旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】天の川の先に・五

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「やれやれ…」

 酔い潰れた天野、みく、相楽さがらの身体に肌掛け布団をそれぞれへと掛けてやり、俺は溜め息を吐いて仏間から廊下へと出た。
 障子は開けていたが、それでも仏間は酒の匂いが充満していて、俺まで酔いそうだ。
 茶の間へと行けば、親父とせいが作った料理がまだ所狭しと卓袱台の上に置いてあった。

「どれだけ作ったんだ…朝飯か?」

 ともかく、傷みそうな物は仕舞っておかねば。

「お手伝いしますね」

 皿を一つ手に取った時、後ろから雪緒ゆきおの声が聞こえて来た。

「親父達は良いのか?」

 親父と星と月兎つきとと雪緒の四人で川の字になって寝ると星が息巻いて、呑むのもそこそこに雪緒の部屋に引っ込んで、色々と話が弾んでいた様だったが。

「皆さん、はしゃぎ過ぎて疲れたのか、寝てしまわれました」

 振り返った俺に、雪緒はくすくすと笑いながら近付いて来る。羽織も袴も脱ぎ、今は白い着物だけだ。

「そうか」

 俺も、暑苦しい羽織と袴を脱いで、黒い着物だけだが。
 二人で卓袱台の物を粗方片付け、傷みそうに無い物は台所にある長机に置き、窓を開け風通しを良くして、虫除けの網を掛けた。

「お茶を煎れますか?」

「ああ。縁側で風にあたりながら飲もう」

「はい」

 俺は雪緒にそう言って、茶の間にある座布団を二枚持ち、一足早く縁側へと行き腰を下ろした。
 少しだけひやりとした風が、頬を撫で、項を撫でて行く。
 目の前にある向日葵は、今は少しだけ下を向いている。そして、その斜め前には、星が持って来て刺した笹があり、皆が願いを書いて吊り下げた短冊が僅かに揺れていた。

「…楽しかったか?」

 意識するで無く、するりと言葉が出た。
 夏になれば、何時も俺達を見ている向日葵。
 夏が終わり、花を散らしても、そこに在るのは変わらない。
 向日葵は鞠子まりこだ。
 何時だって、胸を張って前を見て、ころころと笑っていた鞠子。

「お前が見たかった物は、見られたか?」

 そよりそよりと風が吹き、悪戯に向日葵の花を揺らして行くが、俺には鞠子が嬉しそうに頷いた様に見えた。
 きっと、もう、恐らくは、この家にこうして皆が集まって騒ぐ日は来ないだろう。
 天野達への、良い手向けになっただろうか?

 ――――――――思い出す顔が、何時も笑顔である様に――――――――。

 そんな風に笑えていたか?
 あいつらも、そう、笑っていたか?
 明日の朝は、皆で写真を撮ろう。
 向日葵も一緒に。
 過ぎた日々は戻らないが、思い出す事は出来る。写真があれば、それは、より鮮明になる。
 …何時か…何時の日か、それを見て涙を流す日が来るのかも知れないが…。それは、その時の事で、今では無い。

 …殺してくれ、か…。

「…全く、無理難題を押し付けてくれる」

 天野の言葉が蘇り、ふ、と息を零し、垂れて来た前髪を掻き上げる。
 鞠子やおたえさんが居たら、何と言っていただろうな?

「何がですか?」

「…ああ、ありがとう」

 すっと差し出された茶を受け取り、隣に置いた座布団をぽんぽんと叩けば、そこに雪緒が腰を下ろした。

「…天野の事だ」

 ふー、ふー、と息を吹き掛けてから、一口だけ茶を飲んで、俺は切り出した。

「…次の…新月でしたっけ…」

「…ああ…」

 やはり、みくから聞いていたのだろう。雪緒が空に浮かぶ月を見ながら、ぽつりと寂しそうに呟いた。

「…天野を負かせるあやかしなぞ居て堪るか。それをでっち上げて、それに天野が殺された様に見せろとか、津山と話を合わせる様にしろとか、全く頭が痛い…」

 俺も同じく、空を見上げながら話す。
 そう言えば、今日は七夕だが…天の川は何処だ? 反対側だったか?

「…ですが…実行されるのですよね…?」

 ぼんやりとそんな事を思った俺の耳に、静かな雪緒の声が届く。
 一度目を伏せ、そして開けて俺は答える。

「…ああ…。天野は妖に襲われ、食われる…ふりをして、闇に紛れて親父の里へ行く。未亡人となったみくは、街に居ても辛いだけだと言って、葬儀を済ませたら、里へ行く…あいつにそんな真似が出来るのか、甚だ不安だが…」

 あいつのそんな願いなぞ、この人生で数える程しか無い。
 応えてやらねば男が廃る。
 幼馴染みとして、友として、戦友として。
 俺が出来る最後の餞だ。

「…長期休暇には、里へ行きましょうね」

「…そうだな…」

 変わらず静かな…いや、やはり寂しいのだろう…それを滲ませた雪緒の声に、俺は頷く…頷く事しか出来ない。

「…星様の時は…どうされるのですか…?」

「星の時は、あいつが飽きたとでも言えば、皆が納得するだろう。あいつを止められる事なぞ、誰にも出来ん」

 少しだけ明るさを滲ませた…からかう様な雪緒の声に、俺は何時もの様に…星には何度も煮え湯を飲まされていると…それを含んだ声で答えた。

「ふふ…っ…! 星様に悪いですよ!」

 それを期待していただろうに、雪緒は堪らずと言った様に噴き出した。

「笑うお前も同罪だぞ?」

「ふふ、そうですね」

「…しかし、本当に良かったのか?」

「え?」

「…養子の事だ…」

「…ああ…」

 ふっと、目を伏せる雪緒に、俺は目を細めた。
 雪緒の告白に、つい衝動的に抱き締めてしまった後、親父が咳払いを一つして言ったのだ。

『雪緒君、私の養子にならないかね?』

 と。

『私の養子になって、新たに紫君と縁を結ぶ…婚姻届を出さないかね?』
 
 と。
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