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離れてみたら
【十六】猫は液体
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「…二十二時、か」
優士は敷いた布団の上で脚を伸ばして座り、壁に掛けられている時計を見て、枕をその上に乗せて呟いた。瑞樹の枕をだ。
無理をしなくて良いとは言った。言ったが。
「…遅い…」
本当に抜け出す機会を掴めなかったのか、誰も帰れとは言わなかったのか、お開きにとか、そんな言葉は一度も出なかったのかと、そんな思いが、ぐるぐると頭の中を巡る。
「…ああ…」
軽く息を吐いて、優士は膝の上に置いていた枕で布団をぽふぽふと叩いてから、身体を倒して枕に顔を埋めた。土下座に近い体制で枕の両端を掴み、顔を枕に埋める優士の姿は、猫吸いのそれだ。
人が、仰向けに寝転がる猫の腹に鼻を付けてすいすいと吸いまくって、安らぎを得る行為そのものである。
「…情けない…」
すうすうと枕を吸いながら、優士は力の無い声を出す。
昼間はザラザラと金平糖を撒き散らしていた優士だったが、時間が経ち一人の時間を過ごしている内に、その金平糖はくっついて固まり零れる事は無くなった。
情けないと、もう一度優士は呟き、重い息を吐いた。
地元に居た頃は、こんなのは普通だった。
日中は瑞樹と過ごしても、夜には互いの家に帰っていたのだから、今の方が異常と云えば異常なのだ。
春に地元を離れて早五ヶ月。その間、地元に居る頃よりも長い時間を共に過ごして来たと思う。共に居る事に慣れ過ぎた。共に居るのが当たり前になっていた。いや、それは確かに優士が望んだ事なのだが。だが、こうでは無いと云う声も何処かで聴こえる。優士が望んだのは、高梨と雪緒の様な関係だ。自然と周りに受け入れられ、小さくも優しい笑みが零れる、そんな空気だ。
しかし、実際に今の自分達はどうだろうか?
ただ、ベタベタして甘えているだけの様な気がする。
こんな風に瑞樹と離れていて寂しいと、不安だと、甘える様に枕に顔を埋める自分は、瑞樹に依存している様な気がする。
それは危険だ。
このままでは、瑞樹が居ないと何も出来なくなる様な気がする。それは、本意では無い。もっと、しっかりと地に足を付けないと掬われてしまう。
「…えっち…か…」
ぽそりと呟いた優士の頭に浮かぶのは、相楽とのあの電話の内容だ。
しかし、哀しいかな。優士はえっちと言われても、身体に触れたり、性器に触れる事しか、思い浮かばない。まあ、先に瑞樹に伝えた様に、純粋に瑞樹の素肌には触れたいと思うが。
瑞樹を中心に動いて来た為に、優士は、いや、瑞樹もだが、そちらに関しての知識はほぼ無に等しい。
だから、高梨に教えを請いに行ったのだが。
互いに互いの物を触れ合えば、離れていても大丈夫なのだろうか?
揺るぎ無く、自分の足で立つ事が出来るのだろうか?
あの二人の様に。
『ゴンゴン!』
そんな事を思いながら、もう一度深く枕を吸った時に玄関の扉を叩く音が響いて、優士は勢い良く枕から顔を上げ、身を起こし、玄関へと走った。
『ゴンゴン!』
「一度叩けば解る。こんな時間に近所迷惑だろう」
「りゃひゃひみゃ~」
「今晩は」
不機嫌を装いながら解錠し扉を開けた優士は、そこに立つ二人を見て僅かに眉を上げる。
そこに立って居たのは、瑞樹と得体の知れない分厚いレンズの眼鏡を掛けた男だった。
それだけなら、優士の眉は動かなかっただろう。
やたらと赤い顔をして瞼を半分程閉じた瑞樹が、男の肩に腕を回していなければ。
男の方も男の方で、回された瑞樹の左手の先を掴み、その腰に腕を回している。
そうしなければ瑞樹が立って居られないのだと、漂って来る酒の匂いからそうと理解しても気分の良い物では無い。
「ほら、橘君、しっかりして」
「ひょひ~」
気遣わしい男の声に、呂律が回らず能天気に返事を返す瑞樹の様子に、優士は眉間によった皺を深くする。
「君が橘君の幼馴染みの楠君かな? 初めまして、私は津山と言います。ごめんなさいね。うちの者が、橘君はイケる口だと、それも、明日は休みだからと、強引に呑ませてしまって」
肩にある瑞樹の腕をやんわりと外し、腰から手を離し、津山は瑞樹の身体を優士へと預けて来る。
強くなる酒の匂いに、最悪だと優士は思った。
「送って頂きありがとうございました。ここからは、俺一人で大丈夫です。道中お気をつけて」
優士に身体を預けて来た瑞樹の背中に腕を回して、津山に軽く頭を下げれば。
「ごめんなさいね。もしかしたら、今日、予定があったのかな? 橘君を責めないで上げて下さいね。それでは、私は退散しますね」
津山は眉を下げ頬を緩めながら、片手を首の後ろにあてて、軽く礼をして扉を閉めた。
「…別に予定等無いが…」
閉められた扉を睨みながら、優士は塩に塗れた声で呟いた。その視線は扉を突き抜けて、去って行く足音の主の津山の背中を刺す様でもあった。
「ほら、瑞樹、草履を脱げ。着替えてさっさと横になれ。あ、水を飲むか?」
「にょみゅ~」
ふにゃふにゃと笑う瑞樹の様子は、冬場にストーブの前でぬくぬくと寝ている猫の様に見えた。そんな時の猫は抱き上げようとすると、だら~っと身体を伸ばすのだ。猫は伸縮自在の生き物だと知る事が出来る瞬間である。
そんな風にだらりと伸びる瑞樹を優士は引き摺る様にして運び、布団の上に座らせてから台所へと向かう。今日はもうまともな会話は出来ないだろう。明日、どう絞ってやろうかと思いながら優士はコップを手に取った。
優士は敷いた布団の上で脚を伸ばして座り、壁に掛けられている時計を見て、枕をその上に乗せて呟いた。瑞樹の枕をだ。
無理をしなくて良いとは言った。言ったが。
「…遅い…」
本当に抜け出す機会を掴めなかったのか、誰も帰れとは言わなかったのか、お開きにとか、そんな言葉は一度も出なかったのかと、そんな思いが、ぐるぐると頭の中を巡る。
「…ああ…」
軽く息を吐いて、優士は膝の上に置いていた枕で布団をぽふぽふと叩いてから、身体を倒して枕に顔を埋めた。土下座に近い体制で枕の両端を掴み、顔を枕に埋める優士の姿は、猫吸いのそれだ。
人が、仰向けに寝転がる猫の腹に鼻を付けてすいすいと吸いまくって、安らぎを得る行為そのものである。
「…情けない…」
すうすうと枕を吸いながら、優士は力の無い声を出す。
昼間はザラザラと金平糖を撒き散らしていた優士だったが、時間が経ち一人の時間を過ごしている内に、その金平糖はくっついて固まり零れる事は無くなった。
情けないと、もう一度優士は呟き、重い息を吐いた。
地元に居た頃は、こんなのは普通だった。
日中は瑞樹と過ごしても、夜には互いの家に帰っていたのだから、今の方が異常と云えば異常なのだ。
春に地元を離れて早五ヶ月。その間、地元に居る頃よりも長い時間を共に過ごして来たと思う。共に居る事に慣れ過ぎた。共に居るのが当たり前になっていた。いや、それは確かに優士が望んだ事なのだが。だが、こうでは無いと云う声も何処かで聴こえる。優士が望んだのは、高梨と雪緒の様な関係だ。自然と周りに受け入れられ、小さくも優しい笑みが零れる、そんな空気だ。
しかし、実際に今の自分達はどうだろうか?
ただ、ベタベタして甘えているだけの様な気がする。
こんな風に瑞樹と離れていて寂しいと、不安だと、甘える様に枕に顔を埋める自分は、瑞樹に依存している様な気がする。
それは危険だ。
このままでは、瑞樹が居ないと何も出来なくなる様な気がする。それは、本意では無い。もっと、しっかりと地に足を付けないと掬われてしまう。
「…えっち…か…」
ぽそりと呟いた優士の頭に浮かぶのは、相楽とのあの電話の内容だ。
しかし、哀しいかな。優士はえっちと言われても、身体に触れたり、性器に触れる事しか、思い浮かばない。まあ、先に瑞樹に伝えた様に、純粋に瑞樹の素肌には触れたいと思うが。
瑞樹を中心に動いて来た為に、優士は、いや、瑞樹もだが、そちらに関しての知識はほぼ無に等しい。
だから、高梨に教えを請いに行ったのだが。
互いに互いの物を触れ合えば、離れていても大丈夫なのだろうか?
揺るぎ無く、自分の足で立つ事が出来るのだろうか?
あの二人の様に。
『ゴンゴン!』
そんな事を思いながら、もう一度深く枕を吸った時に玄関の扉を叩く音が響いて、優士は勢い良く枕から顔を上げ、身を起こし、玄関へと走った。
『ゴンゴン!』
「一度叩けば解る。こんな時間に近所迷惑だろう」
「りゃひゃひみゃ~」
「今晩は」
不機嫌を装いながら解錠し扉を開けた優士は、そこに立つ二人を見て僅かに眉を上げる。
そこに立って居たのは、瑞樹と得体の知れない分厚いレンズの眼鏡を掛けた男だった。
それだけなら、優士の眉は動かなかっただろう。
やたらと赤い顔をして瞼を半分程閉じた瑞樹が、男の肩に腕を回していなければ。
男の方も男の方で、回された瑞樹の左手の先を掴み、その腰に腕を回している。
そうしなければ瑞樹が立って居られないのだと、漂って来る酒の匂いからそうと理解しても気分の良い物では無い。
「ほら、橘君、しっかりして」
「ひょひ~」
気遣わしい男の声に、呂律が回らず能天気に返事を返す瑞樹の様子に、優士は眉間によった皺を深くする。
「君が橘君の幼馴染みの楠君かな? 初めまして、私は津山と言います。ごめんなさいね。うちの者が、橘君はイケる口だと、それも、明日は休みだからと、強引に呑ませてしまって」
肩にある瑞樹の腕をやんわりと外し、腰から手を離し、津山は瑞樹の身体を優士へと預けて来る。
強くなる酒の匂いに、最悪だと優士は思った。
「送って頂きありがとうございました。ここからは、俺一人で大丈夫です。道中お気をつけて」
優士に身体を預けて来た瑞樹の背中に腕を回して、津山に軽く頭を下げれば。
「ごめんなさいね。もしかしたら、今日、予定があったのかな? 橘君を責めないで上げて下さいね。それでは、私は退散しますね」
津山は眉を下げ頬を緩めながら、片手を首の後ろにあてて、軽く礼をして扉を閉めた。
「…別に予定等無いが…」
閉められた扉を睨みながら、優士は塩に塗れた声で呟いた。その視線は扉を突き抜けて、去って行く足音の主の津山の背中を刺す様でもあった。
「ほら、瑞樹、草履を脱げ。着替えてさっさと横になれ。あ、水を飲むか?」
「にょみゅ~」
ふにゃふにゃと笑う瑞樹の様子は、冬場にストーブの前でぬくぬくと寝ている猫の様に見えた。そんな時の猫は抱き上げようとすると、だら~っと身体を伸ばすのだ。猫は伸縮自在の生き物だと知る事が出来る瞬間である。
そんな風にだらりと伸びる瑞樹を優士は引き摺る様にして運び、布団の上に座らせてから台所へと向かう。今日はもうまともな会話は出来ないだろう。明日、どう絞ってやろうかと思いながら優士はコップを手に取った。
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