矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

12.身内じゃない

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 先生の垂れた目がパチパチと瞬いているけど、俺はそんな仕草が可愛いな、なんて思いながら続ける。

「…初めて的場を見た時に、箸の使い方が上手だなって、綺麗だなって思ったんだ…。時々、空や鳥、木とか見てさ…本好きなのに、食べてる時は読まないし…。的場が本を読んでるのを見るのも好きなんだ…こう、真っ直ぐ背筋伸ばしてさ…。そんな的場を見るのが好きで…何時も、先刻の場所でパンを二つ食べてから、ここに来るんだ」

「え…」

 めちゃくちゃ好きだって言った気がするけど、本当の事だし。
 これで、バカって言った事が帳消しになるなんて思わないけど、少しでも先生が喜んでくれたら嬉しいなって思う。
 嫌いだから、バカって言ったんじゃない。
 好きだから、バカって言ってしまったんだ。
 身内扱いでも良いなんて嘘だ。それはそれで嬉しいんだけどさ。けど、やっぱ一人の男として見て欲しいな、なんて思う。いっぱい居る、教え子の一人だなんて、嫌だ。
 もっと、俺を見て欲しいんだ。
 そう思うのに、先生はデコを手で押さえてしまった。
 あ…。
 困らせた…?
 俺に好きって言われるの、嫌だった?
 言わない方が良かったのか?
 
「…大丈夫か? まだ腹痛いのか?」

 デコを押さえてるのに、腹はないだろって思うけど、先生を困らせた事から逃げたくて、腹って言ってしまった。
 嫌だな。
 怖いな。
 迷惑とか思ったのか?

 どんどん沈む俺に、先生は曇りの無い笑顔で『嬉しい』って、俺の頭を撫でてくれた。

 あ、良かった。
 好きって言って良いんだ。
 先生の手で頭撫でられるの、本当に好きなんだ。
 安心する。
 だから、嫌なら止めるって言われそうになって、思い切り好きだって叫んだら、先生は思い切り良い笑顔で言った。

「そうか…頭を撫でられるのが好きとか、お前は犬みたいで可愛いなあ」

 ◇

 身内…いや、人間からペットになった俺は、保健室に逃げ込む元気も無くて、教室で机に突っ伏していた。
 また、バカって思い切り叫んじゃったけど、仕方がないよな? 犬猫みたいだなって、俺だって思ったけど…思ったけどさあっ! はっきりと先生の口から言われると…こんなキツいなんて…。

「わん…」

 …先生は俺の事を本当に犬だと思ってるのか? 頭撫でるたびに、俺には無い尻尾が見えているのか? こんな風に鳴いて欲しいのか?

「…くぅん…」

「どしたん? 矢田っち」

 イジイジと泣きそうになっていたら、頭の上から声が降って来た。この軽い感じの声は、最初に昼に誘ってくれた鈴木だ。

「俺、犬になる…」

「は?」

 顔を上げないまま、呟いた俺の耳に、間抜けな鈴木の声が落ちた。

「犬になって、前脚で腰を抱え込んで後ろ脚で立って、尻尾振りながら、ヘッヘッって舌出して息吐きながら腰をヘコヘコさせてやる…」

 小さい時に見掛けた犬が、女の人の腰にしがみついていたのを思い出しながら、俺は言った。犬は好きな相手にはそうするんだろ? 分かりやすくていいよな。

「何て?」

「知らんがな。てか、ウザいから起きろ」

 鈴木が誰か…この乱暴な声の感じは、山崎だ。に、声を掛けたんだな。
 ポンって頭に手を置かれて、俺はボヤいた。

「…先生の手じゃない…」

「あ?」

 山崎が不機嫌そうな声を出した。
 じゃ、この手は山崎のか。

「撫でられるのは、先生がいい…」

「あ~?」

「あ、そう言えば、まと先ってやたら矢田っちの頭触るよな。犬に似てる…のか?」

 低くなる山崎の声に、鈴木の軽い声が重なった。

「最初はびっくりしたけど、今は、もう慣れたな。そっか。きっと、昔飼ってた犬にでも似てるんだろな」

「ああ、確かに」

 何、納得してんだ。
 俺の頭の上で会話すんな。
 てか、山崎撫で過ぎ。

「何で驚くんだよ。皆も頭撫でられてんだろ?」

 ワシャワシャと頭をグチャグチャにされながら、俺はムッとしながら、机から顔を上げた。顔をつけた時は冷たかったけど、今はもう温い。

「は?」

「誰が?」

「へ?」

 キョトンとした二人の反応に、俺は間抜けな声を出してしまった。

「え…だって…昼食ってる時、ちょくちょく触って…授業中とか、ちょっと眠そうにしてたら、頭小突かれたり…」

「俺ないけど?」

「教科書を乗せられた事ならあるな」

 は?

「なあ! 誰かまとセンに頭撫でられた奴居るか~?」

 ぽかんとする俺を見た鈴木が、クラスのヤツらに向かって声をあげた。
 皆の返事は『ない』だった。他のクラスのヤツらからも、そんな話は聞いた事がないって。

「え…俺だけ…?」

「よっぽど愛犬に似てんだろな! よっ、矢田ワン!」

 山崎のそれに、皆は大爆笑してたけど、俺は笑えなかった。だって、先生から、実家で犬を飼ってたって話は聞いた事がない。今だって、アパートだから無理だし、寮だって、野良猫は遊びに来るけど、犬なんて居ない。

 …う、わ…っ…。

 俺だけかもって思ったら、めっちゃ顔が熱くなって来たから、また顔を机につけた。温いけど、熱い顔だと冷たく感じた。

 …どうしよう…。
 やべぇ…すげぇ嬉しくて、心臓がバックンバックン言い出した。
 ずりぃよ、何だよ、それ。
 何で、俺ばかりドキドキしてんだよ。
 ずりぃよ…。

 ◇

「あれ? 先生居ないの?」

 放課後、真っ先に職員室に行ったら、先生の姿は無かった。仕方がないから、入口に近い席に座る羽間はざまに声を掛けた。

「ああ、的場先生なら資料室に居ますよ」

 他の先生達が居るせいか、羽間がにこやかに笑いながら言う。

「…キモ…」

 思わず呟いたら、羽間が笑顔のままで俺の肩に手を置いた。

 痛ぇっ!!
 指が肩に食い込んで痛いっ!!
 本当の事を言っただけだろっ!?

 で、職員室から連れ出されて、壁ドンされた。壁ドンされるなら先生が良いんだけど。
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