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第4話 夫人

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白髪の女性は、にこやかにリアナを見てくる。

男性執事が眉間に皺を寄せて発言した。

「夫人。本当に、よろしいのですか?彼女は採用したばかりですよ。」

リアナは穴が開くほど観察されている視線を執事から感じた。

「立ち振る舞いも問題ないし、試験結果も良かったわ。国外にしか親族がいないそうね。前の子みたいな事が起こる心配もないでしょう。」

リアナは取り敢えず採用されたみたいだとホッとして声に出す。

「ありがとうございます。一生懸命頑張ります。ところで私は何を?」

ハウスメイド志望と書かれていたが、今の話からリアナは目の前の白髪の女性の使用人として働く事が決まったようだった。

「貴方にとっては、そんなに難しくない業務になるわ。見ての通り私は高齢でね。膝が痛くて椅子に何度も立ち座りする動作が辛いのよ。貴方は私の側に控えてサポートをして欲しいのよ。」

「わかりました。」

白髪の女性は、執事に目配せをした。執事は渋々書類をリアナに手渡しした。

書類は誓約書と雇用契約書だった。

誓約書の一部には、仕事中に見聞きした内容を知人親族に伝えてはならず、情報漏洩が見つかった場合、損害賠償請求が発生する可能性があると書かれていた。

雇用契約書には雇用条件が書かれていた。雇用期間は3ヶ月毎の更新で寮生活を送る事。生活用品は寮に併設されている店で揃える事。個人のスマホの携帯は禁止であり、その代わり監視機能つきの専用タブレットが支給される等が書かれていた。

リアナは、素早く書類に目を通してサインをした。

「良かったわ。前の使用人が辞めてから苦労したのよ。クロアもジェームスも忙しいでしょ。少し書類をとって欲しいだけなのに呼び出せないわ。かと言ってメイドに言っても伝わらない事があるから。」

「マイラー夫人、いつでもお呼び頂けたら駆けつけますのに。」

「クロアも忙しいでしょ。貴方にはいろいろ頼んでいますから。」

リアナは驚き、マイラー夫人と呼ばれた目の前の高齢女性を見た。

(まさか、この方がマイラー夫人なの?)

白髪の女性は80代に見える。紫のアイライナーを引き、朱色の口紅をつけ真新しい服に身を包んでいる彼女は年齢以上に若々しく、机に立てかけられている杖と白髪だけが、彼女の老いを感じさせた。




















リアナの寮生活はスムーズに始まった。

胸ポケットに入れていたスマホの充電はすでに切れていた。そのままスマホを預け、寮管理人からタブレットと生活費を貰い身の回りの物を揃えた。タブレットを使用した場合、自動的に通話は録音され、通信データはコピーを取られ監視AIが内容を随時確認するようになっているようだった。

寮生活が始まった翌日、リアナは支給されたタブレットのネットニュースに大雨の影響で山林の複数箇所で土砂崩れがあったとのニュースを見つけた。

だが、いくらネットニュース画面をスクロールしても、小さな会社の社長令嬢の失踪事件や土砂災害に車が巻き込まれたとの記事を見つける事が出来なかった。

(あの日の事は夢だったかもしれない。)

そう思い、実家に帰らなければいけないと感じる。

その度にリアナは激しい雨音と、湿った土の匂い、大破した車を思い出し体が強張り無意識に両手が震えた。

(ここで仕事をしながらでも実家の事は調べられるはず。今はどうしても帰れそうにない。何よりここに私がいる事を誰も知らない。ここは安全だわ。)

リアナは、狭い使用人部屋の清潔なベットに横になり暖かい布団に潜り込んで眠りについた。








リアナは山奥の広大な洋館で、マイラー夫人の使用人として働く事になった。リアナの仕事はマイラー夫人の側に控え、彼女が指示する本や書類を準備したり資料作成が主な仕事だった。

マイラー夫人の元には、身なりがいい人物が沢山訪れる。その時の来客対応もリアナが任されていた。彼らの会話からマイラー夫人は、かなりの資産家で数々の企業に投資をしており相談役のような立場にいる事が分かった。大企業の合併話や公表される前の業績情報が毎日飛び交っている。

ほとんどの来客が年配の人物だったが、中には若い人物も含まれていた。







その日、リアナはハウスメイドのアンと歩いていた。理由は分からないが、朝から屋敷全体が浮き足だっている気がする。

リアナは、マイラー夫人の元を訪れる見知った人物を遠目に見つけとても驚いた。







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