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それぞれの絆
【旦】わるい大人
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「やはり、今日は汽車は動かないそうだ。吹雪が収まれば雪掻きをするが、それだけで今日は終わりになりそうだとの事だった。朝話した通り、今日も泊まりだな」
部屋に入るなり、窓に手をあてて、未だ容赦無く雪が降り続く外の景色を見ている雪緒に話し掛ければ『そうですか』と、落胆した様な声が返って来た。何処か不満そうな雪緒に俺は僅かに眉を上げるが。
「…今夜は僕が作った物を食べて戴きたかったのですが…」
その言葉に、思わず喉が詰まりそうになり、胸を押さえようとしたが、生憎と両手が塞がっていた。
「…………昼餉後に汽車の確認をして来て戴いたのは良かったのですが…その手にしている物は何でしょう?」
窓から離れ、俺に近付いて来ながら雪緒が問う。
思わず後退りそうになってしまったが、何とか踏み止まり、手にしていた物を卓袱台の上に置いて、俺は座布団の上に腰を下ろした。
「見ての通り酒だ。土産物屋があっただろう? そこで買って来た。あと、つまみも。この皿は仲居に話したら貸してくれた。この吹雪では、何処にも行けん。折角の休日だ。呑んで過ごすのも悪くは無いだろう。ほら、お前も呑め」
すらすらと言葉が出るのは、予め用意していた言葉だからか、それとも何処か後ろめたい気持ちがあるからか。
延泊だが、俺は端から二日間の宿泊を取っていた。外泊など滅多に無い機会だ。雪緒を家事から切り離して休ませるには絶好の機会なのだ。…まあ…昨夜は少々…。いや…多少…無理をさせてしまったきらいがあるが、それはそれだ。それも込みでの二泊だ。動くのが辛かろうと言って、もう一泊しようと話しをする予定だったが、良い吹雪に恵まれた物だ。これなら、幾ら雪緒でも大人しく納得してくれるだろう。
それに何より、こう云う機会でないと雪緒を酔わせるのは不可能だ。雪緒が酒に酔った処を俺は見た事が無かった。それを見たい。これは、純粋な好奇心で邪な気など一切無い。
「僕は結構です。紫様がお呑みになって下さい」
言いながら雪緒は卓袱台の上にある二本の一升瓶をじとりと見詰めた。
「いや、全部呑む訳ではないぞ? この辛口の物は俺用で、こっちの物は酒が苦手な者でも呑めると云う売り文句の物で、仄かに甘味があって人気だと云う話だ。勿論、土産に持ち帰って家でも呑むつもりだ」
「そうですか。おつまみは何を購入されたのですか? お皿に移しましょう。切らなければならない物とかありますか? あるのでしたら包丁とまな板をお借りしなければなりませんから。袋の中身を確かめさせて戴きますね」
俺の言葉に雪緒は卓袱台を挟んで向かいに腰を下ろし、袋の中身を検め出した。
淡々とした雪緒の様子にしくしくとした痛みが俺の胃を襲う。
これは、帰れないと落胆している自分を差し置いて、暢気に酒を呑むぞと誘う俺を責めているのか?
「ぐ…っ…。包丁を使わねばならない物なぞ、買ってはいない。俺がやるからお前は座っていろ!」
だが、ここで『はいそうですか』と引き下がる訳には行かん。
「既に座っています。それよりもコップがありません。借りて来ますね」
けんもほろろとはこの事だろうかと思いながら、俺はつらつらと言葉を重ねて行く。
「良いからお前は座っていろ。コップなぞ要らん。湯呑みがある。それよりだ。良いか? 今日は夜も明日の朝も、お前は飯の支度を気にする必要は無い。普段はそれを気にして呑まないのだろうが、今日は特別だ。勉強だ。自分の限度を知る良い機会だ。どれだけ呑めるのか、限度を知っておくべきだ。それは社会人としての嗜みだ」
とにかく攻めるしかあるまい。どれだけ乱暴な理論だろうと、勢いで言い包めてしまえば良い。
「…僕の限度…ですか…」
何か引っ掛かる物があったのだろう。雪緒が顎に指をあてて考え込む様に、僅かに眉を寄せ目を伏せた。
「ああ。そうすれば、呑み会等に参加した時にもっと楽しめる様になる」
…もう一押しか?
「…今のままでも十分楽しいですし…皆様が楽しそうにお酒を呑んで居る姿を見ているだけで、僕も楽しいですし…無理して呑む必要性を感じませんし…」
だが、迷うそぶりを見せながらも雪緒は首を縦には振らない。
「………俺は…お前と晩酌を楽しみたいんだ…」
鉄壁過ぎる雪緒に俺はもうお手上げだと、手を上げたくなる。
「…だ…紫様…」
しかし、ぼそりと漏らした俺の言葉に雪緒は目を瞬かせた。
「…僕は…紫様が…美味しそうにお酒を呑む姿が好きで…その…僕が…お付き合いしましたら…それ以上に楽しく…美味しくなるのでしょうか…」
暫し目を泳がせながら、やがて僅かに頬を染めて雪緒はぼそぼそと言い出した。
「なる!」
思わず身を乗り出して言えば、雪緒は『…仕方が無いですね…』と、困った様に肩を竦めて笑ったのだった。
◇
「ああ。そろそろ夕餉の時間になりますね」
…何故だ…。
「こちら片付けて置きますね。まだお呑みになりますか?」
空いた皿を片付けながら雪緒が淡々と聞いて来る。
「…いや…いい…」
軽く額を押さえながら、俺は呻く様に宴会の終わりを告げた。
雪緒の顔色は呑み始める前と変わらず、口調もしっかりとしている。
皿を持つ手も不安気無く、丁寧に皿を積み重ねて行く。
ちらりと脇に置かれた酒瓶を見れば、それぞれ半分ぐらいにまで減っていた。
まさか、雪緒がここまで酒に強いとは…普段呑まないから、弱いのだろうと思っていたが…とんだ誤算だった…。…この俺が追い詰められてしまうとは…。
「お酒の匂いが充満していますから、窓を開けて空気を入れ替えますね。…あ、何時の間にか雪が止んでいます。お月様が見えますから、明日は朝から晴れますよね」
窓へと近付くその足取りもしっかりとした物だ…。
ひやりとした空気が室内に入って来て、俺は僅かに身体を震わせた。
…雪緒…何て恐ろしい奴…。
しかし、雪緒の恐ろしさはこれだけでは無かったのだ。
「おはようごじゃいましゅ、だんにゃしゃま」
翌朝、頬を赤らめて目を潤ませる雪緒を見た俺は、慌てて延泊を希望しに走ったのだった。
部屋に入るなり、窓に手をあてて、未だ容赦無く雪が降り続く外の景色を見ている雪緒に話し掛ければ『そうですか』と、落胆した様な声が返って来た。何処か不満そうな雪緒に俺は僅かに眉を上げるが。
「…今夜は僕が作った物を食べて戴きたかったのですが…」
その言葉に、思わず喉が詰まりそうになり、胸を押さえようとしたが、生憎と両手が塞がっていた。
「…………昼餉後に汽車の確認をして来て戴いたのは良かったのですが…その手にしている物は何でしょう?」
窓から離れ、俺に近付いて来ながら雪緒が問う。
思わず後退りそうになってしまったが、何とか踏み止まり、手にしていた物を卓袱台の上に置いて、俺は座布団の上に腰を下ろした。
「見ての通り酒だ。土産物屋があっただろう? そこで買って来た。あと、つまみも。この皿は仲居に話したら貸してくれた。この吹雪では、何処にも行けん。折角の休日だ。呑んで過ごすのも悪くは無いだろう。ほら、お前も呑め」
すらすらと言葉が出るのは、予め用意していた言葉だからか、それとも何処か後ろめたい気持ちがあるからか。
延泊だが、俺は端から二日間の宿泊を取っていた。外泊など滅多に無い機会だ。雪緒を家事から切り離して休ませるには絶好の機会なのだ。…まあ…昨夜は少々…。いや…多少…無理をさせてしまったきらいがあるが、それはそれだ。それも込みでの二泊だ。動くのが辛かろうと言って、もう一泊しようと話しをする予定だったが、良い吹雪に恵まれた物だ。これなら、幾ら雪緒でも大人しく納得してくれるだろう。
それに何より、こう云う機会でないと雪緒を酔わせるのは不可能だ。雪緒が酒に酔った処を俺は見た事が無かった。それを見たい。これは、純粋な好奇心で邪な気など一切無い。
「僕は結構です。紫様がお呑みになって下さい」
言いながら雪緒は卓袱台の上にある二本の一升瓶をじとりと見詰めた。
「いや、全部呑む訳ではないぞ? この辛口の物は俺用で、こっちの物は酒が苦手な者でも呑めると云う売り文句の物で、仄かに甘味があって人気だと云う話だ。勿論、土産に持ち帰って家でも呑むつもりだ」
「そうですか。おつまみは何を購入されたのですか? お皿に移しましょう。切らなければならない物とかありますか? あるのでしたら包丁とまな板をお借りしなければなりませんから。袋の中身を確かめさせて戴きますね」
俺の言葉に雪緒は卓袱台を挟んで向かいに腰を下ろし、袋の中身を検め出した。
淡々とした雪緒の様子にしくしくとした痛みが俺の胃を襲う。
これは、帰れないと落胆している自分を差し置いて、暢気に酒を呑むぞと誘う俺を責めているのか?
「ぐ…っ…。包丁を使わねばならない物なぞ、買ってはいない。俺がやるからお前は座っていろ!」
だが、ここで『はいそうですか』と引き下がる訳には行かん。
「既に座っています。それよりもコップがありません。借りて来ますね」
けんもほろろとはこの事だろうかと思いながら、俺はつらつらと言葉を重ねて行く。
「良いからお前は座っていろ。コップなぞ要らん。湯呑みがある。それよりだ。良いか? 今日は夜も明日の朝も、お前は飯の支度を気にする必要は無い。普段はそれを気にして呑まないのだろうが、今日は特別だ。勉強だ。自分の限度を知る良い機会だ。どれだけ呑めるのか、限度を知っておくべきだ。それは社会人としての嗜みだ」
とにかく攻めるしかあるまい。どれだけ乱暴な理論だろうと、勢いで言い包めてしまえば良い。
「…僕の限度…ですか…」
何か引っ掛かる物があったのだろう。雪緒が顎に指をあてて考え込む様に、僅かに眉を寄せ目を伏せた。
「ああ。そうすれば、呑み会等に参加した時にもっと楽しめる様になる」
…もう一押しか?
「…今のままでも十分楽しいですし…皆様が楽しそうにお酒を呑んで居る姿を見ているだけで、僕も楽しいですし…無理して呑む必要性を感じませんし…」
だが、迷うそぶりを見せながらも雪緒は首を縦には振らない。
「………俺は…お前と晩酌を楽しみたいんだ…」
鉄壁過ぎる雪緒に俺はもうお手上げだと、手を上げたくなる。
「…だ…紫様…」
しかし、ぼそりと漏らした俺の言葉に雪緒は目を瞬かせた。
「…僕は…紫様が…美味しそうにお酒を呑む姿が好きで…その…僕が…お付き合いしましたら…それ以上に楽しく…美味しくなるのでしょうか…」
暫し目を泳がせながら、やがて僅かに頬を染めて雪緒はぼそぼそと言い出した。
「なる!」
思わず身を乗り出して言えば、雪緒は『…仕方が無いですね…』と、困った様に肩を竦めて笑ったのだった。
◇
「ああ。そろそろ夕餉の時間になりますね」
…何故だ…。
「こちら片付けて置きますね。まだお呑みになりますか?」
空いた皿を片付けながら雪緒が淡々と聞いて来る。
「…いや…いい…」
軽く額を押さえながら、俺は呻く様に宴会の終わりを告げた。
雪緒の顔色は呑み始める前と変わらず、口調もしっかりとしている。
皿を持つ手も不安気無く、丁寧に皿を積み重ねて行く。
ちらりと脇に置かれた酒瓶を見れば、それぞれ半分ぐらいにまで減っていた。
まさか、雪緒がここまで酒に強いとは…普段呑まないから、弱いのだろうと思っていたが…とんだ誤算だった…。…この俺が追い詰められてしまうとは…。
「お酒の匂いが充満していますから、窓を開けて空気を入れ替えますね。…あ、何時の間にか雪が止んでいます。お月様が見えますから、明日は朝から晴れますよね」
窓へと近付くその足取りもしっかりとした物だ…。
ひやりとした空気が室内に入って来て、俺は僅かに身体を震わせた。
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しかし、雪緒の恐ろしさはこれだけでは無かったのだ。
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