矢は的を射る

三冬月マヨ

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番外編

憧れの部屋

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「……○○しないと出られない部屋…? 文字が掠れてて読めねー…って、ろーた、何悶絶してんだよ?」

 穂希ほまれの怪訝そうな声が、床で蹲る俺の耳に届く。
 今の俺は、不審者丸出しだろうが、それも致し方無いと云う物だ。
 何故なら。

「…っ…推しと二人こんな部屋に閉じ込められて冷静でなんて居られる筈が無いっ! これは小説や漫画主にR指定のある話で良く見られる奴! 現実にこんな事が起こるなんてこれは夢か! 夢だな夢に違いない! 穂希俺の頭を殴って目を覚まさせてくれ!!」

 俺と穂希は、今、出入口が無い部屋、それもベッドしかない部屋に居たからだ。

「いや…息継ぎしろよ…頭殴った処で、昏倒するだけだろ…てか、これ、フダンシ的に喜ぶヤツなのか?」

 あ。
 いかん。
 つい、BL脳が爆発してしまった。
 
「…すまん…」

「いや、別に謝らなくていーし…何か、いつも通りで逆に安心したし」

 …それは、喜んで良いのだろうか?

「んじゃ、ろーたはここから出る方法を知ってんだろ? どーすれば出られるんだ?」

 穂希の言葉に、ビシッと俺の身体が固まった。

「ろーた? おーい?」

 立って壁に貼られてあった紙を見ていた穂希がしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んで来る。
 その顔は俺を心配する物だ。
 この状況に混乱していてもおかしくはないのに、俺を心配してくれるのが嬉しい。

「…先刻も言ったが…」

「うん?」

「…この部屋は…まあ…その…」

 このシチュエーションを、俺は嫌と言う程に知って居る。
 勿論、実際に経験した訳では、無い。
 無いが、知り尽くしている。
 どれだけのケンカップルでも、互いを想い合っていなくても、この部屋から出る為には、それをしなくてはならないのだ。
 そう、何故ならここは…。

「セックスをしなければ出られない部屋なんだっ!!」

 穂希の顔を見る勇気が無く、俺は床に丸まったまま叫んだ。

「………………………は………………………?」

 ああ、解る、解るぞ。
 俺が何を言っているのか解らないのだろうが、俺も同じだから安心しろ。
 読む分には申し分ないが、実際に自分が当事者になってしまうと、単純に喜べない。
 何が悲しくて四十過ぎの親父が、こんなセックスホイホイの部屋に来なければならないんだろう。

「…本当に…何がどうしてこうなったのか…しかし…」

 しかし、だ。
 数々の作品を読んで来たが、〇〇をしなければ出られない部屋は、必ずそれをしなければ出られない。例外は、無い。

「…うん、解った」

「え?」

「…ヤらなきゃ出られないんだろ?」

「そ、そうだが…しかし…」

 こんな強制的にするのは…それだけが目的みたいで…そんなのは…俺と穂希の初めての時みたいで…。
 あの時は、本当にいっぱいいっぱいだった。
 穂希への想いを自覚して、何時まで好きで居てくれるのだろうかとか、何時かは呆れられるのだろうとか、穂希を捕まえておくにはどうしたら良いのかとか、振られる時が来ても、初めての相手が男なら何時までも記憶に残るのではとか、ならいっそ、初めてを奪って逃げれば良いのでは…とか、そんな最低な事を考えていた。

「ろーた。深く考えんなって」

 蹲ったまま動かない俺の顔を、穂希が両手で包んで上げさせる。

「何時までも、こんなトコに居られないだろ?」

 穂希の顔が近付いて来たと思ったら、こつんと額と額がぶつかった。

「ここに居たら、ろーたが好きな小説の続きも読めないし、俺が作った飯をろーたに食わせる事も出来ない。あ、ろーたが作った飯を俺が食う事も出来ない。だから、早くここから出ようぜ?」

「…穂希…」

 ニッと白い歯を見せて笑う穂希に、俺の気持ちが浮上して行くのが解る。
 ああ、単純なのは解っている。
 好きな相手にこんな風に迷いなく笑い掛けられて、沈んだままで居られるなんて出来る筈が無い。

 ◇

「…っ…は…っ…」

 熱い息が室内を満たしていた。
 自分でも解るぐらいに、顔も身体も熱く火照っている。
 既に互いに着ていた服を脱いで、ベッドの上に居た。ひやりとしていたシーツだったが、今はそんなの微塵も感じられないし、俺の汗や先走りで湿っていた。
 グチュグチュとした音が俺の鼓膜を震わせ、脳を犯して行く。

「…な、んだこれ…? どうなってんだ…?」

 仰向けで膝を立てた俺の脚の間に居る穂希が、戸惑いの声を上げる。

「…これ…普通のローションじゃねー…のか…? 何時もより…広がる…」

 俺の中で動く穂希の指は、既に三本になっていた。
 それがバラバラに動いて、俺を乱れさせて行く。

「…っ…こ…の部屋に…あった物だから…その…それに特化した…物かと…」

 恐らくだが、媚薬的な物が配合されているのだと思う。
 何故なら、ここはそれに特化させた部屋なのだから。
 あれやこれや色んなシチュエーションを堪能したい、即座にエロスに走らせたい、そんな腐女子や腐男子の妄想から生み出された部屋なのだから!
 そんな部屋に、穂希だけならまだしも、こんな親父が居て本当に申し訳ない!
 
「…ろーた。また、変な事考えてんだろ…」

 思わず両手で顔を覆ったら、穂希が何処か拗ねた様な声で言って来た。

「な、んで…」

 何で解るんだ?
 顔を覆っていた手を下ろせば、その先に見えるのは、唇を尖らせて俺を睨む穂希の顔だ。

「また、こんな親父がとか思ってんだろ? 解るんだからな。無しだっつったのに!」

 違う、拗ねているんじゃない。
 怒りを含んだ声で穂希は声を荒げながら、俺の中から一気に指を引き抜いた。

「んあっ!?」

「俺が、そんなろーたが良いって、どんなろーたでも好きだっつってんのに、何時になったら解んだよ!?」

「ああっ!?」

 ぐっと脚を広げられたと思ったら、熱く硬くぬるっとした物が、俺のアナルへとあてられた。
 何時もと違う感触に、俺は慌てて叫ぶ。

「あ!? え!? 穂希、ゴムはっ!?」

「知らね」

 が、穂希は怒ったままの声で、ぐっと腰を押し付けて来た。

「んあ゙あ゙っ!?」

 何時もなら、ゆっくりと…じれったいぐらいに…俺を気遣いながら挿入はいって来るのに、ぬぷっと亀頭が挿入ったと思ったら、そのまま一気に貫かれた。

「あ、あ、な、んで!?」

 しかし、苦しさを微塵も感じず、ただ、快感だけが身体を突き抜けて俺は混乱する。
 おかしい、おかしい、こんなの有り得ない。

「何でもいい、だろ…どんだけ、俺がろーたを好きか解らせてやんよ」

「穂希っ!?」

 誰だお前はと、叫びたかった。
 何時もと違うだろうと。
 だが、激しい抽挿のせいで、それを言葉には出来なかった。
 実際に俺の口から零れるのは、聞くに堪えない親父の喘ぎ声だけだ。

「ん、ろーた…ろーた…っ…!」

 それなのに、穂希のペニスは萎える処か、更にその嵩を増して行く。

「ぅあ…っ…! ほ、ま…は、げし…っ…!!」

 頼むから、手加減してくれ。
 もう、親父がどうとか口にしないから。
 こんな勢いでされたら、明日の仕事に響く。
 教壇に立てる自信が無い。
 
「好きだかんな!」

「んん…っ…!!」

 ぐっと身を屈めて来た穂希が、噛み付く様にキスをしてくる。
 重ねた唇を無理矢理にこじ開けられ、舌を挿し込まれ、絡め捕られた。
 上からも下からも、くちゅくちゅとぐちょぐちょとした音が聞こえる。
 気が付けば、俺は身体を抱き起こされて、穂希の脚を跨いでいた。

「は…っ!? え!?」

 何時の間に!?
 これって、対面座位と云う奴では!?

「奥に、いっぱい出してやるからな」

 言うが早いか、穂希は俺の腰を掴んでいた手に力を入れ、自身の腰を突き上げた。

「ひあっ!?」

 下から突き上げられ、俺自身の重さもあり、これまでに経験の無い深さまで抉られて、目の前で光が弾ける。頭の中に白く靄が掛かり、意識が朦朧として来る。

「っあ、ぅん…っ…!」

「ろーた…っ…!!」

 愛してんだかんな…!

 そんな声と同時に、俺の中に白濁とした物が注がれた。

 ◇

「…あ…」

 ピピピ…と、聞き慣れた音に目を開ければ、そこは良く見知った俺の部屋だ。

「…夢、か…」

 当たり前だ。
 あんな事が現実に起こる筈が無い。

「…しかし…」

 夢の中の穂希は格好良かったな…。
 身体を起こし、スマホのアラームを止めて、緩む口元を片手で隠す。
 誰も見ていないのだが、こんな顔、穂希以外には見せたくない。

「…愛してる、か…」

 次の休みにそう言ったら、穂希はどんな顔をするだろう?
 唇を尖らせて照れながら『俺も』と返してくれるだろうか?

「…楽しみだな…」

 夢の中でも怒られたし、親父だとか口にしない様に気を付けないとな。
 俺を好きで居てくれる穂希の為に。

 くすりと小さく笑って、俺はベッドから下りた。
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