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フクロムシ~俺がメス化した理由~
後編
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ぶわっと、その何かが飛び出し、広がった。
『ギャンッ!!』
魔獣の啼き声が聞こえた。
俺は、ただ呆然とそれを見ていた。
目の前で、魔獣が白く鋭い何かに身体中を串刺しにされて、血を垂れ流して宙に浮いている。
ボタボタと鮮血が地面へ向かって落ちて行き、そこにある青々とした草の色を変えていた。
「…な…」
ピクピクと身体を痙攣させる魔獣を見ながら、俺は恐る恐る右手を右目へと持って行く。
右目は、今は見えない。
左目だけで見ている状態だ。
その左目に映るのは、俺の右手では、ない。
右手は邪魔な何かに阻害されて、右の頬の位置で止まってしまった。
「…何だ…これは…」
ウネウネと動く物が見える。
白い何かが、俺の右目…の中から飛び出して蠢いているのが見えた。
「何なんだ、一体っ!?」
叫んだ処で、答えなんか返って来ない。
アグナならば、答えをくれる。
そう思った俺は、アグナの家へ戻ろうと踵を返した。
そうすれば、自然と俺の目から生えている謎の物体も動く。
ズヌッと肉を抉る感触が伝わって来て、吐き気が込み上げて来たが、吐いている場合ではない。
口元を押さえようと、右手を動かそうとして、ドサッと地面に何かが落ちる音が聞こえた。
支えを失った魔獣が地面に落ちた音だ。
しかし、支えて貰っていたのは魔獣だけでなく、俺もだった様だ。
顔から倒れた俺の頬を、青い草が擽る。
森の中に生えた草は、ひんやりとしていて何処か心地良かった。
身体が熱かった。
今の有り得ない出来事に驚いたせいだろう、心臓がドクドクと波打っている。
「…は…っ…」
俯せのままだと胸が圧迫されて苦しいから、何とか身体を捻り仰向けへとなる。
だが、そこまでだ。
呼吸が乱れる。
吐く息が熱い。
起き上がらなければと思うものの、身体が鉛の様に重かった。
何故だ。
何が起こった?
今、また魔獣に襲われでもしたら、確実に終わりだ。間違いない。
だが、身体が動かない。
ウネウネと蠢いていた白いモノも、今は無い。代わりに右目は視力を取り戻したが。
「大丈夫ではないな?」
俺以外誰も居ない筈の森の中で、アグナの低い声が聞こえた。
「なるほど。宿主を守る為の防衛反応と云った処か」
何に納得しているんだ。
近くに居たのか? 何処に居た?
…宿主…って事は、あの白いウネウネした物が俺に寄生しているフクロムシ…なのか?
擬態…失った身体を…張り巡らせて…って…どれぐらいの大きさなんだ…?
飛び出たあれは、どう考えても、俺の身体に収まる大きさでは無かった。伸縮自在と云う事か?
と云うか、何をどうしたら、海に棲む普通の生き物にそんな事が出来る様になる?
本来のフクロムシは…寄生して…それがオスなら…メス化させて…卵を産み付けて…だが、俺に寄生しているフクロムシは…。
そこまで考えて、背中に冷たい物が走るのを感じた。
熱かった身体がサアッと冷えて、頭がガンガンと痛みだして来た。
こいつは…アグナは…自分を『研究者』だと言った。
意識を取り戻したばかりだったし、フクロムシの生態を聞かされて、そっちに気を取られていたのもある。何となく聞き流していたけど、研究者って、そんな簡単に生き物を作り変え…いや、創り変えたり出来るものなのか…? どうやって? 何を使って? あの家に…何か…特別な素材とか…あった、か? それを…俺は…見た…か…?
…いや…そもそも…こいつは…何故…あの日、あの場所に居た…?
「…あんた…何者だ…?」
そんな事が出来るのは…それは…――――――――。
「いきなり動いて腹が空いただろう? 空腹で動けないか。このままだと、擬態も維持出来なくなるな」
しかし、アグナは答えない。
薄く笑いながら、俺の傍らで片膝をついて、右目に話し掛けている。
おい、やめろ。
そんなのと話すな。
「食事にしようか」
アグナが俺の身体を易々と抱え上げた処で、俺は意識を失った。
「…ん…っ…あ…っ…」
気が付いた時は、柔らかなベッドの上だった。
熱い息を零しながら、俺はそれを受け入れさせられていた。
「ああ…気が付いたか…」
ポタポタと、俺の身体に…全裸の俺の身体に、同じく全裸姿のアグナの汗が落ちて来ていた。
グチュグチュとした、粘ついた様な水音が俺の下腹部から聞こえている。
何処からか、甘い匂いも漂って来ていた。
それは、甘い甘い蜜の様に。
「…は…? あ…?」
状況が飲み込めず、俺は開いた脚の間に居るアグナをただ見上げた。
気が付きはしたが、頭に靄が掛かっている様な感じだ。
「結構、腹が膨れた様だが…未だ、足りないか…」
…膨れた…?
…そう言えば…あれだけ冷えていた身体が、今は熱を持っている…締め付けられる様な頭痛も治まった…?
「…君を…まあ、フクロムシにとっては自分か…守る為に、襲って来た魔獣を攻撃して倒した。ただ、かなりの力を使った為に、フクロムシは蓄えた養分を失い、空腹状態…瀕死状態だった。だから、俺が養分をこうして与えている。理解したか?」
「…り…かい…って…んあ…っ…!?」
そう言いながらアグナは腰を動かす。
性器がグヌグヌと腹の中を擦りながら、抜けて行こうとする感触に背中が跳ねる。
だらりとシーツの上に落ちていた腕を動かし、きつく両方の手で握り締めてその刺激に耐え様とした。
が、その両手をアグナに取られて、指を絡ませられた。
アグナの手は、汗のせいだろう。しっとりと濡れていたが、気持ち悪いと感じる事は無かった。
逆に、その湿った手を気持ち良いと感じる程だ。知らず、絡ませた指に力が入る。
もっと欲しい。
もっと強く握って欲しい。
そんな思いが湧き上がる。
「我慢せず、貪り喰え。その方が回復が早い」
ぼんやりした頭で、そう思った時、アグナがクッと喉を鳴らして笑った。
「…は…やいってぇ!?」
声がひっくり返ったのも仕方が無い。
俺の中から出て行こうとしていた性器が、再び戻って来たからだ。
「うっ、あ…ああ…っ…!?」
ズンッと勢い良く打ち付けられ、奥をガンガンと突かれる。
熱く硬い楔が行き来する度に、抑え切れない声が出る。
腹の中が…胎内が蠢いているのが解る。
…喜んでいる…。
俺に寄生しているフクロムシが喜んでいるのが解る。
もっと寄越せと。
歓喜に満ちた胎内が、アグナの性器を締め付ける。
「あ…っ、あ、あ…っ…!」
グチュグチュとした水音は止まない。
清水が湧き出る様に、何時までも何時までも、何処までも何処までも。
「…っ、な、んだ…っ…!?」
何だ、これは…っ…!?
俺は、今、何をしている!?
俺は、今、何をさせられている!?
「…食事だ…これは、生命を繋ぐ行為だ…。…ああ…出すぞ…」
食事?
そう思った瞬間、アグナの抽挿が止まった。
「っあ?」
アグナが眉を寄せ、腰を慄かせる。
「あ…あ…」
ドクドクと注ぎ込まれるそれは…―――――アグナの…精液…精子…生命の素…だ…――――――。
それからも、魔獣に襲われる度に、魔獣を倒す度に、食事をさせられた。食事だと言い聞かせられながら。
俺も、自分に言い聞かせた。
これは、食事だと。
生きる為に必要な行為なのだと。
だから、アグナとのこれは性行為では、ない。
性行為とは、恋人や夫婦…愛する者同士がする行為だ。
俺とアグナの間に、そんな感情は無い。
研究者と実験体。それだけだ。
婚約者と結婚をすれば、俺も性行為をするのだと思っていた。愛と問われれば自信は無いが、婚約者の事を嫌いでは無かった。控えめで大人しい子だった。少なくとも好意はあった。彼女との子なら、可愛い子が生まれるだろうと、想像した事もある。それは、叶わなかったが。
俺の目の前で脚を開かされた彼女は、そこから赤い血を流しながら、助けを求めた。
必死に、涙を流し、ごめんなさいと謝りながら、俺に助けを求めた。
だが、俺は無力だった。
魔獣に食われながら、悪魔に犯される婚約者を見ていた。
見ている事しか出来なかった。
◇
「…っは、あ…」
そして、今、また、アグナと食事をしている。
廃墟から場所は変わり、柔らかなベッドの上で、だ。
俺が助けた男はどうなったのかは知らない。
その気にさせたくせに、逃げたと言われるだろうかとか、恨んでいるだろうかとか、それは、毎度の事だから、考えるのを止めた。
今は、ただ腹を満たす方が先だ。
「…んぁ…もっと…」
チロチロと動く物が、左目に映る。
フクロムシは、腹が減ると擬態する気力が無くなる。そうすると、どうなるか?
「ああ…今日はまた一段と空腹のようだ…」
ゆるゆると腰を動かし、既に放った生命の素を俺の胎内に塗り込めていたアグナが、右目だった物を見ながら囁く。
本来なら…と言うのもおかしいが、眼球を引き抜かれ、喰われたそこは空洞だ。そして、中と外を自由に行き来出来る。
「…っ…だから…っ…! そんなのと会話をするな…っ…!」
正解は、俺の眼窩から飛び出てウネウネと動き、食事を催促する白いミミズ…いや、アグナ曰く触手になるだけだ。
「そんなのとは失礼な。君の目だろう」
「今は、ただの邪魔な触手だ!」
「嫉妬はみっともないな」
「しっ!?」
嫉妬!?
何故、俺が触手なんかに!?
「…ラギ…」
ぎろりと睨めば、不意に名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
普段は『君』のくせに、こんな時ばかり名前を呼ぶな。
「そう睨むな。だが、睨む元気が出て来たのは良い事だ」
「…それは、あんたがたっぷりと食わせてくれたからだろう…ご馳走様」
「…眉間に皺を寄せたまま言われても、な。後が残る。縦皺シスターと呼ばれたいか?」
二本の指で、俺の額をさわさわと撫でながらアグナは目を細めて笑う。
その笑顔に、何故だか解らないが怒りにも似た感情が込み上げた。
「あんたが…っ…!!」
こいつが!
アグナが言ったからだろうが!!
『悪魔を追うなら、教会を探れ。最も悪魔に近いのは教会だ。…そうだな…似合う服が無いのなら、シスター服なんかどうだ? お仕着せは、誰にでも似合う様に出来ているからな。教会を探るにも、丁度良い』
当時、世間知らずだった俺は、その言葉を鵜呑みにした。ついでに、フクロムシの腹が減った時、目を隠す為にヴェールもあると良いと言われ、なるほどとそれも用意したし、いざと言う時に、脱がすのが面倒だから下着は着けない様にと言われ、その通りにもしたし、シスターを演じるのならば、言葉遣いも改めた方が良いと言われ、こいつ以外の前では丁寧に話すように心掛けた。
が。
ニヤニヤと笑うこいつを見た時に、口車に乗せられたと気付いたが、時すでに遅し、だ。
「俺がどうした? まあ、良いか…お代わりを要求しておきながら、ご馳走様は無いだろう?」
「…撤回する。もう…って…っ…!!」
もう満足だと言い終える前にアグナが抽挿を再開して、俺は裏返った声を出してしまった。
「…っ、の、悪魔っ!!」
「何を今更」
それを誤魔化そうと声を張り上げれば、愉快そうな声が返って来た。
何時かした俺の問いに、アグナが明確に答えた事は無い。
だが、それにアグナが否定をした事も無い。
だから、これが答えなのだろう。
アグナが悪魔だろうと構わない。
あの日の悪魔に一矢報いるまで、俺は生きる。
あの日、失った物は二度と戻る事は無い。
だが、唯一生き残った俺が、何もせずに生きて等居られる筈も無い。
たった一撃で良い。
相打ちだなんて、贅沢は望まない。
奴の記憶に残らなくても良い。
ただ、僅かでも傷を残せれば良い。
それが、次期村長となる予定だった俺の使命だと思うからだ。
その日の為に。
生きる為に。
今は、食事に専念する事にしよう…――――――――。
『ギャンッ!!』
魔獣の啼き声が聞こえた。
俺は、ただ呆然とそれを見ていた。
目の前で、魔獣が白く鋭い何かに身体中を串刺しにされて、血を垂れ流して宙に浮いている。
ボタボタと鮮血が地面へ向かって落ちて行き、そこにある青々とした草の色を変えていた。
「…な…」
ピクピクと身体を痙攣させる魔獣を見ながら、俺は恐る恐る右手を右目へと持って行く。
右目は、今は見えない。
左目だけで見ている状態だ。
その左目に映るのは、俺の右手では、ない。
右手は邪魔な何かに阻害されて、右の頬の位置で止まってしまった。
「…何だ…これは…」
ウネウネと動く物が見える。
白い何かが、俺の右目…の中から飛び出して蠢いているのが見えた。
「何なんだ、一体っ!?」
叫んだ処で、答えなんか返って来ない。
アグナならば、答えをくれる。
そう思った俺は、アグナの家へ戻ろうと踵を返した。
そうすれば、自然と俺の目から生えている謎の物体も動く。
ズヌッと肉を抉る感触が伝わって来て、吐き気が込み上げて来たが、吐いている場合ではない。
口元を押さえようと、右手を動かそうとして、ドサッと地面に何かが落ちる音が聞こえた。
支えを失った魔獣が地面に落ちた音だ。
しかし、支えて貰っていたのは魔獣だけでなく、俺もだった様だ。
顔から倒れた俺の頬を、青い草が擽る。
森の中に生えた草は、ひんやりとしていて何処か心地良かった。
身体が熱かった。
今の有り得ない出来事に驚いたせいだろう、心臓がドクドクと波打っている。
「…は…っ…」
俯せのままだと胸が圧迫されて苦しいから、何とか身体を捻り仰向けへとなる。
だが、そこまでだ。
呼吸が乱れる。
吐く息が熱い。
起き上がらなければと思うものの、身体が鉛の様に重かった。
何故だ。
何が起こった?
今、また魔獣に襲われでもしたら、確実に終わりだ。間違いない。
だが、身体が動かない。
ウネウネと蠢いていた白いモノも、今は無い。代わりに右目は視力を取り戻したが。
「大丈夫ではないな?」
俺以外誰も居ない筈の森の中で、アグナの低い声が聞こえた。
「なるほど。宿主を守る為の防衛反応と云った処か」
何に納得しているんだ。
近くに居たのか? 何処に居た?
…宿主…って事は、あの白いウネウネした物が俺に寄生しているフクロムシ…なのか?
擬態…失った身体を…張り巡らせて…って…どれぐらいの大きさなんだ…?
飛び出たあれは、どう考えても、俺の身体に収まる大きさでは無かった。伸縮自在と云う事か?
と云うか、何をどうしたら、海に棲む普通の生き物にそんな事が出来る様になる?
本来のフクロムシは…寄生して…それがオスなら…メス化させて…卵を産み付けて…だが、俺に寄生しているフクロムシは…。
そこまで考えて、背中に冷たい物が走るのを感じた。
熱かった身体がサアッと冷えて、頭がガンガンと痛みだして来た。
こいつは…アグナは…自分を『研究者』だと言った。
意識を取り戻したばかりだったし、フクロムシの生態を聞かされて、そっちに気を取られていたのもある。何となく聞き流していたけど、研究者って、そんな簡単に生き物を作り変え…いや、創り変えたり出来るものなのか…? どうやって? 何を使って? あの家に…何か…特別な素材とか…あった、か? それを…俺は…見た…か…?
…いや…そもそも…こいつは…何故…あの日、あの場所に居た…?
「…あんた…何者だ…?」
そんな事が出来るのは…それは…――――――――。
「いきなり動いて腹が空いただろう? 空腹で動けないか。このままだと、擬態も維持出来なくなるな」
しかし、アグナは答えない。
薄く笑いながら、俺の傍らで片膝をついて、右目に話し掛けている。
おい、やめろ。
そんなのと話すな。
「食事にしようか」
アグナが俺の身体を易々と抱え上げた処で、俺は意識を失った。
「…ん…っ…あ…っ…」
気が付いた時は、柔らかなベッドの上だった。
熱い息を零しながら、俺はそれを受け入れさせられていた。
「ああ…気が付いたか…」
ポタポタと、俺の身体に…全裸の俺の身体に、同じく全裸姿のアグナの汗が落ちて来ていた。
グチュグチュとした、粘ついた様な水音が俺の下腹部から聞こえている。
何処からか、甘い匂いも漂って来ていた。
それは、甘い甘い蜜の様に。
「…は…? あ…?」
状況が飲み込めず、俺は開いた脚の間に居るアグナをただ見上げた。
気が付きはしたが、頭に靄が掛かっている様な感じだ。
「結構、腹が膨れた様だが…未だ、足りないか…」
…膨れた…?
…そう言えば…あれだけ冷えていた身体が、今は熱を持っている…締め付けられる様な頭痛も治まった…?
「…君を…まあ、フクロムシにとっては自分か…守る為に、襲って来た魔獣を攻撃して倒した。ただ、かなりの力を使った為に、フクロムシは蓄えた養分を失い、空腹状態…瀕死状態だった。だから、俺が養分をこうして与えている。理解したか?」
「…り…かい…って…んあ…っ…!?」
そう言いながらアグナは腰を動かす。
性器がグヌグヌと腹の中を擦りながら、抜けて行こうとする感触に背中が跳ねる。
だらりとシーツの上に落ちていた腕を動かし、きつく両方の手で握り締めてその刺激に耐え様とした。
が、その両手をアグナに取られて、指を絡ませられた。
アグナの手は、汗のせいだろう。しっとりと濡れていたが、気持ち悪いと感じる事は無かった。
逆に、その湿った手を気持ち良いと感じる程だ。知らず、絡ませた指に力が入る。
もっと欲しい。
もっと強く握って欲しい。
そんな思いが湧き上がる。
「我慢せず、貪り喰え。その方が回復が早い」
ぼんやりした頭で、そう思った時、アグナがクッと喉を鳴らして笑った。
「…は…やいってぇ!?」
声がひっくり返ったのも仕方が無い。
俺の中から出て行こうとしていた性器が、再び戻って来たからだ。
「うっ、あ…ああ…っ…!?」
ズンッと勢い良く打ち付けられ、奥をガンガンと突かれる。
熱く硬い楔が行き来する度に、抑え切れない声が出る。
腹の中が…胎内が蠢いているのが解る。
…喜んでいる…。
俺に寄生しているフクロムシが喜んでいるのが解る。
もっと寄越せと。
歓喜に満ちた胎内が、アグナの性器を締め付ける。
「あ…っ、あ、あ…っ…!」
グチュグチュとした水音は止まない。
清水が湧き出る様に、何時までも何時までも、何処までも何処までも。
「…っ、な、んだ…っ…!?」
何だ、これは…っ…!?
俺は、今、何をしている!?
俺は、今、何をさせられている!?
「…食事だ…これは、生命を繋ぐ行為だ…。…ああ…出すぞ…」
食事?
そう思った瞬間、アグナの抽挿が止まった。
「っあ?」
アグナが眉を寄せ、腰を慄かせる。
「あ…あ…」
ドクドクと注ぎ込まれるそれは…―――――アグナの…精液…精子…生命の素…だ…――――――。
それからも、魔獣に襲われる度に、魔獣を倒す度に、食事をさせられた。食事だと言い聞かせられながら。
俺も、自分に言い聞かせた。
これは、食事だと。
生きる為に必要な行為なのだと。
だから、アグナとのこれは性行為では、ない。
性行為とは、恋人や夫婦…愛する者同士がする行為だ。
俺とアグナの間に、そんな感情は無い。
研究者と実験体。それだけだ。
婚約者と結婚をすれば、俺も性行為をするのだと思っていた。愛と問われれば自信は無いが、婚約者の事を嫌いでは無かった。控えめで大人しい子だった。少なくとも好意はあった。彼女との子なら、可愛い子が生まれるだろうと、想像した事もある。それは、叶わなかったが。
俺の目の前で脚を開かされた彼女は、そこから赤い血を流しながら、助けを求めた。
必死に、涙を流し、ごめんなさいと謝りながら、俺に助けを求めた。
だが、俺は無力だった。
魔獣に食われながら、悪魔に犯される婚約者を見ていた。
見ている事しか出来なかった。
◇
「…っは、あ…」
そして、今、また、アグナと食事をしている。
廃墟から場所は変わり、柔らかなベッドの上で、だ。
俺が助けた男はどうなったのかは知らない。
その気にさせたくせに、逃げたと言われるだろうかとか、恨んでいるだろうかとか、それは、毎度の事だから、考えるのを止めた。
今は、ただ腹を満たす方が先だ。
「…んぁ…もっと…」
チロチロと動く物が、左目に映る。
フクロムシは、腹が減ると擬態する気力が無くなる。そうすると、どうなるか?
「ああ…今日はまた一段と空腹のようだ…」
ゆるゆると腰を動かし、既に放った生命の素を俺の胎内に塗り込めていたアグナが、右目だった物を見ながら囁く。
本来なら…と言うのもおかしいが、眼球を引き抜かれ、喰われたそこは空洞だ。そして、中と外を自由に行き来出来る。
「…っ…だから…っ…! そんなのと会話をするな…っ…!」
正解は、俺の眼窩から飛び出てウネウネと動き、食事を催促する白いミミズ…いや、アグナ曰く触手になるだけだ。
「そんなのとは失礼な。君の目だろう」
「今は、ただの邪魔な触手だ!」
「嫉妬はみっともないな」
「しっ!?」
嫉妬!?
何故、俺が触手なんかに!?
「…ラギ…」
ぎろりと睨めば、不意に名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
普段は『君』のくせに、こんな時ばかり名前を呼ぶな。
「そう睨むな。だが、睨む元気が出て来たのは良い事だ」
「…それは、あんたがたっぷりと食わせてくれたからだろう…ご馳走様」
「…眉間に皺を寄せたまま言われても、な。後が残る。縦皺シスターと呼ばれたいか?」
二本の指で、俺の額をさわさわと撫でながらアグナは目を細めて笑う。
その笑顔に、何故だか解らないが怒りにも似た感情が込み上げた。
「あんたが…っ…!!」
こいつが!
アグナが言ったからだろうが!!
『悪魔を追うなら、教会を探れ。最も悪魔に近いのは教会だ。…そうだな…似合う服が無いのなら、シスター服なんかどうだ? お仕着せは、誰にでも似合う様に出来ているからな。教会を探るにも、丁度良い』
当時、世間知らずだった俺は、その言葉を鵜呑みにした。ついでに、フクロムシの腹が減った時、目を隠す為にヴェールもあると良いと言われ、なるほどとそれも用意したし、いざと言う時に、脱がすのが面倒だから下着は着けない様にと言われ、その通りにもしたし、シスターを演じるのならば、言葉遣いも改めた方が良いと言われ、こいつ以外の前では丁寧に話すように心掛けた。
が。
ニヤニヤと笑うこいつを見た時に、口車に乗せられたと気付いたが、時すでに遅し、だ。
「俺がどうした? まあ、良いか…お代わりを要求しておきながら、ご馳走様は無いだろう?」
「…撤回する。もう…って…っ…!!」
もう満足だと言い終える前にアグナが抽挿を再開して、俺は裏返った声を出してしまった。
「…っ、の、悪魔っ!!」
「何を今更」
それを誤魔化そうと声を張り上げれば、愉快そうな声が返って来た。
何時かした俺の問いに、アグナが明確に答えた事は無い。
だが、それにアグナが否定をした事も無い。
だから、これが答えなのだろう。
アグナが悪魔だろうと構わない。
あの日の悪魔に一矢報いるまで、俺は生きる。
あの日、失った物は二度と戻る事は無い。
だが、唯一生き残った俺が、何もせずに生きて等居られる筈も無い。
たった一撃で良い。
相打ちだなんて、贅沢は望まない。
奴の記憶に残らなくても良い。
ただ、僅かでも傷を残せれば良い。
それが、次期村長となる予定だった俺の使命だと思うからだ。
その日の為に。
生きる為に。
今は、食事に専念する事にしよう…――――――――。
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捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
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