攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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番外編

告白【2】

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 ゴンべ王子がメゴロウに何を話したのかは解らない。
 渋々とだが、思い切り眉間に皺がよっていたが。
 焼き芋を俺に差し出しながら、ゴンべ王子の処から戻って来たメゴロウは言った。

「…行って来て下さい、ケタロウ様」

 って。
 いったい何を言ったんだ。
 まあ、メゴロウがそう言ってくれるんなら、俺に断る選択肢は無い訳で。
 焼き芋を半分に割って、ふうふう息を吹きかけてから、俺はそれをメゴロウの口元に差し出しながら、先輩に言った。

「では、土曜日。午後二時にテ・リヤアで」

 焼き芋はぽくぽくと美味くて、メゴロウは五本をその胃袋に収めた。
 その夜にゴンべ王子に何を言われたのか訊いたが、メゴロウは曖昧に笑っただけで教えてはくれなかった。
 変な事、意地悪な事を言われてないかと訊けば、それはないときっぱりと返されたから、ベッドの中で俺はメゴロウをぎゅっと抱き締めた。
 まあ、せっかくのメゴロウの気遣いだ。
 先輩の話が何かは解らないが、俺を好きだなんてのは、メゴロウの思い違いだと云う証明を貰おうと思いながら眠った。

 ◇

 で、今日、土曜日。

「今日は風が冷たいから、コートを着て行って下さいね」

 と、昼を食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいたら、メゴロウがクローゼットから秋物のロングコートを出してくれた。
 まあ、フード付きのカジュアルな奴だけどな。色はカーキ色で両側に大きなポケットがある。
 お礼を言って受け取りながら、俺はまたメゴロウに訊く。

「本当に、行って来て良いのかい?」

 昨夜も訊いたし、朝目覚めてからも訊いたし、何なら昼食べる前にも訊いた。
 しつこいし、何だか往生際が悪い気もするが、俺が先輩と二人で会う事をメゴロウは良しとはしていない筈だ。メゴロウに嫌な思いはさせたくない。現に、今だって笑いながらコートを出してくれたが、その笑顔は何処か寂しく暗い。目のハイライトはあるから、まあ、大丈夫だとは思うが、それでも心配だ。
 けどメゴロウは。

「ケタロウ様を一人にするのは心配ですけど…でも、大事な話だって…だから…行って来て下さい」

 あれ?
 俺、心配されてる?
 一人って、子供じゃあるまいし。

「君を一人残して心配しているのは私の方なんだけれどね? 話が終わったら真っ直ぐに帰って来るよ。ああ、そうだ。せっかくだからテ・リヤアで何かテイクアウトして来ようか? 何が食べたい?」

 あそこは、ボリュームがボリュームなだけに持ち帰りも出来るからな。
 味も庶民派向けって良いのか悩むが、そんなにお上品じゃないから、密かにメゴロウが喜んでいるのを俺は知って居る。
 高等部でも、今の大学部でも、出て来る食事は何処の三ツ星レストランなんですかね? って味だし、盛り付けだからな。どっちもビュッフェスタイルだが、小皿に盛られていても、手が込んだ形になっているんだよな。良く食べるメゴロウだが、やっぱり何処か気後れしているのを感じる。が、テ・リヤアだとそれが無いんだよな。

「えっ。えっと…じゃあ…煮込みハンバーグセットのハンバーグだけと、焼きカレーと、豚軟骨のほろほろ煮と、ちょい辛ペペロンチーノと、ツナと鶏肉のピザと…」

 と、メゴロウは食べたい物を次から次へと上げて行く。

 うん、持ち帰れるかな、俺!

 まあ、頑張って持ち帰って、美味そうに食べるメゴロウを堪能しよう。どれから食べさせようかなって思いながら、テ・リヤアに向けて歩き出す。
 歩道にある街路樹は、処々色が変わっていて、秋が深まって行くのを実感させる。
 カサカサと歩道や道路に落ちた落ち葉が、風に流されて行く。

「…そう言えば…テ・リヤアで先輩と会うのはあれ以来だな…」

 メゴロウが俺を殺して、で、巻き戻った時間でメゴロウは俺から離れていた時。
 巣立ちだと、何だかんだで俺が不安になっていた時。
 胃薬を買いに一人で街に行こうとしてた俺に、先輩が付いて来た。
 で、ゲームとは違うボリュームに恐れ戦いたんだよな。
 その後に、ちょっと嫌な事があったが、先輩が居たお蔭で助かった。
 が。
 その時間も巻き戻ったから、先輩は覚えていない…ってか、無かった事になっているんだよな…。
 そう思ったら、ちくりと胸が痛んだ。

「…寂しいな…」

 ぽろりと小さな呟きが俺の口から零れた。
 俺は覚えているのに、先輩の中では…いや、俺とメゴロウ以外は、その過した時間を…思い出を忘れて居る…いや、無かった事だから忘れるも何もないんだが…だが…。
 だが、その時間は確かにあった。
 俺の自覚を促す様にあれやこれやしてくれたが、その先輩はこの時間には居ない。
 いや、中身は同じなんだから、居ると言えば居るんだが…でも、違うんだ。
 先輩は確かに先輩だが、あの時間を共有した先輩では、無い。
 その事実が胸に刺さって痛い。
 痛いし、寂しいし、切なくて悲しいって思う。
 ぴたりと足を止めて、俺は高い空を仰いだ。

「…メゴロウ…」

 俺は片手で足りるだけ。
 俺が経験した…前世を思い出してから…大きな時間の巻き戻りはそれだけだ。
 それだけなのに、こんなにやるせないって思ってしまう。
 メゴロウは俺よりも遥かに…両手でも足りない時間を巻き戻って、それを繰り返して来た。
 …ただ、俺を助ける為に。
 何度も何度も、一人で繰り返して来た。
 誰も、それを知らない世界で。
 たった一人で。
 簡単に想像なんて出来ない。
 本当のメゴロウの辛さなんて、俺には解らない。
 解りたいけど、解らない。
 だって、俺にはメゴロウが居たから。
 巻き戻った先には、それまでの俺を覚えているメゴロウが居たから。
 でも、メゴロウには、そんな"俺"は居なかった。
 たった一人で、その辛さに耐えて来た。

「…だからさ…」

 …俺は、もうお前に一人の時間を過ごして欲しくないんだよ…。

 呟いた言葉は、風に攫われる落ち葉のカサカサとした音に消された。
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