矢は的を射る

三冬月マヨ

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番外編

決戦の勝負パンツ・前編

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『ペポン』

 と、軽やかな音を立ててすぐに返事が返って来た。

『アホボケカス』

「…だから、言葉悪過ぎんだろ…」

 はあっと、俺は溜め息を零す。
 アオッターを真面目に使い始めて早数年、今年もその日が近付いて来た。
 八月二日の語呂合わせの。

『パンツの日』

 が。
 この日は、毎年パンツで盛り上がる。
 ろーたに勧められたweb小説でも、番外編でパンツの話がアップされたりするし、アオッターはアオッターでパンツ祭りだ。
 そう、パンツ祭りなのだ。
 ここぞとばかりに、パンツで盛り上がる日なのだ。
 どんなパンツが好きかとか、パンツSSとか、パンツのイラストとか、パンツの歴史とか、とにかく勢いが凄い。最初はドン引いた。めっちゃ引いた。とにかく引いた。レースのパンツとか、誰が穿くんだ? とか、これ、ケツ丸見えじゃん? とか、とにかく、未知の世界過ぎたから。
 けど、それを何回か繰り返す内に、俺の意識も変わっていった。もしかしたら、洗脳されたのかも知れない。いや、沼ったってのか?

『ろーたに、トランクス以外のパンツを穿かせたい』

 って思う様になった。
 ブリーフは除外だ。
 ろーたに、もっさりブリーフは似合わない。
 となると、俺の頭じゃビキニとかボクサーパンツしか浮かばない。
 いや、レースのパンツとか、褌は、流石にろーたが嫌がると思うんだよな。
 んで、他の奴らはどんなパンツを穿いてんだろ? って気になって、羽間はざまにメッセージを送った。

『羽間って、どんなパンツ穿いてんの?』

 その返事が。

『アホボケカス』

 だった。
 あいつ、本当に口が悪い。
 よくあれで先生になれたなと、つくづく思う。まあ、羽間曰く『処世術』で乗り切っているらしいけど。

「…パンツ…やっぱ、ボクサーパンツかなあ…ゆったりしたトランクスじゃなくて、ぴっちりしたのを見てみたいなあ…」

 スッスッと、検索結果のパンツをスクロールしながら呟けば『ペポン』と、新たなメッセージを受信した。

『羽間先生は、パンツは穿いていませんよ』

 …………………………………………これ、松重まつしげ先生だろ。羽間のスマホを勝手にいじってんな? てか、本当に二人はいつも一緒だな? もしかして、最中だった? だから、穿いてない?
 ふんわ~♪ ってピンクのモヤがかかった効果音が聴こえて、俺はぶんぶんと頭を横に振った。
 あの二人は、年中発情期だしな。
 とは、口が裂けても言えない。
 言ったら殺される。多分。

「パンツパンツ…ん? パンツ見てんのに、何でグッズショップが? …オリジナルパンツ…?」

 へー、自分で描いたイラストとか写真とか…まあ、自分の好きな柄のパンツを作れる…ふぅん…。

「オートクチュール…だっけ? いや、オーダーメイド? 縁が無いから知んねーけど、まあ、そんなもんか? あー、パンツの種類選べんだ…へー、ほー、ふぅん…」

 ぶつぶつ呟きながら、俺は画面をスクロールしたり、拡大したりしていた。
 これは、重要なミッションなんだ。
 俺は、今、とにかく勢いが欲しい。
 このパンツの波に乗れば、イケる筈だ。

 ◇

「え?」

 そして、決戦の金曜日。
 パンツの日は過ぎたが、俺はろーたにパンツを渡した。普通に、紺色のシンプルなボクサーパンツを。あ、ゴムのトコは黒色だけどな。変なガラパンより、飾り気の無い方が、ろーたには似合うと思ったし、抵抗もないだろと思ったから。

「トランクス以外のろーたが見たい!」

 土下座する俺に、ろーたは迷いながらも『解った』って、頷いてくれた。
 
「じゃあ、風呂に行ってくるな」

 と言うろーたを笑顔で見送る。
 既に俺は先に風呂を貰った。
 で、俺もおにゅーのパンツを穿いている。ネットで見た、あのショップで作ったヤツだ。ケツがスースーするけど、勝負パンツって言ったら、これだろ。羽間が教えてくれたヤツだから、不安はあるけど。でも、諺にもあるし、間違ってはいないと思う。

「よし」

 小さく呟いて、ガッツポーズを決めて、俺はいそいそと寝室へと向かった。
 着ていた夏物のパジャマを脱いで、ろーたが来るのをベッドの上で正座して、全裸待機じゃないけど、待つ。すーは、すーはと深呼吸を何度も繰り返して、頭の中で言葉を何度も繰り返す。
 この日の為に、何度もイメトレして来た。
 パンツに気を取られているろーたは、このサプライズに気付かない筈。いや、これで気付く方がおかしい、有り得ない。だから、大丈夫。
 右手でドッキンドッキンやかましい胸を押さえて、膝の上に置いた左手を見る。そこには丸みを帯びた四角い箱があった。
 ビロードだか何だか知らないけど、やたらつるっとした布に包まれた箱だ。
 俺、知らなかったよ。この箱にもピンからキリまであるなんて。この箱はサービスで付いて来るもんだと思ってた。ぬかった。でも、仕方が無い。これが、今の俺に出来る精一杯だし、背伸びしてカッコつけても、ろーたは喜ばないしな。
 だから、これで良いんだ。

「うん」

 と、頷いた瞬間、カチャっとドアノブを回す音が聴こえた。
 ベッドの上で俺は、左脚はそのままに、右膝を立てて、両腕を前へと伸ばして、左の手のひらを上へと向けた。
 そこには、あの箱。で、その蓋を右手でパカッと開けた。

「お待たせ…」

「結婚して下さいっ!!」

 寝室の明かりは消してある。
 ドアを開けて佇むろーたの背後には後光が見える。正確にはリビングの明かりだけど。
 どうよ? このシチュ。フラッシュモブは無理だけど、スポットライトなら、何とか演出出来ただろ? てか、待てよ? もしかして、スポットライトを浴びるのは俺の方が良かったのか? って、今からサイドボードにある、焼きそばパン型のライトを点けるのも間抜けだ。どうしよう?
 たらりと冷や汗を流しそうになったら、ドサッて音が聴こえた。
 音のした方、寝室の入口を見たら、ろーたが床に両手と両膝をついていた。
 俺がリクエストした通りに、上は半袖のちょっと裾の長いTシャツだけ。下は、俺が贈ったボクサーパンツだけだ。
 ボクサーパンツって、脚の付け根でぴっちりしてるから、上に長めのシャツとか着てると、下は何も穿いていないように見えるんだよな。そんな、ちょっとエロい姿のろーたの肩がぶるぶると震えていた。

「…ちょ、ま…っ。…で、赤フ…」

 ろーたのぷるぷるは、まだ続いている。何かぶつぶつも言ってる気がする。小さくて聞き取れないけど。

「…ろーた…?」

 驚かせようと思った。
 喜んでくれるとも思った。
 顔を伏せてるから、表情が解らない。
 ぷるぷる震えてる肩どころか、全身を震わせているろーたから、何かを汲み取るなんて芸当は、俺にはまだ出来そうにない。から、恐る恐る、姿勢は崩さずにろーたに声を掛けた。

「あ、すまない…いや…うん…」

 ゴホッと咳払いをした後に、ろーたが顔を上げた。そして。

「ぶほぅっ!! げはっ、げふっ!!」

 思い切り咽た。

「ろーた!?」

 ポーズを決めている場合じゃないと、俺はベッドから飛び降りた。

「ゴホッゴホッ!!」

 でも、ろーたの咳き込みは激しくなるばかりだ。腹を押さえて、思い切り咳き込むろーたに、俺はパニック寸前だ。
 もしかして、悪い病気なんじゃないだろうか? とか、今日、俺が作った晩飯の何かにあたったんじゃないかとか、滲む視界でろーたを見れば、ろーたの目にも涙が浮かんで…てか、めっちゃ涙が溢れていた。

「ろーた、大丈夫かっ!? ごめん、もしかして食べた中にアレルギーなヤツとかあったか!?」

 ぽろぽろと涙を流して苦しそうなろーたに、俺もボロボロと涙を流しながら言う。

「っち、がっ…!」

 ち? 血!?

「血ぃ吐くほどなのかっ!?」

「違うっ! ア、アレルギーなんて無いし、血だって吐かない…っ…! お、俺が言いたいのは…何で褌一丁…っ…ぶはっ!! すまん、笑いを抑えられな…っ…ひっ…!!」

 と、ろーたは片手で腹を押さえて、片手で床をバンバン叩き出した。

「…え…あ…笑って…た、のか…?」

 目をパチパチさせて聞けば、ろーたは笑いながら、首を縦に振ってくれた。
 話すのが辛そうだから、俺はろーたの前に座り込んで、笑いが収まるのを待つ事にした。
 プロポーズのやり直しになるだろうから、正座をして。
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