攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略していたのは、僕

【14】※

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 トイセさんは、今、何て言ったの?

 …だん、ざい…?
 …だんざいって、何?
 どうして?

 訳が解らなくて、ただ、僕はケタロウ様の顔を見る。
 ああ、何時も通りの美味し…綺麗な蜂蜜を思わせる髪に、静かな青い瞳。
 こんな時だけれど、ケタロウ様はやはり綺麗だなって見惚れた。

「このニ年間、秘密裏に調べていた。総て裏は取れている。貴方が、ここに居る、セ・メゴロウ様に対して行って来た不当な仕打ちを」

 え?
 な、に…?
 さまって、なに…?

「メゴロウ様は、心優しく、また、懐の広いお方だ。メゴロウ様が何も言わないのを良い事に、貴方は彼に何をして来た?」

 な、に…?
 何を言っているの?

 ただ、ただ、呆然とする僕の前で、キヤクさんが手にしていたファイルをトイセさんに渡した。

「先ず、メゴロウ様が転入して来た日、あの日、貴方はメゴロウ様の足を引っ掛けて転倒させた。こちらは担任から目撃情報を得ている。また、日々、ことある毎にメゴロウ様に言葉の棘を刺していた事も、ナ・デシコ嬢を始めとした級友達からも、話を聞いている。メゴロウ様が丹精込めて育てた畑を荒らしたのも、壺を落としたのも、害虫等の嫌がらせ等、その際に、手伝う振りをしつつ、メゴロウ様を虐げていたと、料理長から話を聞いている。貴方がして来た事は看過出来る物では無い」

 …嘘だ…。足は引っ掛けられたけど…でも、それ以外は…嘘だ…。
 言葉の棘だなんて。あれらは、全部、僕の為に言ってくれた言葉で…。
 畑だって、ケタロウ様はそんな事しない。壺だって、あれはケタロウ様が誰かと、多分、言い合いか何になったんだ。だって、僕はケタロウ様以外の人の声を聞いたんだ。料理長…って…ヤジさん? 僕は、振られたから泣いていただけで、虐げられたとか、そんな事は無い。

 言わなきゃ。
 違うって。
 口を動かそうとするのに、喉が張り付いて動かない。
 どうして?
 どうして、声が出ないの?
 おかしいよ、こんなの。
 どうしてと思う度に、僕は俯いて唇を噛み締めて行く。
 違う。
 どうして、思う通りに行かないの?
 どうして?
 ぎゅっと握り締められた拳は、それほど伸びてもいない爪が食い込んで痛いぐらいなのに。
 どうして、声が出ないの?
 
「…そう。それで総てかい? 私は忙しいので、これで失礼するよ」

 え?
 どうして?
 どうして否定しないの?
 嘘でしょ?
 嘘なのに、どうして?

『待ちなさい。これを見ても、同じ事が言えるのか?』

 トイセさんが広げて見せたそれは、やけに厚い紙。それを目にした人達に緊張が走り、誰かが『国璽こくじだ』って呟くのが聞こえた。

 …こくじ…って、なんだっけ…?

 訳が解らないまま…今、起きている事を理解したくないまま、トイセさんが広げている物に目を向ける。何かの賞状みたいに、その紙には模様があって、何だか高級そうだなって思った。けど、そこに書かれてある一文を見て僕は固まった。

『ウ・ケタロウを絞首刑に処す』

 ――――――――…え…?

「メゴロウ様は、女神ガディシス様に選ばれた尊いお方。何時か襲い来る災厄の為に、それを防ぐ為になくてはならないお方だと、陛下からお聞きした。その彼の心身を苛む事があっては、決してならない事…――――――――」

 な、にを言って、いるの?
 ねえ?
 何を、そう淡々と話しているの?
 待って、待ってよ。
 おかしいよ、こんなの。
 ねえ?
 絞首刑って、ケタロウ様が何をしたの?
 ケタロウ様は、僕を転ばせただけ。ただ、それだけ。それだけなのに。
 どうして、それ以外もケタロウ様のせいだって決めつけるの?
 話を聞いたって、何?
 どうして、僕に話を聞かないの?
 勝手に何をしているの!?

「…そう…。それなら仕方がないね…」

 ケタロウ様っ!?
 どうして否定しないの!?

 歯を食いしばって顔を上げた僕の目に飛び込んで来たのは、こんな状況なのに、変わらずに静かな…凪いだ様なケタロウ様の表情。

 ドクンッて、心臓が大きく鳴った。

 …ケタロウ様…?

 僕と目が合った瞬間。
 それは一瞬だったけど、ケタロウ様が笑った。
 僕を見て、とても優しく笑ってくれた。

「…っあ…」

 喉が、動いた。
 声が、出た。
 言わないと。
 違うって、こんなのはおかしいって!!

「待っ…!!」

「…嫌だ! 死にたくない!!」

 けれど、次の瞬間には、ケタロウ様は背中を向けて、ケタロウ様らしくもない叫び声を上げて走り出していた。それは、僕の言葉を遮る様に。僕の言葉が誰にも届かない様に。

「待ちなさい!! 追って下さい!!」

「はっ! マ・ルア、マ・ルイ、マ・ルウは右から! マ・ルエ、マ・ルオ、マ・ルカは左へ!!」

 トイセさんの声に、キヤクさんが応えて指示を出す。

「…っ、待って…っ…!!」

 キヤクさん達がケタロウ様を追って走り出す。トイセさんも、その後を追って行く。待ってと叫んでも僕の声は届かない。

 どうして?
 どうして!?
 どうして、皆おかしいって気付かないの!?
 ケタロウ様が、あんな風に逃げるなんて有り得ない。
 あんな風に髪を振り乱して、情けなく命乞いをするだなんて有り得ない。
 どうして、皆気付かないの!?

「ねえ! こんなのおかしいよ!!」

 周りに居る、ただ立ってその様子を見ている皆にそう叫べば。

「大丈夫、もう我慢する必要は無い」

「今まで辛かったよな」

「こんな時まで相手の心配をするなんて」

 先生も生徒達も、そんな事を言うだけで、僕の言葉は届かない。

 どうして!?
 こうなって当然…皆、そんな顔をしている。
 おかしい、おかしい!!
 どうして、皆、おかしいって思わないの!?

「捕まえたぞっ!!」

 誰かの叫び声が聞こえて、それに応える様に歓声が上がる。
 
「大人しくするんだ!」

「私は知らなかったんだ!!」

 僕の声は届かないまま、ケタロウ様は黒服の人達に捕まっていた。
 そして、何時の間にか校庭に用意されていた絞首台へと上げられて行く。

「…待って…止めて…」

 のろのろと絞首台へと近付こうとする僕の肩に、誰かの手が置かれた。

「君に無断で悪かったと思う。が、これはガディシス様の御意思なのだ」

「…ガ…ディ…?」

 ――――――――あなたの力…それは…。

 トイセさんの言葉に、あの日のガディシス様の言葉が僕の脳裏に蘇った。

 ――――――――…時間を…。

 …そうだ…。
 …僕の力は…。

 絞首台を睨みながらグッと唇を噛んで、拳を握り締める。

 …戻って…っ…!!

 ――――――――…時を…巻き戻す力……。

 戻って!
 ケタロウ様を殺さないでっ!!
 どうしてこうなったのか解らないけど。
 けど、ケタロウ様は死ななきゃならない事なんてしていない!

『幸せになるべきだ』

 そう言ってくれたケタロウ様が、こんな目に遭うなんて駄目だ! 間違ってる!!
 だから、お願い!!
 戻って!!
 こうなる前に!!
 僕がケタロウ様と出逢う前に!!
 あの日、僕が×××を×した様に…っ…!!
 今日までの時間を…っ…!!

 ――――――――…だけど…どんなに願っても…時間は戻らなくて…。
 …僕の目の前で…ケタロウ様は…死んだ…――――――――。
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