攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略されていたのは、俺

【25】

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「え?」

 人間って、どうして予想外の出来事に遭遇したら、間の抜けた声しか出せないんだろうな?
 俺は今まさに、花壇と云う名の菜園で、ブオとブコの前で間の抜けた声を出していた。
 ぱちくりと瞬きをする俺に、ブオが申し訳なさそうに眉を下げて、先刻言った言葉を繰り返す。

「ですから、メゴロウ先輩でしたら、朝食を摂りに寮の食堂に行きました。五分…経ったかな? それぐらい前に」

「うん。お腹空いたって走って行きましたよ。あ、私達は食べてから来てますからね!」

 ブオとブコが『ねー』って感じで頷きあっている。

「そう…」

 …何だ、このすれ違い…。

「今日は始業ギリギリまで食べるから、適当な処で切り上げてって言われました」

「えっ」

 何だ、このすれ違いっ!
 ちんこ云々はともかく、朝の内にメゴロウと話そうと思ったのに!
 飯食べてるのを邪魔したくはないし。
 授業の合間の休み時間じゃ、時間は足りない…よな?
 昼休みに話すか?

「あ、そうそう、これ見て下さい!」

「うん?」

 がっくりと肩を落とした俺に、ブオが声を張り上げて花壇の一角を指差した。その花壇はブオとブコが主に世話をしている処だ。

「これ、このラディッシュ、もう少しで収穫出来るって!」

 わさわさとある葉を指差しながら、ブオが鼻息荒く話すのに、俺はちょっと苦笑してしまう。あらら。俺がしょぼくれたから、励まそうとしてくれてるのか? 可愛い奴め。

「そう。楽しみだね。そのままサラダに使っても良いし、ピクルスにしても美味しいって、メゴロウが言っていたね」

 ぽんっとブオの頭に手を置いて、軽く撫でながら言えば、脇からブコに凄い勢いで腕を掴まれ引っ張られた。

「ケタロウ先輩いけませんっ!! 弟が死にます!!」

 何でっ!?

 ◇

 本当に始業ギリギリになって、メゴロウが教室に飛び込んで来た。
 飛び込んで来たのは良いのだが、その手には分厚いトーストがあった。
 テ・リヤァを思い出す厚さだな…おい。
 時間までに食べ終わらないと見て、持ち帰りにして貰って、食べながら来たって処か? 決して食べ残しなんてしないと言う執念が見える。メゴロウらしいなと、俺は思わず頬を緩めて、自分の席に着いたメゴロウが、トーストをもっもっと一心不乱に食べて居るのを見る。

 こうして、お前が食べる姿をずっと見ていたいな。
 お前に食べさせる事が出来なくても良い。
 コーヒーでも飲みながら、それを見ているのでも良い。
 誰よりも傍で。
 誰よりも長く。
 嬉しそうに、幸せそうに食べる姿を見て居たい。

「…って…」

 何かこれじゃ、まるで恋する乙女みたいな思考だな、おい。メゴロウの横で俺はレースを編むのか? いや、俺はレースなんか編めない。って、何考えているんだ。

 ぶんぶんと頭を振ったのと同時に、授業開始のチャイムが鳴った。メゴロウを見れば、最後の一口を口の中へと入れた処で、クラスの皆から拍手を浴びていた。もごもごと動く口を両手で押さえて、ぺこりと軽く頭を下げるメゴロウはやはり可愛い。転校して来た頃は、好意的じゃない奴も居たが、今はすっかりとクラスの人気者だ。うん、良かったな。ふっと軽く笑って、俺は教科書を広げた。

『…ふふ…ここで私が声を上げたらどうなると思う?』

 その声がスピーカーから流れて来たのは、授業が始まってからしばらく経ってからの事だった。

「何、この声?」

「え? なに?」

「これ…養護の…?」

 突然の放送に、このクラスだけでなく、学園全体の空気がざわついた。

『解るでしょう? …ほら、こんなに顔を赤くして…ふふ…息も荒いわね…? 我慢しなくて良いのよ?』

 ぞわりと肌が泡立つこの気持ちの悪い声の持ち主は、言わずもがなの、ウーパールーパーだ。

「…っ…」

 気持ちが悪い…吐き気がするし…胃が…いや…腹…? 何だ? 古傷が疼くみたいに、腹がじくじくと痛む…? 何だ、これ…?

『…何時も…こんな事を…?』

 俯いて腹に手をやった時に聞こえて来た声に、俺は下げた頭を上げて、黒板の上にあるスピーカーを見た。そこに、その人物が居る訳でもないのに、目を見開いてしまう。

 生徒会長!? 
 何やってんだ、あの眼鏡!?

 そう思った時、ガタンッて音を立てて椅子から立ち上がったのは、メゴロウだ。

「…メゴロウ…?」

 呟いた声は思っていたよりも小さく、席が離れているメゴロウに届く筈も無く、メゴロウはスピーカーを睨み付けた後、教室から出て行った。

 何処へ?

 そう思うのと同時に、俺も椅子を倒す勢いで立ち上がり、メゴロウの後へと続いた。

「セ・メゴロウ! ウ・ケタロウ! 戻りなさい!! ああ、皆落ち着きなさい!!」

 そんな声が聞こえるが、知ったこっちゃない。
 だって、何か嫌な予感がするんだ。
 このままメゴロウを行かせたら、二度と会えない様な…そんな嫌な予感が…。
 じわりと額に浮かぶ汗を拭って、俺は走る。

『は!? え!? 何よこれは!?』

『悪いが…、そちらの…希望に応える気は無い…』

 迷いなく俺の先を走るメゴロウの後を追う。メゴロウは、俺が後を付いて来ているのに気付かないのか、後ろを振り返る事無く走って行く。

 速いよ、お前! 俺は腹が痛いんだ! スピード落とせ!

 そんな中でも、廊下に設置されたスピーカーから、声は流れ続けている。気持ちの悪い女の声と、相変わらずムカつくぐらいに落ち着いた声が。いや、何だか息は荒いし、熱っぽそうな声だけどな? それでも、何だか眼鏡光らせて睨みを利かせてる気がするんだよ。怖いよ、あいつ幾つだよ。

『ご覧の通り…俺は…下着を脱ぐ事が出来ないし…何より…俺は童貞だから、お前を…満足、させる事は出来ないだろう…』

 生徒会長様――――――――っ!?
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