旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】いつかの悪戯・前編

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「よお~…これ…みくちゃんから…」

 食堂で昼飯(勿論、雪緒ゆきおの手作り弁当だ)を食っていたら、今日は休みの筈の天野がふらついた足取りでやって来た。

「…何だ、これは?」

 弁当箱の前に置かれた紙袋に目をやってから、のそりと目の前に立つ天野を見れば、目の下には見事な隈が出来ていた。昨日は元気だった筈だが、一日足らずで何があればこうなるのだろうか…。

「…みくちゃんが…夢で鞠子まりこちゃんに頼まれたって…夜なべして…俺も…手伝った…から、絶対に着てくれよ…着ないと呪う…鞠子ちゃんとみくちゃんと俺が…」

「…おい…」

 呪われる様な物を持ってくるな。と、言いたいが生気の無い天野の顔を見てしまえば、それを口にするのは憚られる。もしも、ここに雪緒が居たのならば『誠心誠意を持って、そのお気持ちにお応えさせて戴きます』とか、言っていたのかも知れんな。

「…今日は…金曜だから…明日…雪坊休み…だよな…じゃあ、俺、帰るわ…」

「ああ? …まあ、気を付けて帰れ…」

 力無くひらひらと手を振って食堂を出て行く天野を見送ってから、俺は目の前に置かれた紙袋を見て首を捻る。
 何だ? これは雪緒と関係がある物なのか? 天野やみくはともかく、鞠子が呪うとは?

「天野副隊長大丈夫なんですか?」

「あんなに元気のない天野副隊長初めて見た…」

 隣のテーブル席に居る楠と橘が食堂の出入口を見ながら、心配そうに俺に話し掛けて来た。

「…まあ、大丈夫だろう…。…慣れない針仕事をした様だから、それのせいだろう…」

 俺がそう言えば二人は『なるほど…?』と、首を傾げながらも納得した様で、食べ掛けだった定食の続きを食べ始めた。
 …俺も、あんな天野は初めて見たかも知れん。風邪で熱があっても倒れるまで気付かない奴だからな。
 俺はもう一度紙袋を見る。鞠子に頼まれたと言っていたな? 夢とは云え、何故、俺や雪緒ではなく、みくなんだ? 水臭いのではないか?
 と思いながら紙袋の中を覗けば、そこは黒一色だった。
 …何だこれは…?
 一番上にあった物を手に取って袋から出して見る。
 …長い…。

「…これは…とんび外套、か…? その割に生地が薄いが…」

 手触りの良い、その布を広げて見れば黒一色ではなく、裏地に赤い布が縫い付けられていた。
 何とも目立つ物を寄越した物だな? これを俺に着ろ、と? いや、他にもあるな?
 次いで出て来たのは黒いベストに、黒いズボンに、白いシャツ、そして赤い蝶ネクタイだった。
 …何だこれは…。
 思わず半眼になってしまう。鞠子は俺に何をさせたいんだ?

「…ん? 未だ何か…」

 底にひっそりと残っていた物を手に取れば、それは白い牙だった。ゴムで作られているのか、中は空洞になっていて硬さは無い。
 …益々解らん…。何だ、これは…?

「あっ! 明日からハロウィンのお祭りだ! 高梨隊長は吸血鬼の仮装を?」

 突然、前のテーブル席に居た白樺が声を上げた。

「…吸血鬼…?」

 …そう云えば、と、これらを纏った姿を想像してみる。…ああ、昔に見たな、こんな格好をした者を…。後で相楽があれは吸血鬼だと…首に噛み付いて血を吸う異国の物の怪だと教えられ…。
 そこまで考えて、俺は慌てて片手で口元を覆った。

『…旦那様に似合いそうだと思いまして…』

 と、頬を赤らめて言ってくれたのだ、雪緒は。
 あれをみくも聞いていたのか?
 鞠子が、と言っていたが、みくなりの気遣いなのか?

「いいわね! 亜矢ちゃんも吸血鬼やろう! 似合うよ!」

「それは、胸が無いからと言いたいんですか!? 楠! こっちを見るな!!」

 そんな相葉や白樺の遣り取りを聞きながら、俺はただこれを着るべきかどうか悩んでいた。

 あの頃は似合うと口にしてくれたが、今はどうだろうか? あれから幾年が過ぎた? 俺も雪緒も良い大人だし、今更仮装なぞと思うだろう。しかし、みくのせっかくの厚意を、天野の隈を無碍にする事も躊躇われるし。

「…呪い…か…」

 呪いなぞ信じてはいないが、鞠子が夢に出て来たとみくが言っていた。夢とは云え、鞠子だ。時たま鞠子の幻聴が聞こえる事があるから、ただの夢で済ます事なぞ出来ん。

「…さま? ゆかり様? お疲れですか? 今日はもうお風呂に入って休まれますか?」

 用意された晩酌に気付かずに、考えに耽っていた俺の耳に、気遣わしげな雪緒の声が届いた。

「あ、ああ、すまん。疲れている訳では無い…」

 いかん、いかん。雪緒に心配を掛けてどうする。覚悟を決めろ。

「…風呂はお前が先に入れ。ここの片付けはやっておく」 

「え、ですが…」

 手を付けていない徳利と盃を手にして立ち上がれば、雪緒は戸惑う様な声を上げた。

「…その…風呂から出たら…俺の部屋で待っていてくれ…」

 俺を気遣う様に見て来る雪緒に、知らず熱くなる頬を隠す様にして顔を逸してそう言えば。

「は、はひっ!」

 と、雪緒は瞬時に茹で蛸になって、ふらふらと茶の間から出て行った。

 …大丈夫かあいつ…?

 軽く肩を竦めて、俺は台所へと向かった。この酒は料理にでも使って貰う事にしよう。
 しかし…。
 もう、幾度となく身体を重ねているのに、時にはあいつからも…いや…あれはあいつの勘違いからだが…結果として、そうなった事もあるのに…まあ…そこがまた良いのだが。
 吸血鬼は、人の生き血を吸う物の怪だ。夜な夜な清らかな乙女の血を求めて彷徨うと云う。その白い首筋に牙を立て、恍惚とした表情を浮かべるそうだ。それは、吸われる方も同じで。陶然としたまま吸われ、知らぬ間に生命を落とすらしい。中には、それを利用して行為に及ぶと云う話も、帰宅前に寄った書店で読んだ書物に書かれてあった。雪緒は乙女では無いが、清らかな心の持ち主だ。異国に行けば、恐らく、間違いなく、十中八九、確実に、吸血鬼に襲われるだろう。
 それはさておき。好奇心とは幾つになっても尽きない物だ。そう云う記述を目にしてしまえば、試してみたくなるのが人情と云う物だろう。雪緒の、あの白く細い首筋に牙を立てる。そう考えただけで、得も言われぬ背徳感が襲って来る。雪緒は驚くだろうか? 怖がるだろうか? 泣き出すだろうか? それとも…――――――――?
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