旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】雪緒の夢

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「ふゅひゃぁ~。ひょひゅぎょにょひょひゃはみゃちゃきゃきゅびぇひゅれひゅ」

 にこにこと笑いながら、雪緒ゆきおが『食後の茶は格別だ』と言っている。
 雪緒の魔の口から何とか逃れ、朝餉を終えた俺達は今、茶を飲んで居る。
 朝餉で出た梅干しを茶に入れて飲ませているのだが、味が解っているのか甚だ疑問だ。
 膳を下げに来た仲居に、昼の飯は梅粥にしてくれと頼んだ。
 それにしても。
 まさか、こんな酔い方をするとは思わなかった。
 普段から己を律している節がある雪緒の姿からは想像もつかない。
 …だが…。

「ふひゃ…だんにゃしゃま、きょきょ、きょきょ」

 茶を飲み終わった雪緒が、パンパンと自分が座る横の畳を叩いて俺を呼ぶ。
 この様に砕けた雪緒を見るのも悪くは無い。
 こんな雪緒の姿等、誰も知るまい。

「どうした?」

 緩む頬を軽く叩き、湯呑みを卓に置いて俺は立ち上がり、卓袱台を回り込んで雪緒が叩いた場所へと移動をする。

「うふゅぅ~。じゃびゅちょん、じゃびゅちょん」

 しかし雪緒は不満そうに唇を尖らせて、俺が元座っていた場所を指差す。

「ん? 座布団を持って来いと?」

 俺の言葉に雪緒は大きく頷いた。

「ひゃひ、しゅひゃりゅ」

 並んで座布団の上に座れと云う事か?
 そう言えば、食後に並んで茶を飲んで寛ぐ事等無かった気がする。
 何時も向かい合って座っているな、そう言えば。
 だが、その方が互いの顔が良く見える。綺麗に丁寧に静かに食べたり、ゆっくりと茶を飲む雪緒の姿がじっくりと見られる。
 まあ、雪緒が望むのならそれも良いが。
 そうだな、今度晩酌の時には雪緒に隣に座って貰おうか? たまには雪緒の旋毛を見ながら呑むのも良いだろう。

「ふゅふゅふゅ…」

 座布団を持って来て雪緒の隣に並べば、雪緒は俺を軽く見上げて笑って来た。
 そして。

「お、おい、雪緒!?」

 身体を離したかと思えば、そのまま胡坐を掻いた俺の足の上に倒れ込んで来たのだ。

「どうした!? 具合が悪いのか!? 吐くのか!?」

 慌てて片手を雪緒の肩に伸ばしてそう言えば、雪緒は身体の向きを変えて、後頭部を俺の腿の辺りに座らせ、脚を伸ばし、腹の上で手を組み、真っ直ぐと俺を見詰めて嬉しそうに目を細めて笑った。

「ふゅふゅ…しじゃみゃきゅりゃ…」

「ぐっ!?」

 ひ・ざ・ま・く・ら。

 慌てて空いていた方の手で口を押さえる。

 何だ、この生き物は!?

 膝枕だと嬉しそうに雪緒は笑った。
 それはまるで夢見る様に、幸せそうに。

「…これぐらいでお前はそんな風に笑うんだな…」

 そっと手を伸ばして、額に掛かる雪緒の前髪を梳く。

「ふゅひゃ。みょっちょれしゅ」

 もっととうっとりと目を細める雪緒の髪を、額の生え際から頭頂部に掛けて梳いて行く。
 するすると指をすり抜けて行く滑らかな髪質は、出逢った頃からは想像も付かない物だ。
 張りも艶も無く、あちらこちらでこごっていた、あの頃の雪緒の髪。
 雪緒の髪を整えながら、鞠子まりこが苦しそうにしていたのは良く覚えている。お妙さんも、そっと袖で涙を拭っていた。

「ああ。…膝枕ぐらい、幾らでもしてやるから、普段からそうしていろ」

 飽く事無く髪を梳きながら言えば、雪緒は目を閉じたまま、眉を僅かに寄せた。

「しょれはらめれしゅ。よきゅびゃりしゅぎぃれしゅ」

「お前は、欲張り過ぎても足りないぐらいだ。…もっと我儘になって良いんだ…」

 もっと我儘に、もっと甘えて良いんだ。
 だが、雪緒がそうしないのは…出来ないのは…それは…俺がそうさせてやれないからか…。
 俺は、惚れた相手を思うがままに甘えさせてやる事も出来ない男なのか…。

「…ふゅぅにゅ…だんにゃしゃま…」

 雪緒が片手を上げて俺の名を呼ぶから、髪を梳く手はそのままに、肩に置いていた手を動かして、そっとその指先を包む様に握った。

「何だ? 他にして欲しい事があるのか?」

 枷の外れた今だから、雪緒はこうも甘える仕草を見せるのだろう。
 それならば、せめて今だけでも、雪緒の望むままに何でも叶えてやろう。
 今夜一晩眠れば、酔いも抜けるだろう。
 そうしたら雪緒はまた土下座をするのだろうか?
 それならば、ここぞとばかりに普段から甘えて居れば良いのだと言ってやろう。
 ああ、明日の雪緒の反応が楽しみだ。

「びょきゅにぃひゃ、ひゅみぇぎゃひゃりみゃしゅ」

 髪を梳きながら促す俺に、雪緒は薄く目を開いて夢があるのだと笑う。

「…夢?」

「ひゃひ。だんにゃしゃまちょじゅっちょひっしょにゅひりゅきょちょれしゅ」

 俺とずっと一緒に居るのが夢だと?

「ああ。何時までも共に居るぞ? お前が嫌がっても離さない」

「じゅっちょれふゅ。ほじぃひゃんひにゃっれみょれしゅ」

 年老いても変わらずに居る。当然だ。

「ああ。そうだな…小春日和の日には、縁側で並んで茶でも飲みながら日向ぼっこでもしよう」

 窓の向こうに広がる青空を見て言えば、雪緒はまた幸せそうに笑った。

「ふゅふゅ…しょひちぇ、びょきゅひゃ、ほみゅちゅひょきょうきゃんしゅりゅにょれしゅ」

 ――――――――――――――――…何だって…?

「きょんじょ、ほちょにゃひょうにょきゃみほみゅちゅぎゃれるちょにょきょちょれしゅ。しびゅんにょりびぇんちれしゅ」

 ――――――――――――――――…大人用の…紙おむつ…尿瓶より…便利…。………………は…?

「だんにゃしゃまにょほみゅちゅひょきょうきゃんしゅりゅにょひゃぁ、びょきゅらけれしゅぅ…ふゅふゅ…。…ちぇ、ちょみゃっちてましゅ…」

「あ、ああ、すまん…」

 余りの事に止まってしまった手を、俺は慌てて動かす。

 …今、雪緒は何と言った?
 人畜無害な笑顔で。
 夢見る様な笑顔で。
 これ以上無いと言うぐらいの幸せな笑顔を浮かべながら、何と言った?

『旦那様のおむつを交換するのは僕だけです』

 何だかそんな鬼畜な事を口にした様な気がするが…。
 いや、まさか…。まさかとは思うが…。

「…雪緒…お前の夢は…年老いた俺のシモの世話をする事なの、か…?」

「ひゃひ! ちょっちえみょひょおきにゃひゅみぇれしゅ!」

 恐る恐る尋ねれば、雪緒は満面の笑みで『とても壮大な夢』だと返してくれたのだった。

 ぐらりと俺の上体がかしいだのも、無理は無いと言えよう…。
 …雪緒…何処までも…想像の遥か彼方を超えて行く…。…何と恐ろしい奴なんだ…。

 そうして翌朝、雪緒は言ってくれたのだ。

「今日とても良いお天気ですね。の吹雪が嘘みたいです」

 と。
 昨日の記憶がすっぽりと抜けていたのだ。

 …ああ、本当に…何てままならないんだ…。
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