡先、第二連絡先のご家族に何度電話をかけても繋がらなくて、、、申し訳ありませんが、死亡手続きをお願いいたします」
「ボタンが…亡くなった?」
「ええ、お悔やみ申し上げます。スタッフが、気が付いた時には、すでに呼吸も心臓も止まり冷たくなっていました。彼女は時折詰め所に伝えずに外出される事があって、今回も散歩に出かけられたのだと思います。非常階段で座り込んで眠るように亡くなっていました。最後は苦しまずに亡くなられたと思います」
「そうですか。すぐに向かいます」
「ありがとうございます。お待ちしています」
昨日確かに会って、別れたはずのボタンが病院で亡くなった。家族とも連絡が取れないらしい。
アヤメは、急に知らされた親しい友人の死に愕き、滲む目元を抑えた。
どうして、私は夫を殺めようとしてしまったのだろう。
彼の首に手を当てて、衝動的に力を入れようとしてしまった。
彼の事を愛しているのに。
酷く思い詰めてしまったように思う。
彼は、アヤメの事を信じている。アヤメは誰かを殺そうと思ったことがない人だと警察官へ告げた。
彼は知らない。アヤメが彼に殺意を抱いたことも、彼の首に手をかけようとしたことも。
アヤメを信じている彼に伝えることができない。
アヤメは、鬼柳ウメを殺そうとしていない。
でも、アヤメは彼を、、、
俯き何も話さないアヤメに根負けしたのか、取り調べの警察官が、取調室を出ていった。
椅子に座り、冷たい机に凭れ掛かる。
昨晩は、ボタンの家に泊めてもらったけど、ずっと眠れなかった。
家に帰ってから、すぐに警察が来た。鬼柳ウメの殺人未遂容疑で連れて行かれた。
窓の外は日が昇り明るくなっている。
アヤメは、誰もいない取調室で、うとうとと微睡だした。
「アヤメ!!」
夢の中で、夫の叫び声が聞こえた気がしてアヤメは目を覚ました。
目を見開き、胸を押さえる。
カエデと一生一緒にいると誓った。
彼はずっとアヤメに優しかった。
義姉のエリカに盗られてもいいのだろうか。
絶対に嫌だ。彼を渡したくない。
もしカエデが、エリカを愛していたとしても、触れ合ったとしても、、、
もういい。
カエデと一緒にいよう。
彼の妻は私だけだ。
彼と別れるなんて考えられない。
ガチャリ。
取調室のドアが開き、中年の警察官が入ってきた。
「話す気になったかな。阿地アヤメさん」
アヤメは、ゆっくりと頷いた。
「金曜日の夜、家に帰ったら夫と女がベッドにいました。彼らはとても親密そうでした。私は、その場にいる事ができなくて、離れたのです。駅まで歩いて、電車に乗り友人の草陰ボタンの家に行き泊めてもらいました。早朝、彼と別れる決心ができなくて電車と徒歩で家に帰りました。電車を待つ間ホームでもずっと夫の事を考えて…」
「なるほど、今朝言っていた草陰ボタンだね。彼女の事を調べたのだが、鬼柳第一病院に入院中だそうだ。君の言っている人物だろうか?」
「え?ええ、ボタンから退院したから尋ねて来てと連絡がありました。ボタンは確かに鬼柳第一病院に入院していました。何度か見舞いに行った事があります」
「ふむ。そうだね。鬼柳ウメは目を覚ましたそうだ。彼女の夫の話では、鬼柳ウメを襲撃したのは君と言っていたが、どうもおかしい。警察官が鬼柳ウメを尋ねて行ったが、彼女は長い黒髪の青白い顔をした若い娘に襲撃されたと言っていたそうだよ。息子の嫁と違う人物と思ったと」
(青白い顔?ボタン?まさかね)
「鬼柳ウメさんが襲撃されたのは、早朝なのですよね。もしかしたら駅の防犯カメラに私の姿が映っているかもしれません。昨日着ていたアヤメ色のワンピースはボタンの家に置いてきたのですが、ボタンから借りた今の服を来て自宅に向かったので」
「草陰ボタンねえ。彼女にも話を聞かないといけないな。とりあえず防犯カメラを確認をしてみよう。あまり思い詰めるなよ。不倫する奴は何度でも繰り返す。別れた方がいいと思うけどね。」
「そう・・・ですよね。ボタンにも言われました」
アヤメは、警察官の助言に少しだけ笑みを返した。
夜が明け、日曜日の早朝にアヤメは警察署から解放された。
駅の防犯カメラに、鬼柳ウメが襲撃された時刻に電車を待つアヤメの姿がはっきりと映っていたみたいだ。
解放され、アヤメは清々しい朝の道を歩いていた。
昨日は、かなり追い詰められていた。夫に裏切られ、義姉に貶められた気がしていた。義姉エリカとは、嫌な思い出しかない。彼女とは関わり合いになりたくない。
でも、カエデの事を思い出すと、楽しかった事、嬉しかった事を何度も思い出す。
彼と生きていきたい。
何があっても、
どんなことがあっても、
薄暗い空に急に光が差し込んだ。
ビルの谷間から朝日が顔を出す。
世界が光に包み込まれる。
アヤメの想いを、選択を肯定しているかのようだ。
朝日に向かってアヤメは歩いて行った。
自宅マンションに着き、部屋に入る。
部屋の中は静まり返っていた。
カエデがいない。訝しく思っていると部屋に着信音が鳴り響いた。
ティコティコティン。ティコティコティン。
アヤメは夫からの電話だと思って、慌ててスマホを手に取る。
【鬼柳第一病院】
なぜか病院名が画面に現れ、アヤメは指でスライドさせて電話に出た。
「阿地アヤメ様の携帯電話でしょうか?」
「はい。阿地アヤメです」
「私、鬼柳第一病院3階病棟風姿と申します。こちらに入院されている草陰ボタンさんの事で連絡させていただきました。第3連絡先に登録されている方で間違いないでしょうか?」
(やっぱりボタンは入院していた。確かに昨日会ったはずなのにどうなっているのだろう。何年も前だけどボタンに頼まれて連絡先に登録した記憶がある)
「間違いありません。ボタンがどうかしたのでしょうか?」
「草陰ボタン様の死亡が確認されました。すぐに病院にお越しいただいてもよろしいでしょうか?第一連絡先、第二連絡先のご家族に何度電話をかけても繋がらなくて、、、申し訳ありませんが、死亡手続きをお願いいたします」
「ボタンが…亡くなった?」
「ええ、お悔やみ申し上げます。スタッフが、気が付いた時には、すでに呼吸も心臓も止まり冷たくなっていました。彼女は時折詰め所に伝えずに外出される事があって、今回も散歩に出かけられたのだと思います。非常階段で座り込んで眠るように亡くなっていました。最後は苦しまずに亡くなられたと思います」
「そうですか。すぐに向かいます」
「ありがとうございます。お待ちしています」
昨日確かに会って、別れたはずのボタンが病院で亡くなった。家族とも連絡が取れないらしい。
アヤメは、急に知らされた親しい友人の死に愕き、滲む目元を抑えた。
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